ハレット・アベンド記者
12月16日、南京発(米砲艦オアフ号より無線、AP)。
日本側は、在南京のアメリカ人、ドイツ人の主唱によって成立した安全区に砲爆撃をしないよう努めてきた。
一〇万以上の中国人が地内に避難した。
『南京事件資料集1 アメリカ関係資料編』 P416
ハレット・アベンド
≪ニューヨーク・タイムズ≫特電
一月三十一日、月曜日、上海発。
南京から日本側への報告は、南京の情況はそこにいない者の理解を超えるほど困難であることを示している。
新聞、ラジオその他すべての外界の事業から切り離され、真夏には人口一〇〇万以上であった町は荒廃し、
いまや残っている中国人は二〇万人に満たない。中国人の多くは一文無しで、救済に頼っている。
『南京事件資料集1 アメリカ関係資料編』
ハレット・アベンド
≪ニューヨーク・タイムズ≫特電。十二月十二日、日曜日、南京発。
南京の安全区委員会は金曜日に日中双方に向け、委員会が三〇万の市民に避難所を設け、
かつ安全区内からの中国側軍事物資の完全撤去を行うために三日間の停戦をするように求める、哀れなほど空しい提案を行った。
『南京事件資料集1 アメリカ関係資料編』 P403
『ニューヨーク・タイムズ』1937年12月17日
「日本軍、三路に分かれ中国軍前線に進撃中」
ハレット・アベンド 12月16日、南京発(米砲艦オアフ号より無線、AP)。
日本側は、在南京のアメリカ人、ドイツ人の主唱によって成立した安全区に砲爆撃をしないよう努めてきた。
一〇万以上の中国人が地内に避難した。
『南京事件資料集1 アメリカ関係資料編』 P416
『ニューヨーク・タイムズ』1938年1月31日
「南京の無秩序、収束中との報」
ハレット・アベンド
≪ニューヨーク・タイムズ≫特電一月三十一日、月曜日、上海発。
南京から日本側への報告は、南京の情況はそこにいない者の理解を超えるほど困難であることを示している。
新聞、ラジオその他すべての外界の事業から切り離され、真夏には人口一〇〇万以上であった町は荒廃し、
いまや残っている中国人は二〇万人に満たない。中国人の多くは一文無しで、救済に頼っている。
『南京事件資料集1 アメリカ関係資料編』