【wktk】韓国経済ワクテカスレ 226won【朝鮮特急ゼネスト逝き】

このエントリーをはてなブックマークに追加
477日出づる処の名無し
>>470の続き
キム・デジュンの影響力を除去するために国内用決議案必要

キム・デジュンは国家の的だ。 彼はノ・ムヒョンに続き現政府に向かって戦おうとした。 現政府を転覆させる
ために、国民全員が行動する良心になろうと扇動した。 現政府は国家安保を最も威嚇するキム・デジュンの
影響力を速く除去しなければならないだろう。 キム・デジュンの影響力と彼が運営する資金源を凍結し、組織を
除去するために国内用UN決議案を作り、キム・ジョンイルとキム・デジュンを同時に圧迫しなければならない
だろう。

個性企業らも愛国一回ぐらいはしてこそ

開城工業団地に未練を置いてはならない。 私たちはキム・ジョンイルに入る1ドルを封じ込めるために
1,000,000ドルの封鎖費用の覚悟をしなければならない時点にある。 開城工業団地は、今回の国連決議案に
事実上背く。 そして今回の6.11日の2次会談を見ると公団が維持されるのは間違いだった。 北朝鮮は
今抑留されているユ氏の人質の値段として5億ドルをくれと言う。 政府は交渉をしようとする姿勢を取っているが、
そうしてはいけない。 ただ1ドルもならない。 個性企業ら一日も早く開城から撤収しなければならないだろう。
それにともなう損害は愛国への寄付と考えなければならないだろう。 あなた方も愛国心を一度はしなければ
ならないことではないのか?

キム・デジュン実体要約(チ・マンウォン システムクラブ代表)
キム・デジュンの出生

キム・デジュンは1926年生まれになっているが1924年生まれという主張が多い。 いわゆる“キム・デジュンの
出生秘密”には生年月日とお父さんの姓氏に対しても不明だという疑惑が入っている。 1980.5.18日付
京郷新聞に現れた出生秘密は下と同じだ:

キム・デジュンの生母は、「報道女性(71年5月9日死亡)」、1911年、諸葛成鳥と結婚して死別し、1920年に
ユン・チャンオンの三番目の妾で入籍したがやはり死別した。 その後に夫諸葛成鳥の実兄の小姑諸葛盛服の
助けで酒屋を経営し、キム・デジュンを身ごもった状態で、全南(チョンナム)、新安郡(シナングン)、
荷衣面(ハイミョン)後光リに住むキム・ウンシクの妾に入り、1924年11月16日全南(チョンナム)、
新安郡(シナングン)、荷衣島(ハイド)でキム・デジュンを産んだ。
(2/6)続きます。