Y子さんは笑わない人だった。
素っ気ない口調と振る舞いが好きだった。
最初は知るために、そして忘れないために、僕は彼女の話し方や考え方を真似た。
日を追う事に僕はそれに馴染んだ。彼女に近付き、他の人々から遠くなった。
その事で母は悲しみ、先生達は苛立ち、友達は離れていった。
構わないと思っていた。正しいとか間違いとかじゃなくて、僕がそうしたかったから。
5年の間、僕は彼女の様に振る舞い続けた。
思えばそれは意味のない事だった。
僕はY子さんの全てが好きだけど、Y子さんは自分自身を好きな人ではなかった。
学を卒業した翌日、僕はY子さんと再会した。
ひどくやせ細ってはいたけれど、彼女は変わらず美しかった。
深く傷付き、傷付いてなお、救いを求める事を知らなかった。
そのくせ気の毒なほど不器用な手段で僕を救おうとしていた。
「うん。電話する」
最後にY子さんは約束をくれた。
Y子さんに約束を守るつもりがないことは初めから知っていた。
僕が待ち続けるのは信じているからではなくて、約束を殺さないためだった
高校生になった僕は、学校以外の大半の時間を自分の部屋で過ごした。
本を読み、勉強し、彼女の残した9枚のCDを繰り返し聴いた。
時折絵筆を取った。宛先も分からない手紙を書いた。
つまりは電話を待ち続けた。
新しいクラスに僕は馴染もうとしていた。
しかし少年期の5年間を費やして身につけた習性は、すでに本性になりつつあった。
気をつけて愛想良く振る舞ってはいたが、所詮は僕にとっての「愛想良く」でしかなく
ほんの数日で、誰も用がないかぎり話しかけてはこなくなった。
M子だけが例外だった。
彼女は僕と出席番号が同番で、クラス分けの後しばらく席が隣だった。
「○○君、お久し振り」
「ああ、久し振り」
僕は彼女を憶えてなかった。顔は見たことがあるような気がした。
「偶然だね、うちの中学少ないのに同じクラスになれるなんて」
「そうだね」
「これで3年連続か。ねえ、他に誰か見た?」
「さあ」
彼女はめげなかった。その後も度々話しかけてきた。
「消しゴム貸して」
「分度器持ってる?」
「シャーペンの芯分けて」
「次、自習だって。ラッキー」
僕はその度に「うん」とか「そうだね」を繰り返すだけだった。
正直なところ、鬱陶しい女だと思っていた。
休みの時は仲の良い者同士で机を寄せ合うのがクラスの慣例だった。
僕は昼食を摂らないので、いつも給湯場の自販機コーナーでコーヒーを飲んでいた。
その時、僕は間違えて買ったコーヒーを流そうとしていた。
「捨てちゃうの?もったいない」
知らないうちに後ろにいたM子に声をかけられた。
「甘いの買ったんだ」
「わたしにくれない?」
「一口飲んじゃったよ」
「良いの良いの。わたしそういうの気にしないから」
僕は気にする方だが、彼女にカップを渡した。
彼女は一口啜ると「美味しいね」と言った。
美味しくないから捨てようとしたのだが。
敢えて何も言わず買い直したコーヒーを飲み始めた。
「ねえ」
「何?」
「いい天気だね」
「そうだね」
「ねえ」
「何?」
「わたし、うるさい?」
「少し」と言いそうになったが、咄嗟に「別に」と言い替えた。
その日から、M子は昼休みを僕の隣で過ごすようになった。
M子はいつも勝手に話して、勝手に納得して、勝手に笑った。
僕も次第にM子が傍にいても気に触らないようになった。
半月と経たないうちに僕とM子が付き合っていると噂され始めた。
M子は否定も肯定もしなかった。僕には誰も訊かなかった。
5月の連休が始まる頃にはほぼ「公認の仲」になっていた。
「連休中、予定ある?」
「ないよ」
「どっか行かない?」
「行かない」
「なんで?」
「混んでる」
「なら、連休明けの日曜ね」
こうして僕とM子の初デートが決まった。騙されたような気がした。
初めてのデートは美術館に浅井忠展を見に行った。
2度目は映画「天空の城ラピュタ」上映最終日。
3度目が植物園の「世界の食虫植物展」、4回目は水族館にラッコに会いに行った。
いつも気が付いたら約束させられていた。
僕はM子を誤解していた。彼女は必要なら「黙っていられる」女の子だった。
そのかわり帰りがけに喫茶店によるとM子は火がついたように喋りはじめた。
勝手に喋ってころころと笑った。そういう時はちょっと可愛いなと思った。
決まって夕方になるとM子は「もう少しだけ」と帰るのを嫌がったが、
「電話、待たないといけないんだ。ごめん」
そう言うと、素直に納得してくれた。
僕はいつも帰る理由に「電話を待たないと」と言ったが、M子は「誰から」とか
「どんな」とか、僕が答えたくない事は訊かなかった。
彼女は賢明だった。
M子に恋愛感情は一欠片も持ってはいなかったが、僕は彼女との交際を楽しんでいた
休みに入るとM子と合う機会はなくなった。
たまに電話を掛けてきたが、僕は長電話を極端に嫌った。
M子にしてみれば口実を見つけないと掛けられない雰囲気を感じていたらしい。
少しM子から離れてしまうと、一人の方が気楽に感じられるように戻っていた。
孤独な状態を好んでいたわけではなくて、僕にはそのほうが自然だった。
つまりは電話を待ち続けていた。
夏休みの終わる三日前、M子が電話を掛けてきた。
「すぐ終わるから、ちょっとだけ」とM子は言った。
明日会いたいというだけの話だった。
翌日、待ち合わせた喫茶店でM子と会った。
M子は髪にパーマを掛けて化粧をしていた。
僕は、雰囲気の変わったM子にいささか戸惑った。
「明日には戻さないといけないでしょ。今日中に見せたかったの、どう?」
「どうって、似合うよ」
「そうじゃなくって、大人っぽく見えない?」
「そう言えば、そうだね」
「ごめん失敗」
「何が?」
「これハワイのお土産」
そう言ってマカダミアナッツチョコをくれた。
旅先での話を色々してくれたが僕は内心退屈だった。
それはM子にも伝わっていたらしく、話し続けるために話してるみたいで
辛そうに見えた。
2学期に入りM子との交際は再開した。
前のように一緒に出掛けることは少なくなったが、登下校や校内ではいつも
一緒に行動するようになった。
クラスでは完全にカップル扱いされるようになり、席替えの時二人の席は
また隣り合わせた。
僕はその状態に満足した。M子は不快に感じさせるタイプではないし、僕に
とってはただ一人の親しい友人だ。M子が嫌がっていないならクラスの連中が
どう誤解しても僕たちには関係ない。
M子のおかげで僕は少しだけ周囲に馴染めるようになり、「話しやすくなった」
と言われたこともあった。
どうやら「変人」から「無口な人」に昇格したようだ。
冬が近付く頃、不意にM子に訊かれた。
「わたしといて楽しい?」
僕は「もちろん楽しいよ」と答えた。
M子は淋しそうに笑ってみせた。
その頃から、僕はY子さんの事を少しずつM子に話すようになった。
「○○の好きな人って年上だよね?」
M子が訊いたことが切っ掛けだった。
「そうだよ」
「何歳くらい?」
「僕らより、ちょっと上かな」
「先輩なんだ?」
「そうじゃなくて、僕と君を合わせたより、ちょっと上」
M子は驚いていた。
「そんなに離れてるんだ…」
「まあね」僕はちょっと得意だった。
彼女の美しさや価値観、話した言葉や、描いた絵について語るのは楽しかった。
Y子さんの話題の時だけ、僕は雄弁な話し手になった。
M子は他人に話してよい話題とそうでない話題の区別がつく珍しい女の子だと
解っていたから、安心して大抵のことを話せた。
M子も好んでY子さんの話を聞きたがった。
クリスマスが近付く頃、M子が訊いた。
「電話の相手って、Y子さんだよね」
「そうだよ」
「そっか。毎晩、掛けてきてくれるんだ。いいなあ遠距離恋愛…」
少し迷ったけど、Y子さんとの約束について話した。
一度彼女から避けられた事。3年近く経って、彼女が引っ越す直前に
呼び出された事。その時「電話する」と言ってくれた事を話した。
M子はしばらく言葉に詰まった。
「それって、いつの話?」
「3月11日。まだ一年も経ってないよ」
M子は怒っているようだった。
「○○は待ってるんだよね。毎晩」
「うん」
「あのさ、怒るかも知れないけど、聞いてくれる?」
「何?」
「多分、掛けてこないよ。待ってても」
「そうだね。僕もそう思うよ」
「なんで待ってるのよ?」
「約束だから」
M子は泣いていた。
「わたしね。Y子さんの事、ちょっぴり嫌いになった」
M子は口を噤んだままで、それ以上何も言おうとはしなかった。
その後もM子は何かにつけY子さんについて僕に訊ねた。
僕はその度に、彼女の人となりや口癖や仕草について話した。
「Y子さんならこんな風に言う」「こう思うだろう」「こう感じるんじゃないか」
そんな言い方をする事もあった。僕はM子にY子さんを知って貰えるのが嬉しかった。
そして、その度にM子は傷付いた。
僕はM子の気持ちに気付いていたし、彼女も隠さなかった。
僕はY子さんの思い出を話せる相手を求めていたし、それはM子の他にいなかった。
話すことで僕は癒されたがM子は傷付いていた。
それは傷を移し替えるだけの残酷なカンバセーションだった。
僕はM子を利用していた。
次第にM子は口数が少なくなり、沈みがちになった。
心配したM子の友人から「○○が二人になっちゃったみたい」と冗談まじりに
抗議された事もあった。
そしてM子は笑わなくなった。Y子さんのように。
僕はそんなM子に初めて異性として惹かれるようになった。酷い話だ。
「わたし、会ってみたいな。Y子さんに」
「うん。僕も会いたい」
「会いに行っちゃいなよ」
「無理だよ。待つって約束したから」
「そっか。ごめんね」
「ごめん」
その頃の僕たちは互いに謝ってばかりだった気がする。
束から1年が過ぎた、僕たちは2年生に進級した。
僕は、つまりは電話を待ち続けた。
僕とM子は2年生でも同じクラスになることができた。
既に僕たちは公認されており、新しいクラスでも席は隣合わせになった。
新しいクラスに面白い奴が居た。
単純で空回りで騒々しいSという男子だ。広島弁と長州弁と関西弁の混じった
不思議な言葉を喋る。
「一緒のクラスになれて嬉しいで。よろしゅう」
そう言って握手を求めてきた。僕は他人に触ったり触られたりするのは苦手だ。
「ああ、よろしくな」
受け流すと強引に僕の手を取り、力任せに握りしめた。
Sはその後も妙に馴れ馴れしく絡んできた。
「次の体育は短距離じゃったな。○○は足速いんか?」
「まあまあだと思うよ」
「よっしゃ、勝負や。今日こそ決着つけたるで!」
Sは全然速くなかった。
「○○は英語得意やったな。勝負や!」
「○○は数学得意か、そうか、よっしゃ勝負や!」
「○○も芸術は美術とっとんたんか。よっしゃ絵なら負けんで!」
事あるごとに一方的に勝負を挑んでは、一方的に負け続けた。
「なんでじゃ、ちきしょう!同じ人間なのに!何で一個も勝てんのなら!」
「それは僕の得意な物でばかり勝負したがるからだろう」と、教えてみたかったが、
面白いので口には出さなかった。
僕はSを割と気に入っている。6年ぶりに出来た同性の友人だった。
SはM子をMちゃんと呼ぶ。
「Mちゃん、彼氏借りるで、後で返すけん勘弁な」
近頃のM子はあまり喋らない。こくっと頷いた。
「用?」
「しょんべん。連れションに決まっとろうが。いちいち言わすな」
「今、行きたくない」
「つべこべ言わんの。お前ん時にも付き合うたるから、来んかい!」
いつもこの調子だった。
10月にあった修学旅行のディズニーランドでも
「○○見んかったか?奴とは射撃で決着つけたらなあかんのじゃ」
僕を捜し回っていたらしい。
Sは「○○お前、おもろい奴じゃなあ」を連発する。
人から面白いと言われたのは初めてだった。
M子に言わせると、Sと知り合ってから、僕は別人のように明るくなった
らしい。自分でもそんな気がする。
僕とM子は一緒に学校に通い、授業を受け、休憩時間を過ごした。
M子は日に日にY子さんに似てきたような気がする。
たまにM子の髪に触れさせてもらう。Y子さんの髪を思い出していた。
「M子の髪って、こんなに黒かったかな?」
「そうよ。どうして?」
「いや、前は栗色っぽかったような気がしたから」
「そうだっけ。日に焼けてたからかな」
言われてみれば肌も前より白くなった気がする。
僕と一緒に過ごすようになって、M子は日にあたらなくなったのだろう。
僕は日差しが苦手だし、M子も日焼けを嫌うようになった。
Y子の家に遊びに行くようにもなった。
彼女の煎れる珈琲は、意外に美味しかった。
いつも家にはお母さんがいて、監視付と言うわけではないが、僕らはリビング
で過ごした。
リビングにはピアノがあって、たまにM子の為に弾いてあげた。
M子はいつも目を閉じて聴いてくれる。機嫌が良いときのY子さんみたいで
僕はすこしだけ、どきどきした。
夕方帰ろうとすると、途端に悲しそうな様子になる。
そんな時のM子は、顔立ちまでY子さんに似てしまう。胸が痛む。
僕が電話を待ち続けることが辛いのだろう。
でも、それだけは、僕にどうしてあげることも出来ないのだった。
僕は、つまりは電話を待ち続けた。
学年末試験の終わった後、Sから呼び出しを受けた。
校舎裏の焼却炉の前だった。
「おう、やっと来たか」
「何?あらたまって」
いつになくSは真剣な様子だった。
「わしな。Mちゃんが好きなんや」
別に意外でもなかった。M子はもてる。
「そうか」
「ずっと前からなんや。中2の時、前に同じ組になった時からずっとや」
「中学一緒だったのか。知らなかったよ」
「お前も同じ組やったろうが中2の時は!って、やっぱり憶えとらんかったんかい
まあ、ええわ。今日はその話とちゃう」
「ごめん。それで」
「告白しよ、思て」
「そうか」
「そうかって、良えんか?お前の彼女じゃろ」
「良いも何も、それはM子が決めることだから」
「やっぱ○○は凄いやっちゃ。わしなら、そんなこと絶対言えん」
「そうか?」
「もしMちゃんがオッケーしたら、お前振られるんやで。それで良えんか」
「良くはないけど、それはM子が決めることだろ」
「そうや。でも、ほら横からあれだ、ほら」
「横恋慕」
「そう、横恋慕じゃし友達のもん欲しがっちょる訳じゃし。お前に悪うて」
「そうか」
「そうや。ま、そういう事じゃけん、悪いな。お前はフェアな奴や」
立ち去り掛けたSが振り向いていきなり叫んだ。
「お前、わしが絶対玉砕する思うて余裕かましとるな!」
思っていた。
Sはあっさり玉と砕けた。
M子は最初ギャグと受け取り、次に困った顔になったらしい。
「もし、これが原因で○○君とぎくしゃくしたらどうしよう」と泣きそうになって
いたと、幽霊のような顔でSが伝えに来た。
「やっぱり、お前の言うとおりやった・・・フォロー頼むわ」
僕は何も言ってない。でもすぐにM子に逢いに行った。
M子は狼狽えていた。「酷い振り方をしたかも知れない」と心配していた。
僕はM子に優しい言葉をかけて安心させてやり、最後に付け加えた。
「S、新学期には開き直って猛烈に迫ってくるよ」
予想は見事に当たった。
3年生に進級した日から、Sは毎日M子に告白するようになった。
僕はそれを「定期便」とか「モグラ叩き」と呼んで、結構楽しんでいた。
決まって昼休み、僕とM子がコーヒーを飲んでる時にSは来た。
「○○、悪い、ちょっと外してくれ」
「またか。少しは遠慮しろよ」
「いっつも金魚の糞みたいにお前がMちゃんにくっついとるのが悪いんじゃ。
いちいち遠慮なんか出来るか!」
「了解。早く済ませてくれ」
僕は一歩だけM子から離れた。
「Mちゃん、付き合うて下さい」
「ごめんね」
「今日もダメやったか。じゃ、また」
「またな」
こんな感じだった。
Sの告白は僕にとって幾つかの切っ掛けになった。
以前よりSに対して親近感を持つようになり、M子に対しても前より
気を遣えるようになった。
「今、何考えてた?」
そう訊いた時、M子は僕の質問には答えずに微笑んだ。
「そういうこと訊いてくれたの、初めてだよ」
「そうだっけ?」
「うん」
僕は知らないうちにも随分とM子を傷つけていたことに気付いた。
その日、M子と僕は初めて手をつないで歩いた。
これは結末がゾゾ〜〜〜ッとした話になるのか?それとも荒らしか?
進路相談会の最終日、僕はM子が戻ってくるのを教室で待っていた。
Sも僕に付き合って残ってくれた。
「ああ、もうすぐゴールデンウイークか、憂鬱や。○○、憂鬱って漢字で書けるか?」
「書けるよ」
「違う!そういうことやない。なんで連休が憂鬱なんだ?ってこういう場合訊くもんじゃろうが」
「なんで連休が憂鬱なんだ?」
「はあ。まあ、ええわ。教えちゃる。日曜日のたんびに、ああ、○○は今頃Mちゃんと仲良う
しとんのやなあ思うたら辛うて辛うて。わしゃいつも血いの涙流しとんのやで。それが連休中
ずーと続くんや。わかるか?」
「ごめん」
「謝まんな。アホ。半分冗談じゃ」
「そうか。取り消す」
「何で取り消すんや。血いの涙流しとる言うてるじゃろうが!」
「ごめん」
「何で謝るんやーってこの繰り返しかい。付き合いきれんわ」
会話が途切れた。Sは沈黙に耐えられない体質だ。
「な、不公平やと思わんか?」
「何が?」
「何がって、俺とお前や」
「そうか?」
「そうや。○○はいっつもMちゃんと一緒やのに、わしは学校でちょこっと話するだけじゃ。
これじゃ、わしの良さなんてちっとも解ってもらわれへん。あまりにも不公平や。○○
ばっかり得しとるみたいや。何でや?」
「彼氏だからだろ」
「そういう問題やない!いや、それが問題なんやな。マジで切ないわ。ああ、わしもMちゃんと
遊びにいきたい。お前には解らんじゃろな、この切なーい気持ち…」
「そうか。3人でどっか行くか?」
「…ええのか?」
「ああ。五日に基地祭行くから、Sも来るといいよ」
「よし。解った。お前がそこまで言うなら付き合うちゃる。ほんまにええな?」
「うん」
「よし。これはわしとお前だけの秘密や。Mちゃんには言うなよ」
「何で?」
「来ちゃ駄目言うかも知れんやろ。そないなったら、どないせいっちゅうんや?」
「来るな」
「それが友達に言うことか。とにかく秘密や、秘密。決定」
「そうか」
「そうや。恩に着るけん」
そう言って、Sは慌ただしく帰ってしまった。