西武の後藤光貴を徹底的に応援してやるっ!パート6

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2代打名無し
【後藤光貴年表】

1993 鯖江高から新日鉄堺に入社。高校時代は強肩捕手だったが遊撃手転向。
1994 レギュラー取り目指すもチームが休部、帰郷を考えるはめに。鬱。
     しかし当時の監督が大和銀行に頼み込んで入れてもらう。
1997 この年から本格的に投手に転向。
1998 大和銀行日本選手権に初出場、二回戦敗退。
     そして高校時代からの夢、ドラフトにかかるも指名無効。ショックでしばらく練習も出来ず。激鬱。
1999 3月、大和銀行今期限りの廃部を発表。鬱。
     5月、試合中にライナーが顔面直撃、鼻骨、左眼下骨折で失明の危機に。激鬱。
     一ヶ月のブランクにより不調。大和銀行都市対抗本戦出場ならず。鬱。
     日本生命の補強選手に選ばれ「本当に嬉しい」との発言も出番はなし。鬱。
     ドラフト、一年越しで西武に7位指名。念願のプロ入り。
2000 ファームで最多勝も一軍チャンスはなかなか与えられず。鬱。
     消化試合で初先発、7回二失点の好投も負け投手。鬱。
2001 一軍定着。先発、中継ぎで好投を続けるも勝ち星を消されまくる。鬱。
2002 8月27日、自らの28回目の誕生日にプロ初完投・完封を挙げ、この年7勝2敗の成績を収める。
     日本シリーズ第五戦先発予定も、チームは4連敗で先発マウンドは幻に終わる。激鬱。

2003 相次ぐ先発陣の故障の中、相変わらず勝ち星を消されながらも念願の10勝を達成。
     規定投球回にも到達したが、最多被本塁打王の称号も手にする。鬱。
     
2004 ミキーの野球人生は続く・・・

【ミキーの不幸物語(; ´Д`)】
http://www.mainichi.co.jp/entertainments/sports/99intercity/rensai/gyakufu/0716.html

【いつか必ずあなたの時代がくる】
http://www.sanspo.com/baseball/top/bt200208/bt2002082808.html
http://www.sponichi.co.jp/baseball/kiji/2002/08/28/03.html