2〜3歳からしばらく、妊娠している人が匂いで分かった。
ある日、母が生卵みたいな匂いがするから、変だな臭いって思って近づかなかったら
「ママのお腹に赤ちゃんがいるから気を使ってるの?」と誰かに言われた。
それを近所の友達に話したら分かってくれて、皆で妊娠してる人を当てたりした。
小学校上がって3年生くらいまで、かぎ分けてたと思う。(生卵に近い臭いと判明したのも小学校上がってから)
けれど、いつの間にか分からなくなってしまった。
だから私は子供が妊娠に敏感なのもあまり驚かない、役に立たない記憶だわw
912 :
名無しの心子知らず:2012/05/20(日) 16:00:54.13 ID:8YXLR0gi
赤ちゃんの時じゃなくて申し訳ないけど…
保育園の時にパンツ一丁でプールに入ること、終わったらそれを人前で脱ぐことが恥ずかしくて嫌だった。
後、自分が寝ぼけて泣いたときに母が大丈夫だよと背中を撫でてくれて安心したことを覚えてる。
だから子供が夜中に寝ぼけて泣いてもウザがらずになでなでしてあげようと思ってる。
913 :
名無しの心子知らず:2012/05/20(日) 16:07:46.88 ID:8YXLR0gi
連投すまない。
いきなりシャワーをかけられる恐怖があった。
子供には宣言してからかけるようにしてる。
後、母に急に赤ちゃん言葉で話しかけられなくなって何で大人みたいな話し方するの?と思った記憶がある。
2〜3歳くらいの頃は、自分の意思を言動でうまく表せなかった。だから親がアラアラウフフこの子はまだ分からないのね〜みたいに笑ってると、分かるけど面倒くさいしここは子供っぽく分からないフリしとこう、としょっちゅう思ってた。
たまにまだ五ヶ月の娘がハァ、みたいな大人びた顔をしてるとそれを思い出す。
3才頃、迷子になった記憶。鮮明に覚えてるので長文で失礼します。
ショッピングセンターの本屋で兄(5才)と、母の買い物が終わるまで待っていた。夢中で絵本を立ち読みしていて、ふと気がつくと横にいた兄がいなかった(本屋の奥に移動しただけ)。
母と兄に置いてきぼりにされた!と一瞬で思い込んだ私は、追いかけようと駐車場まで行った。
自分の家の車があるか確認しようとしたんだが、見当たらなかった。多分場所を間違えていたんだと思う。
やっぱり、母と兄は先に帰ったんだと思い込んだ私は、とにかく家に帰ろうと思って駐車場を出て歩き出した。日が暮れていて、冬だから寒くて泣きながら歩いた。
横断歩道を渡ろうとしたら赤信号だった。止まって待ってたら向かいの通りから見知らぬおばさんが「わたっちゃダメよ!!」と車道を横切って駆け寄ってきた。
結果そのおばさんが車に轢かれそうになってものすごくびっくりした。
「赤信号だから渡らないの分かってるのに…」と思ったが、おばさんが自分を助けようとしてくれたことは分かって嬉しかった。
その人は近くの駄菓子屋さんで、チロルチョコをくれて交番まで連れて行ってくれた。
交番には石油ストーブがありヤカンが湯気をあげていた。テレビでは相撲をやっていて、つまらないなと思っているうちに母が兄を連れてあらわれた。
3才でも、自分なりに考えて行動するから目を離しちゃいけないなと思う。
駐車場に行ったり一人で車道沿いを帰ろうとしたり、事故にあってもおかしくなかった。母となった今は本当に恐ろしい。
自分の子は絶対に本屋に託児したりしないぞ。
>>911 へええー
生卵の匂いってのもいまいちピンと来ないけど
トリもヒトも似たようなもんなのか
>>915 本屋に託児というより、まだ幼児である上の子に託児するのが問題だよね
私は長女だから毎回託児される側だったんだけど、「お姉ちゃんでしょ!」と強要され、自由がないのが本当に辛かった
幼児に子守なんて無理な話だよ
>>917 近所の子(7歳)に、その件についてたまに愚痴られるわ。
「ママひどいんだもん。弟(3歳)見てなさい一緒に行きなさいって、そんなの私聴かなくたっていいじゃん。
小さい子のお世話しなさいって怒るけど、私がやることじゃないじゃん。
○○ちゃん(私の娘、3歳)ママ、おうちにいるときはずっと○○ちゃんと一緒でしょ?
(○○の世話をするのは私であって彼女ではない、弟の世話をするのは母であって彼女ではない
といいたかったようだ)」
とぼやいてる。
彼女のお母さんにいった方がいいのか悩んでる。
よそのおうちの教育方針に介入するのもなあ、ってところもあるし。
本人もよく喧嘩みたいに訴えてるから、家族の話かなあとも思うし。
4つ離れた私の姉は全然私の面倒見ない人だったんで、
一般的な兄弟の関わりがよくわからない…。
>>898読んで思い出した
幼稚園の頃先生(♀)にトイレを覗かれた
覗かれたというよりはひとりでできているかな、という気持ちで
様子を見に来てくれていただけだと今は分かっているけど
二歳には自分でトイレに行く子どもだったので(母談)
プライドを傷つけられたというか恥ずかしかったというか
可能なら「大丈夫かな〜」と声かけくらいして欲しかった
和式トイレで先生に後ろから声をかけられて振り返ると先生の顔が見えたのでぎょっとした
姪をトイレに連れて行くときもあんまり覗き込まないようにしている
便乗で思い出したー
幼稚園で雨上がりの園庭で遊んでたが、
滑り台の下の水溜まりに尻から突っ込んだ(4歳)
先生が着替えなさいと促すが、人前でぱんつ脱ぐのに抵抗があり拒否
必死になって嫌がる私の周囲になんだなんだと集まる園児、
人が増えてますます脱ぐわけに行かなくなり泣きながら断固着替え拒否。
先生が「じゃあそのままで居なさい!」とまで言った
人目の少ない別の部屋とか物陰で着替えさせて欲しかっただけなんだ…
でもその後どうしたのかの記憶がない
諦めて脱いだのか家までそのままだったのか…
もういっちょ
親同士で水疱瘡の跡の話題になり、一番大きく残ってる跡(脚の付け根)を
「ほら、ここにあるんだけどー」とパンツ丸出し状態まで、がばー!と
スカート捲られてお隣の家の玄関先で太もも掴まれて披露された
慌ててスカート掴んで引き下げたら「あらあら恥ずかしいの?www」と
笑われたのがまた恥ずかしかった
(草生やされたわけでなく微笑ましく見守られたんだろうが笑い事じゃない!と思ってた)
子供は人形じゃないぞ!羞恥心だってあるぞ!
凄く内容が濃いスレだなぁ
読むの人より早い方なんだけど
かなり時間かかった
泣いたり笑ったり感心したり
もの申したくなる人もいたけど
超ロングパスになるので控えた
色々と参考になったよ
自分にはまったく幼児期の記憶ないからなぁ
あるとしても台所のネギで遊んだこと、イスがアスレチックみたいに思えてたこと
…役にたたんw
>>911 もしかしたら羊水のニオイなのかも。生臭いと聞くし。
>>911 そういえば妊娠5カ月頃、自分がすごくミルク臭かったのを思い出した。
肌からほわ〜んと牛乳くさいような、甘ったるいような体臭がした。
体内でせっせと母乳準備中なのかなと思ってた。
匂ったのはその時期だけだった。
夫は別に匂わないって言ってたけど、嗅覚のいいお子さんには分かるのかも。
自分も甘ったるい匂いしてたわ。
ベビーパウダーみたいな匂いだった。
うちは旦那もなんか甘ったるい匂いするって言ってた。
友人夫が、友人が妊娠すると検査薬使える時期には匂いで気付くらしい
そういうこともあるのだから匂いが出ているってことはありそうだよね
すごいね!
最近は、ガンの臭いをかぎわける犬も訓練されていることだし
妊娠している人の匂いもわかる、妊娠探知犬がそのうち…
しかし需要があるのかわからないw
そういえば妊娠中、自分のおりものが臭ってたよ
なんか魚っぽい匂いだなーと思ってたけど
いま思えば生卵の匂いにも近かったかも
>>919 亀だけど、うちのトレーニング中の二歳はトイレに一人にしてやらないと出せないみたい。同じように思ってるのかも。
小1〜2くらいだったかな。
それまでは世界は私のために回っていると思っていたが、そうではないことに気がついた。
みんなそれぞれ心や人生があって、それぞれが自分の人生の主役なんだと。
気がついたキッカケは覚えていないけど、気がついた衝撃?はハッキリ覚えてる。
>927
実際飼ってる犬、私の妊娠わかったよ
妊娠週数が経つにつれ、だんだん私に近寄らなくなっていった
もともと怖がりで臆病な犬なんだけど、おいでって言っても少し距離おいた所までしか来ず、
撫でることすらさせてくれなくなって
寝る時冬は布団にもぐりこんで来てたのに、布団に誘いこんでもすぐ出てしまうようになって
六ヶ月位のときに最近様子おかしいけどもしかしたらって思って
旦那とか半信半疑だったけど
臨月の頃には確信した
で出産後、子と対面した時は吠えたりもせずはじめまして感ゼロ
犬はだんだん私に以前のように近寄るようになり、
今は普通にすり寄ってくる
>>930 私もそう思ってたw
お母さん含めまわりの人たちみんな、
脇役をやってくれてんだと思ってた
良く疑問に思うんだけど・・・
赤がかわいすぎて「○○いい匂い〜!」「大好き〜!」って顔スリスリしたりおでこくっつけたりするんだが、赤が「母ちゃん、口くっせーなおい。」とか思ってるんじゃないかと不安。特に寝起きw
記憶ある人いないかな?
マイ記憶。
ハイハイしてる頃。数メートル離れたところに祖母がいて笑っている。
向こうに行こうとハイハイするんだが、床にビニールの風呂敷?みたいなのがあって、滑ってうまく進めなかった。
「くっそ、これが邪魔で進めねーじゃねぇか!」とフンフンしてた記憶がある。
母親に話したら全く信じてくれなかったよ・・・
親にされて〜スレと迷ったんだけど幼児期の記憶ということでこちらに
基本移動がハイハイだった頃、親戚のうちで食事をするため何人も親族が集まっていた
和室で木製のテーブルの下に潜ったり、持ち歩いていたぬいぐるみで遊んだりして過ごしていたんだけど
いとこ(♀)がそのぬいぐるみを取り上げてきた
いとことは20歳くらい離れている
いとこが上にぬいぐるみを振り上げたので、目でそれを追う
その隙に他の叔父や叔母に渡して、それをあたふた探す様子で遊んでいたよう
いとこの性格からして「遊んであげた」つもりなんだろうが、最初から全然楽しくなくて数分もすると苛立ちで泣き出した私
優しい叔母がそれを返してくれたが、その日から今でもそのいとこは苦手
なんていうか、遊び方は考えてください
赤ちゃん時代の親的爆笑エピソードや、幼児期の行動などを
いくつになっても、親戚間や知り合いの前で父親たちがネタにするのが心底嫌
特に赤ちゃん時代の●ネタ、幼児にだってプライドがあるし恥ずかしくて
赤ちゃんの時の不可抗力な話をいつまでも笑いの種にして、親はズルいと思った
小学生のときのエピソードは、いまだに話してくる
一年生の時、校庭で体育の授業中に空気の読めないアホ父が弟(赤ちゃん)と犬を連れて
校庭に勝手に入って来てしまい、遠くから大きく手を降り名前をよんできた(まだおおらかな時代)
もう恥ずかしくて涙目で、その場から消えて欲しくて「シッシッ」てジェスチャーで必死に訴えた
それが生意気に見えてツボったのか、その話は二十年以上しつこくネタにしてる
私が本気で嫌な顔してるのがわかってないから、もう諦めてる。
愛を込めているつもりでも、バカにしたような話し方は絶対しちゃいけない
自分は子どもに対してデリカシーをもちたい、親だからって失礼の無いようにしたい。
>>933 このスレか前スレかわからないけど、
母親の口臭は嫌だったけどワキガは母親の匂いって感じで
好きだったというレスがあったような
>>914 そういうの聞くと怖いw
息子2歳、わかんないだろうなと思いつつもなるべく説明するようにしてるけど
本心ではわかってないと思ってるので無意識にデリカシーないことや恥ずかしいことしてるかもしれない
子供がそれ見て覚えてたり嫌だなって思ってたりするかもしれないんだね
>>936 そのお母さん、口臭&ワキガの二重苦なのか…
>>937 今思い出したけど、面倒だから分からないフリ〜もあったけど、今なら許されるから子どもっぽく知らないフリしよう、と誤魔化すこともあったw
多分保育園上がる前だったと思うんだけど、母が噛み砕いたピーナッツ食べるのが好きだった・・・
今考えるとアリエナイ気持ち悪さ
幼稚園頃の記憶。
お母さんが「いとこの○○くん(私の三歳下ぐらい)がお兄ちゃんになったんだって!だから会いに行こうね」
と言い、いとこの家に行くことに。
お兄ちゃんになった…というのは単に
妹が生まれたってことなのに
私にとってお兄ちゃんとは、背が高くて自分より全然大人の大きい人…という認識で、
「へ~あの小さかった○○くんがお兄ちゃんになったんだ!それは凄い!どんなに大きくなったんだろう!」とワクワクしていたのだが
実際会いに行くと前とほとんど変わらない
チビっ子で
なんだ~と思ったのを覚えてる。
>>941 かわいいw
お兄ちゃんになった、より赤ちゃん産まれたんだって!と言ってくれた方が普通にわかるねw
孫が2ヶ月のとき娘が買い物に行ってるあいだに添い寝しながら
「えへ〜今ママはお買い物に行ってますよ〜それはそうとばぁばは世界一○○くんのことが好きなんだよ〜
このことは大きくなっても覚えていてね〜えへ〜」とかアホづらしながら言ってた…
早くここに辿りついていれば…願わくば忘れてほしい(´・ω・`)
ばぁばて
二ヶ月じゃさすがに憶えてないつか言葉理解してないよw
保育園の頃の記憶。
バス通園の帰り、バスから降りて母は他のお母さん達と話してた。
私はその辺りをうろちょろしてて、母の足にしがみついた…と思ったら違うお母さんで、周りは大笑い。
私は大人に囲まれて笑われたことが恥ずかしくて、プライドが傷付いたような
気持ちになったのをよく覚えてる。
今子供が幼稚園児で、親の立場になってみると、当時のお母さん方の気持ちもよくわかる。
大人から見たら「あらあら間違えちゃったね、かわいいわね」くらいの
微笑ましいものだったと思うんだけど、からかう気持ちがなくても、笑うのは良くないね。
当たり前か、でもなかなか難しい場合もあるけどね。
>>942 大人からしたらそんなこと思ってるなんて
思いもしないよねw
>>947 わかるわかる、
覚えてるわ~その感覚。
小さな頃って、今よりももっと
恥ずかしいっていう感覚が鋭かった気がする
大人すら人違いした時恥ずかしいもんね
私も、スーパーで買い物中にお母さんだと思った人の持ってるカゴに
自分の欲しいお菓子を放り込んだら
あ!違う人だった!ってことがある
あら…ってその人笑ってたけど。
一週間ぐらい恥ずかしさひきずったw
子供の頃に笑われて恥ずかしく思ったりすることは必要な気がするなぁ。
辛い記憶を残させたくない、いい思い出だけで育てたいという気持ちは分かるけど、
小さいうちにある程度は経験して自分で感情に対処する練習をしていないと
大きくなってから本人が苦労するんじゃないかな。
まあちょっと笑われたくらいなら人間不信になるようなほどのことではないし
実際大人になったら大したことではなかったとわかるからねw
ただ嘘をつかれたり信じてもらえなかったりというのは残るだろうから気をつけなきゃね。
他人に対して失礼になる言動は子供相手でもしちゃいけないって聞いてなるほどと思った。
まだ子供だから、どうせわからないからとつい思ってしまいがちだけど
心を持った一人の人間として扱わなきゃいけないって。
だから「相手が子供じゃなく大人だったらどうか」って考えてみたらその対応がふさわしいかどうかの指標になると思う
>>949 あー、何かこのスレ見ててモヤッとする訳がわかったよ。
多少は痛い目や嫌な思いもしないと勉強できないこともあるよね。
気をつけたところで全てから保護してやることはできないだろうから大丈夫なんだろうけど。
952 :
947:2012/06/01(金) 21:47:13.27 ID:yz0FULgq
>>949-951 なるほど、感情への対処ですか。確かに、これから先、親のいないところで
いろんな人にいろんなことを言われていくのだし、自分で自分の気持ちに向き合う力を
付けないといけないですもんね。
笑われて恥ずかしかった子供の立場でだけ考えてた。
相手が大人だったら、という視点も、取り入れていきたいと思います。
勉強になりました。
>>948さんもありがとう。
test
最近になって母から自分が知能遅滞?いまでいう多動?だったという話を聞いて衝撃を受けたので、
そういう子供の記憶として参考になれば。
自分は物心ついたころ(多分3歳かそれ以下)から、じっとしておくことが苦手だった。
何もしないことが、苦痛で絶えず、何かをしていた。
落ち着きがないというように言われるが、自分にはそうするしかなかった。
例えるなら、普通の人が30分何もせずにいたら退屈するとしたら、自分の場合は1分も立たずに退屈するような感じ。
なので、落ち着きがない子供には、子供の中ではそれなりの理由があるのかも。
955 :
954:2012/06/02(土) 10:55:45.19 ID:W0HnXxAF
ちなみに知能遅滞は大学病院で脳?を調べてもらった結果らしい。
脳に傷がある?とか。
そういえば小さいころからよく病院に通って先生とおしゃべりをしていたのだが、後から知ったがその病院は精神科の病院だった。
学校は普通に通い、現在は結婚して子供もおり普通に仕事もしている。
>>955 気に障ったらごめんね、その1分でそわそわ落ち着かない、というのは大人になったら治まってきたのかな?
957 :
954:2012/06/02(土) 11:06:30.33 ID:W0HnXxAF
>>956 いえ、全然気に障ってないですよ。
1分というのは例えなので多分本当に1分でというわけではないです。
大人になってもそのなごりはあります。
運転時に信号待ちで何もしないのが苦手でちょっとフリーペーパーを見たりとか、
ネットしながらiPhoneで違うものを見たりとか。
959 :
954:2012/06/02(土) 17:39:28.74 ID:W0HnXxAF
>>958 はい、免許は普通に1回で取りました。
というか本人は気づかずに学校生活を送って就職して普通の人生を送っているつもりだったのでw
でも言われてみれば片付けが苦手だったり感情の起伏が激しかったり少しKYだったりとそれっぽいところもあるかなという感じです。
>>959 いや、普通に一回で取れたとかじゃなくてさ…
自分で気づいてなかったとしたら、よく親が止めなかったね
自動車学校に入るときに病歴がわかるようになってたらよかったのにね
昔、交通事故にあったんだけど加害者がちょうど脳に傷のある?人だったので
すごく気になっちゃって
スレ違いごめんなさい、ROMに戻ります
961 :
956:2012/06/02(土) 21:35:00.68 ID:zkR0samT
>>957 ありがとう、名残りは多少あっても生活にさほど支障はない、て感じなのかな。免許もおかしな所あったら教員に言われるだろうしね。
ただ信号待ちでももらい事故あるから他のことはしないよう注意した方がいいかも…とっさの判断ができるように。
でしゃばってスマソ、レスありがとう。
962 :
名無しの心子知らず:2012/06/02(土) 21:44:00.09 ID:wPFeFfEk
自分の年齢がどれくらいだったか分からないけど…4歳以下くらいかな…
母親が、裏声で自分の名前じゃない全く関係ない呼び方を連呼しながら
身体をまさぐってくる記憶。
…と言うとなんだか怖いが
以下の台詞を裏声で読んで見て欲しい。
「はぁーい☆ぴぴちゃーん!ぴぴちゃーん!むむちゃーん!私のむーむちゃーん!
ちっ・ちゃ・い・お・し・り☆可愛いー!可愛いおちりでちゅねぇー☆」
子供を持った今になって分かる、あれは母のお花畑タイムだったんだな…
ちなみに私の名前はごく普通の○○子だ。
幼稚園バスの窓から見る雲が何の形に見えるか毎日話していたら
卒園式で「大人になると雲にしか見えなくなるのよ」と言われ
「雲が雲以外に見えなくなるなんて絶対ない」
と泣いて叫んだのをはっきり憶えてる しばらく脳内大混乱だった
早熟パニック気質の子どもに説明するのは難しい
現在どう見てもただの雲です本当にありがry
964 :
954:2012/06/02(土) 22:56:35.80 ID:W0HnXxAF
>>961 わざわざ心配していただいてありがとうございます。
そうですね、気を付けますね。
生活には全く支障ないです。
なので、人それぞれだとは思いますが小さい頃にそういう診断をされても普通に育って普通の人と同じ人生を送っている人もいるということで。
965 :
954:2012/06/02(土) 23:04:09.47 ID:W0HnXxAF
>>960 すみません、私の書き込みで嫌なことを思い出させてしまいました。
脳に傷があると診断されたのは1,2歳の頃なので成長して今も傷があるかはわからないし、
学生の頃の成績も悪くなく職業もプログラマーなので知能などには特に問題ないと思います。
全レスはよくないと思いましたが、気になったので。
>>962 腹痛くなるくらいワロタw
あなたのご母堂と自分が丸かぶりなんだけど、お花畑タイム中どう感じたか教えていただけると有難い。
キモかったなら子が物心つく前にやめるよw
967 :
名無しの心子知らず:2012/06/03(日) 02:58:06.71 ID:6TIPWaXG
>>966 ぴぴちゃんとかむむちゃんとかは、なりきりごっこの延長みたいな感じで
「私、今ぴぴちゃんなんだ!可愛い名前!」と感じていて
他の名前で呼ばれると「ぴぴちゃんじゃないの?ぴぴちゃんがいい」と
思っていた…うまく伝えられたかは覚えてない。
可愛いおちり☆に関しては、自分にとってはそのサイズは普通だし
なぜ可愛いと言われるのか分からずに(褒められる対象としてお尻はおかしい、という感じ)
もやっとした疑問になったのがここまで記憶に残った理由なんだと思う。
ただし妙なテンションで遊んで?貰えるのは楽しかった、キモいとかは思ってなかったよー
うちは母が亡くなっているので、実際私の反応がどうだったかの答え合わせが出来ないのが悔やまれる…
>>962 同じくワロタw
似たような事を現在進行形でしてるわw
子供はケタケタ笑ってるからトラウマにはならないと信じたい。
ベビーベッドの記憶があります。
ベビーベッドの中で立つか座るかしています。柵があり、柵の外には親のベッドがあり、照明器具が置かれぼんやり明るい。
赤ん坊ではなく2、3歳頃の記憶です。
970 :
966:2012/06/03(日) 23:35:45.69 ID:RhiKi004
>>967 お答えいただいて有難う!有難う!
答え合わせできないのですね…知らずとはいえ気軽に聞いて申し訳なかったです。
でも、お花畑なお母さんの事が楽しかった記憶で残っていることに安心wしたと同時に何だか嬉しくて泣けてしまいました…
私もお花畑のうちはテンション高く可愛がろうw
本当に有難うございました!
保育園に入る前の記憶で、曽祖母とピクニックごっこをした。
ド田舎すぎて近所に公園なんてなく、家の前の田んぼの土手でw
祖母が作ってくれたと思われるお弁当が、ふたをかぶせるだけのアルミの
お弁当箱(今もあるのかな?)だったこと、土手の草が青々としていたこと、
とてものどかな空気だったことを覚えている。
ピクニックごっこは一時期頻繁にあって、当時小食な子どもだったらしいから、
少しでも気分を変えて食べさせる工夫をしてくれたのかも。
保育園に入ってからの記憶で、祖父がお子様ランチもどきを作ってくれた。
たしか保育園を風邪で早退したときのこと。
おかずは普通の地味な惣菜だっただろうけど、大きな皿にちまちま盛られて、
そのなかの魚肉ソーセージの斜め切りがものすごく鋭く切られていたことを覚えている。
母は産後1ヶ月半で職場復帰したらしいので、幼児期までの記憶にはほぼ登場しない。
こう書くと、それでも優しいジジババに囲まれて幸せそうな記憶だけど、
曽祖母は嫁いびりがひどくて本家(祖父の長兄宅)を追い出されるような人、
祖父はどうしようもないアル中で私も成長してからは実害を被った。
世間的には毒に分類されそうな身内でも、身近で世話をしてもらえば
幼い子どもはそれなりに懐くし、実の母との間にはないほのぼのした思い出も
残るんだと改めて気付いた。
>>972 わかる…
うちの祖父もすごいクソなじいさんだったみたいだけど
私は嫌いだと思ったことがない。
かわいがってもらった良い思い出は一生残るよね。
たぶん3歳くらいの頃
たぶん都内のバス停
バスを待っててバスが来たから乗り込んだ
ステップを上り終え、ふと振り向いたら家族がビックリした顔で「これには乗らないよ、降りて!」と慌てていた…
いや、まず乗る前に止めてくれ、と今なら思う
そのままドア閉まっちゃってたらどうしてたんだろう?
逆バージョンだと、それまでじいさんのこと嫌いじゃなかったのに、
ある日母から
「あんたと○○君(私の従兄弟)がケンカしたとき、じいさんはあんただけキツく叩いてねー・・」
なんて話を聞いて突如嫌いになった。
977 :
972:2012/06/05(火) 13:57:34.62 ID:6Pu7IOMd
ありがとう。
ただ、私は小学生になってからは祖父のことが嫌いだった。
アル中だってわかってきて実害を被るようになると、学校から
家に帰るのが憂鬱だったし、お母さんが昼間家にいてくれたら
守ってもらえるのにと母を求めたりもしていた。
正直、「早く氏ね。氏んだら祭りだワッショイ」という気持ちで、
今もまだその気持ちは残ってるんだけど、もしこの先本当に祖父が
他界するときが来たら、お通夜やお葬式で思い出すのは
>>972で書いた記憶なんだろうなと思う。
幼少期にかわいがられた記憶って強いんだな、
根底に残りつづけるんだなとつくづく思うよ。
そろそろ第二子が欲しいなあと思い始めて思い出した事
・私幼稚園妹が1歳〜話し始めるまでのこと
妹があれしたいんだってコレ食べたいんだってと母に言うと、それをやってくれて
「ホントだ―!さすがお姉ちゃんだね!妹ちゃんの言ってる事がよくわかるんだね!」と褒めてくれた
鼻高々ですごくうれしかったのを覚えてる
今思えば、母は私よりももっと妹の言いたいことがわかってただろうし、間違っていた事もあっただろうけど絶対に私を立ててくれたw
そんなわけで母を取られて悲しい思いをしたって記憶がない
あたちって頼れるおねえちゃんなのよ♪って思ってて妹がかわいくて仕方なかった
妹のお昼寝の時間、ハイローチェア?スイングベッドみたいのを揺らして寝かしつけるのが好きだった。
あんまりにも気持ちよさそうなんで「妹が使ってない時使わせて」とお願いした。
あれは赤ちゃんの!妹ちゃんのだからって何回も断られてたんだけどおやつなしでいいから!ちょっとでいいから!
と懇願しまくって貸してもらった。
せまいしギシギシうるさいし、全然気持ちよくなかった。
私的にはどんな感じなのか試してみたかっただけなんだけど、母は赤ちゃん返りした!妹ちゃんに焼き餅やいてる!と思ったらしい。
>>977 ちょっと羨ましい。
私は祖母にたいそう可愛がられてたけど、
従姉を罵倒する姿(その子のお母さんと嫁姑問題が酷かった)を見て
醜悪な存在としか感じられなくなったし、
いい記憶だったはずのイベントも気を遣った記憶としてしか残ってない。
まあ、もともと可愛がられてたものの好きではなかったんだろう。
980 :
名無しの心子知らず:2012/06/08(金) 01:28:22.32 ID:D5cIpKLA
母が私が4歳のときに再婚したんだけど、
実の父の記憶がない・・・私が2歳のときに別れたらしい?んだけど。
今でも、実の父に会いたい気持ちがあるんだけど、言えない。
多分2歳くらいの記憶。
祖父が「ぶー見に行こうか」って言ったので、ぶー=お魚だと思った私は
水族館だやっほーい!とうきうきして一緒に行ったら、すぐ近くの歩道橋の上で
「ほら、ぶーがいっぱいだね〜」と言われ、なんだ、ぶーじゃなくてぶっぶか、
と頭の中で舌打ちしたのを覚えている。
3歳離れた妹が産まれる前なので2歳ごろの話し
当時両親共働きで日中近所の祖母の妹宅に預けられてた。
朝 起きると自宅には誰もいなくて リビングに着替えが置いてあり、服を抱えてパジャマのまま「おばちゃーん」と祖母妹宅へ行っていた。
今考えると自宅には鍵かかってないし
出てくとき鍵しめた覚えもない
今二歳四ヶ月の息子にはそんなの考えられないわ
30年前のことだけど
実家が田舎なのか時代なのか
日中は保育園終わったら自宅の祖父の仕事場で絵を描いて
夜寝る時も離れの祖父の部屋で寝てた
妹が生まれた二歳ぐらいからそういう生活
あるとき祖父と実母が喧嘩してて祖父が子供の前だから!
と言ったあとも母が何か怒鳴っててそれ見てたぶんお母さんが悪いと思った記憶がある
後から思えばその時以外にも喧嘩してた
祖父は母のことを悪く言わなかったけど母は悪く言ってた
私に子どもが生まれて、自分が嫌いな人に子どもが懐いたら確かに面白くないかもと
母の気持ちもわかる気がするから私は絶対に子どもを母に預けないつもり
2〜3歳児のころかな?はっきりとした時期がわからないが
歳の離れたいとこに大きいキューピー人形持って追いかけられた。
どうもいとこは楽しませてくれようとしたらしいが、本当に怖くて大泣き。
そのせいか20歳過ぎてもキューピーは苦手で、最近ようやくマシになった気がする。
大きいキューピーと思っていたが、あとで親から話を聞くと30cmもなかったらしい…。
>>985 子供には充分大きいよ…キューピーなんとなく怖いのわかる。
主人が一歳の子供にいないいないばぁや、中指と人差し指を使ってアリさんが〜♪やってきて〜♪をやっているのを見て、思い出した。
私もすごくワクワクした!
言葉が話せない時の記憶。
子供も期待で目を輝かせている。
子供の頃、母は世界一美人だと思ってた。
3歳くらいの頃にそんな母がパーマかけて帰って来て物凄くショックだった。
何か嫌な臭いするし、おばあちゃんみたいに髪がくるくるしてるし、あんなのお母さんじゃない!と思って物陰に隠れて様子見てた。
母はお母さんよーって笑ってたけどね。
小さい子って髪が長ければ美人だと思い込む傾向ないかな。
うちの子も私が髪ショートにした時ショック受けてた。
>>988 あー、なんかうっすらとした似たような記憶思い出したw
990 :
名無しの心子知らず:2012/06/09(土) 19:41:10.50 ID:yQKjvJgD
三才あたりの記憶だと思うけど、桃色吐息?という歌が流行ってて、わたしは車の窓開けてこっそり歌ってた
それを家族に聞かれて、かなりいじられた
うまいとかおとなびてるとか、悪い内容じゃないんだけど、子供心にやらしい感じの歌だと思ってたから、妙に恥ずかしくてやだった
子供がやってることってかわいさから、しつこくいじったり、おちょくったりしがちだけど、我が子にはやめようと思う
小さくても自尊心はりっぱにあるんだよね
四歳の頃、カタカナが読めた。
家族でドライブ中、給油をしなくてはいけなくなったのでスタンドに寄った。
そこに書いてあった看板のカタカナが分かったので、大きな声で自慢して言った。
私「 ガ リ リ ン !」
社内は大爆笑。
「ソ」を知らなかった恥かしい記憶。
でも同じような形のくせに違う読み方って納得いかなかったよ。
あー同じような記憶が…
地元にニュー三久(サンキュー)ってスーパーがあるんだが、ニューミスって呼んでてからかわれた。
何で三がミなの?久がスなの?と笑いながら聞かれ、何故分からないのかとムッとしてたわ。
漢字があるって分からなかったんだな。
多分4歳か5歳。
>>988 あーあるある
幼稚園の先生もロングヘアの先生が好きだったし、ピンクレディーも同じ理由でケイちゃん派だった。
980いないかな?次スレチャレンジしてみる
ゴメン規制された、どなたかお願いします
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もう書けないので、新しいスレッドを立ててくださいです。。。