【2013年開始】 Hybridcast ハイブリッドキャスト
2006/06/16
放送・通信の在り方に関する、私見その9
今となっては、720pや1080pのプログレッシブ方式はプラズマや液晶テレビとの親和性、
映画やCGなどの映像制作に有利なバリアブル・ピッチによる撮影、
パソコンによる編集や再生環境においてその優位性を疑う人は居ないと思うのですが . . . 1998年からこの1999年5月24日までの間、
この720pを日本の放送業界から抹殺しようとする「ありとあらゆる活動をした集団」がおり、
その軋轢の中で多くの人が傷付き市場から去ることになったのでした。
私個人の主張、そしてマイクロソフトの立場は、
1080iと720pどちらが良いか、どちらかひとつを採択するかではなく、
仕様の中に1080iと720pを併記して頂きたいというものでした。
米国の放送方式はATSCによるHD放送に向けた放送の標準フォーマットとして早くから1080i、720p、480p、480iが規定されていました。
50年以上前に発明されたテレビ放送が米国に合わせてNTSC方式を日本は採用し、
ヨーロッパ・中国・ロシアなどがPAL方式を採用してきた背景からすれば、日米のテレビ方式が
デジタル・ハイビジョン(HD放送)の時代になっても米国と同様の1080i及び720pを両方サポートするということは自然なことと思われました。
日米間の互換性だけではなく、当時よりブラウン管チューブを使った重たいテレビ受像機は、
急激な勢いでプラズマTVや液晶テレビに取って変わることは明らかであり、走査線が走り一本ずつ光るスダレを交互に表示して
人間の眼の残像を利用してひとつの映像に重ね合わせるという飛び越し走査よりは、一つ一つのセルが自ら発光する、
もしくは遮光をオン・オフして光源を反射もしくは直視し映像を表現するフラットパネルの時代には、
プログレッシブ(順次)方式が有利と思われました。
さらに、映像圧縮に採用されたMPEG2方式においては、1080iは22Mbpsでは最高品質の映像を表示するも、
その転送レートを15Mbps以下まで落としてくると映像が破綻するという現象も既知のことでした。
http://journal.mycom.co.jp/news/2003/05/28/18.html 720pはMPEG2以外の圧縮方式でも15Mbpsでほぼ最高品質を達成し、12Mbpsでもほぼ実用の域を保ち、
さらにMPEG2以外の圧縮方式MPEG4、H.264、WMV(現在のVC1)などを使えば8Mbpsから12MbpsでHD放送を伝送できるというのが、
私たちの主張でした。
当時の私の主張をまとめると、
「HD放送は1080iもしくは720pいずれでも撮影、記録、編集、伝送、受信、視聴できることとする。
映像圧縮に関してはMPEG2に限らず、将来の斬新な圧縮技術を随時採択できることにする。
コンテンツ保護技術や、個人の認証、課金技術は特定技術一つに限らず、複数の技術をそれぞれもしくは組み合わせて提供可能とする。
放送と通信の融合(連携)サービスを記述するメタ言語はHTMLをベースに各種プラグインそしてXMLに対応する。
XHTMLをベースにしたBMLはそのサブセットとして組み込む。」
それに対して、1080i擁護派は、「1080iが優れた方式で、議論の余地は無い、プログレッシブの話をするなら帰れ!!」
(実際に砧の某研究所で当時の所長に言われた言葉ですが . . . 今の所長さん(E並氏)は
とても紳士ですので、私は尊敬しております。決して誤解のないように)
郵政省の会合でも何度となく放送のプロ達に諭(さと)されたものです。
「君はPC業界に都合の良い方向へ持っていこうとしてるんでしょ」
「崇高な放送の世界を邪悪な世界に引き込もうとしている」 と . . 多くの人が同席する会議の場で私は名指しで糾弾されたものです。
将来のデジタル放送の規格に720pは絶対に入れないという強い意思とあらゆる活動は
「1080iと720pを併記したらどうか」 と主張する陣営を徹底的に痛めつけました。
当時、松下電器産業殿は720pの優位性を説きながらDVC Proをレリースされ、
1080iと720pの両用機能を持った松下電器産業のHD D5という放送局用ビデオデッキは、
AJ-HD2700やAJ-HD3700という型番で欧米の放送局でも沢山採用され、
放送業界の権威あるエミー賞をDVC ProもHD D5も受賞されています。
このD5というビデオデッキはNHK殿に納入する時、720pの機能が付いているなんてことがバレると殺されるので、
本体に点在するボタンを11個以上押さないと、
(つまり二人の人間の指を駆使してボタンを押さないと720pの機能はアクティブにならないように細工がしてあったそうです。) . .
まるで隠れキリシタンが隠し絵にキリスト像を描いていたような話でありますが . .
この類(たぐい)のプレッシャは日々激しいものになってきて、
魔女狩りに駆り出された狂信的な信者が、誰彼となく次々と火あぶりに挙げるような行為が続いたのです。
480pと720pの実験放送をやっていた日本テレビSさんとKさんの受けた仕打ちは、
某放送局のEB沢さんから直接日テレ社長のUJ家氏に電話をかけてこられて、
「お宅の技術のトップの人間は、ウチに対抗して何かやっているようだけど、けしからん話だ。
そんなことではデジタル・ハイビジョンの映像をウチから供給できなくなるけれど、それでも良いのかねぇ」 と迫ったそうです。
その結果Sさん、Kさんは当然将来取締役が約束されてもおかしくない何十年にも渡る業界に対する貢献があるながら
いつのまにか表街道を去ってしまうことになりました。
テレビ朝日殿が新しいスタジオを作るにあたり、1080i/720pの両用ビデオ・スイッチャーを東芝から導入された時、
某放送局のキツイお達しがテレ朝と東芝に飛び、720pの機能は殺して納入するようにとの指示が飛んだそうです。
そして、BS-iのスタジオ導入で、1080iのカメラと720pのカメラを性能評価したという話を聞きつけて、
「まさか720pのカメラを導入するなんてことはありませんね?」 という問い合わせが某局から入ったそうです。
TBS殿も全く同様にメインスタジオへのHD機材導入にあたって1080iと720pの両用システムの導入計画は
純粋な技術的観点の選択肢だけではなく、それ以外の見えない力に翻弄されておられました。
「魂の報道」 を標榜するTBS殿の報道部門が、DVC Pro 720pを採択されたことが、唯一の救いと感じられました。
NAB98の会場にて明日から開場というまさに前日のこと、
某放送局のY氏、会場を事前に巡回されJVC殿の会場にて1080iと720pの両用カメラを発見、
JVC殿に対して「好ましくない表示は控えるようにと一括」 結果として
NAB98の初日には無残にも綺麗にできた展示パネルの1080i/720pの文字列の720pの部分にはガムテープが張ってありました。
毎週のようにこのような話を耳にするにつけ、これは魔女狩りでも特高警察の検閲でもあるまいに ・ ・ ・
現代の話なのに本当にそんなことが起こっているのだろうかと自分の耳を疑っていました。
そしてそれが、
とうとう我が身にも降りかかったのでした。
1998年のNABショウでマイクロソフトは初めて放送関連のコンベンションで技術展示をすることになりました。
(関連記事)
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/980413/kaigai01.htm 松下殿より当時500万円程したHD D5デッキをマイクロソフトは購入し、
1080iと720pの映像を左右1対で比較デモ表示し、どのように優位性が表示されるか比較デモを予定していました。
1080iの標準的な撮影は1440x1150の1080i標準ビデオカメラによる撮影結果を1920x1080の映像に計算しなおし(アップスケール)、
それをスダレのような偶数・奇数のフィールドに振り分け送出するという方式を取っていました
(現在のデジタル・ハイビジョン放送の標準撮影方法です。)。
そして同じ映像を1280x720の720p標準カメラで撮影しD5デッキに録画した映像をそのまま720pで再生するというデモ内容でした。
映像の再生には当時の最高品質のCRTスタジオ・モニター(8000ドルクラスのSONY製品を2台)を
マイクロソフトの展示会場に用意しておりました。
比較展示用デモ映像は同じスタジオ環境で撮影した1080iと720pのそれぞれの映像データをお持ちの松下電器産業殿から
D5の録画テープをお借りして、
初日のデモへ向けて全ての設営と映像チェックが終わった時のことです。
某放送局の方が、マイクロソフトのブースを垣間見るや、とても渋い顔をしておられます。
私は夕方の6時過ぎに会場の設営も終わり、ホテルに戻ろうとしていたところ、
松下殿から緊急の連絡が入り、展示に使っていたビデオテープを持って松下殿の技術担当役員のホテルの部屋まで来て欲しいとのこと . .
部屋に入るとその役員さんは、
ベッドの上であぐらをかいていて、その両脇には15人を超そうという松下の方々が壁沿いに2列にずらりと並んで座っているではないですか . .
その姿はまるで、新入りの囚人(私)が牢名主の親分に「今日からお世話になります」 と仁義を切るのかい、というような雰囲気でありました。
そしてその親分さんが言うには、「そのテープ黙って置いて、帰ってくれ」 とのこと . .
「冗談じゃない、そんなことしたら明日の展示は何も映像が表示できないではないですか?
何故そんな唐突な話をこの期に及んでされるのですか」 と問いただしたところ、
松下がマイクロソフトに協力して720pを推進するのはけしからんと、某局からお叱りを受けたと . .
それだけでも絶句の出来事なのに ・ ・ ・
「とにかく松下から映像を貸し出すなどとんでもない . . 即効撤収してくるように」 との具体的な命令を受けた私は必死に食い下がり、
「その映像作品は全て松下殿の著作物であり、某放送局に文句を言われる筋のモノでは無いはずです。
それを何故ゆえに引き上げなければならないのですか?」 と伺えば . .
「その中のヨーロッパのお城のシーンはARIB加盟各社がテスト映像として皆で利用するために松下が提供したもので、
そのテスト映像をARIBの会員でもないマイクロソフトが勝手に使うには如何なものか?」 とのこと . .
私はさらに一歩も引かず交渉を続け ・ ・ ・
もしそれが現実になるのなら
「明日の朝は急遽説明のパネルを書いて、
某放送局の名前を実名で明らかにした上で、この名前の会社の不当な介入でマイクロソフトでは展示ができなくなりました」
と張り出しますよとまで迫りましたが担当役員は首を縦に振りません。
最期に私は
「判りました このテープはここに置いて行きますが、夜中に誰かに盗まれたということにして私が犯人になりますから . .
盗難届けを出してください!!それでは如何でしょうか?」
と交渉は3時間を越える押し問答となりました。
その結果最後に明らかにされた背景は、某放送局の方から松下の役員に語られた厳しい言葉でした。
それは、
「君、僕らは今年50億円くらい君の会社からモノ買う予定だよねぇ、
そんな態度でいると、50億円のビジネス失うことになるよ、君ぃ!!それでも良いのだね!!!」
というもので、
担当役員は縮み上がってしまったのだそうです。
技術担当の役員がマイクロソフトの展示に協力をした結果、50億円のビジネスを失うことになったら
営業担当の役員との軋轢を生むことは必死であり、
そこまでのリスクを負ってまでビデオテープをマイクロソフトに貸し出すわけにはいかないとの判断、
私はビジネスの交渉でこんなに困り果てたことは一生に何度も無いというぐらい意気消沈しきっておりました。
夜10時にならんとするタイミングで、日本からシアトル経由でラスベガスに到着後、
時差から回復する間も無く会場の設営を手伝っていた私はもうダウン寸前 ・ ・ ・
そこで思いついた解決策は
「判りました、このテープはお返ししましょう。
その代わり今から新規に撮影を開始しますから、必要な機材と人を朝まで貸してください」
と何とも無謀な提案を申し出たのでした。
NABのメイン会場からマイクロソフトの借りていたヒルトンホテルの部屋まで、
HDカメラ(当時は100kg以上あったと思います)とD5デッキを担いで深夜に部屋へ持ち込み
スイッチャーや編集機もないままイッパツ撮りでデモ映像を仕上げなければなりません。
私はそれまでにいくつかの放送スタジオに見学に行ったことはあるものの、
映像プロデュースも撮影も全くのシロウトですので、
カメラのライティング、撮影のオペレーションに付き合ってくれる人たち3人ほどに朝まで付き合ってもらいました。
途方に暮れて困ったことは、深夜の12時にラスベガスのホテルで撮影できる生素材など有りはしないのです。
それも著作権、肖像権を侵害せず、HD映像の違いが際立って表現できる素材、
なおかつ1080iより720pの方が綺麗に見えるという素材
(多くは、風にそよぐ木々とか波打つ水面、キックされたサッカーボールなんてものが使われるのですが . .)
残された時間に日中でロケハンに出かけることもできず、
全てはラスベガス・ヒルトンの部屋で深夜、朝までの6時間以内に解決しなければなりません。
まず、深夜のルームサービスで果物の盛り込みを頼みました。
そしてその果物の表面に霧を吹いて光るリンゴの表面に張り付く水滴なんてものを撮影しました。
本格的なスタジオと違って光の回り方も映像のモニタを視ても、思ったような映像にはなりません。
夜も更けて3時を廻り4時にならんとした頃でしょうか、
雑誌のカラーグラビアをメクリながら、この際著作権の許諾を無視して雑誌に写っている写真を撮影してしまおうか?
こんな深夜にマトモに著作権の許諾などできる素材など有りはしないし、と途方に暮れていたところ、あるアイディアが湧き出てきました。
「そうだ、ドル紙幣を撮影すれば手彫りのエッチングで表現された人間の顔やお札の文様はHD撮影すれば
ビックリするほど細かい映像として撮影対象になるに違いない、
誰でもそのパターンが何か理解できるはずだし、
何よりもお札の縦横無尽に走っているストライプが際立って720pと1080iの違いを引き立ててくれるに違いない」
と確信するに至ったのです。
ドル紙幣をビデオ撮影しても肖像権や著作権を主張する人もあるまい、という点が一番大事なポイントだったのです。
壁に貼り付けた50ドル札(私の持っていたピン札はそれしかなかったので)にバッチリとライティングを施し、
撮影した結果は「キタ、キタ、キターッ」 という感じ!!
カメラをパンして右へ左へ振りながらお札の表面を舐めるように撮影した720pの映像は細かい線の1本1本を明確に表示して、
1080iの映像は実に見事にモアレ縞が出まくり画面にチリチリと汚い映像が糸を引きます。
これでこの映像をそれぞれのディスプレイに表示した上で、視聴者にどちらが高精細でしょうというブラインドテストにかければ、
間違いなく1080iの映像品質が悪く、720pに軍配が挙がることは間違いない . .
と確信を持って撮影を終了したのでした。
もう夜の明けてしまったラスベガスの街を撮影の終えたテープを大事に抱えてひとまずシャワーを浴びにホテルにチェックインし、
そのまま会場入りした、NAB98の経験は一生忘れることのできない“ラスベガスの一夜”となりました。
もしNAB98の720p展示を諦め、
その後さらに激しいバトルとなる「日本のデジタル放送には720pが含まれない」 というARIB殿の提言が
そのまま郵政省の答申として結論付けられていたら、
720pは日本の市場で抹殺され、生まれ出(いず)ることの無い子として闇に葬られていたことでしょう。
DVC ProとHD D5の研究開発の立役者としてタキシードを着て米国のエミー賞まで受賞された、
松下の技術担当役員、N岡さん ・ ・ ・
最期の采配としてシロウトの私に自社の展示機材と若いスタッフを朝まで貸して頂いたご恩は一生忘れません。 . .
その後、全社CTOとしてのお立場に昇進されても当然と多くの方に思われながらも、
定年前(もしくは定年の延長もなく)引退されたことが気がかりでなりません。
1080iを推進する陣営は720pを抹殺するために何故ゆえにそこまで狂信的に走ったのでしょうか?
それは、1080iの機器を主に生産されていた機器メーカーと某放送局の思惑が一致した結果なのですが、
その詳細は明日以降に順次明らかにいたしましょう。
では、ふるかわでした