2 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/28(日) 15:25:51
地中海の国ポルトガル、スペイン、イタリアの選手は本当に暑さに強いね。
五輪や世界選手権でも、カルロスロペズ、ボルディン、フィス、アントン、バルディーニ・・・・
金メダリストだけでもこれだけいるのだから。 ケニアやエチオピアは高原にあるので
意外と暑さは厳しくない。しかし地中海性気候は冬は雨季で温暖だけど夏は寒気でかなり
暑いらしい。それもかんけいしてるのかな
4 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/28(日) 16:59:53
ソウルのボルディン強かったなw
>>4 終盤アーメドがスパートして、2位にダグラスで、3位にボルディン、4位中山
だったけどそこからそこ力を発揮して、ボルディンが二人を抜いたんだったね。
解説の・・・が「イタリアの選手はここからが強いんですよね」と言ってたら
本当に逆転して金メダルを取ったとき さすがと思った。たしか宗茂だったかな。
7 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/28(日) 17:11:53
86東京で無名の初マラソンのデンシモが前半から飛び出したとき解説の・・が
「いずれ消えるでしょう」と言ってたら、中山やメコネンを抜いて2位でゴール
してた、その時の解説者・・は格好悪かったね。
8 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/28(日) 17:16:50
>>6 週刊誌の特集でソウル五輪の解説者を評価するとかという記事で
「展開をズバリ的中させたマラソンの宗茂だけが光っていたぐらい」と批評されていた。
9 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/28(日) 17:18:53
>>7 私の記憶ではその解説者は宇佐美さんだったような気がしたが誰だっけ?
10 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/28(日) 17:19:23
キャステラって4回マラソンのオリンピック代表になってんだね。
全盛期は86〜88だけど本当に強かったよ。その間は瀬古以上に無敵だったね
サラザール、ロペス、イカンガー、ゴメス、宗兄弟、伊藤、チェルピンスキー・・・
当時の一流ランナーを片っ端から破って優勝してるのだから強かった。
ロスの大本命だったけど駄目だったね。でも入賞はしてたかな、
キャステラは息の長い選手だったよね。 81福岡で伊藤国光を橋の上で振り切った
レースを今でも思いだす。当時は世界第二位と扱われたけど本当は1位だった。
(後日サラザールの記録が距離不足で抹消)
12 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/28(日) 17:25:31
ロバート・ド・キャステラは「私の名前はキャステラではない、ド・キャステラだ」と主張し
“ド”に強いこだわりを持っていた。
13 :
ゼッケン774さん@ラストコール :2007/01/28(日) 17:26:30
14 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/28(日) 17:29:12
>>11 「名島橋で伊藤が首を振っているのを見て私が勝ったと確信した」と言っていたね。
福岡の名島橋はマラソン史上でも有名な橋のひとつとなった。
>>11 サラザールは81ニューヨーク世界新記録の時の25qからの5キロが14:20台に
跳ね上がってておかしいなとは思ったけど、距離不足だったんだね。でも正規の
距離だとしても2時間8分台は出てたらしいからもったいなかったな。
あのレースではアリソン・ローも幻の世界新記録だしてたね。
16 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/28(日) 17:32:59
>>3 ケニア、エチオピアって寒さにも弱いよな
それに精神力も弱くて粘れない
根性がない
17 :
珍事:2007/01/28(日) 17:34:21
やはり、途中で糞しても勝ってしまったショーターだな。
モロッコは地中海の国というより砂漠の国というイメージがある。
顔立ちもヨーロッパ人とは少し違うよね。モロッコはマラソンより中距離
が強い、アウィータ、エルゲジーニョ? らはそうだね。
でもガリブやハヌーシのようにマラソンも強い。
19 :
ゼッケン774さん@ラストコール :2007/01/28(日) 17:50:49
>>18 モロッコは欧米と宗教や文化が違うからそういうイメージあるかも。
でもアトラス山脈以北は南欧と同じ地中海性気候ですから、
同じ地中海の国の括りに入れていいと思う。
瀬古って世界大会で一つも結果残してないじゃんww
マラソン世界最高記録の遍歴
2時間55分18秒4 J.ヘイズ(アメリカ) 1908
2時間52分46秒0 フォウラー(アメリカ) 1909
2時間46分53秒0 クラーク(アメリカ) 1909
2時間46分05秒0 レインズ(アメリカ) 1909
2時間42分31秒0 バーレット(イギリス)1909
2時間38分17秒0 H.グリーン(イギリス)1913
2時間36分07秒0 アールグレン(スウェーデン)1913
2時間32分35秒8 コーレマイネン(フィンランド)1920
2時間31分31秒0 矢萩丹治(日本) 1932
2時間31分10秒0 楠好蔵(日本) 1933
2時間27分49秒0 鈴木房重(日本) 1935
2時間26分44秒0 池中康雄(日本) 1935
2時間26分42秒0 孫基禎(日本) 1935
2時間20分42秒2 ピータース(イギリス) 1952
2時間18分40秒2 ピータース(イギリス) 1953
2時間18分34秒8 ピータース(イギリス) 1953
2時間17分39秒4 ピータース(イギリス) 1954
2時間15分17秒0 S.ポポフ(ソビエト) 1958
2時間15分16秒2 アベベ(エチオピア) 1960
2時間15分15秒8 寺沢徹(日本) 1963
2時間14分28秒0 エデレン(アメリカ) 1963
2時間13分55秒0 ヒートレー(イギリス) 1964
2時間12分11秒2 アベベ(エチオピア) 1964
2時間12分00秒0 重松森雄(日本) 1965
2時間09分36秒4 クレイトン(オーストラリア)1967
2時間08分33秒6 クレイトン(オーストラリア) 1969
2時間08分18秒 ド・キャステラ(オーストラリア) 1981
2時間08分05秒 S.ジョーンズ(イギリス) 1984
2時間07分12秒 ロペス(ポルトガル) 1985
2時間06分50秒 デンシモ(エチオピア) 1988
2時間06分05秒 ダコスタ(ブラジル) 1998
2時間05分42秒 ハヌーシ(モロッコ) 1999
2時間05分38秒 ハヌーシ(アメリカ) 2002
2時間04分55秒 テルガト(ケニア) 2003
オリンピック男子マラソン歴代優勝者
1 1896(アテネ) ルイス (ギリシャ) 2:58:50 ※40`
2 1900(パリ)ティアトー (フランス) 2:59:45 ※40.26`
3 1904(セントルイス) ヒックス (イギリス) 3:28:53 ※40`
4 1908(ロンドン) ヘイズ (アメリカ) 2:55:18:4
5 1912(ストックホルム) マッカーサー (南アフリカ) 2:36:54:8 ※40.2`
6 1916(ベルリン)中止
7 1920(アントワープ) コーレマイネン (フィンランド) 2:32:35:8 ※42.75`
8 1924(パリ) ステンロース (フィンランド) 2:41:22:6
9 1928(アムステルダム) エルアフィ (フランス) 2:32:57:0
10 1932(ロサンゼルス) ザバラ (アルゼンチン) 2:31:36:0
11 1936(ベルリン)孫 基禎 (日 本) 2:29:19:2
12 1940(東京) 中止
13 1944(ロンドン)中止
14 1948(ロンドン) キャブレラ (アルゼンチン) 2:34:51:6
15 1952(ヘルシンキ)ザトペック (チェコスロバキア) 2:23:03:2
16 1956(メルボルン)ミムン (フランス) 2:25:00:0
17 1960(ローマ)アベベ (エチオピア) 2:15:16:2
18 1964(東京)アベベ (エチオピア) 2:12:11:2
19 1968(メキシコ)マモ・ウォルデ (エチオピア) 2:20:26:4
20 1972(ミュンヘン)ショーター (アメリカ) 2:12:19:8
21 1976(モントリオール)チェルピンスキー (東ドイツ) 2:09:55
22 1980(モスクワ) チェルピンスキー (東ドイツ) 2:11:03
23 1984(ロサンゼルス)ロペス (ポルトガル) 2:09:21(五輪最高記録)
24 1988(ソウル)ボルディン (イタリア) 2:10:32
25 1992(バルセロナ)黄 永祚 (韓 国 )2:13:23
26 1996(アトランタ)チュグワネ (南アフリカ) 2:12:36
27 2000(シドニー) アベラ (エチオピア) 2:10:11
28 2004(アテネ)バルディーニ(イタリア)2:10:55
23 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/28(日) 21:34:10
>>22 ロサンゼルスが五輪最高記録なのか
この中で一番暑そうな都市のイメージあるけど実際はどうだったの?
世界陸上競技選手権 男子マラソン歴代優勝者
1 1983(ヘルシンキ) ド・キャステラ (オーストラリア) 2:10:03
2 1987(ローマ) ワキウリ (ケニア) 2:11:48
3 1991(東京) 谷口浩美 (日 本) 2:14:57
4 1993(シュッツトガルト)プラーティエス (アメリカ )2:13:57
5 1995(イエテボリ) フィス (スペイン) 2:11:41
6 1997(アテネ) アントン (スペイン) 2:13:16
7 1999(セルビア) アントン (スペイン) 2:13:36
8 2001(エドモントン) アベラ (エチオピア) 2:12:42
9 2003(パリ) ガリブ (モロッコ) 2:08:31(世界陸上最高記録)
10 2005(ヘルシンキ) ガリブ (モロッコ) 2:10:10
【五輪男子マラソン複数メダリスト】
アベベ (60ローマ金,64東京金)
マモ (68メキシコ金、72ミュンヘン銅)
ショーター(72ミュンヘン金,76モントリオール銀)
リスモン (72ミュンヘン銀、76モントリオール銅)
チェルピンスキー (76モントリオール金,80モスクワ金)[83ヘルシンキ銅]
ワイナイナ(96アトランタ銅,00シドニー銀)
【五輪&世陸 男子マラソン複数メダリスト】
ボルディン (88ソウル金)[87ローマ銅]
ワキウリ (88ソウル銀)[87ローマ金]
サラ (88ソウル銅)[87ローマ銀,91東京銀]
アベラ (00シドニー金)[01エドモントン金]
バルディーニ(04アテネ金)[01エドモントン銅,03パリ銅]
() 五輪成績 []世界陸上成績
マラソン世界最高記録の変遷を見るとクレイトンの記録の凄さが分かるね。
一人で4年間で3分27秒更新して14年間記録を保持したのだからすごいよ。
今で言うならラドクリフなみだね
27 :
ゼッケン774さん@ラストコール :2007/01/28(日) 21:44:53
フィス、アントン、ガリブ等が世陸でしかメダル獲ってないので
男子マラソン複数メダリストに載ってないのは可哀相
もっと評価して然るべきでは?
アジア大会男子マラソン日本人メダリスト
1951ニューデリー A西田勝雄(中央大)
1954マニラ 競技なし
1958東京 B貞永信義(鐘紡)
1962ジャカルタ (優勝)長田正幸(八幡製鉄)
1966バンコク (優勝)君原健二(八幡製鉄)A重松森雄(倉敷レイヨン)
1970バンコク (優勝)君原健二(新日鉄)A御船芳郎(リッカー)
1974テヘラン 競技なし
1978バンコク (優勝)坂本峰照(日立造船)
1982ニューデリー A阿部文明(新日本電気)
1986ソウル (優勝)中山竹通(ダイエー)A谷口浩美(旭化成)
1990北京 A清水悟(鐘紡)
1994広島 A早田俊幸(鐘紡)
1998バンコク A真内明(旭化成)
2002プサン A清水康次(NTT西日本)B武井隆次(エスビー食品)
2006ドーハ B大崎悟史(NTT西日本)
>>23 ロスは37歳のロペスが凄すぎた。瀬古が万全の体調でも間違いなく勝てなかった。
灼熱の中35qで爆発的スパートをして一気に引き離し14分30秒台、 40q以降も
6分20秒台でカバーした。
30 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/28(日) 21:49:48
瀬古利彦(早稲田大ーSB食品) マラソン全成績
1、京都 1977. 2月(10位) 2.26.00
2、福岡国際 1977.12月 (5位) 2.15.00.1
3、福岡国際 1978.12月 (優勝) 2.10.21
4、ボストン 1979. 4月 (2位) 2.10.12
5、福岡国際 1979.12月 (優勝) 2.10.35
6.福岡国際 1980.12月 (優勝) 2.09.45
7、ボストン 1981. 4月 (優勝) 2.09.26
8、東京国際 1983. 2月 (優勝) 2.08.38
9、福岡国際 1983.12月 (優勝) 2.08.52
10、ロス五輪 1984.8月 (14位) 2.14.13
11、ロンドン 1986.4月 (優勝) 2.10.02
12、シカゴ 1986.10月 (優勝) 2.08.27
13、ボストン 1987.4月 (優勝) 2.11.50
14、びわ湖 1988. 3月 (優勝) 2.12.41
15、ソウル五輪 1988.10月(9位) 2.13.41
32 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/28(日) 21:52:53
>>29 4位入賞の宗猛も「35qでペースがハッキリと変わった」といってたしね。
もっともロペスは一万が27:17の記録を持っているので、これだけのスピード
を記録しても不思議ではないけど、あの年齢とあの気象条件であのタイムは凄い。
中山竹通(ダイエー) マラソン成績
1、83年福岡国際 (14位) 2時間14分15秒
2、84年ソウル国際 ( 3位) 2時間15分44秒
3、84年福岡国際 (優勝) 2時間10分00秒
4、85年W杯広島大会 (2位) 2時間8分15秒
5、85年ソウル国際 (優勝) 2時間10分09秒
6、86年東京国際 (4位) 2時間8分43秒
7、86年ソウルアジア大会 (優勝) 2時間8分21秒
8、87年東京国際 (2位) 2時間10分33秒
9、87年福岡国際 (優勝) 2時間8分18秒
10、88年ソウル五輪 (4位) 2時間11分05秒
11、89年ボストン (棄権)
12、90年東京国際 (優勝) 2時間10分57秒
13、91年別府大分 (2位) 2時間9分12秒
14、91年東京世界陸上 (棄権)
15、92年東京国際 (2位) 2時間10分25秒
16、92年バルセロナ五輪 (4位) 2時間14分02秒
34 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/28(日) 21:57:26
>>32 一万が27分17でマラソンも世界記録か
今でも十分通用するスペックだな
アフリカ人は暑さに弱いし、欧米人はスピードない
こいつはスピードもあってマラソンも走れて暑さに強い
こいつが最強ってことでいいんでない?
35 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/28(日) 21:57:59
でも宗兄弟は揃って「ロスは日本より涼しかった」と言っている
36 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/28(日) 22:00:51
アメリカのロスってサッカーのワールドカップで酷暑だったってイメージがあるからな
みなさん
ウチの油谷が何かと
ご心配かけて申し訳ございません
北京では 表彰台に上がり 歴代ランナー最強を証明致しますのでしばらくお待ちください
38 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/28(日) 22:06:27
>>36 東京の世界選手権でメコネンかボルディンか忘れたが
「暑いは暑いがこの湿度はなんだ?」と言っていた
酷暑と言っても日本の夏と比べたら涼しかったみたいよ
事実、宗兄弟は著作で1ヶ月くらい早くロスに入って最終調整は現地でやればよかったと言っている
主なマラソンランナー トラックベストタイム
瀬古利彦 (5000)13.24.29 (10000)27.42.17
中山竹通 (5000)13.43.80 (10000)27.35.33
高岡寿成 (5000)13.13.40 (10000)27.35.09
宗茂 (5000)13.40.8 (10000)28.17.61
宗猛 (5000)13.42.3 (10000)27.59.61
伊藤国光 (5000)13.29.86 (10000)27.47.35
喜多秀喜 (5000)13.27.44 (10000)27.48.59
新宅雅也 (5000)13.24.69 (10000)27.44.5
児玉泰介 (5000)13.46.36 (10000)28.44.23
谷口浩美 (5000)13.49.17 (10000)28.34.18
森下広一 (5000)13.37.64 (10000)28.01.98
早田俊幸 (5000)13.30.11 (10000)27.53.12
アベベ 5000m 14分10秒0 10000m 29分00秒8 マラソン 2時間12分11秒
マモ 5000m 13分38秒8 10000m 28分31秒8 マラソン 2時間15分08秒
クラーク 5000m 13分16秒6 10000m 27分39秒4 マラソン 2時間20分26秒
ライアン 5000m 14分11秒0 10000m 28分43秒2 マラソン 2時間14分04秒
アドコックス 5000m 14分13秒8 10000m 28分51秒8 マラソン 2時間10分47秒
ヒル 5000m 13分55秒2 10000m 28分26秒0 マラソン 2時間09分28秒
ショーター 5000m 13分35秒0 10000m 27分51秒4 マラソン 2時間10分30秒
クレイトン 5000m 13分49秒6 10000m 28分45秒2 マラソン 2時間08分33秒
ドレイトン 5000m 13分48秒0 10000m 28分25秒8 マラソン 2時間10分08秒
ビレン 5000m 13分16秒4 10000m 27分38秒4 マラソン 2時間13分10秒
中尾隆行 5000m 14分30秒0 10000m 29分27秒0 マラソン 2時間15分37秒
渡辺和己 5000m 14分19秒6 10000m 29分10秒4 マラソン 2時間15分39秒
広島日出国 5000m 14分26秒4 10000m 29分44秒8 マラソン 2時間14分05秒
重松森雄 5000m 14分14秒4 10000m 30分12秒4 マラソン 2時間12分00秒
君原健二 5000m 14分15秒0 10000m 29分01秒0 マラソン 2時間13分25秒
円谷幸吉 5000m 14分02秒2 10000m 28分52秒6 マラソン 2時間16分22秒
采谷義秋 5000m 14分41秒6 10000m 30分17秒6 マラソン 2時間12分12秒
谷村隼美 5000m 14分10秒0 10000m 29分22秒0 マラソン 2時間12分04秒
佐々木精一郎 5000m 13分53秒2 10000m 28分40秒8 マラソン 2時間11分17秒
宇佐美彰朗 5000m 14分02秒2 10000m 28分36秒6 マラソン 2時間10分37秒
沢木啓祐 5000m 13分33秒0 10000m 28分35秒2 マラソン 2時間16分06秒
>>27 世界大会ではやはり五輪と世陸のダブルタイトルが評価が高いのではないか。
4年に一度の五輪で連続メダルも同等以上の価値があるだろう。
ヘルシンキ、ローマ、東京と4年に一度で継続した世界陸上は2年に一度の
開催になってしまったからな。
日本では五輪代表のための選考レース扱いでもあるしね。
42 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/28(日) 22:32:54
世界陸上が始まるまでは
ボストンや福岡はかなり高い位置にあったと思う。
ボストンは五輪より歴史があるし。
>>42 瀬古が世界の強豪に名を連ねたのは、そのボストン、福岡で圧倒的な強さを披露したから。
何度も話題に出ているが、87ボストンなんてマラソン史上に残る世界最強決定戦だったよ。
本当にこんなメンバーが揃うのかと何日も前から興奮した。
蓋を開けてみれば日本人も驚くほど瀬古が強かった。
世界の強豪たちが「シーコ(瀬古)がナンバーワンだ」と、その力を認めた。
残り5キロ、二段スパートで引き離した瀬古が、何度も「なんで誰もついてこないんだ?」と
後ろを振り返っていたのが印象的だった。
44 :
ゼッケン774さん@ラストコール :2007/01/28(日) 22:49:05
>>41 2年に一度とはいえ、世界陸上で複数メダルも難易度高いよ。
もちろん【五輪男子マラソン複数メダリスト】【五輪&世陸 男子マラソン複数メダリスト】
よりは低評価になるが、【世界陸上男子マラソン複数メダリスト】を集計する価値はあると思う。
45 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/28(日) 22:49:36
世界陸上なんか当初は国内予選も無く陸連が選手に出場を依頼する程度の扱いだったからな。
しかし世界陸上が五輪代表選考レースになり、その世界陸上代表選考会の国内レースに出場するために
海外ビックレース、特に4月の海外マラソンに日本のトップランナーが出場する機会が減ってしまった。
46 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/28(日) 23:06:57
ブタ店長はもう逃げたな。また、新たなホラを考えて他のスレに書き込みするだろうが。
中卒で、顔中ニキビだらけで、童貞で嫌われ者のブタ店長はさっさと死ねよ。
47 :
ゼッケン744さん@ラストコール:2007/01/28(日) 23:46:02
39さん、トラックべストタイム見せてもらってやはり
瀬古、中山、高岡の3氏はダントツ速いですなぁ。
今の現役と比べても遜色ないです、吃驚。
それと沢木ケイスケさん、あんな昔栄養の悪い時代に
5000メートルが13分33だなんて・・・・
凄いじゃあーりませんか。
1987年ボストンマラソンは大分前から有力どころが参戦を表明していた。
イカンガーとド・キャステラは何度か英連邦を含め、対戦があったが、そこにロス五輪銀メダリストの
トレーシー(アイルランド)がエントリーを表明。
格下になるが84、85年大会で連覇してボストンのコースに自信があったジェフ・スミス(イギリス)も参戦。
そして当時「実力世界一では」と目されていたスティーブ・ジョーンズまでも出場を表明。
そのジョーンズ、が84シカゴマラソンで世界記録を樹立したレースの立役者、4位に入ったスピードランナーの
カマウ(ケニア)とホノルルを制し、その後ボストンを2度制するイブラヒム・フセイン(ケニア)も参加。
1985年1万m世界ランキング1位のビックフォードと、世界ランク3位のアイストーンのスピードある
アメリカ勢に老雄ビル・ロジャースが参加。
のちのびわ湖毎日に優勝するヘルビック(ベルギー)の名も。
そこに瀬古まで参戦表明だったので当時、当地ボストンは凄い話題になった。
特に瀬古は81年の優勝がかなり評価が高く、現地でも並いる強豪の中でも優勝候補筆頭だった。
なにせ当時はボストンに在住していただけにリアルタイムで見聞きし、瀬古優勝の評価はまさに
「世界一」と評価されたよ。下手すると五輪優勝よりも価値ある「世界一決定戦」勝利報道だったと思えている。
49 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/29(月) 00:14:17
>>48 日本では深夜に衛星生中継をしたが、霧かなんかで中継のヘリが飛べず
ヤキモキしたもんだ。
回線が繋がって40キロ手前で瀬古が大写しになって、独走しているのが
わかった時は狂喜爛漫だったよ。「やっぱ強ぇ」と思ったもんだ。
深夜だったがかなりの人が見てたんじゃないかな。
50 :
ゼッケン744さん@ラストコール:2007/01/29(月) 00:16:09
その放送見れなくて、残念。
なんかそんした気分だぁ。
マラソン、駅伝大好きなのに・・・・
51 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/29(月) 00:33:28
テレビ東京で生中継して深夜だからテレ東系の無いエリアでもボストンは放送された
今の海外賞金レースでもあの87ボストンのように「世界一決定戦」なんて
銘打った内容にならないんだよな。
実際は中山やエチオピア勢が出てないが、それにしてもあのスロー展開で
後半勝負で勝てるのは歴代日本人では瀬古のみだろう。
日本代表として結果がない瀬古は雑魚
54 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/29(月) 05:56:42
34>>
ロペス(ポルトガル)も一応欧米人なのだが・・・
地球海沿岸の国は欧米人とは別扱いの国と見た方が良いかもしれませんね。
やはり地中海性気候の夏の乾季の時期はかなり高温になるので、彼らは夏マラソン
に強いのでしょう。
55 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/29(月) 06:00:30
39さん鐘紡の鎌田さんの記録も載せてほしいですね。
彼も一応マラソン走ってるはずですから。
高岡や油谷程度のランナーと中山、瀬古をあいも変わらず比較しているが
はっきり言わしてもらえば雲泥の差があるということです。残念ですが。
比較すること自体無理がありすぎます。
マラソンは気象条件や対戦相手によってレース展開、記録は変わってきます。
現在の都市マラソンでも力のある選手なのに10分台での優勝なんかもたまにはあるはずです。
今の時代に中山、瀬古がいたら5分、6分あるいはそれ以上の記録で走るに違いありません。
中山、瀬古の走りを何度も目の当たりにしていますが本当にこれは凄い
ものが違うなと感じます。みなさんもきっと生で見れば他の選手との次元の違いを痛感するはずです。
今の選手に中山のペースで走らせたら誰もゴールに帰ってこれません。
30キロまでもたないでしょう。よほどの力がなければ先行逃げ切りは出来ないのです。
彼らの作った厚い壁をはやく超えていくランナーの出現が待たれます。
今は録画して、スタートと30キロ付近から見ても大体いいけど
当時は、途中でいきなり14分台なんてしょっちゅうあったので、目が離せなかった。
>56
同感!87年福岡国際の中山は凄すぎた!
たら、ればの話だが、あれに瀬古が出ていたら・・・。
結果はどうであれ、そのレースを見てみたかった。
>>48 瀬古は81ボストンも事前で優勝候補筆頭、それも当時の最強ロジャースを破り
クレイトンの世界最高を破るのではなんて地元新聞が予想してましたね。それも当時の
ボストンは気温が20度近く上がる日が続いて
中村監督が会見で「当日も高温なら
瀬古を出場させないかもしれない」と言ったものだから地元新聞関係者がその動向に
右往左往させられたと聞きました。
60 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/29(月) 10:27:55
>>59 五輪連覇のチェルピンスキーを前年福岡で破ったのと、25qと30qのトラック
世界新記録(現在も)を樹立したのが評価されてたみたいね。でも81ボストンでは
終盤まで世界新記録ペースでしたが落ちましたね。 「心臓破りの坂」で延びなかった
のが敗因。
61 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/29(月) 11:35:27
そういえば15年位前になるが、中学生の頃に記録集計号で瀬古の30000メートルの世界記録を目にした記憶がある。
場所は確かクライストチャーチ。
今はこの距離を一線級の選手が走るなんて99%ないから
瀬古の死後も世界記録は残るだろうな。
>>58 豪雨、低気温、風があってなおさら五輪選考レースであのパフォーマンスだったから中山の強さには驚愕した。
中山だから出せた8分台(特に87福岡、独走の86アジア大会)
中山をたかが8分台ランナーと見てしまう方がいてもしょうがないと思う。
すでに20年前のレース だからね。
63 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/29(月) 13:29:43
しかし中山、谷口以来、一線級を派遣してないとはいえアジア大会で
20年以上優勝がないのはいかがなものか。
日本マラソン凋落時期と一致している。
韓国の黄がアジア大会の中山を見てマラソンを志したのは有名な話。
その6年後、このアジア大会の金、銀メダリストの中山と谷口を破ってバルセロナで
金メダル獲得したわけだな。
>>21 >>26 歴代の世界記録を見るとクレイトンとデンシモの記録が際立つな。
特にクレイトンの記録は67-81に掛けて維持、初のサブテンとかはずば抜けてるな。
オリンピックで金メダルを取っていれば、世界最高のランナーとして名が挙がったかもな。
>>39 まさに旭化成最後の6連覇時代までのランナーが多数だな。
もう現役のランナーは高岡しかいないけど……
ただこのタイム見ると、如何に日本陸上が停滞してるかって一目でわかるな。
三津谷も大森もマラソンには向きそうに無いし……
>>56 公式ラビットって一概に言うけど、昔から暗黙のラビットはいたって言われてる。
流石に中山が圧勝した終始独走だった福岡などは例外にしても……(伝説といわれる所以か)
非公式に個人でついてることも良くあって、昔30k過ぎた辺りで居なくなる選手もいたからね。
瀬古のベストタイムは現時点で走ってたとしても高岡やジェンガレベルにとどまると思うよ。
勝負強さやラスト勝負では上かもしれんけど。
ただ去年の福岡のゲブレの圧勝を見ると、例え全盛期の瀬古でも勝てたかは怪しいと感じたな。
あの驚異的な切り替えにくいさがって自己ベストに迫ったガリブも相当なものだが。
あと寒いって条件がついたら、バラノフスキー辺りは歴代最強クラスな気もするなぁ。
痙攣起こして7分台出して半分諦めていたとはいえガリブに先着するんだから、
一昨年の福岡を制すまで無名だったとは信じ難いw
バラちゃんは福岡番長でいいですか?
289 アスリート名無しさん 04/02/15 09:15 ID:TvQpoRoT
俺は1984年4月のボストンマラソン前日に
「ランニング・エキスポ」なる催しもののアシックス社のブースで、
83年福岡国際の様子をビデオを通して初めて見た。
レースが後半に進むに連れてビデオの周りには黒山の人だかりが出来た。
そしてあの瀬古の豪快なラストスパートの場面になると、
「OH〜!」という驚嘆の声、声、声。
俺は、瀬古と同じ日本人であることを誇りに思ったね。
ちなみに瀬古は1984年までにボストンで2位1回、優勝1回と有名人。
人々の発音が「セコ」ではなく「セイコ」と聞こえていたのが印象深い。
(1987年12月まで) 5000m 日本歴代15傑
1、13.24.29 瀬古利彦(エスビー食品) 1986.7
2、13.24.69 新宅雅也(エスビー食品) 1982.9
3、13.25.41 鎌田俊明(鐘紡) 1977.7
4、13.26.55 森口達也(神戸製鋼) 1981.6
5、13.27.44 喜多秀喜(神戸製鋼) 1977.7
6、13.29.86 伊藤国光(鐘紡) 1981.6
7、13.29.86 米重修一(旭化成) 1986.6
8、13.32.42 阿久津浩三(福島病院) 1987.7
9、13.33.0 沢木啓祐(順天堂大教員) 1968.7
10、13.33.7 中村孝生(日本体育大) 1979.6
11、13.34.11 井手健二(九州電工) 1983.6
12、13.38.78 若倉和也(日産自動車) 1987.6
13、13.39.33 遠藤司(エスビー食品) 1986.7
14、13.40.58 今釘長敏(小西六) 1981.6
15、13.40.8 宗茂(旭化成) 1978.6
(1987年12月まで) 10000m 日本歴代15傑
1、27.35.33 中山竹通(ダイエー) 1987.7
2、27.42.17 瀬古利彦(エスビー食品)1985.7
3、27.44.5 新宅雅也(エスビー食品)1983.11
4、27.47.35 伊藤国光(鐘紡) 1980.7
5、27.48.59 喜多秀喜(神戸製鋼) 1980.7
6、27.48.63 鎌田俊明(鐘紡) 1977.6
7、27.49.06 阿久津浩三(福島病院) 1987.7
8、27.55.05 金井豊(エスビー食品) 1985.7
9、27.59.31 宗猛(旭化成) 1978.7
10、28.02.5 米重修一(旭化成) 1986.4
11、28.09.4 西本一也(九州産交) 1986.10
12、28.10.47 高尾信昭(鐘紡) 1975.6
13、28.17.61 宗茂(旭化成) 1978.7
14、28.17.8 中村孝生(エスビー食品)1983.11
15、28.19.4 下重庄三(船引中教員) 1983.10
70 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/29(月) 22:39:41
69の表みると鎌田俊明の凄さが分かる。髭の鎌田を好きだったんだが・・・
2000年のあの事件さえなければな・・・今はどうしてるのだろうか?今も鐘紡の社員?
71 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/29(月) 22:44:47
[1977年] 5000m 10000m
世界記録 13:12.86 27:30.47
鎌田(日本記録) 13:25.41 27:48.63
その差 12秒55 18秒16
鎌田は5千と1万で日本人で最も世界に近づいたランナーだ(瀬古以上)。
30年前の記録だが今も十分通用する記録である。言い換えれば30年間日本男子は
成長していないということだ、情けない。
72 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/29(月) 22:49:26
>>71 だ〜か〜ら、散々既出済みだが、
イタリアもポルトガルもメキシコも30年前とほとんど変わっちゃいないの
伸びてるのはアフリカだけ
情けないのはお前のアメーバ並みの脳みそだよ
死ねやチンカスww
>>71 鎌田はマラソン2回はしってそれっきりだね、適性が無いと判断したのだろう。
しかし往年の鎌田を知る私にとってはあの事件はショックだった。
74 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/29(月) 23:05:13
>>71 1万で世界記録に18秒差にせまるとは凄い。今は何秒、いや1分以上差が付いた
あと沢木さんの5000のタイムは39年前ですか!
沢木も初マラソン日本記録を樹立したときおくしているが、その後は走らなくなったな。
75 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/29(月) 23:12:17
日本は30年も伸び悩んでるのだね・・・ 高校の記録だけはかなり延びてるのだが
それ以降が頭打ちになるよね。グランドの質とかシューズとかトレーニング理論とか
かなり改善されているはずなんだけど、どうしてだろう。
高岡なんか5千の記録から考えると27分前半で走れそうな気もするけどね。
76 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/29(月) 23:13:36
鎌田ってなにして捕まったんすか?
>>73 鎌田は少なくともフルマラソンを三回は走っている。
78年別府大分で宗茂の果敢なハイペースに着いて行き、4位 2゚14'24"4
同年の福岡国際は後半失速。引退した君原健二にも負ける。17位 2゚18'28"
翌年の79福岡国際はモスクワ五輪選考会。中盤から崩れて21位 2゚17'37"
>>71 黒人以外で1万最速はメイシコのバリオス?だったかな。 27:08だと記憶してる。
20年前だけどクロカンかハーフか忘れたけど無名バリオスが優勝したレースをTV
で見て強さにこいつ凄いなと思ったことある。そしたら数ヶ月語1万世界記録樹立した。
それ以後黒人以外は彼の記録破っていないんだね。
79 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/29(月) 23:23:56
3回鎌田は走ってましたか。 なかなか中距離のスピードをマラソンに反映
するのは難しいですね。
78別大は覚えてるよ、これが彼のベスト記録になってしまいましたか。
80 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/29(月) 23:26:37
喜多秀樹が81年?頃マラソンで競技場内勝負になって一気にスパートかけて
優勝したレースを幼い頃の思い出としてあるのだけど、何マラソンか覚えてる人いませんか。
1981東京はメキシコのゴメスじゃまいか
83 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/29(月) 23:33:42
>>72 >だ〜か〜ら、散々既出済みだが、
「散々既出済み」って、アホな日本語使っているのはわざとですか?
それとも、本当にアホなのですか?
84 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/29(月) 23:34:22
>>71 鎌田ってリアルタイムでは知らないですが、凄い選手だったんですね。あまり
話題にならないのがふしぎです。
でも30年後の日本を先取りする記録で走ってたのですからすごいです。
(その間ぜんぜん日本は進歩が無かったのですね、寂しいです)
>>56 たられば論を振りかざしても無駄だよ。
結果がでてない。
それが現実。
>>72 鎌田は5千と1万で日本人で最も世界に近づいたランナーだ(瀬古以上)。
30年前の記録だが今も十分通用する記録である。言い換えれば30年間日本男子は
成長していないということだ、情けない。
そう思わないか??
>>85 張本さんも良く言ってます「タラは北海道」ってね。
尾方>>>>瀬古
>>>>=世界大会のメダルの壁
89 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/29(月) 23:41:31
私は72ですが
実は日本語もまともに書けないアホなんです。ゆるしてください。
>>86 だ〜か〜ら〜。
他の国も伸びてないの(笑)
理解できた?(笑)
91 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/29(月) 23:51:27
ここは自分の情けない人生を棚に上げて、
頑張ってる現役選手を情けないなどと中傷する場所ですか?
こういう大人にはなりたくないですね(笑
>>85 世界で瀬古や中山の名前は覚えてるマラソンファンは居るだろうが
それに比べて高岡や油谷の名前は覚えてるマラソンファンは
よほどのマニアぐらいしかいない
それが現実の世界のマラソンランナー評であろう
高岡は「速いランナー」、油谷は「安定しているランナー」「暑さに強いランナー」といえるが
「マラソン史上もっとも強いランナー」という評価では
数多くのマラソンを制覇している瀬古や中山に軍配が上がるな
特に油谷、セカンドベスト、サードベスト等を瀬古や中山と比べてみれば
いくら世界大会で入賞してようとまだまだ瀬古や中山の実力には及ばない
おじさんたちは昔の栄光を忘れることができんのですよ(笑)
マスコミや官僚が必死になって既得権益にしがみ付くのに似ている(笑)
94 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/30(火) 00:02:51
油谷や高岡では既得権益を脅かすことはできんよ。
95 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/30(火) 00:03:46
店長がいるなw
96 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/30(火) 00:14:00
>>90 エチオピアやケニアの長距離記録はここ20年で著しく伸びてるぞ。
それにくらべて日本人は・・・情けない。
アフリカ勢の薄い時の国内レースでもっと勝てないと
瀬古や中山の評価を超える事は難しいか
イカンガーやメコネンよりも弱いと思われる
バヨやトロッサにも負けるようではまだまだ甘い
>>91 日本のランナーは頑張りが足りないから記録が伸びない。黒人といっても
同じ人間なんだから勝てないわけがない。自分のだらしなさを素質のせいにしてるだけ。
「カツ!」といいたいよ。 情けない。
99 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/30(火) 00:23:40
>>98 で、お前は人に頑張れと言えるぐらい頑張ってんのかよ
月間1000キロを越える走り込みを超えるような努力はしてるのか?
偉そうなことほざくならそれ相応のことしてから言えやカスが!
>>80-82 東京五輪以来、17年ぶりに首都東京で発足された東京国際マラソン。
この年は
「東京ーニューヨーク友好 東京国際マラソン」
「読売・日本テレビ 東京国際マラソン」
の2つが開催された。
上段はゴメス(メキシコ)が優勝。
スレの喜多秀喜(神戸製鋼)が勝ったのは下段の大会。
1981年2月8日に開催。 内外93人がエントリー。
外国招待はモスクワ五輪・銅メダリストのジュマナザロフ、
同4位のコトフのソビエト勢。同7位ネディ(エチオピア)
ら16カ国、32人が来日した。
正午の気象条件は気温13度、湿度34%、微風。
最初の5kmは16分20秒とスローで入り、10kmを
31分22秒と持ち直す。
20kmでは喜多の他に中村孝生(エスビー食品)前出の
ジュマナザロフ、コトフ、ネディら22人で通過。
集団は25kmで崩れ始める。勝負どころの35kmでは
喜多、ネディ、ジュマナザロフの3人がリード。
ボッチ(イタリア)、スクーフス(ベルギー)が追い上げる。
この5人が40km過ぎまで互いのスパート機を伺いながら
息詰まる競り合いになる。
国立競技場にはネディ、ボッチ、喜多が一団で帰ってくる。
1万mのベスト27分48秒6の喜多が第一コーナーを曲がった
ところで一気にスパート。そのまま2時間12分04秒で優勝。
2位は髭を生やした伏兵・ボッチが自己ベストを3分短縮。
3位はネディ。
日本勢では初マラソンの酒井勝充(小西六)(現・コニカ監督)が
2時間15分54秒で日本人2位の13位に入った。
このときの平均視聴率は23% 喜多が国立競技場内でスパートした
時の瞬間視聴率は34.5%の高視聴率となった。
1981年東京国際マラソン 成績
1、喜多秀喜(神戸製鋼) 2.12.04
2、ボッチ(イタリア) 2.12.11
3、ネディ(エチオピア) 2.12.14
4、スクーフス(ベルギー) 2.12.17
5、ジュマナザロフ(ソ連) 2.12.31
6、ケニヨン(イギリス) 2.12.34
7、マルチャック(ポーランド)2.13.39
8、フリント(オランダ) 2.14.04
9、クネッペルス(オランダ) 2.14.14
10、トイボラ(フィンランド) 2.14.27
優勝 喜多秀喜(神戸製鋼) ラップタイム
5km 16.21
10km 31.22(15.01)
15km 46.47(15.25)
20km 1.02.27(15.40)
中間点 1.06.01
25km 1.18.15(15.48)
30km 1.33.48(15.33)
35km 1.49.26(15.38)
40km 2.05.28(16.02)
2.195km (6.36)
2時間12分04秒
このときの東京国際マラソンコースは
スタート(国立競技場)−観音橋ー四谷見附ー水道橋ー読売新聞社前ー
(第一京浜)−高輪北町ー北品川二丁目ー平和島口折り返しー
35km過ぎー(外堀通り)−赤坂見附ー外苑青山口ーゴール(国立競技場)
1981年2月時 男子マラソン世界歴代記録(サブテンのみ)
1、2.08.13 サラザール(アメリカ) 1981
2、2.08.18 ド・キャステラ(オーストラリア)1981
3、2.08.33.6 クレイトン(オーストラリア) 1969
4、2.09.01 ネイブール(オランダ) 1980
5、2.09.05.6 宗茂(日本) 1978
6、2.09.12 トンプソン(イギリス) 1974
7、2.09.26 瀬古利彦(日本) 1981
8、2.09.27 ロジャース(アメリカ) 1979
9、2.09.28 ヒル(イギリス) 1970
10、2.09.28 グラハム(イギリス) 1981
11、2.09.37 ベアーズレー(アメリカ) 1981
11、2.09.37 伊藤国光(日本) 1981
13、2.09.49 宗猛(日本) 1980
14、2.09.55 チェルピンスキー(東ドイツ) 1976
15、2.10.00 スメ(ベルギー) 1979
>>94 残念ながら日本記録は高岡が更新してますから(笑)
おじさんは黙ってなさい(笑)
>>96 だ〜か〜ら〜。
アフリカは伸びてるって言ってるだろ(笑)
黒人の化け物が参入してないレベルの低い時代のことはもう忘れなさい(笑)
106 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/30(火) 01:06:10
>>100 喜多は瀬古同様、最後の最後までもつれたレースでは
自信のスピードで必ずものにしていますね。
正確に調べてみると喜多は4回優勝してますが、
1978年7月 ミルトンケーネスマラソン 2時間20分10秒 (宗猛と同タイム優勝)
1979年2月 別府大分毎日マラソン 2時間13分29秒1(武富と僅差の勝利)
1981年2月 東京国際マラソン 2時間12分04秒 (競技場内で2選手かわす)
1984年10月 北京国際マラソン 2時間12分16秒 (ラストで伊藤を突き放す)
すべてラスト勝負になっている。その反面、スタミナ切れを起こした時の
喜多は惨敗が多く、
1979年 プレ五輪48位 2時間22分19秒0
1979年 福岡国際41位 2時間22分25秒
1981年 ボストン622位 2時間36分59秒
1983年 世界陸上42位 2時間22分37秒
1984年 福岡国際55位 2時間23分31秒
などの結果を残してもいる。
ほんとに頭大丈夫かね(笑)
>>100 なぜ発足時に東京国際マラソンて1年に2回開催されたんだろうね。
ゴメスの方は3月開催だったように覚えているけど。
その後、1年おきに「東京ーNY」と「読売東京」が交互に開催
していたように思う。
世界でもアフリカを除くと20年前からほとんど伸びてない
(1985年12月まで) 男子5000m 世界歴代5傑
1、13.00.40 アウイタ(モロッコ) 1985
2、13.00.41 ムーアクロフト(イギリス) 1982
3、13.01.15 メイリー(アメリカ) 1985
4、13.06.20 ロノ(ケニア) 1981
5、13.07.29 ブルチ(エチオピア) 1982
(2006年12月まで) 非アフリカ人男子5000m 世界歴代5傑
12:54.70 Dieter Baumann GER 09 02 1965 5 Zurich 13 08 1997
12:55.76 Craig Mottram AUS 18 06 1980 2 London (CP) 30 07 2004
12:58.21 Bob Kennedy USA 18 08 1970 5 Zurich 14 08 1996
12:58.58 Moukheld Al-Outaibi KSA 30 04 1980 1 Heusden-Zolder 23 07 2005
12:58.83 Ismail Sghyr FRA 16 03 1972 7 Oslo 28 07 2000
(1985年12月まで) 男子10000m 世界歴代5傑
1、27.13.81 マメーデ(ポルトガル) 1984
2、27.17.48 ロペス(ポルトガル) 1984
3、27.22.5 ロノ(ケニア) 1978
4、27.24.95 シルドハウアー(東ドイツ)1983
5、27.25.61 サラザール(アメリカ) 1982
(2006年12月まで) 非アフリカ人男子10000m 世界歴代5傑
27:08.23 Arturo Barrios MEX 12 12 1962 1 Berlin 18 08 1989
27:12.47 Antonio Pinto POR 22 03 1966 3 Stockholm 30 07 1999
27:13.81 Fernando Mamede POR 01 11 1951 1 Stockholm 02 07 1984
27:14.44 Fabian Roncero ESP 19 10 1970 1r1 Lisboa 04 04 1998
27:16.50 Salvatore Antibo ITA 07 02 1962 1 Helsinki 29 06 1989
喜多秀喜 マラソン成績(1991年まで)
1、(59位)2時間30分21秒 74年別府大分
2、(49位)2時間29分59秒 74年福岡国際
3、(5位)2時間15分01秒8 78年別府大分
4、(優勝)2時間20分10秒 78年 ミルトンケーネス(宗猛と優勝分け合う)
5、(2位)2時間11分05秒 78年福岡国際
6、(優勝)2時間13分29秒1 79年別府大分
7、(48位)2時間22分19秒0 79年プレ五輪
8、(41位)2時間22分25秒 79年福岡国際
9、(15位)2時間14分37秒 80年福岡国際
10、(優勝)2時間12分04秒 81年東京国際
11、(622位)2時間36分59秒 81年ボストン
12、(14位)2時間14分32秒 81年福岡国際
13、(8位)2時間13分24秒 82年東京国際
14、(2位)2時間11分09秒 82年福岡国際
15、(42位)2時間22分37秒 83年ヘルシンキ世界陸上
16、(7位)2時間10分30秒 83年福岡国際
17、(優勝)2時間12分16秒 84年北京国際
18、(55位)2時間23分31秒 84年福岡国際
19、(途中棄権) 85年福岡国際
20、(29位)2時間17分26秒 86年福岡国際
21、(17位)2時間29分19秒 87年台北
22、(9位)2時間15分23秒 87年ボストン
23、(5位)2時間13分09秒 87年北京国際
24、(12位)2時間14分40秒 88年ボストン
25、(5位)2時間11分51秒 88年福岡国際
26、(13位)2時間15分41秒 89年ロッテルダム
27、(14位)2時間17分28秒 89年福岡国際
28、(5位)2時間15分39秒 90年ロッテルダム
29、(8位)2時間18分16秒 90年モスクワ国際
30、(8位)2時間15分36秒 90年福岡国際
31、(5位)2時間16分27秒 91年防府
>>43 >>48 >>49 1987年 ボストンマラソン 優勝 瀬古利彦のラップタイム
5km 15.09
10km 30.49(15.40)
15km 46.58(16.09)
20km 1.02.54(15.56)
25km 1.18.56(16.02)
30km 1.34.42(15.46)
35km 1.49.40(14.58)
40km 2.04.48(15.08)
2.195km(7.02) 2時間11分50秒 (ボストン2度目の優勝)
既出事だが、このレース途中に中継トラブルで放送が中断。
自分の目で確かめることができなかったが、10キロから30キロまでの
レース展開は、20キロ過ぎまでは牽制のし過ぎで誰もが余裕の表情。
25キロ過ぎにイカンガーを中心に17.8人に絞られてきたが、まだまだ
レースが動く気配がない。キャステラが集団の後方。スタート時、転倒の
アクシデントの為、どこか負傷している感じで本来の走りではない。
青梅マラソンからの招待、谷口伴之と喜多秀喜が集団の中で健闘。日大の
武田が遅れる。
レースが動いたのは33キロ。瀬古が満を持してスパート。集団が
Sジョーンズ、ジェフ・スミス、ジョン・トレーシー、他7人になった。
イカンガー、フセイン、キャステラが後退。その後、瀬古はスパートを
緩めず、ついにSジョーンズも観念。当時、海外での新聞評に「世界一の
スピード」と絶賛された瀬古の勝負どころでのキレが遺憾無く発揮された。
後半は独走。2位争いは最後にスミスをかわしてジョーンズが入る。
日本勢が10位以内に3人(瀬古、谷口5位、喜多9位)が入った。
>>103 1981年度 世界10傑
1位、ド・キャステラ(オーストラリア)2:8:18
2位、瀬古利彦(日本) 2:9:26
3位、グラハム(イギリス) 2:9:28
4位、ベアーズレー(アメリカ) 2:9:36
5位、伊藤国光(日本) 2:9:37
6位、宗茂(日本) 2:10:19
7位、バージン(アメリカ) 2:10:26
8位、ロジャース(アメリカ) 2:10:34
9位、ゴメス(メキシコ) 2:11:00
10、位バルチャ(エチオピア) 2:11:10
>>69 日本選手10000m 27分台全パフォーマンスの回数
個人別回数(2回以上)
高岡寿成 9回
瀬古利彦 6回
渡辺康幸 6回
花田勝彦 5回
新宅雅也 3回
阿久津浩三 3回
鎌田俊明 2回
金井 豊 2回
平塚 潤 2回
佐保 希 2回
早田俊幸 2回
高尾憲司 2回
入船 敏 2回
坪田智夫 2回
114 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/30(火) 01:35:09
>>75 高岡はシドニー五輪の勝負重視のレースで27分40を出して入賞だろ?
どう考えても27分前半のポテンシャルがないと無理な話だよな
115 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/30(火) 01:35:15
>>104 そんなもん、記録なんだからいつかは破られるでしょ。
宗茂・瀬古・中山も日本記録樹立者さ。
ついでに言うと、児玉・犬伏だってそう。
高岡の記録が破られて、何十年後かに最強ランナー議論をする場合、15戦10勝の瀬古と、今のところ7戦1勝の高岡のどちらが評価される?
油谷は0勝。名ランナーであっても、最強論を語る上で登場する選手ではないよ。
(2人とも現役なので、今後の戦績によっては評価が上がるかもしれないが)
116 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/30(火) 01:36:33
>>115 日本代表としての結果がない瀬古さんは論外です^^
118 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/30(火) 06:28:25
1勝もしてないアブラムシは
大論外ということになるなWWW
一応前スレに書いたが、別府大分を勝ったからって、油谷の評価って越えると思うか。
武田や西田、清水昭辺りの評価が油谷より上ってことはないだろw
東京勝ちがあり2度世界大会に出てる清水康次や、日本記録を出した犬伏よりも油谷の方が高いだろう。
油谷の7分台、世界大会オール5位の実績は決して一流から劣るところではない。
流石に驚異的な勝率を誇った瀬古や、オリンピック連続4位の中山よりは評価が下だが。
バヨもタンザニアのランナーとしては現役では5指に入る選手。弟も防府を制してた気がするな。
まぁイカンガー以降は不振を極めてるタンザニアで、現役で強いって言えるのはS・ラマダーニぐらいだが。
ラマダーニはイカンガーとタイ記録を持ってるし、別府で実質連覇してるから結構強いと思う。
120 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/30(火) 08:53:37
>>77 鎌田は少なくとも4回は走っている。初マラソンは77年別大。浜田が
2.13.57で優勝したレースの終盤まで競って確か2.16.35あたりで4位?に
なっている。
121 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/30(火) 10:45:30
>>108 メディアと陸連内での利権争い。
陸連内でも読売派とサンケイ派というのがいて、窓口が2つあって当然双方から
それなりの事があって、直前までどちらを主催にするか折り合いがつかず、
同じ東京、同じコースで日にちをずらして開催する珍事となった。
陸連・読売・サンケイの三者はそれでも良かったワケだが、実際に警備の実務を担当する
警視庁から「首都東京で交通規制をするマラソンを立て続けに2つもやられたらカナワン、
警備・規制の実務を担当するこっちの身にもなってみろ。一本化しないと道路使用許可は出さない(怒)」と
苦情とも圧力ともとれる抗議・お叱りを受け翌年から読売、サンケイの交互主催となった。
小学校の頃のマラソン中継で終盤宗兄弟と外人が3人でレースをして、道路を派手に蛇行
しながら走ってたレースを覚えてませんか? ラストスパートで宗?が勝った。
たしかいったんは宗(どちらか)が100mくらい引き離されたのに、先頭が二人が派手に蛇行走りをしてる間に
追いついてしまいまた3人になり、宗(どちらか)が優勝した。
ラストの強さから考えて宗茂が優勝したと思う。
なにしろあの当時宗兄弟の区別が付かなかった。
123 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/30(火) 13:12:28
ラストスパートになれば宗茂が強かった。 茂が勝つときは僅差、猛が勝つときは
大差でした。 茂は好不調が激しかったが、猛は安定していた。
しかし(選考会など)大試合には茂の方が強かった。
124 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/30(火) 13:16:15
>>122 蛇行してたのは風よけのためでしょう。
>>123 茂はスライド走法、猛はピッチ走法。性格は茂は豪気、猛は柔和。
外見はそっくりだけど、中身は違うよね。
125 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/30(火) 13:21:46
>>122 1982年位からマラソンを見てるけど・・・・1985北京マラソン
のレースじゃないか、たしか1.2フィニッシュだった。外人はヒュー・ジョーンズ(英)
だったと記憶している。
126 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/30(火) 13:38:33
>>125 >>122 81年の別大もそう。外人はディック・ベアズレー(米)。
ベアズレーは無名だったがその後サラザールと好勝負をするなど2.08.53
(1982ボストン)迄記録を伸ばした。猛とベアズレーが蛇行している間に
遅れていた茂が追いつき最後のスパートで優勝。猛が2位、ベアズレー3位。
85年北京は見ていないが茂は遅れていないのでは?
127 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/30(火) 13:48:29
81年の月陸読み直しました。ベアズレーと猛がオニゴッコをしてる間に
100mも遅れていた、茂が追いつきました。
これにより、30キロからの5キロは17分もかかっています。
でも40キロからのラストはずっと兄弟でスパート合戦をしていたそうです。
128 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/30(火) 17:25:23
85北京マラソンは宗兄弟が同タイムでゴールしてます。この時は40キロで
スパートしてジョーンズを振り切ってます。展開的には81別大とよく似て
います。
私も幼きときの過去の記憶で宗兄弟が海岸線の道路を蛇行しながら走ってる
映像を覚えています、北京には海岸は無かったですね。
だから122が言われてるのは1981別大だとおもいます。
129 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/30(火) 18:17:25
1985年東京での宗茂の国立競技場を一人で飛び出して独走での優勝も印象的。
130 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/30(火) 21:21:32
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|:::::::::::::::::|_|_|_|_| /、 ヽ 自殺しろブタ店長
|;;;;;;;;;;ノ \,, ,,/ ヽ |・ |―-、 |
|::( 6 ー─◎─◎ ) q -´ 二 ヽ |
|ノ (∵∴ ( o o)∴) ノ_ ー | |
/| < ∵ 3 ∵> \. ̄` | /
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>>122 第30回 別府大分毎日マラソン (1981年2月1日 開催)
(コース)
別府国際観光港スタート・ゴール 大分市鶴崎三左折り返し
(参加人数)
外国人招待8人、国内招待14人 合計746人
(レース内容)
10kmで6人(宗茂、宗猛、武富豊、ベアーズレー、レイ、マッカリー)いた先頭集団は
15km過ぎでマッカリーが、20km過ぎで武富、レイが脱落。
折り返し点で宗兄弟とベアーズレーの3人に絞られる。
しかし30km手前で宗茂が苦しくなり、2人から後退。
タイム的にも25km通過が世界最高・クレイトンのラップを上回っていたが、
ベアーズレーが優勝争いに割り込んできたため、宗猛が勝ちを意識し始める。
海沿いに出た32km過ぎ、強烈な向かい風を嫌がり、猛とベアーズレーは
風よけのため、蛇行を繰り返す。30−35kmのラップは17分を要した。
一時期、70mもの差をつけられた茂だったが、39.2kmでついに2人に
追いつく。3人の勝負になったが、40.2kmで猛が果敢にスパート。
茂だけが追いつき、ついにベアーズレーが脱落。兄弟対決となる。
41kmでは今度は茂が前に出てスパート。猛がつく。
ゴール前、観光港での100m直線道路でスプリントに勝る茂がスパート。
27回大会で日本最高を出して以来、2度目の優勝を手に入れた。
2位は猛。 3位はマラソン8回目の24歳、アメリカ・ベアーズレーが
入り自己記録を最新した。
132 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/30(火) 21:24:34
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|;;;;;;;;;;ノ \,, ,,/ ヽ ← ブタ店長の素顔
|::( 6 ー─◎─◎ )
|ノ (∵∴ ( o o)∴)
/| < ∵ 3 ∵>
::::::\ ヽ ノ\
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嫌われ者で、IQ0で、童貞の醜いニキビ顔。
第30回 別府大分毎日マラソン 成績
1、2.11.30 宗茂(旭化成)
2、2.11.32 宗猛(旭化成)
3、2.12.41 ベアーズレー(アメリカ)
4、2.16.16 武富豊(神戸製鋼)
5、2.16.28 前田篤秀(鈴木自動車)
6、2.17.47 マッカリー(アメリカ)
7、2.19.28 向山強(日本鋼管)
8、2.19.58 レイ(イギリス)
9、2.19.59 益田豊一(鐘紡)
10、2.20.17 吉住康夫(新日鉄)
宗茂 ラップタイム
5km 15分07秒
10km 30分04秒(14分57秒)
15km 44分56秒(14分52秒)
20km 59分57秒(15分01秒)
25km 1時間15分23秒(15分26秒)
30km 1時間31分28秒(16分05秒)
35km 1時間48分20秒(16分52秒)
40km 2時間04分44秒(16分24秒)
2.195km 6分46秒
2時間11分30秒
>>82 第1回 東京NY友好 東京国際マラソン (1981年3月1日 開催)
外国人招待は
76年モントリオール五輪6位で福岡国際3回優勝歴を持つドレイトン(カナダ)
3人目のサブテンを記録したトンプソン(イギリス)
モスクワ五輪6位ゴメス(メキシコ)
76年モントリオール五輪4位のカードング(アメリカ)
他計18人。
国内招待
79年大津毎日2位 大久保初男(大東大OB)
80年大津毎日優勝 弓削裕(旭化成)
78年バンコクアジア大会優勝 阪本峰照(日本鋼管)
他計20人 合計89人
気温8度、湿度50% 無風
最初の5kmが16分15秒というスローペースで始まる。
まず千葉正人(東急)が飛び出し、これをパーソン(スウェーデン)、ゴメス、
トーマス(アメリカ)、ダーデン(アメリカ)、トンプソン、阪本、弓削、村越忍(福岡大)
ら内外の有力選手が集団で追う展開。
27kmで千葉が捕まり、トップ集団は13人。30kmでダーデンが揺さぶりをかけたのを
きっかけに集団が解体。トンプソン、弓削が脱落。
35kmでパーソン、阪本、ダーデン、ゴメス、トーマスの5人に絞られる。
赤坂見附のだらだら上がる坂道でゴメスがスパート。あっという間に集団から
抜け出し独走態勢を築いた。35kmからの7,195kmを21分40秒で
走破。日本での初優勝を飾った。日本勢では阪本の5位が最高。期待の弓削は
後半失速し12位(2.16.46)に終わった。
第1回 東京NY友好 東京国際マラソン 結果
1、2.11.00 ゴメス(メキシコ)
2、2.12.07 パーソン(スウェーデン)
3、2.12.31 トーマス(アメリカ)
4、2.13.07 ダーデン(アメリカ)
5、2.13.22 阪本峰照(日本鋼管)
6、2.14.24 菊地武彦(リッカー)
7、2.14.39 トンプソン(イギリス)
8、2.15.13 アトキンス(アメリカ)
9、2.15.23 森田義三(安川電機)
10、2.15.35 村越忍(福岡大)
1982年12月まで
男子マラソン世界歴代30傑
1、2.08.18 ド・キャステラ(オーストラリア) 81.12
2、2.08.33.6 クレイトン(オーストラリア) 69.5
3、2.08.51 サラザール(アメリカ) 82.4
4、2.08.53 ベアーズレー(アメリカ) 82・4
5、2.09.01 ネイブール(オランダ) 80.4
6、2.09.05.6 宗茂(日本) 78.2
7、2.09.12 トンプソン(イギリス) 74.1
8、2.09.24 Hジョーンズ(イギリス) 82.5
9、2.09.26 瀬古利彦(日本) 81.4
10、2.09.27 ロジャース(アメリカ) 79.4
11、2.09.28 ヒル(イギリス) 70.7
11、2.09.28 グラハム(イギリス) 81.5
13、2.09.30 イカンガー(タンザニア) 82.10
14、2.09.33 ゴメス(メキシコ) 82.10
15、2.09.37 伊藤国光(日本) 81.12
16、2.09.49 宗猛(旭化成) 80.12
17、2.09.53 プテマンス(ベルギー) 82.3
18、2.09.55 チェルピンスキー(東ドイツ) 76.7
19、2.10.00 スメ(ベルギー) 79.9
20、2.10.08.4 ドレイトン(カナダ) 75.12
21、2.10.09 ヘンリー(オーストラリア) 80.12
22、2.10.15 ウェルズ(イギリス) 78.4
22、2.10.15 バリンジャー(ニュージーランド) 82.12
24、2.10.18.6 サンドバル(アメリカ) 80・5
25、2.10.19.9 ビヨクルンド(アメリカ) 80.6
26、2.10.20.0 チェトル(オーストラリア) 75.12
27、2.10.26 バージン(アメリカ) 81.4
28、2.10.29 ペファー(アメリカ) 80.12
29、2.10.30 ショーター(アメリカ) 72.12
29、2.10.30 シドロフ(ソビエト) 82.1
31、2.10.37.8 宇佐美彰朗(日本) 70.12
1982年時 男子マラソン 歴代30傑
国別内訳
8人 アメリカ (サラザール、ベアーズレー、ロジャース、サンドバル、ビヨクルンド、バージン、ペファー、ショーター)
5人 イギリス (トンプソン、Hジョーンズ、ヒル、グラハム、ウェルズ)
4人 日本 (宗茂、瀬古、伊藤、宗猛)
4人 オーストラリア (ド・キャステラ、クレイトン、ヘンリー、チェトル)
その他の国9人
>>111 ボストンマラソン 歴代日本人選手 優勝者
1951年 第55回大会 田中茂樹 2時間27分45秒
1953年 第57回大会 山田敬蔵 2時間18分51秒(41.091km)
1955年 第59回大会 浜村秀雄 2時間18分22秒(41.091km)
1965年 第69回大会 重松森雄 2時間16分33秒
1966年 第70回大会 君原健二 2時間17分11秒
1969年 第73回大会 采谷義秋 2時間13分49秒
1981年 第85回大会 瀬古利彦 2時間09分26秒
1987年 第91回大会 瀬古利彦 2時間11分50秒
138 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/30(火) 22:22:35
>>134 あの当時のゴメスの35キロ以降21:40は驚異的記録として評判だった。80福岡
の瀬古を上回っていた?と記憶しています。ゴメスは大股のスライド走法でしたが
スタミナがあり本当に強かった。82年は確か4戦3勝1敗でその1敗もサラザール
に僅差で負けた2位だった。だから瀬古復活の83東京マラソン予想では、病み上がり
の瀬古よりゴメスを優勝候補筆頭にあげる人も多かった。
139 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/30(火) 22:27:25
ゴメスは35kmからの7,195kmを21分40秒だけどその2年後に
凄い記録が出てるよ。83ロッテルダムでロペスとキャステラが2秒差で
ゴールしたとき7.195qを20分台でカバーしている。
>>139
私が見た中で最もラスト7.195qが早かったのはアテネ五輪の金メダリストの
バルディーニのタイム、確か20分20秒くらいだった。ただしアテネのコースは
後半下り坂なので割り引いて考える必要がある。平地では83ロッテルダムの
キャステラがトップだと思う。
141 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/30(火) 22:35:18
瀬古はほとんどの大会で前評判は「優勝候補」、「優勝候補筆頭」に
予想されていたが、86年のシカゴマラソンだけは違った。
大会前の評判は必ずしも高くなかった。
ビル・ロジャースは明らかに優勝候補一番手は瀬古の名を挙げていたが、
シカゴの新聞は様子が違った。
地元有力紙の一つは、1位サラ、2位スペディング、3位バイニオ、
4位に瀬古を挙げていたのだ。アメリカではこの時点でボストンでは
81ボストンでの評価が高く、瀬古ブランドの凋落はなかったが他の地区では
ロス五輪14位の惨敗。そして復活のロンドンマラソンが優勝したが2時間10分台
ということで「昔は強かったようだが、今は評価できない」という厳しい
ものだった。
しかし85年W杯優勝で世界歴代4位を持つサラとロス五輪銅メダリストの
スペディングをまったく相手にしないレースで快勝したおかげで、アメリカでの
瀬古評価は一気に元に戻った。そして翌年の「世界一決定戦」と銘打たれた
1987年ボストンで地元予想全誌が瀬古の優勝に◎マークした。
142 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/30(火) 22:46:18
>>140 7.195K史上最速はシカゴのハヌーシだろ。何時だったかは忘れたが。
日本最速は00福岡の藤田だね。世界的にもトップクラスのパフォーマンスだった。
瀬古はデビュー後数戦をのぞいて、五輪以外は完璧に近いレースを展開して
ますね。その一方で普段はそれほど大したこと無いのに、オリンピックで実力以上の
ものを出す、チェルピンスキー、ワイナイナ、エゴロワといった選手もいる。
瀬古が全盛期といわれた80モスクワ五輪にもし瀬古が参加してたらどうだっただろう。
やはりチェルピンスキーが勝ったのではないか。実力云々ではなく運命的なものを感じる。
>>142 藤田は故障さえなければ瀬古中山なみの選手に慣れた逸材だった。
88ベルリンのダコスタが14:28+6:20=20:48で走破している。
どちらにしてもラビットのいる現在の都市型マラソンでは後半を如何に
スピードアップできるかによって好記録が出るかどうかが決まってくる。
145 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/30(火) 23:04:16
ゴメスか、懐かしいな! かなりのスライド走法だったよね。
メキシコって長距離の良い選手を多く排出していますね。
一万mの非黒人ランキング1位のバリオス(27:08)もメキシコだった。
146 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/30(火) 23:04:33
ここに出てくる歴代ラップ見たけど
今も昔もマラソンは基本3分ペースは変わってないね
昔はそこからどれだけ落ち幅を少なくするかで
今はそこからどれだけ上げられるかだな
近年の世界記録でも後半アップ型の方が多いと思う
147 :
ゼッケン744さん@ラストコール:2007/01/30(火) 23:11:20
後半にアップするなんてどれだけしんどいことなんだろ?
マラソンは有酸素運動と無酸素運動のどちらかと言えば
無酸素運動になってるんじゃないかと思われ・・・・
でも、瀬古は長きに渡って強かった。
>>141 瀬古はロス五輪で敗退した後、中村監督が「次はシカゴで記録を狙わす」
と公言していた。84年にスティーブ・ジョーンズが世界最高記録で
勝ったレースを見ての判断だったようだ。
しかし85年5月に中村監督の急死。そして瀬古自信も欧州遠征後に
足底筋を痛めたため85シカゴマラソンは断念した。
このレースは何回も話題になっているがSジョーンズが世界歴代最速に
飛ばしていったレース。2.7.13で優勝。2位のジャマも2.8.8
の世界歴代3位だった。欧州遠征の1万で日本記録を最新した瀬古だけに
このレースに出ていたらと議論になっていたのを思い出す。
瀬古自身、86シカゴマラソン参加は2年越しの念願だったようだ。
>>145 ロドルフォ・ゴメス(メキシコ)は元々1,500mのランナー。
1976年モントリオール五輪は5,000mのメキシコ代表。
1979年にはパンアメリカン大会10,000mで優勝をしている。
マラソンは1979年から始め、この年の福岡国際に来日。15位
2.16.18の成績を残している。
1980年のモスクワ五輪は中盤からスパートし、一時は主導権を握る
走りを見せ6位入賞。
その後、80年のニューヨークマラソンでは初マラソンのサラザール
(アメリカ)に敗れたものの、2位2.10.13で走破。
その後は前出の東京国際マラソンに優勝(2.11.00)。
ゴメスのベストシーズンはこの81−83春までだろう。
82年にはゴールデンマラソンで伊藤国光を退け優勝。ニューヨークでは
サラザール続きサブテンを記録(2位 2.09.33)
83東京国際では瀬古と死闘を演じ、2.9.12で3位。これが生涯
ベスト記録になった。
ロスでは優勝候補の一角に名を馳せたが、暑さに弱く途中棄権。
また86年シカゴでは瀬古と中盤まで競るも往年の力はなく10位
2.15.02でゴールしている。
>>134 ジェローム・ドレイトン(カナダ)は税理専門学校を
卒業した公務員で本名がピーター・ブニィヤックといった。
どうしても名前が気に入らず68メキシコ五輪後にヨーロッパの
電話帳を見て気に入ったものとしてジェローム・ドレイトンに改名した。
1968年メキシコ五輪は20kmで途中棄権。
翌年、10月にデトロイトのマラソンで2.12.04の世界歴代10傑内記録
を樹立し優勝するが、12月の国際(現・福岡国際)には招待されず
奮起して自費参加。(それくらい当時の国際マラソン招待選手のレベルが
高かったというべきか。。)
スタートから飛ばし2.11.12.8の当時世界歴代3位で優勝した。
75,76年の福岡国際にも優勝。75年大会で優勝したタイム(2.10.08.4)
が生涯記録。ショーター、瀬古の4度に続く福岡3回優勝。
76年モントリオール五輪は最終日マラソンまで開催国カナダは金メダル0個。
最後の最後に優勝候補に一角・地元のドレイトンに期待をかけたが
最終調整に段階で風邪を引いてしまう。それでの得意の小雨の中、中盤まで
集団を引っ張ったが、チェルピンスキーとショーターに置いて行かれ結局6位。
2.13.30.0だった。
81年東京国際は35歳と峠を過ぎていた。25kmで途中棄権の結果だった。
151 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/31(水) 01:30:54
>>149 83年の東京国際のあとゴメスは4月のロッテルダムを走っている。
あのキャステラとロペスが後半グングンとペースを上げ死闘を演じたレース。
サラザールに初めて先着して3位(2時間9分25秒)だった。
その後、ゴメスは急激に衰えてしまった。
>>15 1981年 ニューヨークシティーマラソン 優勝 サラザール(アメリカ)
ラップタイム
3マイル 14.43
6マイル 29.07(14.24)
9マイル 44.09(15.02)
12マイル 58.05(13.56)
中間点 1.04.10
15マイル 1.13.25(15.20)
18マイル 1.27.38(14.13)
21マイル 1.42.15(14.37)
24マイル 1.57.18(15.03)
ゴール 2.08.13 (当時 世界最高記録 :後年 抹消 )
(1マイル= 1.609km)
(1983年12月まで) 世界歴代30傑
1位 2時間08分18秒 ド・キャステラ(豪)1981.12.6 福岡
2位 2時間08分33秒6 クレイトン(豪) 1969.5.30 アントワープ
3位 2時間08分38秒 瀬古利彦(日本) 1983.2.13 東京
4位 2時間08分39秒 ロペス(ポルトガル)1983.4.9 ロッテルダム
5位 2時間08分51秒 サラザール(米) 1982.4.19 ボストン
6位 2時間08分53秒 ベアーズレー(米) 1982.4.19 ボストン
7位 2時間08分55秒 宗猛(日本) 1983.2.13 東京
7位 2時間08分55秒 イカンガー(タンザニア) 1983.12.4 福岡
9位 2時間08分59秒 ディクソン(NZランド)1983.10.23 ニューヨーク
10位 2時間09分00秒 マイヤー(米) 1983.4.18 ボストン
11位 2時間09分01秒 ネイブール(オランダ) 1980.4.26 アムステルダム
12位 2時間09分05秒6 宗茂(日本) 1978.2.5 別府大分
13位 2時間09分08秒 Gスミス(英) 1983.12.23 ニューヨーク
14位 2時間09分12秒 トンプソン(英) 1974.1.31 クライストチャーチ
14位 2時間09分12秒 ゴメス(メキシコ) 1983.2.13 東京
16位 2時間09分24秒 Hジョーンズ(英) 1982.5.9 ロンドン
17位 2時間09分27秒 ロジャース(米) 1979.4.16 ボストン
18位 2時間09分28秒 ヒル(英) 1970.10.8 ブリスベーン
18位 2時間09分28秒 グラハム(英) 1981.5.23 ロッテルダム
20位 2時間09分31秒 タブ(米) 1983.4.18 ボストン
21位 2時間09分35秒 伊藤国光(日本) 1983.12.4 福岡
22位 2時間09分43秒 グラットン(英) 1983.4.17 ロンドン
23位 2時間09分44秒3 ヌザウ(ケニア) 1983.10.16 シカゴ
24位 2時間09分53秒 プテマンス(ベルギー) 1982.3.14 ローマ
25位 2時間09分55秒 チェルピンスキー(東ドイツ)1976.7.31 モントリオール
26位 2時間09分57秒 パルマンチェ(ベルギー) 1983.4.9 ロッテルダム
26位 2時間09分57秒 ダーデン(米) 1983.4.18 ボストン
28位 2時間10分00秒 スメ(ベルギー) 1979.9.14 ベルヘム
29位 2時間10分03秒 バルチャ(エチオピア) 1983.9.25 モントリオール
30位 2時間10分06秒 メンドーサ(米) 1983.4.18 ボストン
>>152 昔の海外マラソン(特にアメリカ)は全部マイル表示だったんだよね。
中継見てても見にくかったのを覚えているよ。
このスレを見ると如何に現代のマラソンがゴミって強調してるようにしか見えないんだよなぁ。
海外・国内問わず70〜80年代のランナーばかりが絶賛される。
例外は92年のバルセロナぐらいか?
ここ15年間のマラソン選手は評価する価値もないって感じだよな。
マヤカ・渡辺が連続区間新を出した箱根が最も古い記憶の俺に
過去の話をされても、凄いということ以外わからんw
タイスや藤田、アベレ辺りは評価されてもいいはずなのに、誰もしようとしない辺りもなぁ。
世界選手権連覇のガリブやアントンすら評価されないって言うのは如何なものかとw
156 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/31(水) 09:19:15
>>155 まあ僻みなさんな。国内選手はともかく海外のアフリカンは昔の選手
より強いのは皆さん共有していると思う。但しテルガトやハヌーシみたいに
都市マラソンに強い選手がオリンピックや世界選手権で駄目だったり出る事
すら出来なかったりする一方で、ワイナイナみたいに日本のレースでころころ
負ける選手が連続メダルを取ったりして最強と呼べる選手がいないことも事実
なんだ。例えばアテネのバルディーニは都市マラソンで安定した成績を残して
いるけど勝てない、世界選手権連覇のガリブはオリンピックを外して福岡でも
ゲブレに完敗の3位。それだけ分業が進んだとも言える。野球で言えば全体の
レベルが低くその中で突出していた金田や稲尾、王、野村が凄かったと様なも
のなので近代マラソンの最強選手を論じているのではないことを納得してほしい。
それでも糞しても楽々優勝するなんて現代ではあり得ないだろう。そういう
ファンタジーというか伝説は楽しいではないですか。
157 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/31(水) 09:32:17
絶対的な存在がいないんだよな。
瀬古がロス五輪で遅れだした時には、信じられない光景を
見た気がしたんだけど、今は絶対的に勝てる存在がいない。
ゲブレシラセですら世陸に出てきて勝てるとは思えない
今のマラソンは長期に渡り強いランナーがいないから論じ難いのもあるだろう。それだけアフリカの選手層が
厚く、また力が均等しているとも言える。
長期にわたり安定した強さを発揮しているのは夏のスペシャリストのエリック・ワイナイナ(ケニア)ではなかろうか。
ゲブルセラシエは今後、安定した強さを発揮しそうな感じはする。
エチオピアは アベベ- マモ - メコネン・デンシモ -アベラと続き、ゲブが伝統を継承しつつある。
それを考えると長期にエチオピアが最強国といってよいだろう。
159 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/31(水) 10:18:23
92年のバルセロナ以降の資料が少ないのは日本が弱くなったのも原因のひとつだろうね。
昔はレース後の新聞には世界歴代記録を記載したりして色々な資料を載せていた。
また多くのマラソンに関する書物も出ていた。日本が弱くなり始めるとそのような資料はスポーツ新聞にも
載らなくなってしまった。そのためごく一部の陸マガの記録集計号を見るくらいしか記録の情勢がわからなく
なってきたのだろう。昔の強豪は打倒・日本勢を目指して世界10傑に入る選手が数多く来日したから
この目で見ることができ、日本でも知られる存在になっていた。今は海外賞金レースの規模が大きく
国内に強豪選手が多く来日し、競うことや10傑の記録が出ることがなくなってしまった。
>>159 昔はロンドン、ボストン、シカゴ、ロッテルダムあたりの海外レースもテレビ中継しましたね。
有力日本選手が出る時は衛星生中継で、外国人選手で好レースはテレ東あたりで録画を流してたと思います。
今のシステムでは日本選手が春の海外レースに出場するのは難しいかもしれませんね。
161 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/31(水) 11:12:10
日本人の話をすると、やっぱり瀬古、宗兄弟、伊藤、中山は
当時はトラックの1万でも50傑に入るスピードを有していたわけで、
スピードがないというのが致命的だと思う。
現在は対抗できるのが高岡ぐらいしかいない。
藤田や佐藤がコンスタントに27分台で走れれば違ってくると思うんだけど。
宗兄弟 最後のワンツーフィニッシュ
第5回 北京国際マラソン レース展開
1985年10月13日 気温15.5度 湿度42% 微風
海外招待(日本含む)16カ国29人 国内招待(中国)18人 延べ合計264人
(出場日本選手) 宗茂(旭化成)、宗猛(旭化成)、姫野重行(旭化成)、峰岡高之(マツダ)
近藤孝志(ヤクルト)、岩瀬哲治(日産自動車)
スタート 10:00 工人体育場 宗猛が早くも先頭に立ち競技場を後にする。
「気温が少し高いのが心配」 競技場解説・高橋進
5km− 15分30秒 宗猛を先頭に17−18人が通過。
「空気が乾燥しているし、15分30秒前後ならまずまずではないか。」解説・広島日出国
すでに先頭集団には宗兄弟と近藤の3人になっている。
その近藤も8kmで先頭集団から脱落。
10km−31分07秒(15分37秒) Hジョーンズ(イギリス)が先頭。
11km−シャハンガ(タンザニア)が前に出る。マカーニャ(タンザニア)と
ともにタンザニア勢が集団を引っ張り始める。
集団は9人に(Hジョーンズ、クリステンセン(デンマーク)、マカーニャ、宗茂、猛
曽朝学(中国)、許亮(中国)、ケベデ(エチオピア))
14.8km−タンザニアのマカーニャが脱落。8人に。
15km− 46分21秒(15分14秒) 曽が前に出て先頭で通過。
16−17km シャハンガ、Hジョーンズが引っ張り、中国記録保持者の許亮が遅れる。
「今日は猛が前に出て、茂が後方ですが」 石井アナ
「練習でもほとんど猛が引っ張り茂が後ろからつくケースが多い。」広島
20km− 1時間01分24秒(15分03秒) 宗猛が先頭で通過。
折り返しー シャハンガを先頭にHジョーンズが続く。7人が一団。
宗茂が最後方で折り返す。
29秒差で近藤、許亮、ミシュウィッツ(ポーランド)が第二集団で折り返す。
22.8km−Hジョーンズがペースアップ。茂と猛がつくが、クリステンセン、シャハンガ、曽
が遅れる。その後方80mでケベデがさらに後退。
23.4km−曽朝学が腹部を押さえてスローダウン。一旦立ち止まる。
シャハンガ、クリステンセンからさらに遅れる。
(続き)
「猛に比べて茂が苦しそうに見えるが、いつものことでいつ落ちるかと
思う息使いをするが、粘り強い。」 広島日出国
25km− 1時間16分47秒 (15分23秒) 前年・喜多より1分半速くなっている。
3人の併走が続く。Hジョーンズが前に出て宗兄弟が後ろにつく展開。
30km−1時間32分50秒(16分03秒)
33km−一旦、宗兄弟が前に出てジョーンズの出方を伺う。しかし直ぐに
ジョーンズが前にでて元に戻る。
35km− 1時間48分11秒(15分21秒) Hジョーンズ先頭。
39km−
「猛の表情が変わらないですね。」石井
「ですけど、、猛の方がね、、」広島
「猛の方が疲れてますか?」石井
「グランドに入ったら茂の方が強いと思いますけどね。」広島
「口を開けて表情の苦しそうな宗茂。しかし茂の方が余力があると広島さんは言ってますが。」石井
Hジョーンズの表情も歯を食いしばり苦しくなってきている。
40km− 2時間4分00秒(15分49秒)
40km通過と同時に茂がスパート。
「あ、出ました宗兄弟が出ました。なるほど茂がスパートですね。」石井
猛が懸命につく。ジョーンズが脱落。
「これで10分台が出ますね」広島
40.7km− 逆に猛が前に出る。ジョーンズとの差は20m。
工人体育場ゲート内ー 茂が前に出てリード。猛が懸命に食らいつく。
2時間08分42秒 − スタジアムへ 茂が猛を1mリードする。
残り300m− 「ここで猛がかわさないと勝機はないと思います。
今日ぐらいは逆になって欲しいですね。」高橋進
残り200m− 猛が茂に並ぶ。
ラスト100m− 茂が再度スパート。猛との差2m。
しかし残り20mで猛が猛然と茂の並びかけほぼ同時でゴール。
胸差で宗茂の6度目の優勝となった。2位は猛で4度目のワンツーフィニッシュ。
第5回 北京国際マラソン 成績
1、2.10.23 宗茂(旭化成)
2、2.10.23 宗猛(旭化成)
3、2.10.36 H・ジョーンズ(イギリス)
4、2.11.51 クリステンセン(デンマーク) (以上大会新記録)
5、2.14.45 姫野重行(旭化成)
6、2.15.25 曽朝学(中国)
7、2.15.41 シャハンガ(タンザニア)
8、2.16.11 マッキー(ニュージーランド)
9、2.16.31 峰岡高之(マツダ)
10、2.17.05 リザルト(ポーランド)
20、2.20.29 近藤孝志(ヤクルト)
35、2.26.56 岩瀬哲治(日産自動車)
優勝 宗茂(旭化成) ラップタイム
5km 15.30
10km 31.07(15.37)
15km 46.21(15.14)
20km 1.01.24(15.03)
25km 1.16.47(15.23)
30km 1.32.50(16.03)
35km 1.48.11(15.21)
40km 2.03.59(15.48)
2.195km (6.24)
ゴール 2時間10分23秒
2004年12月まで 男子マラソン世界歴代30傑
1、2.04.55 テルガド(ケニア) 2003.9
2、2.04.56 コリル(ケニア) 2003.9
3、2.05.38 ハヌーシ(アメリカ) 2002.4
4、2.05.50 ルト(ケニア) 2003.10
5、2.06.05 ダコスタ(ブラジル) 1998.10
6、2.06.14 リモ(ケニア) 2004.4
7、2.06.15 ムンジ(ケニア) 2003.9
8、2.06.16 タヌイ(ケニア) 1999.10
8、2.06.16 ジェンガ(ケニア) 2002.10
8、2.06.16 高岡寿成(日本) 2002.10
11、2.06.23 チェボロル(ケニア) 2004.10
12、2.06.33 タイス(南アフリカ) 1999.2
12、2.06.33 ロティッチ(ケニア) 2003.4
14、2.06.35 ゲブルシラシエ(エチオピア)2002.4
15、2.06.36 ピント(ポルトガル) 2000.4
15、2.06.36 ズヴェジュフレフスキ(フランス)2003.4
17、2.06.39 キプサング(ケニア) 2003.10
18、2.06.44 キプロノ(ケニア) 1999.9
19、2.06.46 エルムアジス(モロッコ) 2002.10
20、2.06.47 キプロプ(ケニア) 1999.10
20、2.06.47 キプコエチ(ケニア) 2002.9
20、2.06.47 オンサレ(ケニア) 2003.4
23、2.06.48 エリメル(フランス) 2003.4
24、2.06.49 ジファル(エチオピア) 1999.10
24、2.06.49 ビウォット(ケニア) 2002.9
24、2.06.49 リリ(ケニア) 2004.9
27、2.06.50 デンシモ(エチオピア) 1988.4
27、2.06.50 キプラガト(ケニア) 1999.10
29、2.06.51 藤田敦史(日本) 2000.12
30、2.06.52 キプソス(ケニア) 2002.9
32、2.06.57 犬伏孝行(日本) 1999.9
54、2.07.35 児玉泰介(日本) 1986.10
57、2.07.40 谷口浩美(日本) 1988.10
67、2.07.52 油谷繁(日本) 2001.3
67、2.07.52 国近友昭(日本) 2003.12
72、2.07.55 諏訪利成(日本) 2003.12
75、2.07.57 伊藤国光(日本) 1986.10
78、2.07.59 森下由輝(日本) 2001.3
86、2.08.05 三木弘(日本) 1999.2
88、2.08.07 早田俊幸(日本) 1997.12
98、2.08.12 藤原正和(日本) 2003.3
2004年12月まで 男子マラソン世界歴代30傑
国別内訳
18人 ケニア (テルガド、コリル、ルト、リモ、ムンジ、タヌイ、ジェンガ、チェボロル、ロティッチ
キプサング、キプロノ、キプロプ、キプコエチ、オンサレ、ビウォット、リリ、キプラガト、キプソス)
3人 エチオピア (ゲブルシラシエ、ジファル、デンシモ)
2人 日本 (高岡、藤田)
2人 フランス (ズヴェジュフレフスキ、エリメル)
1人 アメリカ (ハヌーシ)
1人 ブラジル (ダコスタ)
1人 南アフリカ (タイス)
1人 ポルトガル (ピント)
1人 モロッコ (エルムアジス)
167 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/31(水) 14:23:14
アメリカはロス五輪の前は盛況だったのにどうしたのかな?
プラーテイエスとかハヌーシとかの帰化選手しか活躍してない。
83年あたりだと10分台までだったらかなりいたはず。
2004年 12月まで 男子5000m世界歴代10傑
1、12.37.35 ベケレ(エチオピア) 2004.5
2、12.39.36 ゲブルシラシエ(エチオピア)1998.6
3、12.39.74 コメン(ケニア) 1997.8
4、12.46.53 キプチョゲ(ケニア) 2004.7
5、12.47.04 シヒネ(エチオピア) 2004.7
6、12.48.81 シャシーン(カタール) 2003.6
7、12.49.28 ラルラフィ(モロッコ) 2000.8
8、12.49.71 ムルイット(ベルギー) 2000.8
9、12.49.87 テルガト(ケニア) 1997.8
10、12.50.24 エルゲルージ(モロッコ) 2003.6
2004年12月まで 男子10000m 世界歴代10傑
1、26.20.31 ベケレ(エチオピア) 2004.6
2、26.22.75 ゲブルシラシエ(エチオピア)1998.6
3、26.27.85 テルガト(ケニア) 1997.8
4、26.30.03 ケンボイ(ケニア) 2003.9
5、26.36.26 コエチ(ケニア) 1997.8
6、26.38.08 ヒッス(モロッコ) 1996.8
7、26.38.76 ハッサン(カタール) 2003.9
8、26.39.69 シヒネ(エチオピア) 2004.5
9、26.49.38 キプケテル(ケニア) 2002.8
10、26.49.90 メズゲブ(エチオピア) 2002.8
2004年12月まで 男子5000m 日本歴代10傑
1、13.13.40 高岡寿成(カネボウ) 1998.8
2、13.22.12 入船敏(カネボウ) 2001.7
3、13.22.97 米重修一(旭化成) 1988.7
4、13.23.49 花田勝彦(SB食品) 1999.7
5、13.24.29 瀬古利彦(SB食品) 1986.7
6、13.24.69 新宅雅也(SB食品) 1982.9
7、13.25.41 鎌田俊明(カネボウ) 1977.7
8、13.25.72 池谷寛之(本田技研) 2000.8
9、13.26.19 徳本一善(日清食品) 2003.5
10、13.26.53 渡辺康幸(早大) 1994.7
2004年12月まで 男子10000m 日本歴代10傑
1、27.35.09 高岡寿成(カネボウ) 2002.6
2、27.35.33 中山竹通(ダイエー) 1987.6
3、27.42.17 瀬古利彦(SB食品) 1985.7
4、27.43.04 米重修一(旭化成) 1988.5
5、27.43.94 大森輝和(くろしお通信)2004.5
6、27.44.50 新宅雅也(SB食品) 1983.11
7、27.45.13 花田勝彦(SB食品) 2000.9
8、27.46.16 阿久津浩三(福島病院)1988.5
9、27.46.39 渡辺康幸(SB食品) 1998.4
10、27.47.35 伊藤国光(カネボウ) 1980.7
170 :
待った名無しさん:2007/01/31(水) 19:05:15
>>149 ロドルフォ・ゴメスは76年モントリオール五輪のマラソンで宗茂の直前(19位)でゴールしている。
たしかにおっしゃるとおり、この頃はトラックが専門だったけど、このオリンピックでは5000mだけでなく10000mもマラソンも走ったんだ。
171 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/31(水) 19:26:37
そういえば、ロス五輪のマラソン銅メダルの選手は
5000か10000に出てて、五輪本番で初マラソンだったような。
そんなのに瀬古が負けたのかと思うと泣けてきたよ。
172 :
待った名無しさん:2007/01/31(水) 19:49:34
>>171 それは銀メダルのトレーシーだね。モスクワの5000mは7位、ロサンゼルスの10000mは9位と入賞一歩手前の成績だった。
瀬古だってトラックレースだったら入賞が精一杯だったろう。それにトレーシーは世界クロカン2連勝のランナー(ケニア・エチオピア勢が本格的に参加していなかったとはいえ)だったのだから実力はあった。決してまぐれではない。
まあ、これは後になって知ったんで、そのときはあなたと同じように思ったけどね。
173 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/31(水) 20:13:34
トレーシーって、アイルランドだっけ?
174 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/31(水) 22:57:54
ロスオリンピック当時高校生だった私は初マラソンかつ寒国アイルランド主出の
トレーシーが瀬古を上回り銀を取ったのが信じられなかった。
しかも当時の私はトレーシーといえばトレーシー・ローズ(若者は知らんだろうが)
しか知らなかったので、余計に悔しかった。
175 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/31(水) 23:04:28
私は今年40歳だがロス五輪で女子マラソン見て、ベノイト、ワイツ、メイ、モタ・・
なんで外国は美人が多いのかと羨ましかったよ。日本女子長距離は顔面偏差値低かったし
その中にあって、寺越さおり、田村由紀、には私の右手もお世話になりましたw
176 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/31(水) 23:06:08
スレタイの「マラソン史上最も強いランナー」というのは女子も含むのか?
>>118 雑魚大会で優勝してもなんの意味もありません^^
世界大会で優勝しないとね^^
私は30歳後半、いい歳して少し不謹慎だと思うがハッキリ言おう
「増田明美は整形したな!」 84ロス当時の顔は見れたものじゃなかったよ。
一緒にいると佐々木七恵が美人に見えたぐらいだから。
今は増田はまともに見れるもんな。
もし仮に瀬古がモスクワに参加してたら金取ったと思うか?あるいは84ロサンジェルス
に万全の体調で参加してたら金をとれたと思うか?
私は NO だと思う。チェルピンスキーもロペスも後半神憑り的強さだった。
五輪では実力を超えた何かがないと勝てないのではないだろうか。
180 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/31(水) 23:25:16
>>179 カルロス・ロペスは76モントリオールの一万で銀メダルを取っている、しかも一万
ベストが37歳の時の27:17。 ロスオリンピックで今も五輪最高記録として残る
2:09:20で圧勝し、翌年38歳で史上初の7分台となる2:07:12の世界新をマーク
している。 ロペスこそ史上最強マラソンランナーと私は見るが如何??
182 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/31(水) 23:30:07
183 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/31(水) 23:35:55
油谷は伊藤国光的なポジション。瀬古や中山のような主役ではないが名脇役といったところ。
184 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/31(水) 23:41:07
強くなった時点で終わっちゃたんじゃないの。アジア大会で日本最高記録を出した時は本当に良かった。だけどもうその後が下り坂だったように思います。また彼女が活躍する姿が想像できません。彼女は違う顔見せすぎたんじゃないでしょうか
185 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/01/31(水) 23:51:55
>>141 87ボストンの前哨戦は高橋進氏がコメントしている。
「今回のボストンは豪華なメンバーが揃い、来年に控えた五輪の前奏曲にも前哨戦ともいえる重みがあった。
地元の評判では優勝予想は瀬古が7割、ジョーンズ1割、トレーシー1割で残る1割は地元の
ビックフォードかアイストーンのどちらかという判官びいきだった。ロッテルダムからボストン入りをした
私は、瀬古の圧倒的な前人気にびっくりした。6年前のボストンを制し、昨日のシカゴでも勝っているだけに
アメリカでの瀬古株は日本円の強さに匹敵するくらいだ。」
と述べている。
つまりバブルだったってことだな
188 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/01(木) 06:51:18
189 :
155:2007/02/01(木) 07:54:27
>>156-161 強い選手がいないんじゃなくて、全体的に団子状態なのが問題視されてるわけか。
確かに多数の実績ランナーに目移りして、大本命選手がいるってマラソンは明らかに減ったからな。
その点を考えれば今回の福岡でのゲブレやガリブみたいに実績上位選手の一騎打ちということは現在では少ない。
まぁその混沌状態が、牽制でタイムが出ない単調なレースを除けば面白いって言うのも事実だけど……
確かに瀬古やショーターのようにでてさえくれば、ほぼ本命ってことは俺がマラソン見始めてからは減ったな。
瀬古の驚異的な勝率は、現在のラドクリフや野口、一昔前の高橋やヌデレバに通じるものがある。
彼女たちが現在でも最強ランナーの一角として語られるのがそれが要因か。
瀬古の場合はモスクワが全てだった気がする。
これは宗兄弟にもいえるけどね。
真面目な話、モスクワに出ていれば金銀銅独占できたと思う。
>>179 ロペスは晩節を汚したという意味では瀬古以上。
あの東京国際はなめてるとしか言いようが無い。
>>186 久しぶりに87年ボストンのVTRを引っ張り出して見たよ。
霧の影響で35km近くまで固定カメラしかなく断片でしかわからないが
前半あまりのスローで道幅一杯に集団が広がっていた。
後半、瀬古がスパートして間のない映像を映していたが、あれだけスローなのに脚を使っているのか
心理戦で消耗してるのか、他のランナーがまったく瀬古に付けなかった。
その後、回線がつながり37km以降は移動カメラが瀬古をとらえた。
40km過ぎは脚に疲れがきてたみたいだが、今見返すと余裕を持ってのスパートだったようだ。
>>190 >真面目な話、モスクワに出ていれば金銀銅独占できたと思う。
ソ連時代のモスクワですよ・・・一服(ry・・・
>>191 あのレースは豪華メンバーだったけど、瀬古は「自分だけが楽なはずはない」
と思ってスパートしたけど、誰もついてこれなかったんだよな。
国内の他のランナーはタイムについて言ってたけど、あの消耗戦
で圧勝した事は評価できる。
S・ジョーンズも「瀬古イズザベスト」とレース後に言ってたしね。
194 :
ゼッケン744さん@ラストコール:2007/02/01(木) 09:36:18
そのベストの時期がオリンピックに合わなかった・・のが非常に残念。
もったいない
>>193 あの当時、Sジョーンズは日本選手が対戦したことがない唯一の強豪だった。
84年に世界記録を出して2年間で7分台1、8分台(それも前半)2と記録して「いちばん強いのでは」
と言われていた。
瀬古とは86年のプジョータルボット5000mで対決し、瀬古が快勝。
そして87ボストンでもスパートについていけず2位確保がやっとだった。
そこで「瀬古 イズ スーパー。 恐ろしいランナーだ。」という共同会見での発言になった。
S・ジョーンズは欧州選手権で世界新ペースだったけど、
給水に失敗(他人の炭酸入りを飲んだ?)して優勝したものの
平凡なタイムだったことがあるよね。
197 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/01(木) 11:15:48
>>195 87ボストン後のジョーンズは「瀬古はマシーンだ、恐怖さえ覚えた」
とコメントしてるね。
198 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/01(木) 11:20:04
>>190 86東京国際は、「ロペスのラストラン」が売りだったね。間違いなくかなりの
大金が出場料として事前に払われているはず、だから最初から完走する気は無かったの
ではないだろうか。
88ソウル五輪にも41歳のロペスは代表として選ばれてるけど流石に走らなかった。
199 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/01(木) 14:33:41
マラソンでその位置づけがあやふやなモノに日本選手権がある。
どの大会が日本選手権なのか?日本選手権者は大会優勝者なのか?日本人1位なのか?
これだけマラソンが盛んな日本においてマラソン日本選手権ほど注目されいないタイトルも珍しい。
200 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/01(木) 19:58:51
>>188 油谷
エドモントン世陸 5位
パリ世陸 5位
アテネ五輪 5位
瀬古
ロス五輪 14位
ソウル五輪 9位
油谷>>>>>>>瀬古
親父の思い込みを抜きにした客観的な事実ね
瀬古も油谷もメダル獲ってないんだから
目糞鼻糞を笑うといったところ
油谷と瀬古を比較しようとするバカがいるとはね。
無知もここまで来るとあきれかえってしまうよ。
203 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/01(木) 20:20:16
油谷さん
(極楽とんぼ:山本)
>>202 油谷の関係者じゃないの、ちょっと恥ずかしいよ。
本当に恥ずかしいな
油谷ヲタの房総はwwww
とっとと巣に帰れよ
206 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/01(木) 20:40:23
記録でも順位でも圧倒的に油谷の勝ちなのになw
瀬古が勝てるものってなによ?
まさかマイナーな地方大会とかいうなよw
田舎の進学校で一番だって、肝心の東大受験で落ちちゃあ意味ないからw
207 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/01(木) 20:52:14
バカは放置しておきな。
この油ヲタに反応しないように。
208 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/01(木) 20:53:39
>>202>>204>>205 それは君たちの思い込みでしょ?
よくいるよね。
自らの青春時代の思い出を美化したい人って。
でも現実は違うんだ。
現実はもっと厳しいのよ。
主観が入り込む余地がない数値で表されちゃうからね。
>>瀬古
>>ロス五輪 14位
>>ソウル五輪 9位
な〜んだ。みんなが瀬古は神!
みたいなことを言ってるからどれほど凄いのかと思っていたら・・・
これはヒドイ・・・・
>>206 1984・8・13 ロス五輪(NHK) 48・8% (出場〜瀬古・宗茂・宗猛)
1988・10・2 ソウル五輪(NHK) 43・4% (出場〜瀬古・中山・新宅)
1983・2・13 東京NY友好(フジ) 37・5% (優勝・瀬古利彦)
1983・12・4 福岡国際(NHK) 36・5% (優勝・瀬古利彦)
1988・3・13 びわこ毎日(NHK) 34・9% (優勝・瀬古利彦)
(数字は平均視聴率)
視聴率(笑)
213 :
155:2007/02/01(木) 21:32:13
瀬古の戦績は
>>31の通り、3度目のマラソンで初優勝した後は、五輪以外では1度しか負けてない。
つか現在じゃ考えられん戦績だし、福岡・東京・ボストン・ロンドン・シカゴと主要都市のマラソン勝ち。
オリンピックの惨敗だけが戦績の中の傷になってる。(これが一番でかいわけだが……)
世界大会の実績だけで評価するならば世界選手権金、バルセロナ7位の谷口、
バルセロナ銀の森下、世界大会3連続入賞の油谷といった方が残してるわけだ。
ただし瀬古のように主要マラソンを勝ちまくったことも、オリンピックのメダルに匹敵するといってもいいと思う。
つまるところ規模の大きい大会を勝ちまくるのと、世界大会のみのお祭り男では評価の仕方が難しいわけだ。
例えばワイナイナは連続メダルを含む五輪3連続入賞を果たしているが、主要マラソンは東京で2勝したのみ。
北海道(3回)や長野(2回)といったマイナー大会は勝っているが……
マラソン選手の強弱をタイムで判断することは危険だと思う。
持ちタイムはあくまでも目安程度にとどめておいた方が無難でしょう。
油谷選手がよく引合いにされていますが例えばアベベ・ビキラと油谷選手では
持ちタイムは圧倒的に油谷選手が上回ります、ですがみなさんはアベベよりも
力があるとは誰も感じないのではないでしょうか。
タイムは気象条件、コース、対戦相手によっていくらでも変化する訳ですから。
215 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/01(木) 22:04:52
去年の福岡の視聴率は 22・0% だったみたい。
まあ、オリンピック選考の年じゃないからな。
国近が勝った年ってどのくらいだったんだろう。
216 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/01(木) 22:08:16
>>214 食い物、練習も違いますよね。
あと道具もきっと多少は影響するでしょう。
217 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/01(木) 22:16:34
>>200 油谷は地方のマイナー大会で勝てなければ、田舎の進学校で1番にもなれてない。
∴瀬古の圧勝だな。
218 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/01(木) 22:22:38
肝心の東大入試では
油谷>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>瀬古www
油谷の話題になると一気にスレのレベルが下がるな。
油谷もいい選手なのだからもう少し 油谷を押す方、周りの人を納得させる話題や内容を提供してみたらどうだろうか。
瀬古に剥きに比べても意味ないと思うよ。
220 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/01(木) 22:36:26
肝心の東大入試では、油谷後半テレビに映らないじゃない。。。
221 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/01(木) 22:38:43
油谷でバカ騒ぎしてるのは
佐藤秀和スレの“店長”だろ。
次元の低いレスしか打てない引きこもりだよwww
222 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/01(木) 22:39:33
2030年頃に予想される会話
A「そういえば、油谷とかっていたね。」
B「ああ、いたいた。たしかスバルで苦労人の、、、」
A「それは奥谷!!」
223 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/01(木) 22:41:46
大学卒業後の世間の評価
瀬古>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>油谷www
現在の日本マラソン界では油谷が実力ナンバーワン。
225 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/01(木) 23:44:08
谷口>>>森下>>>尾方>>>佐藤信之>>>中山>>>油谷>>>>>世界の厚い壁>>>>>瀬古
>>223 >>大学卒業後の世間の評価
>>瀬古>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>油谷www
この文章によってあなたが昔の思い出に浸っているジジイだってことがわかりますね。はい。
でも世界大会で入賞すらしていない瀬古がこれだけ語られるのは
当時図抜けた存在だったのは理解できるね。
油谷を含め五輪で入賞しても佐藤や尾方のように世陸でメダルを獲得しても瀬古
もしくは中山の存在が大きいってことだな
世界大会前の優勝候補に挙がることも「最強」を語る上で重要ということだ。
実績がないものは優勝候補に挙がらないからね。
瀬古のマラソンレースをちゃんと見てみたいw
瀬古がマラソン勝つとだいたい陸マガあたりで
臨時特集号を発売して瀬古特集を組んだ。
日本選手が優勝候補に挙げられたのは、バルセロナの谷口や森下辺りが最後のような気がする。
以後は世界選手権や五輪においては良くてメダル獲得ってぐらいだろうし。
そもそも海外主要マラソンを全く勝てず、日本主要3大会も外国人招待選手に楽勝される現状じゃ仕方が無いことだが。
230 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/02(金) 07:23:11
そもそもスレ違い
ここは「マラソン史上もっとも強いランナー」なので
負け続けているヤツを必死にアピールされてもね
ひとつ言っておきたいのは、過去においても現在においても、
自分が負かした相手を光らせたのは瀬古しかいないというのが事実だと
言う事。(ロス五輪前までだが)
宗兄弟も福岡での競技場デッドヒートがなければ、伊藤や喜多と同じ扱い
だったろう。
特に1983年の東京国際マラソンでの涙の復活は、
オールナイトニッポンでアルフィーの坂崎幸之助が「涙が出た」と
語ったほど、全国民を感動させた。
同年の福岡での最後の直線スパートも凄かった。
又、両レースで瀬古の後塵を拝したイカンガー、R・ゴメスも評価が高まった。
ただ、ロス五輪以降は故障欠場の福岡まで、海外マラソンを3連勝したが、
瀬古に敗れたスペディング、サラーは逆に評価を落とし、ボストンも凡レースと
言われた。
232 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/02(金) 12:31:23
みんな気狂い店長の自演に釣られ過ぎwww
>>ここは「マラソン史上もっとも強いランナー」なので
>>負け続けているヤツを必死にアピールされてもね
そうだな。
世界でまったく歯が立たなかった瀬古は論外だな。
ここで必要以上に瀬古を叩いている人は
きっと瀬古のレースを見たことがないんだな。
別に瀬古が一番ではないと思うが、
あまりに無知過ぎる。
同意
インパクトの問題
野球 ナガシマ
相撲 北の湖
陸上 カール ルイス
柔道 ヤマシタ
将棋 羽生
だから
マラソン 瀬古
に なるのかな…
油谷さんの方が
すごいのに…
1980年代の世界のマラソンは瀬古を中心に回っていたと言っても過言では無い。
タンザニアの軍人のジュマ・イカンガーは瀬古と好勝負を演じたという事でトントン昇進していった。
42キロを走りきった直後の195M競争では瀬古は人類最速だろう。
ロス五輪 14位
ソウル五輪 9位
ええぇぇぇぇえええええ(笑)
240 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/02(金) 18:22:39
>>234 そんなに言うのならyoutubeにでもアップしてあげなよ。
野球とかの名勝負DVDとかは発売されているけどマラソンの名勝負DVDって発売されていないよね。
242 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/02(金) 20:37:15
もうやめろよ、うぜえよ
自分で「油谷スレ」でもつくって
そこで好きなだけ自演してろよ
243 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/02(金) 22:00:22
もうやめろよ、うぜえよ
自分で「瀬古スレ」でもつくって
そこで好きなだけ自演してろよ
244 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/02(金) 22:17:20
伊達>>>油谷瀬古>>渡辺
店長>>>油谷瀬古>>渡辺
246 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/02(金) 22:33:54
瀬古様の動画マダーー??
日本記録の変遷
2時間26分42秒 孫 基禎(養正高普) 35年11月神宮
2時間26分32秒 広島庫夫(旭化成) 55年5月大阪
2時間23分51秒 広島庫夫(旭化成) 55年12月平和台
2時間21分40秒 広島庫夫(旭化成) 57年12月平和台
2時間20分42秒 中尾隆行(中京大) 60年12月福岡
2時間18分54秒 中尾隆行(中京大) 61年3月名古屋
2時間18分52秒 中尾隆行(東 急) 62年10月オーク
2時間16分18秒4 寺沢 徹(倉 レ) 62年12月福岡
2時間15分15秒8 寺沢 徹(倉 レ) 63年2月別府
2時間12分00秒0 重松森雄 (福岡大) 65年6月ウィンザー
2時間11分17秒0 佐々木精一郎 (九州電工) 67年12月福岡
2時間10分37秒8 宇佐美彰朗(桜門陸友会) 70年12月福岡
2時間09分05秒6 宗 茂 (旭化成) 78年2月別大
2時間08分38秒 瀬古利彦 (SB食品) 83年2月東京
2時間08分15秒 中山竹通 (ダイエー) 85年4月ワールドカップ
2時間07分35秒 児玉泰介 (旭化成) 86年10月北京
2時間06分57秒 犬伏孝行 (大塚製薬) 99年9月ベルリン
2時間06分51秒 藤田敦之 (富士通) 00年12月福岡
2時間06分16秒 高岡寿成 (鐘紡) 02年10月シカゴ
重松森雄は君原健二、円谷幸吉と同級生で、特に君原とは
福岡で同県人だった。九州電工時代は、君原よりも将来を
有望され熊日30kmで日本最高で優勝(君原は確か3位)。
九州電工から福岡大学に進学。
マラソンでは東京五輪の代表選考会で惨敗。それをバネに
翌年のボストンマラソンを2時間16分33秒で制覇。
そして2ヶ月足らずでウインザーマラソンに挑戦。
2時間12分00秒の世界最高記録を樹立した。
東京五輪のアベベの記録(2時間12分11秒2)は
不滅の記録といわれていたが、重松の快走はボストンの
勢いのまま達成された感じであった。
67年の国際マラソンでクレイトンに破られるまで
約2年間世界最高記録を保持。しかし重松は国内では
ほとんどマラソンで好成績をあげることができなかった
感じがする。重松のマラソン歴は1965年がピーク
のように思えた。比較的、円谷や森下に似た活躍期間
の短い選手といえるだろう。
寺沢徹の全盛期はローマ五輪から東京五輪の間で
ちょうどオリンピックの狭間に位置し、不運といえば
不運であった。
このころの寺沢はほとんど国内レースで連勝。
他の選手が打倒寺沢を合い言葉に挑んだ感じがした。
特に世界最高をだした63年の別府大分マラソンは
新鋭の君原らと前半から好ラップを刻んだ。
幸運な事に行きと帰りの風が両方とも追い風に
なり好選手との競り合いもあり生まれた記録だ。
ローマ五輪でアベベがマークしたタイムを0,4秒
の最新だったがアベベの記録を破ったという
ことで話題になった。しかしこの記録もすぐに
破られたのを覚えている。
東京五輪の頃は少し力が落ちており、成長した
君原よりも評価は下がっていたと思う。
歴代日本選手権者(1960年以降)
1960 貞永信義 (鐘紡防府) 2゜34‘57”
1961 アベベ・ビキラ (エチオピア) 2゜29‘27”
1962 寺沢徹 (倉レ) 2゜16‘18”4
1963 ジュリアン (ニュー−ジーランド) 2゜18‘00”6
1964 君原健二 (八幡製鉄) 2゜17‘11”4
1965 広島日出国 (旭化成) 2゜18‘35”8
1966 御船芳郎 (リッカー) 2゜26‘01”6
1967 デレク・クレイトン (オーストラリア) 2゜09‘36”4
1968 宇佐美彰朗 (日大陸遊会) 2゜13‘49”
1969 ジェローム・ドレイトン (カナダ) 2゜11‘12”8
1970 ビル・アドコックス (イギリス) 2゜13‘46”0
1971 フランク・ショーター (アメリカ) 2゜12‘50”4
1972 フランク・ショーター (アメリカ) 2゜12‘03”0
1973 フランク・ショーター (アメリカ) 2゜11‘45”0
1974 宇佐美彰朗 (桜門陸遊会) 2゜13‘24”0
1975 ジェローム・ドレイトン (カナダ) 2゜10‘08”4
1976 宇佐美彰朗 (桜門陸遊会) 2゜15‘22”0
1977 ウィリアム・ロジャース (アメリカ) 2゜10‘55”3
1978 宗猛 (旭化成) 2゜15‘15”4
1979 瀬古利彦 (早稲田大学) 2゜10‘35”
1980 弓削裕 (旭化成) 2゜15‘33”
1981 ロバート・キャステラ (オーストラリア) 2゜08‘18”
1982 水久保三千男 (新日鉄八幡) 2゜15‘23”
1983 瀬古利彦 (エスビー食品) 2゜08‘52”
1984 岩瀬哲治 (リッカー) 2゜14‘24”
1985 新宅雅也 (エスビー食品) 2゜09‘51”
1986 渋谷俊浩 (雪印乳業) 2゜14‘55”
1987 中山竹通 (ダイエー) 2゜08‘18”
1988 瀬古利彦 (エスビー食品) 2゜12‘41”
1989 M・マティアス (ポルトガル) 2゜12‘54”
1990 E・エルブイク (ベルギー) 2゜13‘03”
1991 S・ムラシャニ (タンザニア) 2゜11‘34”
1992 M・アレイリー (アイルランド) 2゜13.‘15”
1993 D・セロン (メキシコ) 2゜08‘51”
1994 鈴木賢一 (富士通) 2゜11‘05”
1995 大家正喜 (佐川急便) 2゜09‘33”
1996 田幸寛史 (エスビー食品) 2゜12‘24”
1997 早田俊幸 (アラコ) 2゜08‘07”
1998 小島宗幸 (旭化成) 2゜08‘43”
1999 小島宗幸 (旭化成) 2゜09‘09”
2000 藤田敦史 (富士通) 2゜06‘51”
2001 A・ペナ (スペイン) 2゜07‘34”
2002 E・ワイナイナ (コニカ) 2゜08‘03”
2003 国近友昭 (エスビー食品) 2゜07‘52”
252 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/02(金) 22:45:56
フィスに勝った小島宗幸って結構強くなかったかい?
(1999年12月まで) 男子マラソン世界歴代10傑
1. 2.05.42 K. ハヌーシ(モロッコ) 99.10.24 シカゴ
2. 2.06.05 R. ダ・コスタ(ブラジル) 98.9.20 ベルリン
3. 2.06.16 M. タヌイ(ケニア) 99.10.24 シカゴ
4. 2.06.33 G. タイス(南ア) 99.2.14 東京
5. 2.06.44 J. キプロノ(ケニア) 99.9.26 ベルリン
6. 2.06.47 F. キプロノ(ケニア) 99.10.17 NY
7. 2.06.49 T. ジェファール(エチオピア)99.10.17 NY
8. 2.06.50 B. デンシモ(エチオピア) 88.4.17 ロッテルダム
8.2.06.50 W. キプラガト(ケニア) 99.10.17 NY
10.2.06.54 O. オソロ(ケニア) 99.10.11
11.2.06.57 犬伏孝行(大塚製薬) 99.9.26 ベルリン
>>250 日本選手権覇者というのは福岡国際とびわ湖毎日の優勝者が
交互に当てはまるときいたことがある。
この表を見るとまさにそのようだね。
君原や宇佐美が80年代選手に例えると、
宇佐美が瀬古や中山クラスの強さを発揮していた。
君原は谷口かな。君原は国内では宇佐美にまったく歯が立たなかった。
(宇佐美の方が少し年代が下ではあるが。)
円谷は森下に近い。円谷のマラソン歴は39年の五輪の年だけと言って
いいだろう。名古屋中日マラソンを走ったあと、毎日マラソンの
最終選考会で2位。(今のびわこ毎日マラソンだが、この時は
東京のオリンピックコースで開催)
本番の五輪で3位と戦歴は森下に似ている。
沢木啓祐はトラックのサラブレットといわれユニバーシアード
でも最後のキレで快勝。長く長距離の日本記録を持っていたが
五輪でいい成績を残していない。
メキシコ五輪は期待されたが(この時、今ダイハツ女子陸上部
監督の鈴木と10000m出場)酸素が薄いこともあり惨敗。
ヨーロッパ遠征では世界とそこそこ戦っていた。
マラソンは期待されたが結果を残せなかった。
沢木はエスビーの花田などに近いのかなあ。
(2003年12月まで) 男子マラソン世界歴代10傑
1 2:04:54 P・テルガト (ケニア) ベルリン 2003.9.28
2 2:04:56 S・コリル (ケニア) ベルリン 2003.9.28
3 2:05:38 K・ハヌーシ (米 国) ロンドン 2002.4.14
4 2:05:50 E・ルト (ケニア) シカゴ 2003.10.12
5 2:06:05 R・ダコスタ (ブラジル) ベルリン 1998.9.20
6 2:06:15 T・ムインジ (ケニア) ベルリン 2003.9.28
7 2:06:16 D・ジェンガ (ケニア) シカゴ 2002.10.13
7 2:06:16 高岡 寿成 (日 本) シカゴ 2002.10.13
9 2:06:16 M・タヌイ (ケニア) シカゴ 1999.10.24
10 2:06:33 M・ロティチ (ケニア) パ リ 2003.4.6
10 2:06:33 G・タイス (南 ア) 東京国際 1999.2.14
君原健二マラソン成績
1、朝日国際(62.12.2)2時間18分01秒 3位
2、別府毎日(63.2.172時間16分19秒 4位
3、毎日(63.5.12)2時間20分24秒 優勝
4、朝日国際(63.10.15)2時間20分25秒 2位
5、毎日(64.4.12)2時間17分11秒 優勝
6、タイムス(64.8.23)2時間17分12秒 優勝
7、東京五輪(64.10.21)2時間19分49秒 8位
8、別府毎日(66.2.12)2時間15分28秒 3位
9、ボストン(66.4.19)2時間17分11秒 優勝
10、毎日(66.6.5)2時間37分57秒 7位
11、玉造(66.9.15)2時間20分27秒 優勝
12、ソウル国際(66.10.30)2時間19分57秒 3位
13、アジア大会(66.12.15)2時間33分22秒 優勝
14、別府毎日(67.2.5)2時間13分33秒 優勝
15、タイムス(67.8.27)2時間20分16秒 優勝
16、メキシコ・プレ五輪(67.10.22)2時間21分57秒 2位
17、別府毎日(68.2.4)2時間16分32秒 3位
18、毎日(68.4.14)2時間14分46秒 3
19、ウィンザー(68.6.15)2時間15分15秒 優勝
20、メキシコ五輪(68.10.20)2時間23分31秒 2位
21、アテネ国際(69.4.6)2時間13分25秒 2位
22、マクソール(69.7.20)2時間23分25秒 7位
23、別府毎日(70.2.8)2時間17分12秒 優勝
24、毎日(70.4.12)2時間22分14秒 7位
25、コシチェ国際平和(70.10.3)2時間18分06秒 2位
26、アジア大会(70.12.15)2時間21分03秒 優勝
27、別府毎日(71.2.7)2時間16分52秒 優勝
28、毎日(71.3.21)2時間28分26秒 13位
29、ミュンヘン・プレ五輪(71.9.11)2時間17分00秒 2位
30、福岡国際(71.12.5)2時間21分52秒 11位
31、毎日(72.3.19)2時間21分06秒 2位
32、ミュンヘン五輪(72.10.10)2時間16分27秒 5位
33、福岡国際(72.12.3)2時間15分52秒 5位
34、別府毎日(73.2.4)2時間14分55秒 優勝
35、アテネ国際(73.4.6)2時間19分09秒 2位
宇佐美彰朗(日大ーリッカーー桜門陸友会)マラソン成績
1、中日 (64.3.20)2時間28分17秒 11位
2、関東学生(64.4.25)2時間30分17秒 7位
3、中日 (65.3.21)2時間22分02秒 3位
4、関東学生(65.6.6)2時間36分51秒 2位
5、別府毎日(66.2.13)2時間16分35秒 11位
6、毎日 (66.6.5)2時間30分59秒 3位
7、玉造 (66.9.15)2時間24分00秒 5位
8、福岡国際(66.11.27)2時間17分16秒 10位
9、別府毎日(67.2.5)2時間14分50秒 3位
10、メキシコ・プレ五輪(67.10.22)2時間24分30秒 3位
11、福岡国際(67.12.3)2時間18分16秒 13位
12、別府毎日(68.2.4)2時間16分48秒 5位
13、毎日 (68.4.14)2時間13分49秒 1位
14、メキシコ五輪(68.10.20)2時間28分06秒 9位
15、福岡国際(68.12.8)2時間13分51秒 5位
16、別府毎日(69.2.2)2時間19分02秒 5位
17、アンベルス国際(69.5.30)2時間11分27秒 2位
18、ソウル国際(69.9.28)2時間20分18秒 1位
19、福岡国際(69.12.7)2時間18分33秒 14位
20、毎日 (70.4.12)2時間19分17秒 5位
21、マクソール(70.8.23)2時間13分45秒 1位
22、福岡国際(70.12.6)2時間10分37秒 1位
23、アテネ国際(71.4.6)2時間19分25秒 1位
24、ミュンヘン・プレ五輪(71.9.12)2時間15分52秒 1位
25、福岡国際(71.12.5)2時間13分22秒 2位
26、毎日 (72.3.19)2時間20分24秒 1位
27、ミュンヘン五輪(72.9.10)2時間18分58秒 12位
28、福岡国際(73.12.2)2時間24分20秒 22位
29、毎日 (74.4.21)2時間13分24秒 1位
30、ウィンザー(74.6.15)2時間15分16秒 1位
31、福岡国際(74.12.8)2時間14分10秒 6位
32、毎日 (75.4.20)2時間12分40秒 1位
33、モントリオール・プレ五輪(75.8.2)2時間27分04秒 4位
34、福岡国際(75.12.7)2時間18分54秒 25位
35、毎日 (76.4.18)2時間15分22秒 1位
36、モントリオール五輪(76.7.31)2時間22分29秒 32位
37、ニューヨークシティ(76.10.24)2時間20分30秒 11位
38、福岡国際(76.12.5)2時間20分47秒 11位
39、京都 (77.2.13)2時間19分54秒 4位
マラソン・駅伝 歴代視聴率10傑 (1977年以降)
1 第23回ロサンゼルス五輪・男子マラソン 1984年8月13日(月) NHK総合 48.8% ロペス
2 第24回ソウル五輪・男子マラソン 1988年10月2日(日) NHK総合 43.4% ボルディン
3 第26回アトランタ五輪・男子マラソン 1996年8月4日(日) NHK総合 43.0% チュグワネ
4 第22回福岡国際マラソン 1987年12月6日(日) NHK総合 41.0% 中山竹通
5 第27回シドニー五輪・女子マラソン 2000年9月24日(日) テレビ朝日 40.6% 高橋尚子
6 東京・ニューヨーク友好 '83東京マラソン 1983年2月13日(日) フジテレビ 37.5% 瀬古利彦
7 第2回全国都道府県対抗女子駅伝競走大会 1984年1月22日(日) NHK総合 36.9% 京都府
8 第26回アトランタ五輪・女子マラソン 1996年7月28日(日) T B S 36.6% ロバ
9 第18回福岡国際マラソン 1983年12月4日(日) NHK総合 36.5% 瀬古利彦
10 2001ベルリンマラソン 2001年9月30日(日) フジテレビ 36.4% 高橋尚子
スポーツライター 小林俊一氏が当時のボストンについて記した内容がある。
「91回ボストンマラソンは4月20日開催される。今の世界の最強メンバーを揃えたといってもおかしくない
ほどの豪華な顔ぶれでスタートのピストルが鳴らされる。各大陸から5強が集まったみたいでレース前の
評判はいやがうえにも盛り上がったというもの。レース前に2回行われた共同記者会見など、内外記者が
ざっと数百人。日本からも100人は下らなかったのではなかろうか。ジョーンズ、キャステラ、イカンガー、トレーシー、それに瀬古。
レース2日前あたりから、競馬のオッズよろしく記者の間で連勝複式の馬券がひそかに噂された。
その中で一番有力だったのが瀬古とイカンガー、それにトレーシーがかむ組合せ。ジョーンズは世界クロカンで
80番台がひびいて一歩人気がない。キャステラは顔見せに来ただけとか記者なんて適当なもの。
真剣なランナーを差しおいていいたい放題だった。
最後に文句なく世界一の座についた勝者・瀬古に一言言わせていただきたい。
ゴール前、あきらかに勝負がついているのに再三、後ろを振り返りましたね。王者らしく一点を見つめて
前に前に出てほしい。」(中略)
261 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/03(土) 08:18:11
あの87ボストンに世界中から強豪が揃ったのは
この年からボストンが賞金に踏み切ったこともある。
同じ時期に開催されるロッテルダムが賞金をモノに有名どころを引っ張り、
ある時期、ボストンのレベルが停滞していた。
あの87大会では生命保険会社がスポンサーとなり高額の賞金を確保。
伝説となるほどのメンバーを揃えることが出来た。
日本は当時、賞金=NOの時代だったため、
瀬古が獲得した賞金及びベンツの処遇で一時期もめていた。
「陸連が預かり引退後に渡してはどうか」みたいな大バカ論議を真剣にやっていたよ。
262 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/03(土) 09:15:36
昔って賞金なかったんだねw
そりゃあお金がどうしてもほしい「ほんとに強い」アフリカ人ランナーはマラソンなんてやらんわw
263 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/03(土) 09:22:50
ボストンマラソンで想い出すのはデティが連覇した中の一つで
スタートからゴールまで10メートル近い追い風が吹いていた大会です。
心臓やぶりの丘はあるもののワンウェイでほとんどが下りのコースですから
あんのじょう好記録が続出しました。7分台の前半で2位のエスピノサまでもが
ゴールしています。確か金メダリストの黄も4位に入り2時間8分9秒の当時の
韓国記録をマークしている筈です。
追い風参考記録の典型といった大会でした。
265 :
待った名無しさん:2007/02/03(土) 19:24:59
>>250、251
ありがとう。ただし違っているところがあるので訂正しておく
1972 宇佐美彰朗 2.20.24
この頃(1998年まで)は偶数年はびわ湖、奇数年は福岡
1999年から東京、福岡、びわ湖の順に交代する。また、1994年からは日本在住で陸連登録している場合を除き外国選手は認められず、2002年からはその例外もなくなったので最上位の日本選手が選手権者となる。
1999 三木弘 2.08.05
2000 藤田敦史 2.06.50
2001 油谷繁 2.07.52
2002 間野敏男 2.14.12
2003 国近友昭 2.07.52
2004 小島忠幸 2.08.18
2005 高岡寿成 2.07.41
2006 奥谷亘 2.08.49
266 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/03(土) 20:56:54
瀬古様の動画マダーー??
267 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/03(土) 21:20:50
そんなに瀬子や中山が凄いと言い張るのならば、当時の映像をyoutubeにでも上げてくれないものか。
現時点ではタイムでしか比較し得ないゆえ
藤原>>>>>>>>>>>>>瀬古、中山
と言う判断がなされてしまうのだがな。
268 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/03(土) 21:41:18
>>267 youtubeに2時間以上もの画像をのせろってか?
「タイムでしか比較が出来ない」って言うけど、
シューズが違う、サプリメントが違う、
スポーツ科学が違う(例えば、カーボローディングや水の摂取方法、高地トレーニングなど)、
一概に比較は出来ないからこの板が盛り上がっているのではないか?
タイムで言うならがポール・テルガドが世界最強で話題は終わりだよ
当時のビデオとか持っていないの?
まだ、ビデオが高価で、今みたいに普及してなかったからね〜80年代前半は。
271 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/03(土) 22:25:12
分割してアップすればええだろうがw
ジジイはPCオンチなんかwww
国近
藤原
高岡
諏訪
奥谷
花田 彼等はそこそこタイムは持っているが91年福岡で勝った
平塚 森田修一に勝てるか疑問だ。
佐藤
尾方
油谷
武井
他
273 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/03(土) 22:33:06
さすがに全部あげるのはきついだろうから(著作権の問題もあるだろうし)、
スタート、10km、20km、30km、ゴールの5種類で1種類あたり2〜3分程度のものにすればよいのではないでしょうか。
1本10分で14本シリーズで。
タイムでしか比較できない?
はいはい、テルガトが最強、コリルが2番、日本最強は高岡。
これでいいか? とっととひっこんでくれや。
画像だせ画像だせ、って、自分で探せやニート小僧が
276 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/03(土) 23:14:25
谷口>>>森下>>>尾方>>>佐藤信之>>>中山>>>油谷>>>>>世界の厚い壁>>>>>瀬古
これはこのスレの前提です。
277 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/03(土) 23:15:26
高知トレーニングって、澤木や小出が現役のころから取り入れられてたって言うしねぇ。
278 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/03(土) 23:16:11
犬伏はもっと強いぜ♪
279 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/03(土) 23:20:43
記録
高岡>藤田>犬伏>油谷>>>>>>世界の厚い壁>>>>>瀬古
勝負
谷口>>>森下>>>尾方>>>佐藤信之>>>中山>>>油谷>>>>>世界の厚い壁>>>>>瀬古
これはこのスレの前提です。
>>268 別にここで無理して瀬古や中山の映像を載せる必要はないよ。
昔のことだから瀬古や中山より油谷や高岡が強いで良いよと思う。
タイムだって上回ってるからね。
初期のこのスレでなら動画を載せてもいろいろな意見が出て面白かったと思うけど、失礼な意見だったらすいません。
281 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/03(土) 23:44:51
>>280 タイム的な判断なら現実的に高岡、油谷の方が上だからね。
レースの面白さ、印象度、国民注目度が瀬古や中山のいた時代が上だったていいんでないかな。
エジソンより中国電力の社員の方が優秀な科学者という事なんでしょう。
エジソンより知識も遙かに豊富な中国電力の社員の方が優れた人物であると
声を大にして主張すべきだと思います。
>>280 結局、瀬古の頃を知ってる住人は 瀬古や中山が凄い・最強というよりマラソンが面白かったって
ことを言ってると思う。
きっと動画upした人がバカを見ると思うから止めといたほうがいいのではと俺も思うよ。
285 :
141:2007/02/04(日) 00:31:57
そういえば87年当時のボストン地元誌に「ボストンマラソンは魔のコース」なんて記事が出ていた
のを思い出す。ボストンはアップダウンのコースに膝をやられるため、サラザール、バージン、ベアズレー
マイヤーと次々脚の故障をするというもの。再起ならずや選手寿命をちじめたと指摘していた。
瀬古を必要以上に持ち上げるつもりはないが翌日の地元新聞は瀬古を大絶賛していたのは懐かしい思いでだ。
286 :
ゼッケン744さん@ラストコール:2007/02/04(日) 00:34:28
瀬古さんは800からフルマラソンまでトップクラスのランナーだったから
オールマイティ最強のランナーだったと言っても過言ではないと思うよ。
フルマラソンのラスト100メートルを誰が12秒で走れるかいな。
ただどんなスポーツだってどんどん進化していくから今の選手と単純には
比較できないけど。
287 :
ゼッケン744さん@ラストコール:2007/02/04(日) 00:42:57
そういえば・・・・早稲田の竹澤さんのランニングフォームが少し瀬古さんを
彷彿とさせる・・・
箱根を見ていて似ていると思いました。
両肘を開き気味にひじの角度98度くらい??
288 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/04(日) 00:44:24
>>きっと動画upした人がバカを見ると思うから止めといたほうがいいのではと俺も思うよ
ええぇぇぇぇぇえええええええ
逃げるのかよ(笑)
比較的解りやすい例を出してみましょう。
中山竹通選手は86年のソウルアジア大会で2時間8分21秒で優勝しています。
20キロまでの各5キロを14分台で刻むハイペースな展開でした。
このレースはスタート地点の競技場からトップに立ちゴールまで一人旅で帰ってきています。
ここで注目してほしいのは自己の力だけで走破しているという点です。
私もほんの少しマラソンの経験があるのですが一人で走ることほどキツイものは
ありませんでした。集団の中で他の選手の力を利用して走った方が何倍も楽なのです。
同じコース、同じ気象条件で現在の日本の選手が一人で走り切ったとしても
おそらく中山選手の記録は上回れないだろうと思います。
それだけ中山選手の力が突出していたということでしょう。
290 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/04(日) 00:48:38
>>268 ハイハイハイハイ。逃げんなよww
タイムや五輪のズッコケ具合では理解できない
瀬古のスーパーラストスパートやら、独走状態やらを映像でみせてみろ!
きっと凄いんだろw
291 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/04(日) 00:51:23
瀬古のズッコケマラソン解説ならyoutubeにアップされてるんだけどな(wara
当時、エスビーのデトルトカレーのCMに瀬古のラストスパートの映像使ったな。
最後までフォームが崩れなかったのが瀬古の特徴かな。
当時のマラソンの画像は貴重ですね。
83東京国際、83福岡国際なんて面白いレースだった。
近年では00年福岡国際が良かったね。
森下がデビューの頃、瀬古2世なんて言われてましたね。
瀬古はマラソンもそうだけど8カ国対抗やプショー5千あたりのトラックのスパートで決めたレースは
また見てみたいな。
295 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/04(日) 01:28:05
_____
/::::::::::::::::::::::::::\
/::::::::::::::::::::::::::::::::::::::\
|:::::::::::::::::|_|_|_|_|
|;;;;;;;;;;ノ \,, ,,/ ヽ ← 秀和&油谷ヲタのブタ店長の素顔
|::( 6 ー─◎─◎ )
|ノ (∵∴ ( o o)∴)
/| < ∵ 3 ∵>
::::::\ ヽ ノ\
:::::::::::::\_____ノ:::::::::::\
296 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/04(日) 01:28:26
>>293 同意。
藤田のあの勝ち方を何回も繰り返せるのが瀬古、というイメージかな。
297 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/04(日) 01:29:55
>>285 そのボストン誌なら私も持ってます。
見出しは和訳すると
「ゆっくりだけど、確実に瀬古は勝利を納めた。実に見事なゴールだった」となるかな。
>>296 あの時の藤田が瀬古とダブるなら瀬古は知らないけど強いと思う。
299 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/04(日) 01:34:17
ブタ店長はもうすぐこのスレから消えるよ。秀和スレでも、秀和が辞めてないことが証明されたときに
風のように消えたからな。
風のように現れ、特定の人間を散々罵倒した挙句、風のように去っていく。都市伝説みたいだな。
まさに、可哀相な寂しがり屋だよ。本当は引きこもりのくせに、店長だの東大卒だのとよく見え透いた
嘘がつけるもんだよ。麻薬にでも手を出して頭が狂ったんだろう。皆、相手にしなくていいよ。
店長は秀和のガセ情報流しまくって中傷しまくってたんだから秀和オタでもなんでもないだろw
箱根のときも今日も悠基がハーフ欠場とかガセ広めまくってるし単なる箱根全般の荒らしだよ
「店長」という単語を使うこと自体荒らしに構ってることなのでやめたほうがいい
このスレのみなさんもおかしな奴は放置してください。
そうですよ。
特に
>>ロス五輪 14位
>>ソウル五輪 9位
こんな雑魚を神扱いする輩には要注意です。
302 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/04(日) 01:48:22
303 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/04(日) 01:54:31
つまり瀬古を雑魚扱いするリアル香具師は瀬古の全盛期の走りはおろか中山の87年福岡も見たことがない訳か
それで、油谷や高岡と比較しているんであれば、そりゃ瀬古や中山の評価も下がるわな
304 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/04(日) 02:11:46
瀬古や中山の動画あったら見たいなぁ。
(273が提案しているようなダイジェスト版で全然OKでしょう)
アップロードの方法が云々という以前に、当時は一般家庭にまだビデオデッキが普及していなかったので、データ(テープ)を所有している人がまず少なそうですね。。。
高岡や油谷は頑張ってるとは思うが、日本人がガチで優勝争いをするレースを見れる機会が、
極端に少ない今のマラソンファンは、ある意味かわいそうではある。
>>303 >>ロス五輪 14位
>>ソウル五輪 9位
ええぇぇぇぇぇええええええええ(笑)
記録で勝てない
高岡>藤田>犬伏>油谷>>>>>>世界の厚い壁>>>>>瀬古(2:08:27)
自慢(笑)の勝負にも勝てない
谷口>>>森下>>>尾方>>>佐藤信之>>>中山>>>油谷>>>>>世界の厚い壁>>>>>瀬古(ロス五輪14位 ソウル五輪9位)
307 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/04(日) 02:43:40
高岡と中山はいい勝負だ。体型も似てるし比較するのも面白い。
二人とも世界と勝負を挑めるレベルのランナーだしな。
高岡の方が時代的に相手のレベルが高いのも確かだ。
しかし体型が似てるわりにランニングフォームは全く違う。
こればかりは直に見てもらわんと普通の文章力ではどうにも説明できない。
中山は日本人的には怪物というか、もっともアフリカ人に近い骨格と筋肉を持っていたんだと思う。
高岡ってあと4年マラソン転向が早ければこのスレでも評価できる選手になったんじゃないかな?
あれほど高レベルで安定してる選手は世界的にもそうそう見当たらないし、
活躍時期がもうちょっと長ければ勝ち数も、世界大会でもいいとこ引っかかったと思うけど
309 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/04(日) 03:18:39
結局瀬古さんって記録でも勝負でも負けちゃったんだね。
なんだかいつまでも夢見てる信者さんがかわいそう・・・
ひきこもりに熱愛される油谷の方がかわいそうだろ。
アブラヤ粘着ヲタの心境を忠実に再現
/ ̄ ̄ ̄ ̄\
( 人____) へへへっ、しめしめ。オヤジめ、今はいないみたいだな。
|ミ/ ー◎-◎-) オヤジのいない時は俺の妄想タイムなんだ!!
(6 (_ _) ) こんなにニッポンが弱小になった今、油谷で現実逃避しなきゃ、
_| ∴ ノ 3 ノ 俺は生きていけねぇんだよ!!
(__/\_____ノ オヤジには俺達の生き甲斐を奪う権利も筋合いもないね!!
/ ( || || マラソンで1勝もできない油谷を世界最強と呼ぶには、
[]__| |油谷命! ヽ 話のかみ合わない理不尽レスでからんでいくしかねえんだよ!
|[] |__|______)それしか方法はないんだよ!!
\_(__)三三三[□]三) オヤジめ!!早くあっちへいけ!!オレ様が安心して妄想出来ないじゃないか!!
/(_)\:::::::::::::::::::::::/ くそっくそっ、くそったれめ!!
|油谷命|::::::::/::::::::/
(_____)::::/::::::::/
(___[]_[]
312 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/04(日) 09:12:17
1980年以降、ロス五輪の敗戦までの瀬古は、
@どのレースに出ても優勝候補の本命
A「条件さえ整えば世界新記録も」という期待
Bそして実際にライバル達を抑えて勝ってしまう
ということができるランナーだった。今、世界クラスでこの無敵モードに
なっているのはゲブレシラシエだが、当時の瀬古はこれと同格のオーラが
漂っていたと思う。
ちなみに、アテネ五輪で日本人選手がバルディーニのペースアップについ
ていけなかった際、
「うぉ〜〜!!油谷!諏訪!頑張れ〜〜〜!!」
と身悶えしながら応援しつつも、心のどこかで(やっぱりこの辺がキツい
ところなのかな?)と現実を受け入れられていたが、ロス五輪で瀬古が集
団から遅れた際は、
「うぉ〜〜!!瀬古〜〜〜!!」
と悶絶しつつ、(そんなバカな、、、《絶句》)と、現実を受け入れるこ
とができなかった。
これはロス五輪の時の瀬古は「絶対金メダルいける!!」と信じて送り出
した選手だからであり、これ以降同じような気持ちで五輪に送り出せたの
はバルセロナ五輪の時の森下だけだと思う。ソウル五輪の時の中山も強かっ
たが、集団走から後半勝負どころで抜け出して勝つ、という中山はちょっ
と想像できなかった(中山には前半から爆走して欲しかった。。。)。
北京以降、同じ気持ちにさせてくれる選手の登場を願っているのだが、
そういう意味でも今日の別大には注目かな。
313 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/04(日) 09:14:40
ちなみに、ロス敗戦後の瀬古は、パーソナルベストも更新し、厳しいメン
バーのボストンも制しているが、中山に期待が移っていく時期と重なった
こともあり、「無敵の神通力」が失われつつあったと思う。
ロス五輪後〜ソウル五輪までの期間は
エース=中山
大御所=瀬古
という位置づけだった。
315 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/04(日) 09:53:11
_____
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|:::::::::::::::::|_|_|_|_|
|;;;;;;;;;;ノ \,, ,,/ ヽ 「油谷の方が強いんだよ!!」
|::( 6 ー─◎─◎ )
|ノ (∵∴ ( o o)∴)
/| < ∵ 3 ∵>
::::::\ ヽ ノ\
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316 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/04(日) 09:54:10
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( 人____) へへへっ、しめしめ。オヤジめ、今はいないみたいだな。
|ミ/ ー◎-◎-) オヤジのいない時は俺の妄想タイムなんだ!!
(6 (_ _) ) こんなにニッポンが弱小になった今、油谷で現実逃避しなきゃ、
_| ∴ ノ 3 ノ 俺は生きていけねぇんだよ!!
(__/\_____ノ オヤジには俺達の生き甲斐を奪う権利も筋合いもないね!!
/ ( || || マラソンで1勝もできない油谷を世界最強と呼ぶには、
[]__| |油谷命! ヽ 話のかみ合わない理不尽レスでからんでいくしかねえんだよ!
|[] |__|______)それしか方法はないんだよ!!
\_(__)三三三[□]三) オヤジめ!!早くあっちへいけ!!オレ様が安心して妄想出来ないじゃないか!!
/(_)\:::::::::::::::::::::::/ くそっくそっ、くそったれめ!!
|油谷命|::::::::/::::::::/
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瀬古、中山の映像を持っていてももうここではupしないだろ。
ちゃんと議論できる人がこのスレから離れてるしな。
>>317 まったく同感。
おかしなのが張り付いてしまったために
有識な方のお話が聞けなくなってしまいました。
>>313 結果、87年欧州での1万日本記録樹立や驚異の独走福岡国際があるので
中山に期待が大きくなったが2月の東京国際ではあまりに中山が未熟なレース(集中力のなさ、コース間違え)
をして谷口に負けたため、ボストンで瀬古が勝った時は「やはり日本のエースは瀬古」の認知になってたと思う。
油谷も災難だな。スポーツニュースの結果だけ見たぐらいの知識見識の奴に論じられては。
東京国際での中山の破天荒なレースは面白かった。中山が真面目?に東京国際を走ったのは
バルセロナ五輪の切符が懸かった1992年ぐらいではなかったか。
>>320 たしかに油谷は被害者。
瀬古より上とか言われて、油谷本人が迷惑してるだろうよ。
油谷自身は安定感があり本当にいい選手なのに。
瀬古は解説がなってないから現役評価低く見てしまうけど、昔の話や記録みたら一時代を築いたランナー
だったのは25のオレでもわかるよ。
逆に油谷はこのスレで評価下げそうだよ。
名選手=名解説者というワケでは決してない。
大相撲やプロ野球の解説者でもそうだ。金田や稲尾は素晴らしい選手であったが
いざ解説となれば「走りこめ、練習だ、根性だ」でほとんど解説になっていない。
逆にほとんど野球での実績の無い栗山英樹の方が解説者としては高評価。
瀬古や中山の全盛期の時のマラソン中継での各局の解説者・アナウンサーは
どういう布陣だったのですか?
当時の解説者の第一人者は誰だったのですか?
327 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/04(日) 11:08:54
高橋進の解説は不適切発言が多くアナウンサー泣かせであった。
329 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/04(日) 11:35:38
沢木もやってたよ
330 :
ゼッケン744さん@ラストコール:2007/02/04(日) 11:41:54
瀬古さんも偉大な選手だったけど、油谷さんも凄いです。
今の時代も沢山の選手がマラソンに頑張ってる
時代背景が違うし条件も違うからどっちがどっちなんて比べるのはナンセンス。
いっそ国内で、年一回その年のチャンプを決めるマラソンレースを開催したら・・・と思う。
違うレースで競っても、優劣は明確じゃないですから。
>>330 そうですね。その話でかつての五輪選考を思い出しました。
瀬古、宗兄弟、伊藤の時代は、五輪代表選考は事実上の一発レースでしたよ。
「事実上」と表現したのは、いちおう東京、びわ湖も代表選考会の文字がついていたが、
陸連も選手も福岡一発選考(福岡の日本人上位3人)で申合わせていました。
いまはスポンサーなどに気兼ねしてとても一発選考を提示できないでしょうね。
332 :
ゼッケン744さん@ラストコール:2007/02/04(日) 12:22:25
>>331さん、選考にはいつも疑問が付きまといますね。
一発レースにすればより、はっきりくっきりして文句も出ないですよね。
オリンピックも世界選手権も一発レースなんですから・・・
決められたその日にレースに合わせられなければ、それまで・・・
一発選考を提示できないところに弱さがある気もします
>>332 一発選考にすれば、アテネのときの
高橋尚子のような問題はなかったでしょう。
かつてのように福岡を一発選考に指定してしまうと、
別大、東京、福岡はドッチラケ状態になってしまい、
スポンサー、テレビ局との兼ね合いで現在では不可能なのです。
当時は福岡国際もびわ湖毎日もテレビ中継はNHKでしたから一発選考も可能だった。
335 :
ゼッケン744さん@ラストコール:2007/02/04(日) 12:54:46
<<334さん、そうなんですか・・・。
スポンサーを無視するわけにはいきませんね。
大会を開催するには莫大な費用がかかるわけですし・・・
どれかを選考レースに指定する訳にもいかない・・・・
世の中いろんなシガラミからは・・・逃れられない。
勝負の世界と言えども
336 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/04(日) 12:54:57
じゃあ一発選考に合わせられなかった瀬古はゴミだなw
337 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/04(日) 13:04:40
一発選考には大昔から是非があって、前にも発言があって印象に残っているのだが、
アメリカの一発選考は有名だが、一発選考にしないと訴訟沙汰になりかねないからだそうだ
そういえば、東京五輪マラソン銅メダルの円谷幸一さんは10000mでも代表になっているが
選考レースでスパイクされて3位以内に入れず、本来であれば選考対象外だった
しかし過去の実績で代表に選ばれ6位入賞を果たした
一発選考でないと遺恨が残る、と言われて久しいが、一発選考が絶対善で考えるのは危険だと思う
瀬古のソウルのときも、暗黙の了解で一発選考となっていたが、
「有力候補に不慮の故障があった場合の救済処置として東京、びわこも選考レースとする」
って明文化されていたはず
中山が「オリンピックは待ってくれますか?僕なら這ってでも出ます」と言ったのは筋論として正しい
しかしそれを周囲が瀬古バッシングの材料に利用するのは理不尽に思うし、
仮にこれで瀬古がオリンピックで勝っていたら、もめた事実自体が風化されていたと思うよ
ちょうど円谷さんの時みたいにね
338 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/04(日) 13:14:31
一発選考だったらシドニーの高橋も出場は無理だっただろうな
かつては日本三大マラソンの大会の格は
福岡国際>びわ湖毎日>別府大分毎日>その他
というように明確に位置づけられていたが
東京国際マラソンの登場により福岡国際との格の位置づけが微妙になり
格付けのバランスが崩れてきた。
今でもアメリカ行って陸上関係者に
「日本人ランナーで印象に残っているのは? あるいは知ってるのは?」
と聞くと、皆、「SEKO」って言うもんな。
341 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/04(日) 14:03:58
342 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/04(日) 14:11:04
旭化成スポンサーの「なるほど・ザ・ワールド」に宗兄弟がゲスト解答者に何回か出た。
アマチュアイズムのバリバリの時代にびっくりしたのと同時に誰でも知るアスリートなんだと思った。
343 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/04(日) 14:27:04
このスレが荒らされた原因ってお年寄りたちが現役ランナーを
客観的に語れるタイムや世界戦などで考慮せず自らの主観でメチャクチャ書き込みしてたからでしょ。
ちょっとはあなたたちも反省しないとね。
>>343 究極のバカ降臨www
がんばれニートくん♪
ジジイがなんと言おうが
記録で勝てない瀬古
高岡>藤田>犬伏>油谷>>>>>>世界の厚い壁>>>>>>瀬古(2:08:27)
ご自慢の勝負にも勝てない瀬古
谷口(金メダル)>森下>尾方、佐藤信之>中山>油谷>>>>>>世界の厚い壁>>>>>>瀬古(ロス五輪14位 ソウル五輪9位)
おじ様方の
「当時はみんな瀬古に夢中だった」
とかの発言は大幅な割引率を適用して割り引かないと真実は見えてこない。
346 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/04(日) 15:15:33
>>320 瀬古も災難だな。
自ら陸上競技をしたこともない奴に論じられては。
このスレのおじ様方にメディアリテラシーという言葉は存在しないのだろうな(笑)
ひたすら張り付く油谷ヲタクのニートくん
(⌒⌒⌒)...
|||.
_____
/::::::::::::::::::::::::::\〜プーン
/:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::\〜プーン
|:::::::::::::;;;;;;|_|_|_|_|〜プーン
|;;;;;;;;;;ノ∪ \,) ,,/ ヽ〜
|::( 6∪ ー─◎─◎ )〜
|ノ (∵∴ ( o o)∴)〜 くそっくそっ!!オヤジめ!!
| ∪< ∵∵ 3 ∵> ムッキー! アブラヤ様の方がえらいんだ!!オレの愛するアブラヤ様が瀬古なんかより弱いわけないだろ!!
\ ⌒ ノ_____
\_____/ | | ̄ ̄\ \
___/ \ | | | ̄ ̄|
|:::::::/ \___ | \| | |__| アブラヤ様は完全無欠なんだ!!くそっくそっ!!
|:::::::| \____|つ⊂|__|__/ / 瀬古なんかに屈してたまるか!!くそっくそっ!!瀬古め!!
|:::::/ | ̄ ̄ ̄ ̄| 〔 ̄ ̄〕 オヤジなんかこうしてやる・・・くそっくそっ!!・・・ブツブツ・・・。
_____
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|:::::::::::::::::|_|_|_|_|
|;;;;;;;;;;ノ \,, ,,/ ヽ 「くそジジイども!アブラヤ様の方が強いんだよ!!」
|::( 6 ー─◎─◎ )
|ノ (∵∴ ( o o)∴)
/| < ∵ 3 ∵>
::::::\ ヽ ノ\
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( 人____) へへへっ、しめしめ。オヤジ連中め、今はいないみたいだな。
|ミ/ ー◎-◎-) オヤジどものいない時は俺のアイラブ油谷タイムなんだ!!
(6 (_ _) ) こんなにニッポンが弱小になった今、アブラヤ様で現実逃避しなきゃ、
_| ∴ ノ 3 ノ 俺は生きていけねぇんだよ!!
(__/\_____ノ オヤジどもには俺の生き甲斐を奪う権利も筋合いもないね!!
/ ( || || マラソンで1勝もできないアブラヤ様を世界最強と呼ぶには、
[]__| |油谷命! ヽ 話のかみ合わない理不尽レスでからんでいくしかねえんだよ!
|[] |__|______)それしか方法はないんだよ!! 瀬古なんか知るか!!
\_(__)三三三[□]三) オヤジめ!!早くあっちへいけ!!オレ様が安心して妄想出来ないじゃないか!!
/(_)\:::::::::::::::::::::::/ くそっくそっ、くそったれめ!!
|油谷命|::::::::/::::::::/
(_____)::::/::::::::/
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351 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/04(日) 15:53:11
>>347 基本的にお年寄りの方はメディアに踊らされて育ってるからね。
まあネットがなかったからそれも仕方ないと言えなくもないんだけど。
荒れた事無いスレまで荒らすか……
きっと学生の各スレあらしてる奴と同一人物なんだろうな……
今日の別大は藤田が制してマラソン3勝目。
比較的現役の日本選手では勝率が高いな。
別大といえばそれまで東京国際に出続けていた中山が突如として別大に出場したのは何でだろ?
日本で世界陸上のマラソンが重要視されたのが1991年の世界陸上東京大会からであろう。
それも陸連が地元開催という事で好成績なら五輪切符をやるからって事で無理して出場して
もらったという事だと思った。真夏にやる世界陸上はそもそも花相撲的な扱いだった
広島でマラソンW杯も適当に人選したような気がした。瀬古全盛時は世界陸上など無く
12月の福岡、4月のボストンが事実上のマラソン世界一決定戦という扱いだった。
>>354 第1回ヘルシンキなんか、川口孝志郎、西村義弘とかでしたよね。
選手も陸連も、ことマラソンに関してだけ言えば、
世界陸上(世界選手権)を大きくとらえていませんでした。
第2回ローマに至ってはまったく名前が思い出せない。
356 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/04(日) 19:48:09
いつからここは油谷スレになったんだ?
油谷スレもあるのに…
357 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/04(日) 19:57:51
フルまともに走ったこともないヤツがマラソン語るな!
ましてや過去から現在までのトップ選手に対して貶める発言をするのはもってのほか!
反省しる!
358 :
ゼッケン744さん@ラストコール:2007/02/04(日) 20:25:23
藤田選手やりましたね、優勝オメデトウございます。
正直、ケニヤ勢にやられてしまう・・・・って、中盤まで思ってました。
けど、ダブルあつしは凄かった。
校内マラソン大会だってなかなか一等、二等賞なんて獲れるものじゃない。
なのに『一等賞、獲ったどーーー!!』
凄いんじゃない??凄いと思う。嬉か〜。
藤田は福岡国際を優勝して今回、別大を制した。次にびわ湖に勝てば
福岡、別大、びわ湖の東京国際開催以前の日本三大マラソン制覇の偉業を達成する。
360 :
ゼッケン744さん@ラストコール:2007/02/04(日) 20:55:33
頑張れ〜!!藤田
マラソン選手はもっともっと脚光を浴びるべきだと思う。
佐藤も頑張れ〜!!
他にも応援したい選手がいっぱいだぁ〜。
361 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/04(日) 21:31:17
ご自慢のラストスパート動画まだ〜?
独走動画まだ〜?
362 :
ゼッケン744さん@ラストコール:2007/02/04(日) 21:57:34
おねだり小僧よ
自分で解決する術を身につけるべし
363 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/04(日) 22:22:23
遅いペースに合わせたので、スピードを生かせなかった佐藤。
昔、中山もそういうレースをしたことがあった。
難しいね。
佐藤と中山がいっしょに走ったら面白かっただろう。
364 :
ゼッケン744さん@ラストコール:2007/02/04(日) 22:26:51
マラソンて色んな要素を含んでるのですね。
奥が深いなぁ。
それにいつ走っても息苦しいのは変わりないのだろうけど・・・・
本当によく走れるものだと思う。
>>361 あっても誰も見せねえよ。
礼儀も知らねえクズの相手なんかするか、バ〜カ!(笑)
ずっと乞食みたいにわめいてな!
くれくれニートくん
_____
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|:::::::::::::::::|_|_|_|_|
|;;;;;;;;;;ノ \,, ,,/ ヽ 「ご自慢のラストスパート動画まだ〜?独走動画まだ〜?」
|::( 6 ー─◎─◎ )
|ノ (∵∴ ( o o)∴)
/| < ∵ 3 ∵>
::::::\ ヽ ノ\
:::::::::::::\_____ノ:::::::::::\
367 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/04(日) 22:43:57
記録で勝てない瀬古
高岡>藤田>犬伏>油谷>>>>>>世界の厚い壁>>>>>>瀬古(2:08:27)
ご自慢の勝負にも勝てない瀬古
谷口(金メダル)>森下>尾方、佐藤信之>中山>油谷>>>>>>世界の厚い壁>>>>>>瀬古(ロス五輪14位 ソウル五輪9位)
おっk。
では瀬古の扱いはこれでOKということだね。
368 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/04(日) 22:47:25
せっかく瀬古信者にチャンスをあげようと思ったのに。
もったいない・・・。
このスレッドはパート5くらいからおかしな奴がかかわりだしたな。
マラソンの昔の映像は保管されている率は非常に少ないと思う。
(80年代後半ならまだしも、瀬古の全盛期は79-81年くらい。この頃のビデオ所有は本当に少ないだろう。)
そんな中、かなりの方が記憶や資料を鮮明に書き込んでいると思う。
あまりに(映像を)見たい側の一部の方のモラルがひど過ぎる。
>>343 真面目にレスを返すとそんなことはないでしょ。
瀬古や中山を強いと判断している方の多くは、当時のマラソン情勢の中で
どこまで世界で強さを発揮したかをコメントしてるんじゃないかな。
瀬古とゲブルシラシ比べたって勝負はわかりきってるだろ。
371 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/05(月) 00:19:19
>>363 結局、87年のボストンもそうだったんでしょうね。強豪がスローペースの中で潰れていったのは。
372 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/05(月) 02:25:51
最近なのだが、何かのテレビ番組で昔の瀬古の記者会見の模様を映っていた
のを見た(多分、87年福岡欠場発表の記者会見?)。
「何で神は僕にこんな試練を与えるのか、、、
だけど僕はこの試練に耐えます!!」
とか、瀬古が言うやつ。これを見て、瀬古って本当に自分大好き人間なんだ
な〜、と思った。シャイで真面目なマラソン選手は普通こんな芝居がかった
台詞はまず言えないが、瀬古は台詞でも何でもなく、本当に↑のように思っ
てて、ただそれを言っただけという感じだった。
長く辛く暗い準備が必要で、本番でも過酷な我慢が強いられるマラソン競技
において、瀬古の競争力の源泉は、この強烈な自己愛に裏打ちされた「折れ
ない心」だったのではないか、とふと思った。
もっとも、このちょっと天然でナルっぽい性格は、競技にはプラスに作用し
たかもしれないが、論理性・客観性を求められる指導者・解説者としては、
苦戦しておられるようですね。。。いや、瀬古の解説は好きなんですけど。
373 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/05(月) 03:16:22
モグスとか見てるとここで議論してるのが馬鹿みたいだな。
モグスやワンジルなんかは今のところハーフまでだけど
ケニアやエチオピアの高原から速そうなの見つけて鍛えれば
30km以降もスタミナ切れせずにハイペースで押せるやつとか結構いそうだな。
日本が本格的に発掘を始めれば近い将来3分とか4分は普通にでそう。
それは「ロケット工学を知らないエジソンは無知な科学者だ」と言っているようなものだ。
375 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/05(月) 03:59:55
エジソンが偉かったのはわかったから(笑)
おじさんは黙ってなさい(笑)
376 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/05(月) 04:07:22
男子マラソンがトラック並にメジャーで、黒人がガンガン進出すればいずれは2時間切るだろうな。
女子マラソンの世界記録保持者のラドクリフと比較してみよう。
10000の男子の世界記録が26分17秒で、ラドクリフのベストが30分ジャスト。
差は約3分45秒だ。
マラソンは10000の約4倍の距離だから、3分45秒×4で15分の差があってもよい。
ラドクリフの女子マラソンの世界記録が2時間15分だから、ここから15分引けば・・・。
にもかかわらず、男子マラソンの世界記録が2時間4分55秒に留まっているのは、
マラソンがいかにマイナーであることを表している。
都市型高速レースでは,リモ,レルのような10,000mを27分前後で走るスピードランナーが
強さを発揮します。スピードはマラソンにとって大きな武器です。しかし,その中でも圧倒的
なスピードを誇るゲブレシラシエが,過去2回のレースと同じように終盤失速することや,
リモらにしても,終盤もっとスピードアップできていいようなものの,できないということは,
42.195キロという距離は,走り切ること自体が大変な距離だといえるのでしょう。
2003年,マラソンの世界記録が,2時間5分,4分台へと急速に上がったとき,あっという間に
3分,2分台になってしまうと思ったものですが,それは容易ではないようです。
主要マラソンの優勝タイムは2時間6分前後といった時期がしばらく続くでしょう。だとすれば
,まだチャンスはある。日本男子マラソンはスピードでは劣るものの,持久力養成という面に
おいては,優れた練習方法を実践していると思います。
http://blog.energia.co.jp/rikujo/archives/2006/05/post_21.html
瀬古や中山が魅力的なのはそのレーススタイルに独自の世界を築いた事。
今の日本のランナーの走りは金太郎飴的教科書的で物足りない。
未知未開の領域に踏み込んでいくというのがイマイチ見えてこない。
高岡や藤田、油谷といった今のトップランナーは記録という点では瀬古や中山を圧倒しているが
これが誰にも真似ができないレーススタイルっていうものをまだ構築できていない気がする。
>>372 瀬古は中村監督の影響を強く受けて強くなっているのもある。
中村は東京五輪で陸上日本代表コーチで参加したが、トラックでは円谷、依田以外大惨敗。
そこから精神論を極めるため、聖書を含めあらゆる宗教書や哲学書を読みあさって人間形勢を作り上げる。
表に立つ舞台(早大監督復帰)を得るとともに瀬古に出会い指導を始める。
練習前や後には中村の人生訓話が多くあり、
怪我や大きなスランプ時は
「神様が与えた試練だから耐えなさい」と言って聞かせていた。
中村-瀬古の師弟関係は今の時代では理解できないくらいの繋がりがあったんだろう。
それに従える瀬古にも純真さがあったとも言える。
瀬古や中山の存在は野球で言えばONに近い存在感だったんじゃない。
瀬古や中山のレース見て陸上始めたとかいう人、昔多くいたと思う。
時代的には原・掛布や江川の世代が瀬古時代になるんだろうが、これだけ瀬古の逸話や思い入れがある親父
が多いのはそれだけ当時のレースに魅力があったんだろうよ。
視聴率表見たって今の男子マラソンで30%越えるなんて考えられないもんな。
リモやゲブやモグスなんかが強くても日本じゃまったく感心ないのが今の男子マラソンの現状なんだろ。
382 :
ゼッケン744さん@ラストコール:2007/02/05(月) 10:57:09
マラソンって本当に面白い競技だと思います。
走ってる本人達は過酷でしょうけど、沿道のファンの声援、
競技場にゴールする時の大歓声。
これらがあるから・・頑張れると思う。
勿論それだけじゃないでしょうけれど、箱根やマラソン好きな人は
大声援を送りましょ。
正直、瀬古世代おやじ達がうらやましいよ。
384 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/05(月) 13:40:28
>>383 俺は1967生まれ、小学校高学年から中学、高校と宗、瀬古、中山の全盛期
をテレビに齧り付いて見たよ。でももう10年早く生まれたかった、そうすれば
王、長嶋、猪木、馬場、大場、輪島、大鵬の全盛期が見れたのだから。昭和40年代
を過ごした人が羨ましい。
>>380 当時の中村監督って名門東急の監督してなようですね。東京五輪でいちばん多くの選手を送り込んだようです。
それも含めて東京五輪日本代表コーチに就任したよう。しかし東急の全選手が惨敗。その責任も取って
東急辞任になったと聞いたことがある。それから昭和51年の早稲田監督就任までまったく表舞台にでてこなかった
ようですね。
>>381 今は後世で語り継がれそうな名レースが少ないのは同感。
藤田の別大見てても記録も大切だが、まず勝負が大切だということを改めて思った。
387 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/05(月) 14:48:38
瀬古はあまりしられてないがこなごなに砕いたグラスをのみこむ
人間ポンプという技をもっていてなじみの店でよくひろうしたらしい
388 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/05(月) 16:19:12
遅いペースだと足が疲れるのがスピードランナー。
その感覚が分からないのが素人。
>>385 中村清がベルリン五輪前後で記録した1500m3'56"って日本人初の3分台じゃなかったかな。
長く日本記録になったんだっけ?
390 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/05(月) 16:34:42
中村清みたいな頑固ジジイにマンツーマンで指導されたら
俺なら、気が狂って自殺するだろうな
一緒に飯食うってだけで、気持ち悪いオエ
キモス中村清
とっととくたばれ、腰抜けジジイ
中村さん、もうとっくに亡くなってますよ。
392 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/05(月) 16:52:03
>>388 つまりあなたはスピードランナーがアホだと言いたいの?
393 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/05(月) 17:29:27
>>391 1985年に亡くなったから、22年前ですね。
昔の箱根はNHKのラジオで聞くしかなかったが、
「あ、ここで中村監督がメガホンを取りました。
都の西北です。中村監督の都の西北に背中を押されて〜〜選手が走って
います。」
という実況をよく聞いたなあ。
しかし、実際に沿道に行ったという人の話を後で聞くと、歌っているとい
うよりは抑揚なく「み〜や〜こ〜の〜」と言っているだけで、実際は
「いっちにぃ〜さんしぃ〜、そうそう〜はいはい〜」
という他校伴走車の掛け声とそう変わるものではなかったらしい。
>>390 あまり陸上競技知らないことがバレバレでちょっと気の毒だよ。
ま、せいぜい頑張って。
中村清は長髪の選手に対して髪を短く切るように命じ、それに従わない選手に対して
「俺は土を食べる。そのかわりお前は髪を切れ」と言い、本当に土を食べてみせて
選手に髪を切らせた。
395 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/05(月) 18:00:18
中村って公の場でも自分の教え子に対して怒鳴って叱ってたらしいね。
こういうお馬鹿なジジイにだけはなりたくない。
軍隊の将校かなんかだった人だから今の常識で考えたらいけないよ
瀬古本人も講演で
中村先生と四六時中いっしょだったから
青春なんかなかったと言ってるしね。
だから、世界で戦えたみたいなことも言ってたけど。
398 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/05(月) 19:56:34
東京五輪最終聖火ランナーの早大・坂井義則に聖火ランナーとしてのフォームを教えたのが当時の中村清。
初期の早大監督時代も奇人・変人ぶりを発揮して疎まれたらしいが、中村辞任後、まったく早稲田は箱根に
勝てず、結局中村をより戻さないと早稲田再建はないということで、2度目の就任となった。
ローマ世界陸上・男子マラソンで優勝したワキウリ(ケニア・SB食品)が
マイク向けられたときに「マズ ナカムラ サン ニ オレイ ヲ イイタイ」
って言ったんだよね。日本時間で夜中だったから一瞬ビックリした。
400 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/05(月) 21:24:53
スピードランナーは加速度を上手く使うことができるのでしょう。
スピードに乗っているときとか、流れの中にいるときは、
「足を使わない」で走ると言われたりする。
こういうランナーが遅いペースに合わせて、
一歩一歩に少しずつ余計な重力を負荷されながら進んでいると、
40キロも走れば疲れてくる。
このあいだの渋井陽子もスピードに乗ることを恐れたのか、失敗した。
時をとらえて思い切ってスパートした方がよかった。
私はだいたいこういう理解ですが。
それにしても「足を使わない」で走るとは、
なんとも奇妙な表現ではありますが……。
ワキウリはアメリカの機関誌で中村と瀬古を特集した「禅とマラソン」を読んで感化。
ぜひとも中村に教わりたく手紙(英語)で中村宛に送り直訴。あまりの熱心さに「外国人を教えると強くなりすぎる。」
との考えを中村は持っていたが、特別にワキウリを日本に呼びエスビーの一員に加えた。
402 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/05(月) 21:46:29
>>400 こういう書き込み読んでるとほんとにお前陸上競技やってたの?
って言いたくなる。
いや、キミのそういう言い方の方がおかしいよ
ここで「瀬古は神!」とか言ってる輩は基本的に
自らの陸上経験は0だよ。
当時のテレビ、新聞、陸マガなどの断片的な記憶を基にオナニー妄想してるだけ。
陸上経験ないヤツが
機関誌なんか読むかよ、
あいかわらずアホだな
カレーにスル〜?
407 :
ゼッケン744さん@ラストコール:2007/02/05(月) 22:15:50
オイラ陸上経験なしですが、走ることが好きでジョギングなんぞを
自分のペースでしています。
ゆっくり走っても酸素欠乏状態になるのに何故ランナー達は速く長く走れるのか??
長年の謎です。
個体差、能力の差というものを驚くほど実感しています。
走る能力って如実に物語りますね、優劣について。
>>404 おおっ 今日も頑張ってるね。
そろそろ 反論するのにも伴走必要じゃないか?
「いちにっ さんしーっ ハイハイ そうそうっ」
応援してるよ! 頑張れよ。君
>>404 頑張れよ、ド素人!
せいぜい背伸びして噛み付いてな!(笑)
410 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/05(月) 22:22:58
>>それにしても「足を使わない」で走るとは、
>>なんとも奇妙な表現ではありますが……。
まあこの一文で陸上経験0なのはわかるね。
411 :
伴 走車:2007/02/05(月) 22:24:21
>>404 「ちょっと煽りのキレが落ちてきたぞ〜〜!!
まだ先は長いぞ〜〜!!
いちにっ さんしーっ ハイハイ そうそうっ」
412 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/05(月) 22:25:34
>>395 中国電力の坂口監督は中村のそういうところが大嫌いらしい。
414 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/05(月) 22:26:42
415 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/05(月) 22:28:05
オレも読んでるぜ
瀬古の時代は所詮強いアフリカンが参加してなかったときの話だからな。
俺は404だが、陸上経験のない俺だって読んでるぜwwww
>>ご自慢の勝負にも勝てない瀬古
>>谷口(金メダル)>森下>尾方、佐藤信之>中山>油谷>>>>>>世界の厚い壁>>>>>>瀬古(ロス五輪14位 ソウル五輪9位)
ケニアが本格参入してくる前なのにこのざまだったの?
これはヒドイ・・・
419 :
伴 走車:2007/02/05(月) 22:31:38
>>418 「そうだ!!その調子だ!!
いちにっ さんしーっ ハイハイ そうそうっ」
×強いアフリカン
○速いアフリカン
今のマラソン界を席巻してるアフリカンも
そんなに安定して毎回結果出してる訳ではないな。
>>418 ・世界大会の成績
だけではなく
・タイム(ファーストベスト〜フィフスベストぐらいまで)
・勝率(対戦相手との戦績比較)
・優勝者との差(トップが何分台でゴールした時に何分何秒差でゴールしたか)
等も加えて総合的に検証するべき。
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|:::::::::::::::::|_|_|_|_| /、 ヽ 死ね、油谷ヲタのニート野郎!
|;;;;;;;;;;ノ \,, ,,/ ヽ |・ |―-、 |
|::( 6 ー─◎─◎ ) q -´ 二 ヽ |
|ノ (∵∴ ( o o)∴) ノ_ ー | |
/| < ∵ 3 ∵> \. ̄` | /
::::::\ ヽ ノ\ O===== |
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ひたすら張り付く油谷ヲタクのニートくん
(⌒⌒⌒)...
|||.
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|;;;;;;;;;;ノ∪ \,) ,,/ ヽ〜
|::( 6∪ ー─◎─◎ )〜
|ノ (∵∴ ( o o)∴)〜 くそっくそっ!!オヤジめ!!
| ∪< ∵∵ 3 ∵> ムッキー! アブラヤ様の方がえらいんだ!!オレの愛するアブラヤ様が瀬古なんかより弱いわけないだろ!!
\ ⌒ ノ_____
\_____/ | | ̄ ̄\ \
___/ \ | | | ̄ ̄|
|:::::::/ \___ | \| | |__| アブラヤ様は完全無欠なんだ!!くそっくそっ!!
|:::::::| \____|つ⊂|__|__/ / 瀬古なんかに屈してたまるか!!くそっくそっ!!瀬古め!!
|:::::/ | ̄ ̄ ̄ ̄| 〔 ̄ ̄〕 オヤジなんかこうしてやる・・・くそっくそっ!!・・・ブツブツ・・・。
424 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/05(月) 22:44:10
ゆやはん>>>>>>>>>>>>>>せこ
現実を認識しましょうねwww
アブラヤ粘着ヲタの心境を忠実に再現
/ ̄ ̄ ̄ ̄\
( 人____) へへへっ、しめしめ。 おれ様の偉大さがわかったか!!
|ミ/ ー◎-◎-) オレは家畜以下のブタ野郎さ!!
(6 (_ _) )てめえら、みんな陸上経験0だろ!!うへへへ!!
_| ∴ ノ 3 ノ
(__/\_____ノ
/ ( || ||
[]__| |油谷命! ヽ
|[] |__|______)
\_(__)三三三[□]三)
/(_)\:::::::::::::::::::::::/
|油谷命|::::::::/::::::::/
(_____)::::/::::::::/
(___[]_[]
・世界大会の成績
油谷>>>>>>>>>>>>>>>瀬古
・タイム(ファーストベスト〜フィフスベストぐらいまで)
瀬古>>油谷
・勝率(対戦相手との戦績比較)
瀬古>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>油谷
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|:::::::::::::::::|_|_|_|_| /、 ヽ オマエは佐藤秀和スレでイジられてろ!
|;;;;;;;;;;ノ \,, ,,/ ヽ |・ |―-、 |
|::( 6 ー─◎─◎ ) q -´ 二 ヽ |
|ノ (∵∴ ( o o)∴) ノ_ ー | |
/| < ∵ 3 ∵> \. ̄` | /
::::::\ ヽ ノ\ O===== |
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記録で勝てない
高岡>藤田>犬伏>油谷>>>>>>世界の厚い壁>>>>>瀬古(2:08:27)
自慢(笑)の勝負にも勝てない
谷口>>>森下>>>尾方>>>佐藤信之>>>中山>>>油谷>>>>>世界の厚い壁>>>>>瀬古(ロス五輪14位 ソウル五輪9位)
なんかさー
ここで瀬古を批判してる彼がいちばん瀬古を意識してるように思えるんだよ。
そんなに気になる?
なんかさー
ここで油谷を批判してる彼がいちばん油谷を意識してるように思えるんだよ。
そんなに気になる?
>>428 油谷のセカンドベスト、サードベスト、フォースベスト、フィフスベスト知ってるの?
安定してるイメージのある油谷だけど、どうみても瀬古ばかりではなく小島宗幸辺りよりも下だよ。
記録で勝てないとか言っても、その理論でいくと
油谷は児玉泰介よりも弱い選手になるけど。
なんでこのスレの瀬古信者は油谷に対して異常な執着心を抱いてるんだ?w
誰も油谷がどうのこうの言ってないのにw
>>432 やはりマラソン未勝利で
優勝タイムが2時間8〜9分台の一昔前のレベルのレースでも勝てない
油谷が史上最強とか言われると誰でもツッコミ入れたくなるわな
>>油谷が史上最強とか言われると誰でもツッコミ入れたくなるわな
>>油谷が史上最強とか言われると誰でもツッコミ入れたくなるわな
>>油谷が史上最強とか言われると誰でもツッコミ入れたくなるわな
被害妄想って怖い・・・
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄○ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
O 。
, ─ヽ
________ /,/\ヾ\ / ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
|__|__|__|_ __((´∀`\ )< というお話だったのサ
|_|__|__|__ /ノへゝ/''' )ヽ \_________
||__| | | \´-`) / 丿/
|_|_| 从.从从 | \__ ̄ ̄⊂|丿/
|__|| 从人人从. | /\__/::::::|||
|_|_|///ヽヾ\ / ::::::::::::ゝ/||
────────(~〜ヽ::::::::::::|/ = 完 =
油谷はまず勝ってからだな。
「マラソン史上もっとも強いランナー・マラソン通史」で議論するのは。
とりあえず東京マラソン、このメンバーで勝つのが最低条件。
437 :
伴 走者:2007/02/06(火) 01:25:07
>>428 「説得力がちょっと弱いぞ〜〜!!
『世界の厚い壁』よりも前にいるランナーが、
具体的に何がどうすごいのか、タイム・順位以外で言ってみろ〜〜!!
いちにっ さんしーっ ハイハイ そうそうっ」
>>428 >>434 その他多くの書き込みをしているようだが、おちょくられて伴走までつけられて哀れにならないですか?
お一人で頑張って反論されているようだが、あまり理由や理屈、持論はないようですね。
私自身、陸上をしてた者として別に瀬古だけに肩入れするつもりはないですが、そろそろ皆がまた語れるスレに
戻してあげたらどう?
それでも単調に書き込みます?いいけど寂しくないですか?
記録で勝てない
高岡>藤田>犬伏>油谷>>>>>>世界の厚い壁>>>>>瀬古(2:08:27)
自慢(笑)の勝負にも勝てない
谷口>>>森下>>>尾方>>>佐藤信之>>>中山>>>油谷>>>>>世界の厚い壁>>>>>瀬古(ロス五輪14位 ソウル五輪9位)
瀬古信者の主観を抜きにしたらこうなるね。
440 :
伴 走車:2007/02/06(火) 03:44:05
>>439 「コラコラ〜〜!!
自分の殻に閉じこもるな〜〜!!
そんなことでは、このスレの実力者の皆さんから離されるばかりだぞ〜〜!!
大切なのは、自分の目でマラソンを見て、選手の長所を中心に理解して、
それを自分の言葉で伝えることなんだぞ〜〜!!
何回言ってもお前ができないのは俺のせいだ。
だから、俺は土を食ってやる。
俺は土を食うから、お前はその悪いクセを治すんだぞ〜〜!!
いちにっ さんしーっ ハイハイ そうそうっ」
441 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/06(火) 04:01:51
>>438 まずあなた方がなぜこのような状況になったのか考え反省しなさい。
442 :
伴 走車:2007/02/06(火) 04:17:08
>>442 「コラコラ〜〜!!
堕ちたオマエに手を差し伸べてくれている方に何てこと言うんだ、オマエは!?
どうした?何で黙って何も言わないんだ?
ん?『実は油谷のことよく知らないから、何を言えばいいのか分からない』?
そうか、、、よくぞ正直に悩みを言ってくれた。
確かにこのスレはレベルが高いからプレッシャーだよな。
だけどな、いきなりこのスレの実力者の皆さんみたいな立派なことは言わなくてもいいんだぞ。
オマエの知っていること、オマエの思いを、正直に言ってみろ。
選手の誹謗・中傷にならないようにだけは、気をつけろよ。
ん?『油谷が、、、ヘルシンキの世陸代表に決まったときに、、、美弥の漁港に【おめでとう】の垂れ幕が出てた』?
おお!!聞けばちょっと嬉しくなるご当地レア情報じゃないか。
次からは、過去の油谷のレース展開とかの競技者属性に関することを織り交ぜていくともっといいぞ。
大丈夫、君ならできる!!
いちにっ さんしーっ ハイハイ そうそうっ」
443 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/06(火) 04:20:46
記録で勝てない
高岡>藤田>犬伏>油谷>>>>>>世界の厚い壁>>>>>瀬古(2:08:27)
自慢(笑)の勝負にも勝てない
谷口>>>森下>>>尾方>>>佐藤信之>>>中山>>>油谷>>>>>世界の厚い壁>>>>>瀬古(ロス五輪14位 ソウル五輪9位)
444 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/06(火) 05:10:57
急に荒れだしたな・・・
まあ、この手の争いは、スポーツ板ならどこでもよく見られる。
サッカーのマラドーナとロナウジーニョはどっちが上とか、
野球の王と金田は現在では全く通用しないとか、
F1のセナとシューマッハはどっちが上とか。
「最強」の定義が違うんだからいつまで経っても平行線だわな。
_____
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|:::::::::::::::::|_|_|_|_| /、 ヽ 死ね、油谷ヲタのニート野郎!
|;;;;;;;;;;ノ \,, ,,/ ヽ |・ |―-、 |
|::( 6 ー─◎─◎ ) q -´ 二 ヽ |
|ノ (∵∴ ( o o)∴) ノ_ ー | |
/| < ∵ 3 ∵> \. ̄` | /
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マラソンとは冬のスポーツであって夏のスポーツでは無い!というのが
今から20年前の欧米のトップランナーの一般的認識だった。
マラソンというと日本人は五輪偏重の傾向があるが、かつては福岡国際とボストンが
実質的マラソン世界一決定戦の大会であった。
同一シーズンに福岡とボストンの2連勝を果たせばそれこそ五輪金メダル以上のマラソンの
王者であるというのが当時の世界の常識だった。
当時は五輪のマラソンは花相撲的扱いであった。
448 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/06(火) 09:54:06
>>447 嘘こけ。五輪は昔から特別だったよ。60年代のボストンは誰も注目して
いなかったしレベルも低かった。70年にヒル、75年にロジャースが好記録を出し
てから注目度が上がっただけ。福岡はIAAFの肝いりで世界選手権扱いだったけど
最初の5回くらいだろう。ショーターが連覇するようになってから何となく権威
が落ち始めて福岡国際と改称したあたりからIAAFは見放していた。大体同一
シーズン連覇って77年のロジャースくらいしか思い浮かばないけど他に誰がいる。
(80-81の瀬古とか言わないでよ)。
福岡国際の地位低下は東京国際開催の影響も大きい。かつては国内最高権威の福岡国際であったが
その権威も東京国際の開催で揺らいでしまった。
びわ湖毎日マラソンの前身の毎日マラソンも大阪で続けていればよかったのにね
451 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/06(火) 12:45:54
81福岡に本調子の瀬古が出てたら、キャステラとどっちが勝っただろうか?
40キロ地点でキャステラの背後に付いていれば瀬古が勝つだろうが、35〜40キロ
でキャステラがスパートして引き離す可能性もある。見たかったな!
ドキャステラのマラソン戦跡は?
キャステラも瀬古同様にロスが鬼門となったクチだな。
あの時の放送を思い出すと、アナウンサーが先頭集団にいる
当時無名のジプチ勢を紹介して、解説が「こういうのが怖いんですよ」
と言った直後に瀬古の衝撃の脱落を見た気がする。
油谷はいい選手だと思う。きっと自分の資質や素質をよくわかっていて、剥きに優勝争いしても
自分自身が自滅して惨敗するのがわかっているのだろう。世界陸上、五輪と堅実な走りを見せているのは
大変価値ある選手だと思う。昔からのマラソン日本の伝統をきっちり守っているのも油谷がいるからだろう。
しかし最強としての論議に語られる選手とは少し違うだろう。
ごく一部の人が油谷を押してるようだが現時点では厳しいのが現実だろうね。
瀬古や中山は逸話が多いランナーだった。国民的アスリートだったのは一致した意見ではないかな。
それだからと「最強」とは思わないが、ここでスレが多くなる要素は多いと思う。
455 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/06(火) 17:25:44
中山がソウルで敗れたとき、ショックだった。
「神は死んだ!」
と、心の中で呟いたのを思い出すよ。
456 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/06(火) 17:36:05
>>454 記録で勝てない
高岡>藤田>犬伏>油谷>>>>>>世界の厚い壁>>>>>瀬古(2:08:27)
自慢(笑)の勝負にも勝てない
谷口>>>森下>>>尾方>>>佐藤信之>>>中山>>>油谷>>>>>世界の厚い壁>>>>>瀬古(ロス五輪14位 ソウル五輪9位)
残念だけどこれが現実。
457 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/06(火) 17:44:40
>>456 お前が、顔中ニキビだらけのブタ店長だというのも現実。
また今日もこの流れか・・・orz
世界陸上も無い、オリンピックの中間年の夏に気候の涼しい北海道の釧路で
トップランナーを集めてマラソン日本一決定戦をやればよろしい。
>>456 ねぇ 彼、実はしつこく貼ってるその順位、きっと皆んな そんなことわかってると思うよ。
残念だけど。
このスレってさ、その現実(記録や五輪順位)わかったなかでマラソンに詳しい方や識者の方、マニアが
色々な時代や事柄を出し合ってるんだよ。
そんな中で瀬古や中山の話題が多いんじゃないの。
一度、最初の1から読んでみたらわかるよ。
瀬古が背負っていた国民の期待や重圧は想像を絶するものがあったと思うよ。
>>455 実際、中山はいつもに比べてウエイトが軽かったように思う。
集団が4人にしぼられた時、全員身長が180cmくらい
の大型ランナーになった。あの時は迫力を感じた。
ロス、ソウルは「目標、金メダル。最低メダル」
のような感覚だったから宗猛4位、中山4位と世界的には
りっぱな成績だったが消化不良を起こす感じだった。
でもここまで日本男子マラソンのレベルが世界から
置いていかれるとは思ってもいなかったので今では
五輪で日本選手が優勝争いを観れただけでも
善しとしなければいけないのか。。
もうすこし頑張れよ。男子マラソン陣。怪我が多すぎる。
藤田敦史(駒大ー富士通) マラソン全成績
1、2位 2時間10分07秒 1999びわ湖毎日 (学生日本記録)
2、6位 2時間15分45秒 1999セビリア世界陸上
3、優勝 2時間06分51秒 2000福岡国際 (日本記録)
4、12位 2時間18分23秒 2001エドモントン世界陸上
5、優勝 2時間11分22秒 2002東亜国際
6、10位 2時間12分30秒 2005びわ湖毎日
7、3位 2時間09分48秒 2005福岡国際
8、8位 2時間11分50秒 2006別大毎日
【男子マラソン日本歴代10傑】
@2:06:16 高岡 寿成 カネボウ 3位 シカゴ 2002.10.13
A2:06:51 藤田 敦史 富士通 優勝 福岡国際 2000.12.03
B2:06:57 犬伏 孝行 大塚製薬 2位 ベルリン 1999.09.26
C2:07:35 児玉 泰介 旭化成 優勝 北京 1986.10.19
D2:07:40 谷口 浩美 旭化成 2位 北京 1988.10.16
E2:07:52 油谷 繁 中国電力 3位びわ湖毎日 2001.03.05
F2:07:52 国近 友昭 エスビー食品 優勝 福岡国際 2003.12.07
G2:07:55 諏訪 利成 日清食品 2位 福岡国際 2003.12.07
H2:07:57 伊藤 国光 カネボウ 2位 北京 1986.10.19
I2:07:59 森下 由輝 旭化成 4位 びわ湖毎日 2001.03.05
【近年の世界陸上・五輪のマラソン日本人成績】
(2001エドモントン世界陸上)
5位2.14.07 油谷 繁(中国電力)
8位2.17.05 森下由輝(旭化成)
9位2.17.24 西田隆維(エスビ−食品)
12位2.18.23 藤田敦史(富士通)
26位2.24.41 高橋健一(富士通)
(2003パリ世界陸上)
5位2.09.26 油谷 繁(中国電力)
10位2.10.38 佐藤敦之(中国電力)
12位2.10.39 尾方 剛(中国電力)
21位2.13.19清水康次(NTT西日本)
試合前棄権 藤原正和(本田技研)
(2004アテネ五輪)
5位2.13.11 油谷 繁(中国電力)
6位2.13.24 諏訪利成(日清食品)
42位2.21.13 国近友昭(エスビ−食品)
(2005ヘルシンキ世界陸上)
3位2.11.16 尾方 剛(中国電力) 銅メダル
4位2.11.53 高岡寿成(鐘紡)
14位2.15.30 奥谷 亘(富士重工)
20位2.17.22 入船 敏(鐘紡)
48位2.24.38 細川道隆(大塚製薬)
高岡寿成(鐘紡) マラソンベスト6
@2.09.41 3位 2001年12月福岡
A2.06.16 3位 2002年10月シカゴ
B2.07.59 3位 2003年12月福岡
C2.07.50 3位 2004年10月シカゴ
D2.07.41 優勝 2005年2月東京
E2.11.53 4位 2005年8月ヘルシンキ世界陸上
油谷 繁(中国電力) マラソンベスト6
@2.10.48 7位 2000年3月琵琶湖
A2.07.52 3位 2001年3月琵琶湖
B2.14.07 5位 2001年8月エドモントン世界陸上
C2.09.30 2位 2003年2月東京
D2.09.26 5位 2003年8月パリ世界陸上
E2.13.11 5位 2004年8月アテネ五輪
瀬古利彦(エスビー食品) マラソンベスト5
1、2時間8分27秒 優勝 86年 シカゴ
2、2時間8分38秒 優勝 83年 東京国際
3、2時間8分52秒 優勝 83年 福岡国際
4、2時間9分26秒 優勝 81年 ボストン
5、2時間9分45秒 優勝 80年 福岡国際
中山竹通(ダイエー) マラソンベスト5
1、2時間8分15秒 2位 85年 W杯広島
2、2時間8分17秒 優勝 87年 福岡国際
3、2時間8分21秒 優勝 86年 アジア大会ソウル
4、2時間8分43秒 4位 86年 東京国際
5、2時間9分12秒 2位 91年 別大
谷口浩美(旭化成) マラソンベスト5
1、2時間7分40秒 2位 88年 北京国際
2、2時間9分34秒 優勝 89年 東京国際
3、2時間9分50秒 優勝 87年 ロンドン
4、2時間10分1秒 2位 85年 福岡国際
5、2時間10分6秒 優勝 87年 東京国際
宗茂(旭化成) マラソンベスト5
1,2時間9分5秒6 優勝 78年 別大
2、2時間9分11秒 3位 83年 福岡国際
3、2時間10分19秒 3位 82年 福岡国際
4、2時間10分23秒 優勝 85年 北京国際
5、2時間10分32秒 優勝 85年 東京国際
宗猛(旭化成) マラソンベスト5
1、2時間8分55秒 2位 83年 東京国際
2,2時間9分17秒 4位 83年 福岡国際
3、2時間9分49秒 2位 80年 福岡国際
4、2時間10分23秒 2位 85年 北京国際
5、2時間10分40秒 3位 79年 福岡国際
5、2時間10分40秒 2位 88年 北京国際
伊藤国光(カネボウ) マラソンベスト5
1、2時間7分57秒 2位 86年 北京国際
2,2時間9分35秒 6位 83年 福岡国際
3、2時間9分37秒 2位 81年 福岡国際
4、2時間10分5秒 3位 80年 福岡国際
5、2時間11分19秒 3位 85年 福岡国際
喜多秀喜(神戸製鋼) マラソンベスト5
1、2時間10分30秒 (83年福岡国際7位)
2,2時間11分05秒 (78年福岡国際2位)
3、2時間11分09秒 (82年福岡国際2位)
4,2時間11分51秒 (88年福岡国際5位)
5,2時間12分04秒 (81年東京国際1位)
児玉泰介(旭化成) マラソンベスト5
1、2時間7分35秒 (86年北京国際1位)
2、2時間10分34秒(86年別府大分1位)
3、2時間10分36秒(84年福岡国際2位)
4、2時間11分23秒(87年W杯ソウル)
5、2時間11分38秒(88年福岡国際4位)
近年(1995−2006)日本ランキング1位
1995年 2.09.33 大家正喜(佐川急便)福岡3位
1996年 2.08.50 実井謙二郎(日清食品)東京4位
1997年 2.08.07 早田俊幸(アラコ)福岡2位
1998年 2.08.43 小島宗幸(旭化成)琵琶湖優勝
1999年 2.06.57 犬伏孝行(大塚製薬)ベルリン2位
2000年 2.06.51 藤田敦史(富士通)福岡優勝
2001年 2.07.52 油谷 繁(中国電力)琵琶湖3位
2002年 2.06.16 高岡寿成(鐘紡)シカゴ3位
2003年 2.07.52 国近友昭(エスビ−食品)福岡優勝
2004年 2.07.50 高岡寿成(鐘紡)シカゴ3位
2005年 2.07.41 高岡寿成(鐘紡)東京優勝
2006年 2.08.49 奥谷 亘(スバル)琵琶湖4位
469 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/06(火) 19:41:57
>>そんなことわかってると思うよ。
>>想像を絶するものがあったと思うよ
お前らの主観はどうでもええの。
記録で勝てない
高岡>藤田>犬伏>油谷>>>>>>世界の厚い壁>>>>>瀬古(2:08:27)
自慢(笑)の勝負にも勝てない
谷口>>>森下>>>尾方>>>佐藤信之>>>中山>>>油谷>>>>>世界の厚い壁>>>>>瀬古(ロス五輪14位 ソウル五輪9位)
これが現実
470 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/06(火) 19:46:13
記録を基準にすると、競泳なんかは凄いことになるぞw
ミュンヘン五輪7冠のマーク・スピッツ<<<<<佐藤久佳になるしな。
471 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/06(火) 19:52:51
女子小学生>>>>>>>古橋広之進
472 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/06(火) 19:52:54
自慢(笑)の勝負にも勝てない
谷口>>>森下>>>尾方>>>佐藤信之>>>中山>>>油谷>>>>>世界の厚い壁>>>>>瀬古(ロス五輪14位 ソウル五輪9位)
473 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/06(火) 19:53:58
俺>>>>>古橋広之進
79年福岡国際マラソン
1位 瀬古利彦(早大)2時間10分35秒
2位 宗茂 (旭化成) 2時間10分37秒
3位 宗猛 (旭化成) 2時間10分40秒
宗兄弟が瀬古に勝てる可能性のある最初で最後のレースだったんじゃないか?
宗猛がスパートをして茂がついていって、少し瀬古との間が開いたんだよな。
あのまま2人でその勢いのまま「攻めのレース」ができれば決定的な差ができた
のではないかな。まあ宗兄弟もいっぱいいっぱいだったのかもしれない。
瀬古はゴール後、足に痙攣がおきたくらいだから本調子ではなかったようだ。
79年の福岡国際、83年の東京国際 、83年福岡国際 は瀬古のベスト3
レースだと思う。
やっぱり 瀬古、中山、君原、宇佐美、谷口、森下あたりが
最強ランナーにノミネートになりそうだな。
60年代以降の男子最強ランキング
1位 瀬古利彦 (80モスクワ、84ロス、88ソウル五輪代表)
2位 君原健二 (64東京、68メキシコ、72ミュンヘン五輪代表)
3位 谷口浩美 (91東京世界選手権、92バルセロナ、96アトランタ五輪代表)
4位 中山竹通 (88ソウル、92バルセロナ五輪、91東京世界選手権代表)
5位 宗茂 (76モントリオール、80モスクワ、84ロス五輪代表)
6位 宗猛 (80モスクワ、84ロス五輪代表)
7位 宇佐美彰朗 (68メキシコ、72ミュンヘン、76モントリオール五輪代表)
8位 森下広一 (92バルセロナ五輪代表)
9位 円谷幸吉 (64東京五輪代表)
10位 寺沢徹 (64東京五輪代表)
最強ランキング
1、アベベ・ビキラ(エチオピア)
2、フランク・ショーター(アメリカ)
3、エミール・ザトペック(チェコスロバキア)
4、デレク・クレイトン(オーストラリア)
5、瀬古利彦(日本)
6、ロバート・ド・キャステラ(オーストラリア)
7、ワルデマル・チェルピンスキー(東ドイツ)
8、アーメド・サラ(ジブチ)
9、ジュマ・イカンガー(タンザニア)
10、カルロス・ロペス(ポルトガル)
80年正月の日本歴代10傑
1. 2.09.05.6 宗茂(旭化成)78.2 別大
2. 2.10.12. 瀬古利彦(早大)79.4 ボストン
3. 2.10.37.8 宇佐美彰朗(桜門陸友会)70.12 福岡
4. 2.10.40. 宗猛(旭化成)79.12 福岡
5. 2.11.05. 喜多秀樹(神戸製鋼)78.12 福岡
6. 2.11.17. 佐々木精一郎
7. 2.12.00. 重松森雄
8. 2.12.03.4 谷村隼美
9. 2.12.08. 伊藤国光(鐘紡)79.12 福岡
10.2.12.12. 采谷義秋(竹原高教)70.12 福岡
479 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/06(火) 21:04:32
ポイント制でランク作ってみたら?
五輪5 世界記録5 ボストン2 福岡1
みたいな感じで
90年正月の歴代10傑
1. 2.07.35 児玉泰介(旭化成)86.10 北京
2. 2.07.40 谷口浩美(旭化成)88.10北京
3. 2.07.57 伊藤国光(鐘紡)86.10 北京
4. 2.08.15 中山竹通(ダイエー) 85.4広島W杯
5. 2.08.27 瀬古利彦(ヱスビー食品)86.10 シカゴ
6. 2.08.55 宗猛(旭化成)83.2東京
7. 2.09.05.6宗茂
8. 2.09.51 新宅雅也(ヱスビー食品)85.12福岡
9. 2.10.30 喜多秀樹(神戸製鋼)83.12福岡
10.2.10.37.8宇佐美彰朗
>>479 参考までに
アスリート名無しさん 04/04/20 19:15 ID:pH9hUWor
Track & Fields Newsの実力世界ランキング表を1位10点、2位9点,,,10位1点
として点数化すると以下の歴代ランキングになった。
1.瀬古 55 (79,83が2位、3位3回)
2.君原 39 (63の3位が最高だが7回ランクイン)
3.宇佐美36 (70,71が連続2位)
4.広島庫夫32(57に2位、59に3位。本当に強いのかという疑問がだされて
いたが評価されていたようだ)
5.中山 31(87に1位)
6.寺沢 27(61,65に2位)
7.中尾 26(62,65に3位)
8.宗猛 25(6回ランクイン)
9.谷口浩美19(91に1位、87に2位のみ)
10.貞永信義、宗茂18
アスリート名無しさん 04/04/20 19:51 ID:lEMOXzHG
>>935 お疲れ様です。
昔の選手はよくわからないけど(君原、宇佐美は妥当でしょうね)
瀬古・宗兄弟以降をみると
瀬古 55 (79,83が2位、3位3回)
中山 31(87に1位)
宗猛 25(6回ランクイン)
谷口浩美19(91に1位、87に2位のみ)
宗茂18
優勝回数、レース数など妥当なポイントの気がします。
アスリート名無しさん 04/04/20 23:32 ID:9nmiMX9j
>>935 同様に1947-2002の非日本人のランキングを極めていい加減に作ると
1. カルボーネン(フィンランド)61
2. イカンガー(タンザニア)51
3. ショーター(米)
ド・キャステラ(豪) 48
5. アベベ(エチオピア)40
6. ロジャース(米)39
7. ヒル(英)37
8. クレイトン(豪)
ドレイトン(カナダ)
サラ(ジブチ)
ハヌーシ(モロッコ->米) 34
といったところである。惜しいところではポポフ(ソ連)33,
ピータース(英)は32,エル=ムーアジス(モロッコ)も32となっている。
メルボルンオリンピック銅のカルボーネンが1番ポイントを稼いでいるのは意外で
あったが後は順当な顔ぶれが並んだ。日本人も混ぜると
瀬古が2位、君原が7位、宇佐美がクレイトン等をしのいで10位に入る。瀬古は惜し
かったが、世界マラソンの歴史上稀に見る偉大な選手の一人であることはこのラン
キングからも裏付けられたことになる。
最強って1レースで伝説に残るようなレースをして勝つのがいたとすれば、
上表のように長きに渡り世界の上位に君臨し続けるのも「強さ」を
語るうえでは重要ですね。
その点、現役ランナーはまだ答えがでていない部分もあるから
過去のランナーと比べにくい点わありますね。
単純に記録だけで比べられないのがマラソンだと思う。
>>463の藤田の戦績が既に間違ってる件についてw
現役で9戦3勝っていうのは、歴代の選手でも比較的勝率は高いのでは?
しかも負けたレースも2時間11分前後でまとめているのが凄い。
藤田と似た戦績はE・ワイナイナ辺りかな?
>>481-483 この表、面白いね。
こうやってランク付けしても瀬古、君原、宇佐美という各年代で
代表されるランナーはランクしてくるんだな。
アベベが40っていうのか活躍年数が他選手に比べて短そうな
感じがするな。
487 :
訂正:2007/02/06(火) 21:38:05
藤田敦史(駒大ー富士通) マラソン全成績
1、2位 2時間10分07秒 1999びわ湖毎日 (学生日本記録)
2、6位 2時間15分45秒 1999セビリア世界陸上
3、優勝 2時間06分51秒 2000福岡国際 (日本記録)
4、12位 2時間18分23秒 2001エドモントン世界陸上
5、優勝 2時間11分22秒 2002東亜国際
6、10位 2時間12分30秒 2005びわ湖毎日
7、3位 2時間09分48秒 2005福岡国際
8、8位 2時間11分50秒 2006福岡国際
9、優勝 2時間10分23秒 2007別府大分
>>487 >>466の高岡、油谷もマラソン全成績の方を宜しくお願いします。
油谷は今年の東京マラソンを走った後でもいいです。
>>488 油谷繁(中国電力)
5000m ベスト 13分39秒38
10000mベスト 28分13秒76
マラソン ベスト 2時間07分52秒
(マラソン成績 2007年2月6日現在)
@2.10.48 7位 2000年3月琵琶湖
A2.07.52 3位 2001年3月琵琶湖
B2.14.07 5位 2001年8月エドモントン世界陸上
C2.09.30 2位 2003年2月東京
D2.09.26 5位 2003年8月パリ世界陸上
E2.13.11 5位 2004年8月アテネ五輪
F2.14.49 13位 2006年4月ロンドン
優勝回数0 2位1 3位1
>>488 高岡寿成(鐘紡) マラソン成績
@2.09.41 3位 2001年12月福岡
A2.06.16 3位 2002年10月シカゴ
B2.07.59 3位 2003年12月福岡
C2.07.50 3位 2004年10月シカゴ
D2.07.41 優勝 2005年02月東京
E2.11.53 4位 2005年08月ヘルシンキ世界陸上
F2.09.31 2位 2006年02月東京
優勝回数1 2位1 3位4
主な世界大会戦歴
1993 ユニバーシアード 3位 5000m (銅メダル)
1993 世界選手権 予選1組8位(予選落) 5000m
1994 アジア大会 1位 5000m
1994 アジア大会 1位 10000m
1996 オリンピック 予選2組12位(予選落) 10000m
1997 世界選手権 決勝棄権 10000m
1998 ワールドカップ 5位 3000m
1999 世界選手権 予選2組14位(予選落) 5000m
1999 世界選手権 12位 10000m
2000 オリンピック 15位 5000m
2000 オリンピック 7位 10000m(入賞)
2001 世界選手権 15位 10000m
2005 世界選手権 4位 マラソン (入賞)
高岡の分岐点は間違いなく03年福岡国際で日本人3位で代表権を逃したことだろう。
日本のエース的存在が近年、選考会は1位で通過している。
東京 君原 (64年毎日1位)
メキシコ 大本命・佐々木は最終選考会をパス。
ミュンヘン 宇佐美 (72年毎日1位)
モントリオール 宇佐美(76年毎日1位)
モスクワ 瀬古 (80年福岡1位)
ロサンザルス 瀬古 (83年福岡1位)
ソウル 中山 (87年福岡1位)
アトランタ、シドニーでは記録の良かった実井、犬伏も日本人1位通過している。
高岡は03年福岡国際に優勝して五輪代表になっていれば
このスレでももっと多く語られていたと思われるが。
訂正
モスクワ 瀬古 (80年福岡1位 >79年福岡1位)
バルセロナは?
>>494 バルセロナは世陸金の谷口が早々に代表決定。
森下が東京国際で1位通過。
だから本命がきっちり結果だしていますね。
マラソン知識が有れば日本最強は瀬古か中山って
誰もが思うことだよね。他の選手はレースコンディションが特殊にならないと
勝機は見い出せない。中山や瀬古を倒すことはそれだけ大変だということだよ。
497 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/06(火) 23:21:08
>>486 有難う。おれが作った表に久しぶりに対面したよ。まあTrack & Fields
のページにアクセスすればすぐ分かるけどアベベが走っていたのは60,61,62,64
の4年だけだと思う。(そのときは全てランキングトップだったと思う。面倒
だからチェックしないけど)。今が旬でロンドンマラソン13位の偉大なランナー
の国際評価も分かると思うよ。勿論藤田は2000年にランクインしていたけどその
年だけだったと思う。
中山竹通Jrの中山卓也君の走りフォームを見た時は感動で身震いがしたよ。
瀬古利彦jrの瀬古昴君は陸上の道へは行かなかったのかな?
500 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/06(火) 23:48:12
宗の娘さんは、父親に似ず、
上体が横に傾かない、美しいフォームで走っていた。
これも感動ものでした!
「日本マラソン物語」を見ると瀬古自身は83年の東京国際をベストレースに挙げてますね。
「体調、気候、人(参加メンバー)がぴったり当て嵌まった試合」
「イカンガー、どんどんペース上げろ上げろと思って走ってた」
と語っている。たしかこのレース、24年も前になるのに5区間くらい14分台ラップになったらしいですね。
このレースはVTR見てみたいな。
油谷は去年ロンドン走ってたのか。
かなり惨敗だったんだな。次の東京マラソンは正念場だな。
>>496 記録で勝てない
高岡>藤田>犬伏>油谷>>>>>>世界の厚い壁>>>>>瀬古(2:08:27)
自慢(笑)の勝負にも勝てない
谷口>>>森下>>>尾方>>>佐藤信之>>>中山>>>油谷>>>>>世界の厚い壁>>>>>瀬古(ロス五輪14位 ソウル五輪9位)
506 :
伴 走車:2007/02/07(水) 02:38:26
>>505 「どうした?今日はなんだか元気がないな?体調でも悪いのか?
急に論旨が変わった場合でも、柔軟に対応できるようにいつでも準備しておくことが重要だぞ。
そうだな、なんだかんだ言って俺のいいたいことを聞いてもらっていたから、
今日はオマエの言い分を聞くよ。いったい瀬古の何が気に入らないんだ?
ん?『アツシ35kmまでは遊びだよ、って、現代の高速マラソンでは通用しない暴論だよ』って?
お、オマエいいこと言ったかもしれないよ。確かにネガティブスプリットで6分台以上を狙う場合、
35km以降ですることはそれまでのペースを維持することが最優先で、仕掛けがどうのとか
言ってられないかもしれないよな。但し、今回の別大のペース・レース展開の場合は
35km時点で余力を残しておくには、、、という意識は結果的には必要だったから、
一概に瀬古発言を全否定してはいけなかったかもな。まあ結果論だけどな。
まあ、このスレで評価されている人物に対して、ネガティブなコメントをするのは
大変難しいことだが、論拠を明確にして、失礼のない物言いをすれば、
このスレの実力者の皆さんはそう無碍には扱わない筈だよ。
ほらっ。勇気を出して!
いちにっ さんしーっ ハイハイ そうそうっ」
507 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/07(水) 03:05:02
マラソン知識が有れば昔は化け物アフリカ人が参加してなかったことくらい
誰でも考慮するよね。
508 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/07(水) 03:28:14
瀬古・中山より油谷や高岡の方が間違いなくレベルは上。
それはタイムを見ても明らか。
しかし、それ以上に世界が強くなったから、日本人は勝てなくなった。
これからトラックから黒人がどんどん流れてきて、マラソンがどんどん高速化して
日本人にとってはますます受難の時代になる。
あれだ。バレーと同じだよ。
昔はライバルが少なかったから勝てたけど、今は世界が強くなったから勝てなくなった。
東洋の魔女と現在の女子バレー日本代表が戦ったら、後者の圧勝だろ。
でも、世界大会の実績は圧倒的に前者の方がいい。
要するに瀬古も中山も井の中の蛙だったってことだな。
510 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/07(水) 07:09:42
自演おつかれさま
83年東京は瀬古自身も復活レースだったからね。
瀬古がトップで競技場に入ってきた時の歓声を今でも覚えてるよ。
負けたイカンガーやゴメス、エチオピア勢も存在感示したし、
いいレースだった。
中山の場合は対照的に自分だけが光るレースをした時が強かった。
アジア大会とか87年福岡とかね。
晩年、森下に行けという姿を見たとき、中山の時代は終わったなと感じた。
瀬古は当時の国民が一心に期待したランナーだった。
その期待する感覚は瀬古までだろ。
円谷は自殺をし、君原も「メキシコ、ミュンヘンは第三代表だったからプレッシャーが少なく好成績に繋がった。」
と後年語っている。
「レースを楽しんできます。」なんて環境じゃなかったな。
いつの時代もトップランナーは大変だろ。
80年代までと比較して現代社会は価値観が多様化してるからね。
サッカーのW杯も東京五輪と比較すると、思ったほど盛り上がらなかった。
今年の世界陸上でもし、日本人が勝っても谷口の時のような盛り上がりは
期待できないかもしれない。
世陸が今年、大阪で開催されるという雰囲気じゃないんだよな。
>>512 森下の銀は勢いがあった時期と一致したね。
モスクワ時の瀬古もそうだった。
だから今でも「モスクワに出ていたら」になるんだろう。
しかし国が五輪をボイコットするなんて今では考えられないからな。
国家ぐるみでドーピングしたりする東欧があったりと、
違った意味で今の方が戦い安い環境が整ってるのかな。
515 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/07(水) 11:30:48
ちゃんと睡眠とらないと、もたないよwww
516 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/07(水) 12:57:51
>>507 >>508 1960年代は化け物アフリカ人がオリンピック3連覇を果たしているわけだから、
「昔はいなかった」わけではないんですよ。
ただ、言う通り瀬古世代のエチオピア・ケニア勢が、今ほど強烈じゃなかったのは事実かもしれないですね。
○瀬古世代のエチオピア勢としては、バルチャ・ネディがいたけど、今ひとつ
パンチが弱かった(エチオピアの当時の国情がどの程度影響したのかは知らないけど、、、)。
○ケニアは確かにワキウリ・フセイン以降だよなと思ってちょっと調べたら
ロス五輪でヌザウが入賞してる。あまりよく知らないのだが、ワキウリのアメリカ版みたいな
活動の仕方だったのかな?
ただしタンザニア(というよりイカンガー)は歴代最強。日本でナショナルレコードを更新しまくるあたり、
今で言うバラノフスキーみたいな勢いがあった感じなのだが、そんなイカンガーの頭を抑えて先着するんだ
から、当時の日本勢はやはり頼もしかった。
バレーの喩えは頷ける部分はある。
競技の普及・成熟に伴って、だんだん勝つことが難しくなってきているのは私も感じます。
なので、現新の日本人選手同士の戦績を比較する場合、今の海外マラソンは好順位が取りにくいのでそこは
考慮して、というのであれば話は理解できます。
>>509 >要するに瀬古も中山も井の中の蛙だったってことだな。
ってことにはならないと思いますよ。
アベベの影に隠れて地味に評価されがちなのがマモ・ウォルデだが、五輪で金、銀、銅、4位を獲得している。
東京五輪 1万m 4位
メキシコ五輪 1万m 2位
メキシコ五輪 マラソン 優勝
ミュンヘン五輪 マラソン 3位
ケニアのヌザウは82年のシカゴ(だったと思う)でケニア人初のサブテンを記録。
ロス五輪は35km過ぎ、スペディングがペースアップした時、ロペス、トレーシーとともに
先頭集団に残ったのがヌザウ。40kmで宗猛にかわされ7位だったが
やはりケニア史上初めてマラソンで入賞した。
518 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/07(水) 13:57:20
記録の面で圧倒しているケニアだがまだ五輪マラソンの金メダルがない。
世界陸上でワキウリが金。五輪でメダル獲得はワキウリ、ワイナイナと皮肉にも日本育ちのランナー達が
名を連ねている。
記録で敵わない、エチオピアが五輪で(金4、銀0、銅2)を獲得。
アジアでは層で日本より劣る韓国が(金2、銀1、銅1)を獲得。(しかし当時の孫、南を韓国として
カウントするかは個々で意見がわかれるでしょうが。)
五輪・世界陸上の夏マラソンと都市方賞金レースの冬マラソンは別の「最強」論になるだろう。
>>517 >>518 アベベやマモの他にも東京五輪でデミシェが10位、メキシコ五輪でゲブルが6位に入っている。
ネディはモスクワ五輪7位。世界大会で活躍できなかった名ランナーはメコネンでしたね。
>>516 バルチャはアベベの再来なんて言われるくらい風貌が似ていた。83東京国際は大きなアフロヘアで走ってた。
バルチャの戦歴で輝かしいのは第一回世界陸上銀メダルだろう。キャステラと競っていたところ
肝心のキャステラスパートの映像をCMを入れていて台なしだったのを覚えている。
521 :
ゼッケン744さん@ラストコール:2007/02/07(水) 16:54:08
重要な場面を台無しにされた日にゃ、そのCMの商品なんぞ
金輪際買ってやるものか!!・・と八つ当たりしたくなります
勝負どころでコマーシャルって・・・
522 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/07(水) 17:20:31
>>520 既出だがバルチャが世界的に知られるようになったのは79年のモントリオール
国際で優勝した時から。そのときの2位はチェトル(豪)でタイムも当時としては
まずまずの2.11.35くらいだった。何故その勝利が注目されたかというと79年のボストン
で瀬古を一蹴して2.09.27の好タイム(歴代4位)を出した当時最強のロジャースを
下したからである。もっともロジャースは13位に沈んでおり、78年福岡での惨敗と
あいまってモスクワの下馬評では低い評価を受けることとなった。またモントリオール
で優勝したときのインタビューでバルチャは「ネディの方が強い」と言っていた。
そのこともあってモスクワボイコット前の80年正月の新聞でバルチャ、ネディの
エチオピアコンビはロジャースやモセイエフ等ソ連勢をさしおいて瀬古のライバル
として大きく紹介されていた。しかしモスクワ本番は失速。ネディが日本初参戦は
81年の東京読売マラソンだがスタジアムに入った段階で喜多等と並んでいたが、
トラックでおいていかれた。
523 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/07(水) 17:35:49
>>519 88年の全盛期のメコネンにソウル五輪を走らせてあげたかった
>>522 ケベデ・バルチャは83年あたりまではしぶとい走りを披露していたが、
85年W杯広島で中山、サラについて行き、失速。同年福岡国際も伊藤国光に果敢について行って
自滅し惨敗していた。
無知で申し訳ないんだが、90年代前半にいた沖電気のトーマス・オサノはマラソンを走ったのでしょうか?
526 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/07(水) 20:43:00
ここで過剰に油谷を持ち上げている人間では私はないのだが、
オリンピックの国内選考会をサボっておきながら他に選考会を設けろっていうのは、筋が違うものだと私は思うのだがね。
ましてやそのような人物が最強と奉られているのは、今後の日本陸上会にとってよろしくない事だと私は思う。
したがって、
私は最強ランナーとして、中山竹通さんを推したいと思います。
527 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/07(水) 21:02:15
>>526 あそこで瀬古が潔く辞退してればよかったような気もする。
当時の陸連なんて1人をのぞいて全員“早稲田”だったからね。
どうしても瀬古を代表にしたい心情がよくわかった。
びわ湖で優勝したときは相手らしき相手がいなかったし、
後半失速してもがく姿はいまの高橋尚子のようだったな。
528 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/07(水) 21:08:51
史上最強ランナーって世界的にはアベベ、国内限定で中山にきまってんだろ。
529 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/07(水) 21:10:10
ロペスもいれてくれ
530 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/07(水) 21:41:49
世界的マラソンランナーとは当時世界記録から1、2分程度以内の記録と
2大会連続で五輪でのハイレベルな成績を残している選手のことかな。
長きに渡ってマラソンランナーとして活躍するのはとても難しい。
該当はアベベが別格、ショーター>マモ、リスモン>中山ってとこだろ。
ただしこの基準は現在の高速化したマラソンでは不可能だな。
長きに渡ってトラック、マラソンで国際的活躍をした選手と基準を緩めればよいが、
そうすると、ザトペック、ロペス、などが該当するからそれでいいだろ。
このスレ、いつも覗かせて貰ってます。陸上かじった程度の
若い人には、とても太刀打ち出来ないと思います。
532 :
ゼッケン744さん@ラストコール:2007/02/07(水) 21:53:35
スペインのフィスも入れて欲しいな。
かっこよかったし
>>526-527 それは瀬古の問題というより陸連の問題だと思う。
陸連が最初に内示した通り福岡一発勝負の筋を通さなかったのが問題だし、
東京とびわ湖の2レースも選考対象にしておいたのも問題。福岡で敗れた谷口浩美も
東京で再チャレンジしている。しかし陸連がどう考えていようと選手にとって
チャンスが与えられればそれにチャレンジしていくのは必然の事。
優勝はしたもののびわ湖の瀬古の走りは全盛期から程遠く瀬古時代の終焉を告げるマラソンであった。
534 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/07(水) 22:41:52
これも既出だと思うが東京オリンピックの聖火ランナー坂井義則氏(当時早大:
ベスト400m 47.4, 高校時代のベスト48.4.原爆の1時間後に三次で生まれたこと
でも有名)はその後フジテレビに就職し、81年のフジサンケイ東京マラソンの
担当プロデューサーであった。今はスポーツ部専任部長らしい。坂井氏は当時
19歳になったばかりだったが日本記録まで0.2秒だった自己記録を更新できなかった。
最終聖火ランナーとしてはシドニーのときのキャシー・フリーマンのように
現役ばりばりも、アトランタのときのモハメド・アリのような過去の有名人も
いるが坂井氏のような若手の期待ランナーも時々選ばれる。その中で1956年の
メルボルンでのロン・クラークが出色。その後順調に育ち5000,10000で一頭地
抜いた世界記録を樹立した。直前に世界記録を作った東京では10000で銅、
マラソンではハイペースを演出し、途中まで3位を走っていた。その後65,66年
に(ほぼ日本記録と同等で72年まで世界記録になる)生涯ベストを記録。しかし
2年後のメキシコでは、南半球のハンディと高地の薄い空気、さらに乏しいキック
力のせいで惨敗。結局無冠に終わった。因みに全盛期のクラークに沢木啓祐は
勝ったことがある(1966年、13.36.2。この試合ではチェニジアのガムーディにも
勝っている)。
535 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/07(水) 22:59:37
>>534 フジサンケイマラソンで日本人トップの阪本峰照にカメラをあわせた
のは坂井氏の判断だった。そのときは味なことをやると思ったが、その後の
演出過剰で日本人重視の報道のさきがけを作ったのが彼であると思うと功罪
相半ばするところがある。NHKはそんな馬鹿な報道はしなかった。77年の福岡
でも日本人トップだった瀬古のことはスタジアムに入るまで殆ど触れられて
いなかった。
NHKは1987年の福岡国際マラソンの中継ではスタートからゴールまで
延々と中山竹通だけにカメラをあわせ2時間以上中山だけをブラウン管に
流し続けた。
>>533 87福岡の前、2月の東京で中山が谷口に負けてますね。
あのレースは谷口がまさって勝ったのではなく、中山の故障、レースでの集中力のなさ、コース間違えと
挙げればキリがないが谷口は勝ってしまったおかげで五輪代表の座を逃したように思える。
中山に勝ったことで、代表選考会は剥きにその中山のハイペースに挑み、寒さで痙攣を起こした。
結局日本人4位で沈没したが、中山を置いて2位確保の走りができたら新宅の上になったと思えた。
勝負だから本人は中山に挑んで敗れて、すっきりしていたのだろうけどね。
今はケニヤを含めたアフリカンがマラソン勢力図を占めているのは誰もが承知した事実だろう。
しかし昔(70-80年代)は逆にソビエト、東ドイツを含めた東欧のドーピング&英才教育の驚異があった。
トラックやフィールドでは顕著に現れていた。
ことマラソンは影響が少なく思えるが、やはりチェルピンスキーなどの活躍の仕方をみれば無関係とは言えなかった。
東欧の国家ぐるみでの選手育成は今ではあまり理解しにくい事柄なのかもしれないが。
>>537 谷口は福岡で敗れたあと、一発逆転を賭けて2月の東京国際に出場したが
五輪切符ならず。福岡で敗れたランナーは3月のびわ湖毎日で五輪切符を
狙い再度挑戦するかと思ったがそういうランナーはほとんどいなかった。
>>534 クラークは東京五輪で1万、マラソンの戦績はよく紹介されたり、話題になるが、5千も出場している。
決勝で中盤引っ張り、金を目指したが伏兵のロバート・シュール(アメリカ)に置いていかれる。
シュールは13分48秒で優勝。クラークは13分58秒で7位と入賞をも逸している。
クラークはザトペックやビレン、ゴメスなどと同じく同一大会で5千、1万、マラソンと出場している。
>>540 オーストラリアはクラーク、クレイトン、キャステラ、モネゲッティと
五輪優勝候補に挙がるも事ごとく勝てなかったですね。
>>540 たしか東京5000の銅メダリストがアメリカのデリンジャーだと思いますが。
デリンジャーはあのサラザールを育てた名コーチとして有名。
当時5000でアメリカ勢が2つメダル獲得したのは驚きだったようですね。
>>534 沢木啓祐さんの競技ハイライトは67年(昭和42年)の東京ユニバーシアードで
5千、1万で2種目制覇したものと聞きました。大変盛り上がったらしいですね。
>>536 あのレースは第三集団まで20kmで1時間を切った。
吐く息真っ白、あまりの寒さで今なら大概のランナーがアームウォーマーつける天候だろう。
>>544 しかしサイモン(タンザニア)はあの天候で14分30秒なんて飛びだししたんだろうかな?
546 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/08(木) 01:39:17
サイモンて噛ませ犬かと思ったらその後、2時間 8分台で走ってなかったかな。
547 :
ゼッケン774さん@ラストコール :2007/02/08(木) 02:12:22
>>546 サイモンは2時間10分38秒がベストだったような。
弟のトーマスやフランシスもマラソン走ってるけど
トーマスは2時間10分08秒、フランシスは2時間9分33秒がベストかな。
548 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/08(木) 04:11:33
>>526 >>527 >>533 瀬古が辞退すればよかったのに、という意見に同意です。
福岡日本人3番手の工藤一良は、実質瀬古への救済措置決定の際も、ソウル五輪メンバー
発表の際も、取り立てて異議申立てをしなかったということで、強く記憶に残っている。
ソウルで瀬古が9位でゴールしたとき、「入賞目標だったら工藤でもいったかもな」という
思いと、「何だかんだ言って瀬古はよく頑張ったよ。お疲れ様」という2つの思いが混じって
すごく複雑な気分になったことを思い出した。
陸連としては、世陸でも結果は残したいから、
「世陸の内定制度は今の方式そのまま」
「世陸の結果如何によって、2枠もしくは3枠を一発勝負で決める」
のがよいのではないかと、思っています。
いろいろ難しいとは思いますが、選考の年は福岡・東京・びわ湖のうち、どれか2つは非開催とすれば、見る側に取ってはこれほど興奮することはないですね。
549 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/08(木) 05:44:34
バルセロナ以降、日本マラソン陣が世界と水を空けられていく。その中でアジアのエースとして君臨するのが
韓国の李鳳柱。五輪銀メダリストで福岡国際、ボストン優勝。東京国際2位。アジア大会金。日本勢が作りたい
実績を李が一身に引き受けて築いていっているとさえ思えた。
後半の粘り強い走りは日本選手がアフリカ勢に戦う上で、身につけて欲しいと思ってみていたのが懐かしい。
>>549 李鳳柱はアトランタの銀メダルのほか、日本のマラソンでもおなじみの選手だな。
日本では福岡で勝ったほか、2位も多数ある。
確かシドニーは優勝候補の一角に上がってたが、転倒した直後に集団がペースアップ。
あの時は他の選手に最も恐れられていたかがわかるエピソード。
今も現役で今年の丸亀も走ってた。(37位、64分1秒)
なんつーか今の彼はオリンピックこそ惨敗したが、プレーイングコーチの実井みたいな感じ。
所で東京を制したこともある清水康次ってびわ湖でるのかな……
今のところ予定にはないみたいだけど……
李鳳柱にはまったく日本勢は敵わなかったイメージがある。
よく話題になるが00年福岡で藤田が勝った時は李に圧勝した。
バルセロナの黄といい、韓国勢は数は少ないがインパクトの強い選手を輩出した。
87年福岡は宗さんによると、旭化成勢は児玉と谷口の位置が逆だったら
どちらかが代表になれたと言ってたよね。
上にもあるけど第三集団も10Kmの通過が29分台で遅くはなかったから、
こっちに谷口が居て後半勝負し、7分台の児玉は第二集団でハイペースで
中山を追えばよかったと言ってた
>>544 各集団(第一、第二、第三集団)がひたすら縦長になっていた。
横列で展開しないレースで異常なハイペースを感じて見ていた。
ペースが早くてデンシモは腕をグルグルとローリングする
腕振りが大きくなっていたなぁ。
中山はバネがあって躍動感があり本当に強かった。
>>553 宗猛さんが第二集団後方で必死についてましたね。フォームがバラバラになっていて無理してペースを
出してる感じでした。
案の定、折り返しまで来なかったですね。
もう宗の時代では全然ないんだなと思いました。
>>552 第3にいた坂口泰、谷口伴之のエスビー勢が7、10位に入ってるから谷口浩美が第3集団で前方を追えば
2位浮上の可能性はあったかもしれない。まぁ、しかし谷口は自重して走る気はなかっただろう。
架橋に入って疲労が見える中山に沿道のおっさんが飛びだしてきて接触した。余計な事するなと思ったよ。
>>555 そのおっさん、公務執行妨害?で現行犯逮捕だったような記憶がある。
中山竹通という男だけを延々2時間映し続け平均視聴率41%というテレビ番組は
テレビ史上にも残る凄い番組。
最初の3区間が連続14分30秒台じゃ誰もつけんだろ。
それも寒さ、雨、風の中で。
中山のスピード持久は図抜けてよ。
でもよく五輪選考会で大胆に飛び出せましたね。14'30なんて実験的にレースしないとだせないラップだと思いますよ。
確かに
マラソンってどんなにハーフやトラックが強い奴でも
15分ペースでも30キロ以降は地獄っていうからな
それ考えると14分30なんて想像つかん
あのレースは7人の侍をはじめとした集団が出来て、
ひとりひとり落ちていくサバイバルを楽しみたかったんだけどな。
強引に用事を断って観戦したら、なんかがっかりだったのを覚えてる。
レース後の中山の話だと、サイモンが見えてきたとき、前にランナーがいたのか?
と思ったそうだから追いかけたというよりも自分のペースだったんだろうね。
そのペースについていった中山の同僚、仙内勇。
でもそういう果敢な競走を続けていたから
2ヵ月後の東京国際で2時間10分台で日本人1位になれたのでは。
いちおう選考会レースで日本人1位でタイムも工藤、瀬古より速かったが
誰ひとりとして代表候補に押し上げなかったね。
ここのスレで取り上げる選手ではありませんが・・・
563 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/08(木) 22:26:59
87福岡では二位が新宅だったから良かったよ、もし2位が工藤で3位が新宅だったら
どうっだったろうね。中山と工藤が決定で、同僚の新宅が未決定だと瀬古も困るだろう。
>>563 その時は陸連のことだから、「1位中山は決定。のこり2人は東京と琵琶湖の
結果を見て決定する。」と言い出すんじゃないかな。
しかし、新宅が着外なら谷口が日本人3位だったわけで、
新宅さえ来なければ、中山、工藤、谷口で決まったのでは・・・
新宅じゃな〜
567 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/08(木) 22:49:19
>>563 陸連の基本方針として、中山と瀬古は決定で後の一人を谷口、新宅、児玉の
中から選ぶ予定だったのだろう。宗兄弟や伊藤は過去の人で工藤や仙内は論外
ということさ。
誰かが言ってたけど五輪では知名度の高い瀬古にマークを集中させ、国際的には
無名の中山に金を狙わせる予定だったらしい。
568 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/08(木) 22:55:02
今思うと、中山、瀬古、谷口がベストの洗濯だったと思う。当時谷口は27歳
油の乗り切ったときだし、夏場の一発勝負に強いから、入賞できたんじゃないか?
>>568 谷口はソウルオリンピックの1ヶ月後の北京マラソンで2:07:40だして
るしね。 もったいなかった。
>>569 谷口はソウル五輪代表があったから
後の東京世界陸上金メダルが獲れたと思う。
北海道走ったり、当時の1流選手で1番
夏マラソン対策に熱心な選手だったな。
女子ではアテネ五輪後に2:19:41の
日本記録出した渋井陽子の例もあるので・・・
瀬古欠場を当時「這ってでも出るべき」とコメントした中山。(後世、自分なら這ってでもでますがね。
の誤解だったらしいが…。)その時、児玉、谷口、伊藤あたりも非公式ながら瀬古批判をしている。
なぜならば真相は、ソウル五輪選考は当初、福岡、東京、びわ湖の3つから選考するはずだった。
しかしエスビーサイドが代表を早く決定したい意向もあり「福岡1本化」を提案。87ボストンの影響もあり
瀬古が最右翼の候補だったのと、陸連の早稲田派閥の力なのか真相は定かではないが、他の候補者がしぶしぶその提案を飲んだ。
(中には一発選考の方が分かりやすいと思っていた者もいるだろうが。)
しかし瀬古の剥離骨折による欠場、1本化から再度変更だったから皆、納得できなかったはずだ。
それだけ当時の陸連は瀬古を何としても代表に送りこみたかったんだろう。
79年、83年福岡は1位通過をきっちり決めた瀬古。しかし晩節は神通力も低下し87年欧州遠征あたりから
衰えが見え始めていた。
びわ湖で勝った時は全盛期とは遠く及ばない凡レースだったが、宗茂は
「どうであれ優勝したのだから(代表は)瀬古ですよ。」とコメントしていたのは印象的だった。
>>570 ×谷口はソウル五輪代表があったから
○谷口はソウル五輪代表落選があったから
びわ湖で瀬古が阿部文明の2時間11分04秒の大会記録を更新していれば
それでも皆を納得させる材料になったがそのタイムさえもクリアできなかった。
>>571 まぁ瀬古には早稲田、陸連ともいろんな意味で借りがあったんだろう。
・中大進学が決定的な瀬古を半ば強引? に勧誘して早稲田が入学させられず瀬古を浪人させる。
・早稲田のイメージアップに貢献。
・全盛期の瀬古を五輪に出場させられなかった。・世界に通用する瀬古ブランド
他にも色々あるだろう。当時の世の中、今よりも浪花節なところがあったからね。
だからといってエスビーの取った行為は賛同できないけどね。
島村アナウンサーの
「中山の20km通過は?」
に対して宇佐美の解説
「ウ〜ム‥ 中山君… …速過ぎる。」
は印象的。
日本記録保持者でソウル五輪代表選考会を迎えた児玉泰介は惨敗。
皮肉にも4年前のロス五輪代表選考会での順位(10位、日本人6位)の方が五輪に近かった。
577 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/09(金) 01:35:45
サイモン、入りの千五が4分13ってアホかよw
サイモン・ロバート・ナーリ選手はその後事故死している。合掌。
中山と瀬古の対決は1勝1敗
初対決はロス五輪の代表選考会だが中山は初マラソン
瀬古 > 中山 なのは明らか
最後はソウル五輪。これはピークの中山と下り坂の瀬古
瀬古 < 中山
せめて瀬古が復活した86年で直接対決を見たかった。
中山もシカゴに出る予定でいたところ、陸連からアジア大会出場の打診で回避した経緯があった。
「これで瀬古さんがシカゴで結果を出さなかったらめちゃくちゃ言いたいことがあります。」
といった中山に対して
「中山君も言いますね。」
とシカゴに飛び立つ空港でコメントした瀬古。
力的に85-86年が両雄の力が均衡していただろう。
>>579 中山はトラックでは瀬古に1回も先着できなかったですね。
あれだな、日本人で今の時代背景として最強論を語るには2時間5分台の記録を持ち、
海外高速レースでゲブルセラシエやケニアと対等に戦って勝たないと
中山、瀬古のように後年語られる事は難しそうだな。
>>581 それ以前に今のような30キロまでラビットが引っ張るレースだと、後年語り継がれる
レースも出来ないだろう。
瀬古のような圧倒的勝率や、中山のように視聴率40%番組を2時間独占なんて
いまでは不可能だろう。 古いよき時代ってとこだね。
583 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/09(金) 11:00:37
人気は マラソン→箱根 になってしまった。
いまでは 油谷より「箱根の神今井」の方が知名度高い。
>>582 同感。
1987年ボストンも世界記録ペースになるのか、牽制してスローになるのか、各誌が展開を予想してた。
そういう楽しみはあったね。今は20km1時間前後で行って〜 と展開が大体わかるからね。
しかし昔のマラソンに戻るわけはないのだし、
ラストに強い日本人ランナーは出てきて欲しい。
わけ分からん無名な奴の飛びだしとかなくなったな。 今のマラソン。
586 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/09(金) 17:29:59
>>585 今では主要なレースは殆ど全てラビットが付いている、だからペースメーカー
より前に飛び出してはいけないという暗黙の掟がある。特に一般参加選手が
その掟を破ってペースを乱すと、次からブラックリストに載せられ大会すら
参加できなくなる可能性すらある。
587 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/09(金) 17:35:14
>>585 25キロ付近でラビットが抜けると、大抵はガクッとペースダウンして興醒めする。
後半潰れることを恐れずに、そこから一気に14分台で飛び出す選手がいてほしい。
たとえその選手が失敗してもレース自体は面白くなるし、良い経験となって次に
つながると思うのだが。
渋井は逆ブラックリストに載ってるんじゃないか?
渋井の出るレースでラビットやりたい選手はいないだろうね。
5Kmで見限られたら仕事ができない。
589 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/09(金) 19:13:21
>>586 ペースメーカーを無視して飛び出して許されるのは、招待選手ら実力者のみ
でもそんな選手は逆にラビットの選手達がいやがってやらなくなるし、他の
選手達もペース乱され迷惑がってしまう。 だからみんなペースメーカーが
外れるまでは冒険をしない。
まー ペースメーカー達も金もらって仕事してるプロなんだから、その仕事を
邪魔されたら嫌だろう。
ところでラビットはそのままゴールまで行っても良いのか?
591 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/09(金) 19:25:47
コリルはラビットだった。
92大阪の小鴨も浅利純子のラビットだったとの噂がある。
どっかのレースで、40kmまでトップ走ってたラビットが、
関係者から無理やり止められたってのがあったような記憶がある。
593 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/09(金) 19:39:06
テルガドが世界新樹立したとき、後半かなりへばってた。しかしコリルはまだ
余裕があったそうだ、でも自分がラビットだからわざとペースを落として1秒差
で2位にゴールした。
小鴨はラビットのくせに優勝したが、おかげで浅利を溺愛する鈴木監督から冷遇され、バルセロナ惨敗し退職
した。
594 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/09(金) 20:02:06
>>581 大阪世界陸上で金メダルをとればよいのです。
今や海外レースなど無価値ですよ。
>>592 2004年別大のラマダーニ(タンザニア)
>>595 それだ。ありがと。ラビットでも、最後まで、走らせればいいのに。
と、かなり頭に来た記憶があった。
>>590 ラビットはオールスター運動会でのお笑い芸人の役どころなので。
勝ったらペースメーカーの仕事が無くなる。
フルに走るより20キロ、30キロなら毎週のように走れるから
ラビット稼業に身を染めるのもいる。
ペースメーカーをつけて走らせれば瀬古が相当に強い。
しかし中山にペースメーカーをつけても中山には意味が無い。
ペースメーカーの後ろについて42.195`を走って最後に勝つ事を仕事にしていた瀬古。
しかしダイエーの“走る広告塔”になるのが仕事の中山はペースメーカーの後ろに
ついていればダイエーのオレンジのランニングが画面から見えなくなるので
常に先頭を走らなければならない。マラソンに勝つ事では無く、ダイエーのランニングを着て
2時間テレビを独占するのが中山の仕事であった。
599 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/09(金) 21:55:22
>>598 とても的を得ているように思う。
だから二人ともマラソンのプロというより、
瀬古は「勝利」に対するプロ(何が何でも勝たなければならない男)、
中山は「仕事」に対するプロ(企業マラソンの価値、意義を知る男)、
かもしれないな。
2人とも、プロ的なマラソンランナーだった。
600 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/09(金) 22:12:17
話は違うが瀬古が全盛の頃、エスビーは胸ロゴに「SB」のデカい文字つけて走っていたのが印象的だった。
ダイエーの文字もインパクトがあった。
まだ企業ロゴの大きさに制限のない時代。
それはそれは目立っていました。
瀬古・中山の時代は国民の男子マラソンに対する注目度が
今とは天と地ほどの違いがあったからね。
今の男子日本人ランナーでは世間に通用する選手がいない、広告価値がある
選手がいない。スター選手が出ないとマラソン人気は沈下したままだ。
瀬古・中山は一般人でも知らない人はほとんどいなかった。
質問。
瀬古さんや中山さんと、Qちゃんではどちらが注目度は高かったですか?
小学生の頃、マラソン中継見てる親に必ず
「今日、瀬古出てるの?」と聞いてたなぁ。
当時マラソンなんてよくわからなかったが瀬古の名前と存在はしっかり知っていたよ。
そんな国民的知名度だったね。
>>602 注目度は高橋尚子じゃないかな。視聴率は古き良き時代の瀬古・中山時代
だけど。瀬古はロス五輪が痛かった。中山は瀬古ほどの期待はなかった。
>>602 五輪における金メダル期待度は ソウル時の中山よりロス時の瀬古の方が上だっただろう。
まず日本はモスクワが不参加だったから8年ぶりの五輪観戦。国民の五輪に賭ける期待感が今以上だった。
瀬古の戦歴がマラソン5連勝中だったから負けることが信じられない感もあった。
高橋尚子のシドニー時と瀬古のロス時は同じか、やはり瀬古が上だったと思う。
高橋はケガもあって崖っ淵で五輪代表に間に合ったが、瀬古は死角なしだったからね。
83年福岡のラストのスプリントを見たら五輪もラスト勝負で勝ってくれると誰も思っただろう。
>>600 その瀬古のSBの赤いランニングに強い憧れを抱いていたのが新庄剛志少年。
後年の新庄剛志選手が赤いリストバンドを愛用していたのも瀬古の影響。
また佐久長聖高校のランニングがオレンジ色なのはダイエー中山のランニングを模したもの。
佐久長聖の両角速監督が一時期ダイエーに所属していた事もあるが。
>>602 注目度は、瀬古>高橋尚子>中山 だろう。
しかし中山には、反逆児、一匹狼、下克上 といった反体制的なイメージがあり
当時の国民の魂を刺激した。
野口はどうだろう。
>>605 だから世界大会で期待を裏切られ続けてきた親父世代は91年世陸の谷口が金を獲ったのと
シドニーの高橋金は嬉しかったよ。
野口の期待感は中山より下だったと思う。
中山は87福岡の勝ちっぷりと87年世界ランク1位、
そしてソウルのコースが4回目になるプラス材料があったから。
>>608 野口は実力はあるけど注目度では今は比較にならないな。
91世界陸上の日本テレビの番組欄には「エース中山か暑さの谷口か」とでていたが、
結果、中山途中棄権、谷口金メダルでエース交代がなされたマラソンであった。
以降谷口が日本男子マラソン界のエースとなった。
プレッシャーに弱い日本選手は多分モスクワ五輪でも金メダル獲得は
難しかったのではないだろうか。
>>607 1991年別府大分毎日マラソンで中山が森下の背中をたたいてスパートを促した場面は
日本マラソン史上でも名場面の一つであるが、その瞬間、中山からオーラが消えたのも事実。
>>613 当時は瀬古が負けるなんて発想は全く無かったなwww。気候が涼しいモスクワだから
瀬古と宗兄弟で金銀銅独占するだろうとも思っていた。
>>613 モスクワ五輪出てたら間違いなく瀬古優勝と断言しても良いぐらい
圧倒的に強かったのは間違いないよ。
617 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/09(金) 23:39:05
日本の夏は世界一過酷といわれているのに
何で夏の五輪マラソンで弱いのかな?
もっとも冬にやっても勝てる可能性はないけどさ(´;ω;`)ブワッ
>>616 それどころか、宗兄弟とメダル独占でしょうね。
モスクワはチェルピンスキーは別として3、4、5位に入ったジュマナザロフ、コトフ、モセーエフは普通に
瀬古、宗兄弟が走っていたら格下だけに負ける相手ではなかった。
問題は当時最強国の米、英がどれだけ瀬古、宗兄弟に抵抗できるかだろう。
当時の五輪レースは無名の躍進、番狂わせは少なかったと思う。
620 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/10(土) 00:21:03
>>619 モスクワのチェルピンスキのラスト2.195は6分10秒台だろう。瀬古でも勝てなかったよ。
ていうか、場所がソ連の首都だよ!KGBでも使って意地でも同じ共産圏の東ドイツのチェルピンスキ
に勝たせるよ。
621 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/10(土) 00:27:02
>>612 中山と谷口は3.5ヶ月しか年が違わないよ。だから如何に谷口が大器晩成型だったか!
80年モスクワのチェルピンスキーも35kmでスパートし40qまでを14:48、最後の2.195kmを6分28秒で走り優勝。
76年モントリオールのチェルピンスキーのラスト2.195の6分13秒は過去のあらゆるマラソンレースを通じて
最高水準のスプリットタイム。このスプリットをオリンピックで出すのだから驚異的である。
瀬古といえどもモスクワのチェルピンスキーには35キロ以降負けるだろう。
チェルピンスキーは83世界陸上でも銅メダルとってたよね。もし東ドイツが
ボイコットせずにロスに出てたらメダル取ってたかもしれない。
大舞台で実力以上のものを発揮する選手だね。
ワイナイナ、エゴロワ、有森 あたりもそうだね。その逆が瀬古。
というか84のロスをなんかの事件が起きて出場できなかったとしたら
このスレで絶対優勝できたなんて言われてただろうなw
年齢や経験、マラソン成績を考えるとまさに最絶頂期だから
そのうえロスは日本の夏より涼しいから問題ないとか言われちゃったり
まあそういう妄想をするのが楽しいスレなんだけどね
瀬古のマラソン人生でもっとも日の出の勢いで乗りに乗っていた時のソ連のアフガニスタン侵攻は
瀬古にとっては人生最大の不運。モスクワ五輪ボイコットに対する国民の期待と重圧がロス五輪直前の
無茶な練習をさせたと思う。
ロス五輪での瀬古の帽子に瀬古異変を感じたのは私だけであろうか?
627 :
ゼッケン774さん@ラストコール:2007/02/10(土) 01:12:32
モスクワ前年にプレ五輪ってのがあって宗兄弟が銀銅をとっていたな。
金は地元期待のモイセーエフで、競技場勝負でモイセーエフを宗兄弟がほれほれ!って煽っているようにみえたよ。
前哨戦だから花持たしといてやるよってかんじで、こりゃ本番で本気だせば瀬古とあわせてメダル独占かたいな、って思わせてくれたよ。
お前等何歳だよw
爺杉w