>>833、841、858
私もここで解決行動の経過報告をしておきます、ようやく一息つけたので。
私の自宅は閑静な住宅街といえる環境にあります。ここから徒歩1、2分の場所に児童公園が、この街が造成されたときから存在しています。
そうした環境にも関わらずこの自宅の間近に、去年の春前から俄かに幼児から小学校低学年までの女子ばかり平均5、6人が集まるようになり、
ある1軒のオープン外構のガレージスペースを拠点としてその前の道路約2、30mにかけて、
休日平日問わず晴れの日のほとんどにおいて長時間公園同然に遊びまわり騒ぎまわり大声奇声を際限なく上げ玩具遊具の類も使いたい放題やりたい放題な上に
保護者らもそれを公然と放置し或いは加わり更には井戸端会議も傍若無人に長々と続けるという迷惑行為(長時間の騒音発生と円滑な交通の妨害)によって心身共にかつてないほどの苦痛を受け続け、今も尚生き地獄を味わわされ続けております。
今年の始め遂に我慢の限界を迎え、現場近くに「こうえんであそびましょう」と張り紙をしましたが直後子どもらに剥がされ、再度張り直したあと少なくとも一ヶ月以上は掲示されていました。
それでも状況は全く改善せず憎悪は膨張する一方でしたので、三月末には意を決して自治会に対し回覧板にて注意して欲しいという歎願書を匿名で投函しましたが、メールアドレスを開示したのに何の連絡も反応もありません。
その後生活騒音に対する注意を呼びかけるページを印刷した冊子を周辺に投函することもしましたが、迷惑行為者らは遠慮する素振りさえ見せません。
大いに失望し、最後の望みを託して先ごろ五月の末に学区の公立小学校宛てに、メールで苦情を送りました。
匿名ですが地域をある程度絞って現在の惨状を(自治会の時よりも)詳しく説明し努めて冷静かつ的確に問題を指摘して、同時に怒りと切迫感を表現しそれでいて失礼にならないよう配慮しつつ、
こちらの窮状をありのまましかし簡潔に伝えるよう心を砕きました。
今度は2、3日で返信があり、幸いなことに理解ある校長先生が対応してくださったお蔭で、
「児童がご迷惑をおかけして申し訳ない」「全体的な指導をし、保護者へは学校便りといった形になるが注意をする」「自治会にも協力を促す」「それでも改まらない場合は児童の名前を言っていただければ直接保護者に要請をする」という心強いお返事を頂きました。
この問題の発生以来初めて心の底から安堵することができ、今は何とか極限状態を一時的に脱しています。
勿論これだけですんなりと速やかに問題が解決するとは思えませんが、とにかく身近に(モンペに対しては限定的だが)影響力のある味方の存在を得、解決のための大きな足がかりを見出せたことで、
今までの孤立無援の状態に比べればはるかに確かな希望を抱くことができています。
この種の問題に対しては、何事も早めに手を打っておくべきです。それは、行為の異常性がある程度濃厚と認められた時点でその点を念のため早めに指摘しておく正当性が、こちらには十分あるということでもあります。
本来これは住民同士がよく話合って合意を形成すべき種類の問題なのでしょうが、現代の社会環境はそれを多くの人にとって難しいものにしていると言えると思います。解決手段として第三者に助けを求めてることは最早やむを得ないことです。
訴えを準備するにも、その反応が返ってくるのにも、対策が講じられるのにも、その効果が出始めるにも、すべてにおいて時間を要します。その間もずっと、迷惑行為による影響と被害を不当に受け続けることになるのですから。
それに、近所の誰かであったり天や運が味方してご親切に救いの手を差し伸べてくれるというようなことは期待しないほうが良い。迷惑に感じた本人が行動を起こさなければ、いつまでたっても誰も動こうとしない事になります。
そのうえ、始めのうちは自分に余裕があるように思えていても、解決が遅れるうちに適切な行動が起こせない心身の状態にまで追い込まれ、抵抗不能に陥ってしまう危険が高いように思われてなりません。
そうなると絶望と諦観に飲まれてこの状態、この環境に“飼い馴らされ”てしまうことにもなり兼ねないのです。
東北のひとびとを助けるためにも、まず自身に降りかかる災いを払いのけて、平穏な日常生活を一日でも早く取り戻しましょう。