>>923 日米諒解案(ハルノートに満州認知を書いたようなもの)を蹴ったのは日本でもあるし
【資料6-1】日米諒解案(1941.4.16)
[前略]
米国合衆国か左記条件を容認し且日本国政府か之を保証したるときは米国大統領は之に依り蒋政権に対し和平の勧告を為すへし
A支那の独立
B日支間に成立すへき協定に基く日本国軍隊の支那領土撤退
(以下、経済的独占の解除などに関する条件)
F満州国の承認
[後略]
↓
日 日本は蹴る
↓
日 仏印進駐
↓
米 ハルノート
↓
日 日本は特に相手ともせず太平洋戦争突入
日本は急ぎ時だったんだよ。
下手に時間ばかり過ぎたら悪くなり、急げばチャンスと捉えていた。
逆に言えばあと半年後なら、ハルノートを双方真面目に話し合うかもね。
927 :
abc:04/06/23 08:19 ID:y+CQNbFD
>>926 あと半年後なら、ハルノートを双方真面目に話し合うかもね
亜米利加(ルーズベルト)の目的は欧州戦線への参戦です。
そしてハルのノートの目的は米独対立が実現したら余剰の兵力を当方戦線
に回し、極東への勢力拡大というか満州朝鮮侵略であったのです。
928 :
abc:04/06/23 08:31 ID:y+CQNbFD
>927 補遺
だから早急に欧州戦線に参戦したい米国は半年も参戦を待つということはできなかったわけで
ハルのノートがもし受諾されたら、日系米人の更なる圧政で日本人の
怒りを油に火を注ぐ様にあおったでしょうな。
コピペ】
41年11月26日、ハル国務長官が提示したハル・ノー
トであった。
このノートで米政府は
・ 中国、仏領インドシナからの日本軍の全面撤退
・ 蒋介石国民党政府以外の政府の否認
・ 日独伊三国同盟の死文化
などを要求した。これを最後通告と解釈した日本は、翌日、米
国との交渉の打ち切りを決定した。
実際には、ハル国務長官は90日間の停戦を骨子とする緩やか
な妥協案を作成していたのだが、ルーズベルトは、財務次官ハリ
ー・デクスター・ホワイトが41年6月に作成していた対日強硬提
案の方を採用した。
続く
929 :
abc:04/06/23 08:36 ID:y+CQNbFD
>>928 続き
今回のVENONA資料では、このホワイトも、ソ連に米国政
府の極秘情報を通報したり、現金をもらっていた事を示しており、
カリー補佐官と同様、ソ連のスパイであることが判明した。
さらに当時のソ連人民内務委員部の工作員だったパブロフが41
年5月にワシントンでホワイトと密会し、日本と米国が交戦する
よう仕向ける外交案の作成を要請していたことが、ソ連崩壊後の
同氏の回顧録で明らかになった。
パブロフによると、ホワイトに与えた指示書では、日本軍の中
国および満州からの完全撤退要求など日本側が到底受け入れられ
ない内容を含んでおり、ほぼハル・ノートと同じ内容になってい
る。ホワイトが試案を作成したのはその翌月で、パブロフの指示
を忠実に守ったことをうかがわせている。
さらに、ホワイトは41年に成立したソ連と中国への米軍事支援
を合法化した武器貸与法を強く推進したことがわかっている。
ホワイトは、カリー補佐官と同様、エリザベス・ベントレーら
による告発で米下院・非アメリカ活動委員会に召喚されたが、ス
パイ容疑を否定したあと、3日後に心臓まひで死亡している。ホ
ワイトの直接の部下だったコーら二人の財務省高官も同様のスパ
イ容疑をかけられたあと、中国に亡命し、そこで客死した。[5]
「Japan On the Globe(116) 国際派日本人養成講座」よる参照
930 :
名無し:04/06/23 10:03 ID:yrfHpvr6
>929:正しい。大東亜戦争はソ連が西部戦線に対応するため、東部の
日本軍を南下させるべく、支那軍閥(蒋介石と毛沢東)と米のルーズベルト
政権を使って日本を攻撃させた戦争だ。その証拠に蒋介石には3億ドルという
巨額な軍事援助を上海事変勃発の月にしている。ルーズベルト政権には
ベリヤの手下がスパイを多数送りこんでいた。その成果が日米会談を
破壊したハルノートだ。
日米諒解案を蹴った松岡も共産の手先扱いされそうだな。
もっとも東条などを含めて共産の手先扱いし売国奴と認定する奴もいるほどだが。
ちなみにハルノートには受諾期限もなければ、無視するだけでも過ごせる罠。
しかし半年後には日本はチャンスはもはやないと認定するかもな。
その間話し合いで日米諒解案をそのまま復活させることも可能。
連合国は日本がガシガシ侵攻している時に、
オーストラリア軍を欧州にもっていってしまうほど。
交渉の余地はまだまだ十分あった。
933 :
abc:04/06/23 12:54 ID:y+CQNbFD
>>932 オーストラリア軍を欧州にもっていってしまうほど
それほど欧州戦線は緊迫していた。だから米尾国は押っ取り刀で駆けつけたかった。
そしてその罠にヒトラーは嵌らなかったが日本はリメンバー謀略にもろくも引っかかった。
亜米利加も日本も半年待てばという悠長な時間はなかった。
>>933 それは主にドイツの快進撃によるものであった。
英ソの危機感は最高潮になり、逆に言えば日本にとってはチャンス。
しかし半年後には世界の今後の見通しも立ちやすい。
まぁ「引っかかった」ってのは、餌に釣られたってわけで、追い詰められた消極性からではなく、
「悠長な時間はなかった」というのも急ぎ時だったということだが。
935 :
日出づる処の名無し:04/06/23 21:02 ID:EzPjzekP
>>915 ほー、A級戦犯になるべきモノは他にいたわけか。
936 :
abc:04/06/23 22:51 ID:SZHL1YbL
>>935 >
>>915 > ほー、A級戦犯になるべきモノは他にいたわけか。
近衛文麿と東条英機は天皇陛下の言葉から日米開戦を
好まれていないと言うのを感じ取りあらゆる手だてを講じて
日米開戦をさける方向に持っていこうとしたそうだ。
A級戦犯=平和に対する罪ということからすると之はどう
考えてもルーズベルトですな。間違いない。
937 :
日出づる処の名無し:04/06/24 08:11 ID:+KM5javM
>>936 結局戦犯なんていうモノは戦勝国によるリンチの生け贄だったわけだね。
敵国・敵国人のみに適用する法というのは、別に珍しくもない罠
法のもとの平等などを考えるのは戦後の平和教育の賜物だろ
939 :
日出づる処の名無し:04/06/24 09:16 ID:0h3DlLnu
>936
そもそもが
東条内閣自体が軍隊を押さえ込ませる為に
造られた訳で。
何故か開戦準備内閣と言うことになっている
のは大いなる誤解である。
東条は確かに軍を抑えると期待されて就いた面もあるが、
東条を含む統制派がどんどん戦争準備を進めたので、結局戦争準備内閣になってしまった。
日中和平交渉を潰し(ドイツ仲介。満州ありで交渉は妥結に向かっていた)、
外地の特演や内地の編成替えとして開戦軍備を進め、
日米諒解案も潰し、対米交渉即時打ち切りを近衛に強く迫った態度のまま対米戦を迎える。
戦争準備には憲兵を様々に使い軍人以外を押さえつけたことも含まれ
(そもそも憲兵は軍人などを監視するもので、民間人への関与は著しく制限されていた存在だった)、
または推薦選挙を確立し、まさに独裁というか統制派の時代を築いた。
これは悪いとも言えず、たとえば日本が勝っていたら「さすがは東条さん。」というだけの話しだが、
御前会議の発言などを取り上げ東条を平和思考と思うなど、実に馬鹿馬鹿しい話しだ。
ちなみにこのときの日中和平交渉以前にも日中和平交渉はあり、
そのときもかなり話は妥結に向かっていたが(もちろん満州あり)、
これも統制派の誰かが(ちょっと忘れた)どうしても賠償金を含めると言い出して、
結局決裂してしまった。
その後の東条らによる和平交渉つぶしの理由は
「(すでに中国進出したあとの)英霊に申し訳が立たない」
というものであるが、これは英霊云々ではなく、
対米戦争するから中国は交渉せずとも良いと考えただけだろう。
「日本は世界に追い詰められて仕方なく・満州を取り上げられるから仕方なく」
「中国進出は、満州へちょっかい出してくる相手が悪いのだから仕方なく」
などと言うのは、当時ならまだしも、これだけ資料が出てきた今では信じる必要もない。
尤も、だから戦争ありきの統制派が悪いとばかりもいえない。
なぜなら問題を一挙に解決し、日本権益をさらに拡大するという意味において戦争も悪くはなく、
また当時はアメリカやの実力やドイツの限界など、ある程度分析できていたとしても、
なかなか信じられない時代でもあったのだから。
アメリカの国力は100倍ですと言っても、「それは計算がおかしい」と思うのが当然の時代でもあった。
しかし「戦争を嫌った」というのは、統制派においては全くあてはならない。
アメリカやソ連の資料も豊富に出回っているのに何故無視するのかね。
あの時代に世界を覆っていた共産主義を除外したら、
見当違いの歴史観にしかならないだろうに。
ちなみに世界を覆っていた共産主義論を取り込み、
東条は共産主義の手先論もあるようだが、それはこのスレでは刺激が強すぎるだろう
(無理な面も多いし)
すべての人間が善人であれば共産主義も成り立つんだがな。
945 :
日出づる処の名無し:04/06/27 00:25 ID:R5aBdomT
>>944 昔の日本の「助け合い」こそユートピア。
946 :
日出づる処の名無し:04/06/27 00:39 ID:lB1pY2F2
國には徴兵と戦死に対して責任があるから,
当然國の責任者か代表者が鎮魂の意を表するべきと考える.
総理大臣が聖教分離でだめなら,天皇がやればよい.
もともと神官だから問題なし.
947 :
日出づる処の名無し:04/06/27 01:17 ID:AbSVPP8n
でもよかったよな。
満州で日本が権益を得てなければ、
今ごろ、中国や朝鮮他のアジア諸国のように、
白人どもに国ごとか一部を属領とされ国民までも売買対象にされるところだった。
植民地を得ていた列強がブロック経済を敷いかず且つ資本主義経済が成り立っていたら、
日本も貿易で戦争無くして繁栄できていたかもしれない。
まぁ、ゆめ物語だけどなw
948 :
日出づる処の名無し:04/06/27 01:32 ID:GfrXv59H
日中和平なんて一枚岩として国家として体をなしてなかった中国を相手に、
成立するはずもなかったとよく言われている事だが、大日本帝国の首脳部がその事を知るのが
遅すぎたのだろう。
だから机上の空論で交渉するべきだという人と、「中国に強硬派を抑えるだけの影響力のある人が存在しない」
という正確な分析により迅速に事態の収拾を図ろうとする人が分かれたのだろう。
中国がまとまっていれば交渉する余地もあっただろうけど、あのような有色人種の国のみを
植民地とする事がまかり通る秩序は少なくともアジアにおいて許容出来なかったであろう
大日本帝国と欧米の覇権の衝突は避けられなかった事じゃないかな。
>>947 満州は軍の功績宣伝で凄く言われたが、実態はたいしたことないよ。
むしろ満州と中国の負担は日本経済を脅かし、磨耗させている段階だった。
尤も、満州も南洋も投資は頑張っていたので、
戦争を抜きにして何年も我慢すれば、植民地の利益で潤うということはできるし、
そこまでいかなくとも日本は食糧自給さえ出来ない国だったので、腹を満たすことはできたかもな。
951 :
日出づる処の名無し:04/06/27 01:48 ID:a7INj6x8
>>948 まあな、毎回中国側の暴走で和平がオジャンになったからな。
当時中国大陸が複数の列強の軍隊の進駐を含む干渉を受けていたことは、
中国政府のまとまりのなさに対する責任問題でもある。
当時は日本も中国の力無き政府を払拭しより統率のとれる政府を樹立しようと色々努力したみたいだけど、
これも結局目先の利益自己保身に躍起になっていた既存の統率力無き中国国民党員に反対されて終わっている。
>>951 暴走や謀略というなら、国民党じゃなくて共産党のことだろ。
日本政府も国民党と協力・交渉しようとしてる。
もっとも共産党を追い詰めてた国民党を攻撃しだして、共産党を救ったという面もあるので、
それが東条の胡散臭さの一つとも言われているのだが。
共産主義に嫌悪感を抱く人間が多いので、所謂戦犯とされているなかで
代表的な人物である東條を共産主義のシンパに仕立て上げようというのが最近の傾向。
東条が共産のシンパになってもらって困るのは共産主義者だろ
普通の人にとっては
・東条は共産主義者らに騙されていた→戦争擁護
・東条は共産主義者どもも取り込んでいた→大義の向上
・東条が私利私欲で日本を惨禍に引きずり込んだ元凶→責任転嫁
いずれも、どうしても共産主義のシンパで困るという理由になってない
>普通の人にとっては
>・東条は共産主義者らに騙されていた→戦争擁護
>・東条は共産主義者どもも取り込んでいた→大義の向上
>・東条が私利私欲で日本を惨禍に引きずり込んだ元凶→責任転嫁
今までそんな書き方はしていなかっただろ。
リベラルを装って、斜陽の激しいあからさまな共産主義を出しに
前大戦の象徴的な人物を貶めようとする意図もある。
今更、共産党以外で自分達が共産主義を信奉していることを前面に出す左翼がいるか。
名目だけの共産主義者などを利用しても自分達に害はないと。
このスレは戦犯分祀問題なるものを扱うスレだ。だから評価が高まらないように必死になってんじゃないのか。
>>955 今までというか、騙された以外は、
一部でそういうことを言われだしたのは最近じゃないのか?
それに現在の斜陽は関係ないだろ。当時の威力を言われてるわけで。
下から3行目以降も意味不明。
東条のブレーンに隠れ共産主義者が居たり、共産主義者の手先が紛れ込んでいたとして、
一番困るのはなんと言っても共産党。
「平和を愛する共産党は弾圧され」なんてのが言えないからな。
その程度で下がるような東条の評価なら、もとから東亜の大義なんてのもたいしたことねーだろ。
それに、「騙された」などの共産主義者の陰謀説については
戦争擁護・戦犯擁護などに良く使われてきたと思うが、
「騙された」は馬鹿でも被害者っぽいから良くて、
「混じってた」は任意で馬鹿ではなさそうだが、
被害者っぽくなくて擁護に適さないから駄目ってか。
「騙された」は実によく言われるが、評価を下げず、
「混じってた」は最近言われるが、評価を下げるってかあ。
それって結局、「日本は押し込められて仕方なく」と同じ程度の、
日本を擁護する為に無能者扱いする方法だろ。
辟易するぜ
尤も俺は東条共産シンパ説には矛盾が多いから信じてはないがな
959 :
abc:04/06/27 15:48 ID:6/oUkRfS
960 :
日出づる処の名無し:04/06/27 17:29 ID:M+78wTl5
当時の大日本帝国の政治家や軍人が無能だったら、
植民地とされてなかった白人と日本国意外の国はもっと無能だろw
先祖が奴隷だったなんてつらいよ?
961 :
日出づる処の名無し:04/06/27 17:38 ID:PdV5kPr+
>>952 まぁ大陸で快進撃だった日本軍の中国における大戦果の恩恵を結果としてもっとも受けたのは、
共産党だっただろう。
国民党軍も日本軍の強さを過小評価していたのかもしらんな。
962 :
abc(コピペ):04/06/28 05:55 ID:M/Lihd6y
【靖国神社参拝と“A級戦犯”の合祀】
http://www.nipponkaigi.org/reidai01/Opinion1(J)/yasukuni/ohara.htm
問題の発端
(1)戦後の歴代首相のうち、吉田茂(5回)、岸信介(2回)、池田勇人(5回)、
佐藤栄作(11回)、田中角栄(5回)まではすべて公式参拝で、この四半世紀
の間は、内外ともに何ら問題とされなかった。昭和50年、三木武夫首相にな
って初めて「私的参拝」と言い出し、主として憲法問題から公式か私的かの論
議が紛糾、中曽根康弘首相が「閣僚の靖国神社の参拝問題に関する懇談会」
の答申を経て、参拝合憲の結論を出す。(資料@)
(2)昭和60年8月15日、中曽根首相が三木首相以来10年間途絶えていた靖
国神社に対する公式参拝を行なったところ、同年9月20日、中国外務省が同
神社に“A級戦犯”が合祀されているとして「我が国人民の感情を傷つけた」と
抗議。(資料A)
以後、中曽根首相は参拝を取り止め、竹下・宇野・海部・宮澤・細川・羽田・村
山各首相もこれに倣う。平成8年7月27日、橋本龍太郎首相が11年ぶりに靖
国神社に参拝(公私を明らかにせず)、再び中国の抗議を受け、予定していた
秋の参拝を中止する。続く、小渕・森首相も参拝せず今日に至る。
963 :
abc(コピペ):04/06/28 05:57 ID:M/Lihd6y
>>962 続き
いわゆる「A級戦犯」合祀の経緯
(1)占領終了後、靖国神社合祀の迅速化を求める戦没者の遺族の要望に応えるために、
昭和31年4月19日、遺族援護行政を所管する厚生省引揚援護局長は「靖国神社合祀事
務に関する協力について」と題する通知を発し、都道府県に対して合祀事務に協力する
よう指示。(資料B)
それは、祭神の選考は厚生省・都道府県が行ない、祭神の合祀は靖国神社が行なうと
いう官民一体の共同作業で、祭神選考は「戦傷病者戦没者遺族等援護法」と「恩給法」
に原則的に依拠している。そして、先の大戦が総力戦であったことで法の適用対象が拡
大し、それによって祭神の範囲も拡大。例えば、徴用された船舶の乗組員・警防団員・
国民義勇隊員など。
(2)一方、昭和27年4月28日に発効した対日講和条約第11条(資料C)によって、それ
以後も引き続いて服役しなければならない1224名の「戦犯」に国民の同情が集まり、そ
の早期釈放を求める一大国民運動が同年7月から起こる。(最終的には約4000万人の
署名が集まる。)
(3)この国民世論を背景にして、国会で昭和28年8月から「戦傷病者戦没者遺族等援
護法」および「恩給法」の改正が重ねられ、「戦犯」の遺族も戦没者の遺族と同様に遺
族年金・弔意金・扶助料などが支給され、さらに受刑者本人に対する恩給も支給される
ようになる。(資料D)
そこにはA級とB・C級の区別はなく、また、国内法の犯罪者とはみなさず、恩給権の
消滅や選挙権・被選挙権の剥奪もない。(刑死者は「法務死」と呼称)(資料E)
964 :
abc(コピペ):04/06/28 05:58 ID:M/Lihd6y
>>963 続き
(4)こうして「戦犯」関係にも「戦傷病者戦没者遺族等援護法」と「恩給法」が適用されたことで、
靖国神社の祭神選考の対象となり、昭和34年3月10日付「日本国との平和条約第11条関係合
祀者祭神名票送付について」(引揚援護局長通知)によって送付された祭神名票に基づいて最
初の「戦犯」合祀がなされた。
「A級戦犯」14人については、昭和41年2月8日付「靖国神社未合祀戦争裁判関係死没者に
関する祭神名票について」(引揚援護局調査課長通知)によって祭神名票が送付され、昭和46年
の崇敬者総代会で了承、昭和53年秋季例大祭前日の霊璽奉安祭で合祀される。
一般に知られたのは翌54年4月19日の新聞報道だが、太平正芳首相は従前通り参拝。(資料F)
965 :
abc(コピペ):04/06/28 06:00 ID:M/Lihd6y
>>964 続き
政府・自民党の対応
(1)以上の経緯から明らかなように、靖国神社への「A級戦犯」合祀は、講和条約発効直後から起こった。
「戦犯」釈放運動に端を発する国民世論を背景にして、国会での法改正に基づくものであって、靖国神社の
恣意によって行われたものではない。また、厚生省・都道府県による合祀への協力も日中国交正常化より
16年も前から厚生行政の一環として行なってきた、あくまでも我が国の純然たる国内問題であるにもかか
わらず、そうした事実を十分に調査することなく、政府・自民党は中国の内政不干渉的要求に屈服、さらに
は合祀の取り下げ、分祀まで計画するに至る。(資料G、H)
なお、分祀論は平成11年になって野中広務官房長官の発言を契機に再燃。(資料I)
(2)他方、毎年、日本武道館で営まれる「全国戦没者追悼式」の対象は空襲の犠牲者や終戦時の民間人
自決者などをも含むすべての戦争死没者であって(靖国神社の祭神より広い)、その中には「戦犯」も含ま
れているが(遺族が招待されている)、歴代の首相は主催者として参列し、追悼の意を表してきたという事実がある。
(3)また、政府・自民党の中には、「A級戦犯」合祀は「極東国際軍事裁判」を受諾した対日講和条約に抵
触するかのような言説を述べる者がいるが、(資料J、K、L)この「裁判」に当たる英語の原文はJudgment
であり、本来は「判決」と翻訳すべきものであって、その趣旨は条約発効後も判決の効力を維持し、赦免・減刑・
仮出獄などについては、連合国の同意を得て行なわなければならないということ以上のまたそれ以下ものでは
なく、「戦犯」合祀問題とは何の関係もない。(資料M)
もしも「A級戦犯」合祀が講和条約に抵触するならば、出獄して外相となった重光葵、同じく法相となった賀屋
興宣両氏の復権も問題となろう。
中華人民共和国政府はサンフランシスコ講和会議に招請されておらず、従って出席も調印もしていないから、
本条約を楯に取って権利を主張することはできない。もちろん、日中平和友好条約にも「戦犯」条項は存在しない。
966 :
abc(コピペ):04/06/28 06:01 ID:M/Lihd6y
>>965 続き
中国側の反応の問題点
(1)「A級戦犯」合祀が明らかになった直後の大平首相の参拝の際には何らの意志表示もせず、6年後の
中曽根首相になって初めて抗議したことの不可解さ。いや、中曽根首相は公式参拝だったが、大平首相は
私的参拝にとどまったと強弁するならば、公式参拝を名言しなかった橋本首相の参拝になぜ反対したのか。
(2)中曽根首相参拝当時の章曙日中国大使は、「A級戦犯」問題さえ処理できれば、ことは解決すると述べ
たが、(資料N)それは参拝直後の「人民日報」がB・C級を含むすべての「戦犯」に言及したこと(資料O)と
矛盾する。平成11年11月12日付中国官営英字紙「チャイナ・デイリー」が同旨の見解を述べたことによって、
中国が「A級戦犯」だけを問題にしているのではないことが改めて判明。(資料P)
(3)日本国内で日本の首相が靖国参拝することが「中国人民の感情を傷つけた」というが、中台統一の橋
渡しのために、中国の指導者が新台湾派の重鎮である岸信介元首相(A級戦犯で拘禁)を「友人として」招
待しようとしたのは「中国人民の感情を傷つける」ことにはならないのか。(資料Q)
(4)訪中した日本の国会議員が「死者をムチ打たず、墓を暴かず」という日本の伝統を紹介したことに対して、
中国の要人は「役に立たない風俗習慣には従わない方がよい」と答えたが、これは他国の文化に対する不当
な干渉ではないか。(資料R)
凄いコピペマンだな
その団体のHPにはトップに堂々と
ホームページ内容の無断転載はお断りします。
とあるんだから、コピペしまくりチョクリンしまくりはやめとけよ
968 :
abc(コピペ):04/06/28 06:03 ID:M/Lihd6y
>>966 続き
その他の参考とすべき事実
(1)1985年のボンサミットに出席した米国のレーガン大統領がビットブルグの旧独軍将兵らの墓に詣でた際、そこにナチ
ス親衛隊兵士も埋葬されていることが分かって、ユダヤ系米国民などから激しく反発されたが、同行したコール首相の参
詣には何の抗議もなかった。日本の首相の靖国参拝もこれと同じことではないか。(資料S)
(2)「A級戦犯」合祀が明らかになってからも外国要人・外交官・駐在武官・軍隊などの靖国参拝は少なからずある。それ
らの国々は、インドネシア・スリランカ・タイ・インド・ドイツ・スイス・フィンランド・ポーランド・ルーマニア・リトアニア・スロベニ
ア・ロシア・エジプト・イスラエル・トルコ・アメリカ・チリ・ブラジル・オーストラリア等々、全世界にまたがっており、これを見て
も靖国神社に敵意を抱いている国がごく限られていることは明らかである。
結語
(1)以上、述べてきたように、靖国神社への「A級戦犯」の合祀は、国民の代表である国会での「戦傷病者戦没者遺族等
援護法」と「恩給法」の改正の趣旨に沿って、厚生省・都道府県と靖国神社が共同して行なった戦没者合祀作業の一例に
すぎない。政府レベルで言えば、厚生行政の一環として位置づけられる。
(2)同時に、それは日中国交正常化以前から続けられてきた純然たる国内問題であって、外国から干渉を受ける筋合い
のものでは決してない。にもかかわらず、当時の政府・自民党の不見識から誤って外交問題にされてしまった。しかも、最
も執拗に反対している中国政府の主張には矛盾やご都合主義のものが少なくない。
(3)よって、本件に関する正しい事実をあらためて認識した上で、あくまでも国内問題であるという原点に立ち戻って、毅然
とした態度でことを処するべきである。
969 :
abc(コピペ):04/06/28 06:23 ID:M/Lihd6y
>>967 堪忍
確かに仰有るとおりだ。反省しなくちゃと思っております。
話を整理する意味で自分の考えを整理する意味でやったが
振り返ってみればやりすぎかなと思う。
970 :
日出づる処の名無し:04/07/04 11:00 ID:UXpEGTzW
極東軍事裁判を茶番と主張される方は
イラクのフセイン裁判も茶番であると言い切るのでしょうか?
そりゃ茶番だわな。
972 :
日出づる処の名無し:04/07/04 14:45 ID:yIY/h4X2
A級戦犯合祀は一部のはねっかえりが
天皇の意思を確認せず政治的思惑から強行した暴挙でしょ
>>972 社会党の堤つるよが積極的に発言してましたな。
フセインも取り敢えず十年ぐらい投獄しておいて
民生も安定し、経済も軌道に乗ってから改めて裁くのがよろしかろう。
国際司法なんちゃらなんてのも茶番の一種だわな。