「━━でね、私今日試してみようと思って」
ピンチを切り抜けて、ベンチに戻ってきた吉野さんは、中断していた会話を再会した。
「試してみるって、何の話?」
ブルペンに向かいかけた牧野さんが、小耳に挟んで扉の辺りから舞い戻ってきた。
「フォークに決まっているじゃない」
吉野さんは、けろりと言い切った。
「本気!?」
「うん。塁ちゃんがせっかく教えてくれたしね」
可愛らしく小首を傾げる吉野さんの横で、牧野さんはガクッとうなだれた。
「まだちゃんとコントロール出来ない変化球を、実戦で投げるのはよくないよ」
しかし、吉野さんは強気だった。牧野さん相手に、ぐいぐい迫る。
「スライダーが狙われてるんだからしょうがないじゃない。それに、ちゃんとコントロール出来てるもの。
三球に一球はすっぽ抜けるってだけの話でしょ」
「それがコントロール出来てないっていうの」
「だいたい、昨日はストライクだったコースに投げてるのに、どうして今日はボールになるの?」
ポンポンポンって言いたいこと言えちゃうんだ、ここのスール。何か別の一面見せてもらったみたいで、ちょっと得した気分
なんだけど、このまま口論を止めなくていいものかどうか。そこが優也にとっての、思案のしどころだった。
「ストライク入らないのは審判のせいだって、吉野は言いたいの?」
「審判のせいなんて言い方しなくても」
「だってそうじゃない」
「そうじゃないもん、塁ちゃんのばか」
あろうことか吉野さんったら、牧野さんに向かってボール投げつけた。
(おいおい。口で勝てないからって暴力に訴えるのは間違っているよ、吉野さん)
牧野さんは慣れているって感じで、グラブでボールをナイスキャッチした。
「いい加減にしな。せっかく安藤くんが後に控えているのに」
(えー、話を私に振る!?)
「そんなの関係ないじゃない。次の回まで私がマウンド任されてるんだから」
牧野さんに信用されてないのが気に入らなかったのか、力みまくった吉野さんは次のイニング、四球を連発して収拾が
つかなくなってしまった。
今日初めて知った。
吉野さんて、四球男だったんだ。