【妄想】ニュースションベン6【フル】

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905日出づる処の名無し:03/09/29 15:41 ID:WfcuGmAU
わしズム8普通におもしろかった。
906Ψ(*´д`)Ψ ◆6MOA6p.ykQ :03/09/30 02:00 ID:I0hUXaWX
>>895-896 >>898    来たよぉ〜〜〜
「フゥ〜ン… なるほどなぁ」って感じかな
でも、なんでこっちのスレなの?
こっちはもぉレス900超えてるし、向こうのスレの方が良かったんじゃないの?
まぁいいけど・・  いずれにしても亀レスで・・

まぁ確かにねぇ、おらの言ってる「安全保障と経済」ってのは自分でも「極論だな」とは思ってるよ
でも、日本が米国と仲が良いのは安全保障・経済、両面で結びついてるからでしょ
欧州とは経済面では関係があるけど、基本的に安全保障はあんまし関係無いから
米国ほど仲良しにはならない
大体だけど、安全保障と経済、両方で関係が深い国同士は仲良し
どっちか一方だったら、まぁまぁ仲良し(一般的に・・ )
両方とも関係無い国はなかなか仲良しになんない、のではなく仲が悪いから両面で結びつく事が無い
って言うか、結びつきたく無い  ・・と言う考え方も、あったり無かったりw
北朝鮮みたいなんは例外ね、日本は係り合いたく無いんだけど何故だか係ろぉ係るぉとする
まったく迷惑、在日がいなけりゃ経済的な関係も無くて済むのに

国と国との仲が良くなるか、悪くなるかは国益(安全保障と経済)が一致するか? しないか?
そこには過去の(歴史上の)怨み辛み、文化の違い、主義etc… は、それ程関係無いのでは?
と思ったからさぁ、「極論だなぁ」とは感じつつも「安全保障と経済」と書いたんですね

日米の同盟関係は是だと思ってるよ
米国の長期的な戦略は日本の国益にも適ってると思うから
他には今年の1月10日位だったと思うけど、小泉がプーチンと会談した時に出てきた
東シベリア・アンガルスク〜ナホトカ石油パイプライン、これさぁ元々はアンガルスク〜大慶ルートが有力だったんでしょ?
「でかした小泉♪」って思った
だって中東からの石油依存度を88%から65%位まで一気に下げる事ができる
これだって国益に適ってるよ
エネルギーの問題は経済だけじゃなくて安全保障にも係ってくる事だからねぇ

なんか眠くなってきた・・  続きはまた後で書く        スマソ…
907奴は馬鹿じゃ無い:03/09/30 09:57 ID:U2R2kTL/
>>895
郷土愛=パトリオティズム、愛国心=ナショナリズム
という概念があるのは知ってる?

まずパトリオティズムであるが、
愛国心よりは広義であって、場合によっては愛国心と対立する事もある概念である。
身近なものに対して持つ親しみの感情が本来的な意味のパトリオティズムであり、
それはたとえるなら石を池に放り込んだ時にできる波紋のようなもので、
自分を中心に同心円的な広がりでまわりのものに愛情を抱く感情である。
これに対してナショナリズムはその定義が難しいが、
ここでは国家への愛情が政治的に結びついたものと規定しておく。

こうして二つに分化しておくと国政に信用が無くなって
愛国心が無くなっても郷土愛でカバー出来る。
愛国心が悪用されても郷土愛と相対化して見る事によって
妄想の類いを退ける事ができる。
908奴は馬鹿じゃ無い:03/09/30 10:07 ID:9vmiJ2cp
日本を除くG7の国々は愛国心を国家が、郷土愛をキリスト教の教義が育むことによって
近代化を押し進めてきた。
日本の近代天皇制は日本神話をネタに使い、伝統的幻想である家幻想、
血縁幻想を採り入れ(「万世一系の天皇」、「陛下の赤子としての国民」)、
同時に、キリスト教圏(主としてドイツ)の物語の中の都合のいい要素をコピーし、
慌ててつくった物でそれによって近代化を成功させた。

敗戦後、それは取り上げられ変わりに経済的豊かさと政治的自由という
目標が与えられそれが愛国心を育んだが
目標が達成させられてしまい空白化してしまった。
909最近のよしりんは変:03/09/30 11:48 ID:cy3XXN+0
>>907
 存じております。
 ジンゴイズム(Jingoism=感情的で好戦的な愛国思想)や、ショーヴィニスム(Chauvinism=狂信的愛国思想/極端な排外思想)という概念がある事も、もちろん。

 ナショナリストは、国家主義者と訳されますね。
 パトリオットは、素直に「愛国者」です。

 日本語では一口に「愛国者」と表記しますが、私が危惧しているのはどれの事か、こうやって並べてみればお分かりになられるでしょう。

 パトリオットが増えるのは国益です。
 ナショナリストが増えるのは、国民の生存権・財産権を含む権利を侵害する恐れが有ります。
 ジンゴイストやショーヴィニストが増えるのは、そのまま孤立化・破滅の始まりです。


 ただし、ジンゴイストやショーヴィニストは自分でそうだとは言いません。大概は、パトリオットと自称します。
 だから、こういう警句が、決り文句で出てくるのですね。

"Patriotism is the last refuge of a scoundrel" by Samuel Johnson 
 「愛国心とは、ならず者の最後の逃げ場所である」 サミュエル・ジョンソン



 英国史に詳しい中西輝政氏が、時代背景を踏まえた立派な解釈を披瀝していましたが、話を簡単にするため通俗的な解釈で済ませておきます。
910最近のよしりんは変:03/09/30 12:25 ID:7w+YN30l
>>906
 安全保障と経済利害の一致する国と仲良くするのが国益と言う認識は、基本的には間違っていないと思います。
 問題は、恣意的に扱ったり、極度に軽視する風潮ですね。


・対中強硬外交は、日中経済交流の阻害要因になり、”国益”にそぐわない        (与野党の一部政治家)

 露骨な中韓の内政干渉を許す行為を続けていれば、経済的メリット以上のデメリットが生じます。
 日本の政策が中韓に縛られるのが常態化すると、日本は政策による国益の追求が効率的に行えなくなります。


・対北朝鮮国交正常化が長引くのは、”国益”にそぐわないから、日本は譲歩しろ (朝日・親北人士)

 拉致被害者の奪還は、政府の仕事であり、解決しなければならない事案です。
 これをウヤムヤにした場合、日本国の対外イメージ、あるいは国民の国家への信頼が著しく損なわれるというデメリットを甘受しなければなりません。
 また、国交正常化をしても、日本国が受ける軍事的圧力は減少するとは限りませんし、経済的メリットが生ずるわけでも有りません。



 このような無形の国益と言うものも有りますので、その点だけ押さえておけば、認識としては完璧でしょう。
911最近のよしりんは変:03/09/30 12:38 ID:7w+YN30l
>>908
 おや、日本の近代天皇制の骨格となった水戸学はスルーですか
 藤田東湖や会沢正志斎が泣きますよ

 無論、戦後は水戸学的なモノは排除されましたが、それでも称えられる事も無く国防護民に殉じた方々はいっぱいいます。
 安い危険手当で国民を守るために危険地帯に飛び込んでいく名も無き自衛隊員たちこそ、物言わぬ愛国心の持ち主たちなのではないでしょうか。
912最近のよしりんは変:03/10/01 00:57 ID:JLt0JHcW
 元戦車兵氏が参入したところで小林スレがスレストか
 新スレは立つのかな?
913Ψ(*´д`)Ψ ◆6MOA6p.ykQ :03/10/01 02:50 ID:fG4C1m0J
>>906の続き   & >>910ど、ど、どぉもです

えっとですねぇ続きなんですが、でね、その小泉はロシアからの帰国直前にハバロフスクにある
シベリア慰霊平和公苑の日本人死亡者慰霊碑の前で、コート脱いで跪いて手を合わせて涙を流した
それは零下20度の中の参拝、同じ様な厳冬下の中で、この極寒の地シベリアで、望郷の思いが募る中で、
帰郷の願い叶わず命を落としていった抑留者に対して、小泉が流した涙でしょ
そして帰国直後の1月14日には靖国神社に参拝した
国難に立ち向かい殉じていった方々の、その積み重ねた命に対して、その無念の思いに対して、小泉はどぉ思ったのか?
おそらくだよ、おそらくだけれども、「申し訳無い」とか、「居た堪れない」とか、そぉ言う思いはあったと思うんですね
だけれども、「今の日本人を食わせてく為には、日々の安定した生活を保証する為には、過去に怨嗟のあるロシアではありますが
北方領土の問題も解決しておりませんが、これから生まれてくる日本人の為にもエネルギー問題は重要でありますので交流を深める事となりました」
と、おらはそぉゆー涙であり参拝であったと思うんですね(勝手な解釈ですが・・ )
米国とも同様、でもマンドクセーので割愛・・

おらだってね、歴史・伝統・文化・独立・国を愛する心・国靖かれといふ願い・英霊への祈りetc…
どれも掛け替えの無い非常に大切な物だって思ってるよ
日本には古くからの歴史があり、特に幕末から大東亜戦争そして敗戦、敗戦後の占領政策
経済復興、オイルショック、バブル、平成不況、北朝鮮による日本人拉致、そぉいった中で培われ育まれてきた日本人としての作法、日本人としての流儀
みんな全部、「日本人の物語」でしょ
そぉいう「日本人の物語」は今の日本人が大事に大切にしてかなきゃなんない、これからの日本人にも伝へ守り保ってかなきゃなんない物ですよ

今日も眠くなったんで、続きはまた後で書く
914日出づる処の名無し:03/10/01 03:21 ID:o5fZbazU
>>913
な、泣けた
915日出づる処の名無し:03/10/01 04:02 ID:E9fmziCF
わっ、笑った
916奴は馬鹿じゃ無い:03/10/01 11:45 ID:z5YOHnE1
>>909
>パトリオットは、素直に「愛国者」です。
これは日本人の概念で社会と世界が分化されていない為に
そう表現されたんじゃないだろうか。

正しくは愛郷心じゃないの?
郷土へのノスタルジーの様な感情で
実在する都市に対して独自性を失った時に
人々は「内在化された郷土」として幼年期に固着するとあります。
917奴は馬鹿じゃ無い:03/10/01 11:53 ID:muH8vcM5
>>909
日本人には自分と同じ集団に属していない
人間の視線に敏感であったりとか
所属集団と無関係に他人と知り合える様な
コミュニケーしョンの伝統がない。
(これは人類的にもかなり稀)
つまり、パブリックマインド(公共の概念)が無い。

戦後、日本は三島由紀夫が危惧した様に国民形成の基礎にあった
「天皇的な『世界』に対する帰依」が失われ
社会的帰属意識のベースとなる
「政治的自由」「経済的豊かさ」を手に入れ成熟社会が始まると
日本人は目標を失ってしまい「社会」と「世界」に対する帰属意識を失い
同じムラ的共同体にすまう人間に対する視線にしか敏感でない人間が
ジンゴイストやショーヴィニストになると思います。

918奴は馬鹿じゃ無い:03/10/01 11:57 ID:Hq+bEJuy
小林よりのりのような馬鹿が、パブリックつまり公の概念をまったく理解しないで、
日本人には公がなくなったなんてホザいているけど、こりゃお笑いなんだね。
でも笑いごとじゃなくて、日本人の大半がパブリック・マインドをもっていないわけです。
結論から先に言うと、パブリックを共同体のことだと考える小林よしのり的な見方は近代社会では非常識そのもの。
どこの先進国でも常識になっている近代社会のパブリックとは、
異なる共同体に属する人たち、あるいはどの共同体にも属さない人たちが、
互いに侵害しあわないで共生するための、ルールや想像力の領域のことを言います。

パブリック・マインドの欠如。
これは日本人にとっては宿痾ですよね。昔からそうなんで、
そうでなかったことがない。いつも所属集団の内輪の視線しか感じることができなかった。
内輪が国家である場合は、韓国でキーセン観光したり、タイで少女売春っしまくったりする。
内輪がオラが町である場合は、校長先生や教頭先生が隣町に行って
女子高生たちと援助交際したり3Pしたりする。
内輪がストリート仲間である場合は、街頭や電車で地べた座りして交通妨害になったり、
街頭キスしまくったりする。大人から子供まで全部同じ。
内輪が大きいか小さいかというだけの話。
内輪が大きいのがエラいんだというのが小林よしのり的認識ですよ。
だったら、八紘一宇まで広げろって(笑)。


http://www.bekkoame.ne.jp/~topos/siso/saifa.html#サイファ・ノート3●パブリック・マインドの欠如
919奴は馬鹿じゃ無い:03/10/01 12:16 ID:Hq+bEJuy
「かつての総力戦とその敗北。米軍の占領政策。ついこの間まで
続いていた核抑止による冷戦とその代理戦争。そして今も世界の大半
で繰り返されている内戦、民族衝突、武力紛争。そういった無数の戦
争によって合成され、支えられてきた血まみれの経済的繁栄。それが
俺たちの平和の中身だ。戦争への恐怖に基づくなりふりかまわぬ平和
。正当な対価をよその国の戦争で支払い、そのことから目をそらし続
ける不正義の平和。」

平和という言葉が嘘吐き達の正義になってから、
俺達は俺達の平和を信じることができずにいるんだ。
戦争が平和を生むように、平和もまた戦争を生む。
単に戦争でないというだけの消極的で空疎な平和は、
いずれ実体としての戦争によって埋め合わされる。 そう思ったことはないか。
その成果だけはしっかりと受け取っておきながら、
モニターの向こうに戦争を押し込め、ここが戦線の単なる後方に過ぎないことを忘れる。
いや、忘れた振りをし続ける。 そんな欺瞞を続けていれば、いずれは大きな罰が下されると。

以前、これについて語ったけど何故人を殺してはいけないかという疑問は
こういう所から産まれたと思う。
日本人がパブリックマインドを失いさらに愛国心も失い国内の治安が悪化する。

>無論、戦後は水戸学的なモノは排除されましたが、それでも称えられる事も無く国防護民に殉じた方々はいっぱいいます。
>安い危険手当で国民を守るために危険地帯に飛び込んでいく名も無き自衛隊員たちこそ、物言わぬ愛国心の持ち主たちなのではないでしょうか。

漠然と思うがこの愛国心が国益になるだろうか?
920日出づる処の名無し:03/10/01 16:45 ID:DNDDvnVe
コテの長文書き込みは、なぜつまらないんだろう。
ひきかえ、小林の漫画は何故人を惹きつけるのか?

大衆のレベルが低いから?

そうではないことを、実はみんな気付いているわけだ。
921最近のよしりんは変:03/10/01 17:38 ID:C+AxqOXO
>>913

 政治家は感傷を廃して現実的にモノを見れなければなりませんが、歴史に冷酷になる事もマイナスです。
 ビジネスはビジネス、歴史は歴史でいいのであり、不必要に敵視(対ソ・対米)したり、逆に不必要に恐縮
(対中・対韓)するほうがおかしいのです。
 総理がシベリアの野末で何を思ったのかは知りませんが、彼は今現在、国事を背負う立場にいます。
 思いは、我々に想像できないほど、複雑だったでしょう。

 ちなみに、古賀と野中も3月頃にフィリピンに行き、総理に対抗して慰霊碑に手を合わせています。
 総理と同じシベリアを選ばなかった理由は、二番煎じになる事の他、「拉致には冷たいくせに強制抑留には
同情するのか」という批判が加えられるのを嫌ったためと思われます。


 歴史の物語について伝える事について、私は別に否定しませんよ。
 愛を持って自国史を眺めるのは良い事です。
 ただし、物語は物語に留めておいて欲しいとは思います。

 何も反省点を拾わないほどの偏愛で固められた歴史観では、逆に自国史への見方が歪んでしまいます。
 失敗、悲劇、至らなかった点をも受け止めてこそ、バランスの取れた歴史観と言えるのではないのですか。

 私は、大東亜戦争に至る道が歴史の必然であり不可避だったとは全く思いませんし、日本の選択が常に
正しかったとは思いません。 
922最近のよしりんは変:03/10/01 22:35 ID:pOWTs13H
>>916
 おや、「愛郷心」なる訳語の出典は何でしょうか?

 英和辞書では、
・パトリオット=愛国者・志士
・ナショナリスト=国家主義者・民族主義者
 と、紹介されています。
 パトリオットには否定的なニュアンスがあまり含まれないのに対し、ナショナリストには含まれるようです。


 古代ローマで「Patriae」と言えば、故郷というよりも国を指すようです。
 共和制時代には功績があった元老院議員に、帝政時代には皇帝に送られた「Pater Patriae」は、「国家の父」と言う意味です。
 ローマが滅んだはるか後、ルネサンス時代のフィレンツェ共和国元首コシモ・デ・メディチも「Pater Patriae」、つまり「祖国の父」と呼ばれています。

 一方、帝国内の様々な個所からボローニャ大学などに学びに来た学生らが同郷人で作るサークルを、ナチオ(=Natio)と呼びました。
 こっちは、ネイション(=Nation)の語源とされています。


 パトリオットの概念が広義と言うよりも、ナショナリストという概念が限定された対象に向けられていると考えたほうが正しいような気がします。
923最近のよしりんは変:03/10/01 22:46 ID:pOWTs13H
>>917

 あれ、日本は通俗的に恥の文化と評されるのに、日本の集団は他者の視線にそんなに鈍感なのですか。
 さらに、日本は本当に排他的な集団主義の国でしたか。 所属集団以外の人間との交流は有り得ないというのですか。
 前提に疑問があるので、結論「日本人に公共の概念が無い」は承服しかねます。

 _________

 後半は取り留めの無い文章ですね。
 両語の語源になったジンゴにしてもショーバンにしても、「同じムラ的共同体にすまう人間に対する視線にしか敏感でない人間」だったのでしょうか。
 その考察が為されていない以上、コメントのしようがありません。

 
 
 
 
924最近のよしりんは変:03/10/01 22:49 ID:pOWTs13H
>>918
 
 売買春の問題は世界的な問題であり、どの時代においても不道徳な行いの根絶は不可能です。
 そういう事をする人が存在する国はパブリックマインドが欠如しているというならば、パブリックマインドなどは人類の共同幻想と言うべきで、
ことさら日本に限定する理由は無い筈です。

 どこから引っ張ってきたか知りませんが、私は小林批判なら何でも受け入れる類の人間では有りませんよ。

 このコピペの中に、貴方の意見は含まれているのですか?
925最近のよしりんは変:03/10/01 23:03 ID:pOWTs13H
>>919
 また何処かからの引用ですか?
 反論しようにも、これだけでは展開が強引過ぎる悪文としか読めません。
 実は前後の文章がもっと有るのではないですか?


>>無論、戦後は水戸学的なモノは排除されましたが、それでも称えられる事も無く国防護民に殉じた方々はいっぱいいます。
>>安い危険手当で国民を守るために危険地帯に飛び込んでいく名も無き自衛隊員たちこそ、物言わぬ愛国心の持ち主たちなのではないでしょうか。

>漠然と思うがこの愛国心が国益になるだろうか?

 「政治は血を流さない戦争であり、戦争は血を流す政治であるといえる」といったのは、毛沢東。
 血を流す政治を最前線で行う兵士たちの錬度と心構えが示された時、武器などのハードウェアを越えるインパクトを諸国に与えます。
 つまり、兵士の一人一人まで精強である事を外国が知ることは、国益足りえます。

 北朝鮮やイラクすら、如何に自国兵士が精強かを示すデモンストレーションを行いました。
 国益にならないならば、最初から無駄な事をしないでしょう。


 錬度の高い兵士たちが無言の献身によって示す愛国心が何の国益にもならないとは、日ごろどのような認識で世界を見ているのですか。
926奴は馬鹿じゃ無い:03/10/02 08:44 ID:id7kC9k2
>>922
>おや、「愛郷心」なる訳語の出典は何でしょうか?

愛郷心というより郷土愛と言った方が良いみたいですね。

公共哲学では、少し申し上げましたけれども、
グローカルなアイデンティティー、あるいは多層的なアイデンティティーというものを
強調しておりまして、その中の一番身近なものが、
先生御指摘のような郷土愛、パトリに属するものである。
つまり、パトリオティズムをやはり郷土のところで見るべきだ。

http://www.shugiin.go.jp/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/010715620030605004.htm

とこんな感じです。
927奴は馬鹿じゃ無い:03/10/02 09:22 ID:id7kC9k2
>>923
書き方が悪かったです。
正しくはこうです。

日本人には自分と同じ集団に属していない
人間の視線に敏感であったりとか
所属集団と無関係に他人と知り合える様な
コミュニケーしョンの伝統がない。
(日本人に限らず人類的にもかなり稀)

>日本は通俗的に恥の文化と評されるのに
これは武士という所属集団の中の話しじゃないですか?
>日本は本当に排他的な集団主義の国でしたか。
ムラ社会がそれですよ。

 ちなみに、イエスの説教からパウロが採りだした「隣人愛」(カリタス)の教義は、
親や故郷の親しき者を愛する自然感情をエゴイズムとして退けることで、
脱共同体的な機能を果たした、ということを別の本で述べましたけれど、
パウロが「隣人愛」の教義を強調したのは、ローマ布教上の意識的な選択でした。
異教徒・異民族が集う社会で、もう一つの宗教共同体をつけ加えるのではなく、
共同体一般に対してメタ的な立場をとることで、浸透度を高めようとしたわけです。

http://www.bekkoame.ne.jp/~topos/siso/saifa.html#サイファ・ノート3●パブリック・マインドの欠如

この教義が何時も守られていた訳では無い事は明らかですけど
当時のユダヤ共同体の様に階層分化や異邦人混住によって複雑化すると言う
感覚は日本にあったでしょうか?
感情的で好戦的な愛国思想や狂信的愛国思想/極端な排外思想が
複雑化された社会で育つでしょうか?
928奴は馬鹿じゃ無い:03/10/02 10:48 ID:FcJ2vKWj
>>924
1996年にストックホルム会議っていう児童虐待をはじめとして、
子供の権利条約の精神に基づいた法運用が各国でなされているかどうを検証する会議が
96年のストックホルム会議なんですが、ここで日本がものすごい攻撃されたんです。
なぜかっていうと、日本の男性が東南アジア等で幼女を買春しているからです。
しかも客のほとんどが日本人だったんです。
この間もカンボジアで児童売春のあっせんをしている日本人が逮捕されました。

それがきっかけで、実は児童ポルノ・児童買春禁止法案を
作ろうではないかってことになったんですがいつのまにか
援助交際禁止法案になってしまいました。
政府公会でその幼女を買うのが非難されていたのに17歳の少女と
セックスをしちゃいかんとか、買春をしちゃいかんっていう形にすりかわってしまった。
変でしょ?
929最近のよしりんは変:03/10/02 13:31 ID:xPwGfau8
>>926
 何の事かと思って調べてみたら、パトリ(Patrie)は仏語のようですね。
 英語で郷土といったら、NativeDistrictかHomeCountry、郷土愛と言う場合の郷土は、後者を使います。>Love for one's home country.

 「Country」は日本語で言うところの「クニ」という表現に近く、国を示したり郷土を示したりと、幅のある使い方ができます。

 ただ、パトリオットの用法はそんなに幅広くなく、「彼はパトリオットです」を、「彼は愛国者です」と訳さずに、「彼は郷土愛者です」としたら、確実に外します。
 アイダホやオクラホマに住む米人がパトリオットと言った場合、それは郷土たる州に向けての発言なのでしょうか。少し考えれば分かりそうな気がします。

 イギリスにおいても、ランズ・エンドだろうがプリマスだろうが、英国人としての自負をもっている人がパトリオットと自称した場合、
ブリティッシュ・アイスルの特定地域に向けられたものでない事は確かです。
 北アイルランドのカトリック系住民やプロテスタント系住民がパトリオットと言った場合でも、自分が所属するとみなしている国に対しての愛国心と表現されます。
 日本に生まれた在日コリアンの”愛国心”がどこに向いているかを想起すれば、実に分かりやすいかと思いますが。
930最近のよしりんは変:03/10/02 13:34 ID:xPwGfau8
>>927 書き方を変えても同じです.

 日本人には自分と同じ集団に属していない人間の視線に敏感で無いという伝統が有ったのでしょうか。
 または、所属集団と無関係に他人と知り合えるようなコミュニケーションの伝統が無かったのでしょうか。
 この定義を肯定するに足る実例が示されない以上、この手の日本人畸形論を受け入れることはできません。

 実例を挙げるのは、貴方自身ですよ。 コピペで済ませて何かを主張したつもりになってはいけません。
 貴方もコピペ内容を肯定するにあたって、いろいろと納得できる傍証を自分なりに求めた筈ですからね。

>これは武士という所属集団の中の話ではないですか?
 武士階級以外の日本人は、皆が恥知らず揃いだったとおっしゃりたいのですか?

>ムラ社会がそれですよ。
 欧米でもギルドやクラブなどといった、排他的な集団は存在しましたが、それを解消する改革も同時に有りました。
 日本でも講や座といった、同様のものが存在しましたが、それを解消する改革も同時に有りました。
 余所者を排除するムラ的な動きはどの国にも存在しますし、逆に民俗学的に言う希人接待という習性もどの国にも存在します。
 あえて、日本人畸形論を主張する意図は、どこにあるのですか。

>ちなみに〜
 原初キリスト教の布教戦術は、貴方の民族・文化的主張とは何の関係も有りません。
 日本人の集団が他集団に対して恥も外聞も無いと言い張るならば、キリスト教集団による異教徒集団に対する歴史を紐解いたら如何でしょう。
 日本人集団を例に取るより、よほど恥も外聞も気にする事無く振る舞う集団のサンプルを引っ張り出せると思います。

>感情的で好戦的な愛国思想や狂信的愛国思想/極端な排外思想が複雑化された社会で育つでしょうか?

 あっさりと矛盾した事を逝っていけません。

 ジンゴやショーバンが生きた時代の社会は、そんなに単純でしたか?
 それぞれ、露土戦争時代のオスマントルコ社会と、ナポレオン時代のフランス社会です。

 ちょっとググルだけでも、当時の複雑な社会の様相が垣間見えるんですけどね。 
931最近のよしりんは変:03/10/02 13:35 ID:xPwGfau8
>>928
 924の答えになってないようですね。

 貴方が、日本人にパブリックマインドが欠如している理由として売買春を挙げるから、
ならば、同様に売買春が根絶できないこの世界には、パブリックマインドなど最初から存在しないのではないかと聞いているのです。
932奴は馬鹿じゃ無い:03/10/02 17:10 ID:Ob/8hM6u
>>931

>  貴方が、日本人にパブリックマインドが欠如している理由として売買春を挙げるから、
> ならば、同様に売買春が根絶できないこの世界には、パブリックマインドなど最初から存在しないのではないかと聞いているのです。

いやだから>>927で(日本人に限らず人類的にもかなり稀) とかいた訳です。
だいたい日本人の文化に恥も外聞もな間なんて言ってませんよ。
もう一度読んでください。

日本人には自分と同じ集団に属していない
人間の視線に敏感であったりとか
所属集団と無関係に他人と知り合える様な
コミュニケーしョンの伝統がない。
(日本人に限らず人類的にもかなり稀)

人間の持っている価値観は全て共同幻想です。
そのカリタス(チャリティー)という共同幻想を獲得する様な
環境が日本にはあったでしょうか?
933奴は馬鹿じゃ無い:03/10/02 17:28 ID:Ob/8hM6u
>>930
同じ共同体や組織に属さない他者たちとの共生に必要なルールや想像力からやってくる要求。
あるいはそうした他者たち自身から直接なされる要求に、いかに応えるか
と言う事が日常的に起きる事が今まであったでしょうか?
それがあれば明治維新の時天皇を引っぱりだす必要はなかったんじゃでしょうか?
だから>>908を書いたんです。
そうした現状があるからこそカリタスと言う教義と言うか戦略が産まれた訳で
日本でそういう戦略をする必要がでてくることは明治維新まで無かったんじゃないでしょうか。

>キリスト教集団による異教徒集団に対する歴史を紐解いたら如何でしょう。
>>927でこういってます。
>この教義が何時も守られていた訳では無い事は明らかですけど

少し感情的になってませんか?
934日出づる処の名無し:03/10/02 17:45 ID:SrC0Vi7z
よしりんにはまる奴がどういう奴なのか良く解るなあ(w
935最近のよしりんは変:03/10/02 17:51 ID:39s5xwHH
>>932
>人類的にもかなり稀
 その稀な社会とはどこでしょうか?

>だいたい日本人の文化に恥も外聞もな間なんて言ってませんよ。 もう一度読んでください。
 ん、貴方は>>927で恥の概念を武家集団に限定しているでは有りませんか。
 農工商その他には恥の概念が無かったのですか?

>人間の持っている価値観は全て共同幻想です。
>そのカリタス(チャリティー)という共同幻想を獲得する様な環境が日本にはあったでしょうか?

 char・i・ty
━ n. (キリスト教的な)愛, なさけ; 寄付(金); 慈善(事業,施設).

 日本神道や日本仏教にこのような概念が無かったとでも言う気ですか?
936日出づる処の名無し:03/10/02 17:52 ID:vdbbZfYG
バウチャー米国務省報道官は29日、台湾の陳水扁総統が2006年に新憲法を
 制定する意向を示したことに関連し、台湾独立につながるような憲法改正を
 行わないとの従来姿勢を堅持するよう促した。

 報道官は「個々の選挙キャンペーン」にコメントする立場にはないとしながらも、
 陳総統が2000年8月、台湾の国名変更はじめ独立につながる国民投票や
 憲法改正を行わない姿勢を表明した経緯を強調し「米国はこの立場を真剣に
 受け止めている」と述べた。
http://www.sankei.co.jp/news/030930/0930kok084.htm
結局、
小林よしのりの言ってることが正しいと証明されたか。
チンパンジー氏ね!

937日出づる処の名無し:03/10/02 18:35 ID:tw7q0vQf
>>933
 「有ったでしょうか?」と問い掛ける前に、きちんと探しましたか?
 完全に孤立した共同体ならば共同体以外を無視してもやっていけますが、共同体間の交流が有る場合、他者の干渉は常にあるのです。
 日本人で構成された共同体同士でも共生のルールは無ければなりませんし、日本人以外との共同体とでも共生のルールは必要です。
 日本は確かに鎖国していましたが、鎖国はせいぜい200年程度のことでしかありません。
 欧州の陸続き諸国には確かに劣るでしょうが、数百年間血を濃くしつづけたアイスランドよりは、日本のほうが他者意識をはぐくむ土壌があったのではないですか。

>それがあれば明治維新の時に天皇を引っ張り出す必要はなかったんじゃでしょうか? だから>>908を書いたんです
   論旨が繋がりませんね。 明治天皇はプロトコルツールだったとでも言いたいのですか? 

>そうした現状が有るからこそカリタスという戦略が生まれたわけで〜明治維新まで無かったんじゃないでしょうか
  時の有力者や豪商がそれを実行する形は、日本でも欧州でも変わりませんでした。
 庶民がそれに加わるようになったのは、ある程度の豊かさが保証されるようになったか、ルーテル教徒が反発するほどに喜捨を求めるようになったからです。
  Caritas(ラテン)でもAgape(ギリシャ)でもかまいませんが、慈悲・慈善の思想はアジアにも存在し、当然ながらアジアの一国たる日本にも存在します。

>>927でこういってます。 >この教義が何時も守られていた訳では無い事は明らかですけど
 どちらかといえば、この教義は戦術の一つであり、完全に攻守が逆転した時代以降は、全くと言って良いほど守られてはいません。
 そもそも、それがそのまま闘争の歴史とも言える欧州キリスト教に、共生を説かれるいわれは無いわけです。
 欧州圏で、キリスト教以外で生き残れたのは、ユダヤ教くらいなものです。
 一神教の不寛容さを示す史実は山ほど有るのですが、どこらへんに共生の知恵が有るんでしょうか。


 それと、貴方が言った矛盾発言についてはスルーですか。
938奴は馬鹿じゃ無い:03/10/02 18:39 ID:5JsJaJPA
>>935
私が言っているのは。
所属集団と無関係に他人と知り合える様な
コミュニケーしョンの伝統がない。
ということ。
ところで文化って言いましたっけ?
コミュニケーしョンの伝統とは言いましたけど。
日本人の大半がパブリック・マインドをもっていない事を
否定できていないですよ。(全部じゃ無い)
それに概念だけあっても仕方ないです。
社会関係の中で それがどういう意味付けを持つかと言う事を
明晰に意識出来る様な環境と伝統は戦前にあったでしょうか?
概念だけはあったのは知っていますけど。

>その稀な社会とはどこでしょうか?
ないとは言い切れないんで(w
939日出づる処の名無し:03/10/02 18:46 ID:Kc4yRsMi
>>938
>所属集団と無関係に他人と知り合える様な
>コミュニケーしョンの伝統がない。
>ということ。

ああ? どいいうことだ? 
日本人は外国人と意志疎通てきないとでも言うのか?

>日本人の大半がパブリック・マインドをもっていない事を
>否定できていないですよ。(全部じゃ無い)

日本人は他人の目とか場の雰囲気で
善悪を判断してきたじゃないか。いまだっておんなじだろ?
940日出づる処の名無し:03/10/02 19:00 ID:la0Wjg0U
最近のクソガキをみるとそうは思えん
941最近のよしりんは変:03/10/02 19:22 ID:Fx0khc2n
>>938
>私が言っているのは。所属集団と無関係に他人と知り合える様なコミュニケーしョンの伝統がない。 ということ。

 だから、どういう基準で無いと言っているのか、そして貴方自身はそれをどのように証明できるのか。
 ちゃんと説明しないと話が進みませんよ?

942日出づる処の名無し:03/10/02 21:26 ID:la0Wjg0U
近代化が遅れたのがなによりの証拠だろ。
943日出づる処の名無し:03/10/02 21:42 ID:la0Wjg0U
って言うか日本に伝統的に排他的でない共同体ってあったかな?
944Ψ(υ-д-)Ψ ◆6MOA6p.ykQ :03/10/03 00:51 ID:7VNVHR9y
>>921 ハァ… 済まんのぉ、昨日はアクセス規制受けちゃいますた
>>914 スマソ   >>915 コ、コラァ、笑っちゃ嫌です   >>920 申し訳無い・・

>>913の続き・・ その「日本人の物語」、自分で言っときながら臭ッいなぁ 照れるw
でね、その「日本人の物語」が国益の範疇に含まれちゃうと、嫌になっちゃんですよ、心情的に
米国との関係も、ロシアとの関係も
日本の国益(安全保障と経済)に適うと解かっていてもさぁ
「おaな事、言ってんじゃねぇよ」とか、「ナイーブな香具師だw」とか言われちゃいそーだけど
どぉでしょーか? ここは一つ、おらの心情を察して・・  w

いやね、おらも日本を支える、構成する、コアな部分ってのは「日本人の物語」だと思ってんだけども、現実主義的な部分として国益(安全保障と経済)があると
だってそぉでしょ?  日本の経済が疲弊して、安全保障もやっつけ仕事で御座なりんなってたら独立・国体護持なんて言ってらんないじゃん
歴史、伝統、愛国心、日本人としての作法・流儀、そぉ言った「日本人の物語」を守り伝へてく事なんて出来なくなる
これは善いとか悪いとか言う以前に「生存」の問題で、でもやはり怨嗟との折り合いをつけるのは難しんだけど・・
そして、こぉ言う事を言ってると、小林に「ポチ」って言われるのかもな
それでも、「国益とは?」と聞かれれば、「安全保障と経済」って答えるな、おらは

ちなみに、独立とか国体護持とかって個人的には「国是」って言われた方がシックリくるな
945奴は馬鹿じゃ無い:03/10/03 09:04 ID:U0ekTYKW
>>937

共同体同士の共生のルールはあったでしょうけど
個人個人はどうだったのかなって話なんだけど。
いろんな共同体の人間が混在する様な社会が
日本にあったとは聞いた事がありません。
基本的に日本人の場合「掟と滅私の精神」が伝統だったと思います。
これは戦後無くなって経済的豊かさの達成と共に恥も外聞も無くなる現在があるとおもいます。
キリスト教圏の場合「公と個人主義の精神」とは違うと思います。
資料もソースも無いので現在社会学板で質問中です。
946奴は馬鹿じゃ無い:03/10/03 11:20 ID:AVHtLV+2
>>941

>  だから、どういう基準で無いと言っているのか、そして貴方自身はそれをどのように証明できるのか。
>  ちゃんと説明しないと話が進みませんよ?

近代自我が確率されるまで自分と違う価値観をもっている人間を常に意識する環境が無かったと思います。
芥川龍之介の「羅将門」や夏目漱石の「こころ」はそういった
公共のルールが無いゆえに苦悩する人間の物語じゃないでしょうか?
こういった文学が評価されたって事は当時が時代の変わり目で
共生のルールが確立出来ていない為に悩む人間の共感を得たからだと思います。
つまりそれまで所属集団と無関係に他人と知り合える様な
コミュニケーしョンの伝統がなかったって事の証明となると思うのですけどどうでしょうか?
947奴は馬鹿じゃ無い:03/10/03 12:25 ID:AVHtLV+2
日本には古来から共同体を超えた唯一無二の正義の概念が無いらしい。
よく考えたら神道に悪と言う概念も無かったのでは?
つまり普遍的、独善的な正義の概念が無い。
そう言った物は中国から入ってきた為[からごころ]と呼んだ。
そしてこれを独善的正義に基づく頑迷な心としている。

普遍的正義の概念が無いって事は日本全ての共同体共通の
公共の概念(何が正しくて何が悪い)の伝統は
無かったって事ではないだろうか?
948最近のよしりんは変:03/10/03 16:20 ID:w5p+K4iT
>>945
 933での意見を翻して、違う事を主張しはじめるのですか。
 この一連のカキコで貴方が何をやりたいのか、さっぱりみえてきません

>個人個人はどうだったのか。いろんな共同体の人間が混在するような社会が日本に有ったとは〜
 ありました。
 市・町がそうです。いろんな共同体の人間が寄り集まり、混在する場が、東西普遍の町であり市です。
 農村・漁村・林村共同体出身者や、他の町共同体、都市下層民、中流民、そして支配層も混在し、成立するのが町です。
 門前町や城下町なんてのもありますが、貴方の説が正しいならば、アレ等は全て同じ価値観を持つ共同体の人らが集まって作ったんでしょうか。
 比較的価値観が均一化しやすいと見られる農村の個人間ですら、水呑み百姓と本百姓では意識も価値観もまるで違いますし、水呑み百姓間ですら状況に応じて価値観に違いが生じます。
 さらに農村共同体は孤立していたわけでなく、年貢で武士共同体を支え、農作物の売却で商人とも交流を持ち、一部は手工業を取り入れて工人・商人とも混在していました。 
 無人島や交通困難な僻地に1人で孤立しない限り、違う価値観を持つ他者との交流や混在なんて何時の時代にでも普遍的に存在していたのです。
 日本だけが例外とする根拠を、貴方は全く示しませんね?

>掟と滅私の精神
 これを、「法と自己犠牲の精神」と言い換えると、キリスト教的になります。
 安易な類推が誤解を招くのも確かですが、安易な特殊化は思考停止と同義ですよ。

>戦後無くなって
 犯罪増加と、社会的階層のボーダーレス化、セックスとバイオレンスの蔓延は、先進国では共通して見られた現象です。
 神道・仏教圏の日本でも、キリスト教圏でも、変わりなく起きた現象ですが、あえて差異化する理由は何ですか?

>資料もソースも無いので・・・・
 そんな状態で堂々と主張しないでください(汗
 貴方は、資料やソースに基いて結論たる主張を導き出したのではなく、結論にあわせてソースや資料を引っ張るつもりなのですか
 それから、2chで勉強って何ですか。
 それなりの講習を受けるなり、いろんな著作を濫読するなりして勉強してからのほうが、筋だった意見を展開できると思います
949最近のよしりんは変:03/10/03 16:23 ID:w5p+K4iT
>>946
  えーと、どうコメントしていいものやら・・・。

>近代自我が確率されるまで自分と違う価値観をもっている人間を常に意識する環境が無かったと思います。

  自分と違う価値観をもっている人間を意識する環境は、縄文時代の原始社会から既に存在していました。
  飢えてケダモノのようになっている人間と、食べ物をカゴにいっぱい詰めて歩いている人間が邂逅した場合、
 どちらも同じ価値観で行動を決めていると考えるほうが不自然です。
  近代自我が定義される前から、自我は厳として存在しており、他者の認識は自我が生じた時点から始まるのが普通です。
  よって、日本人は自分と違う価値観を意識する環境が無かったと考えるのは、かなり変な理屈です。
  「日本人には自我が無い」というのは、比喩表現でしかないのです。

 また、「こころ」が公共のルールが確立されていない過渡期に支持された小説という貴方の仮説が正しいとするならば、
江戸時代の作品に同様の主題は有ってはいけませんし、同様に公共のルールが確立しているとみなされる
キリスト教圏で同様の主題が有ってもいけないことになります。
 実際は、義理と人情を扱った主題は江戸時代にも山ほど存在し、キリスト教圏でも類似・同一主題が存在し、双方とも当時の読み手に支持されました。
 こういった矛盾をどう説明できるのか、じっくりと聞いてみたいものです。

 羅生門の場合はさらに過去、「今昔物語集」から題材をとっています。
 芥川の筆致によって作品に瑞々しさがもたらされたのは確かですが、「今昔〜」が内包する多様性、冷徹かつ迫力ある描写は時代を超えるものです。
 羅生門が公共のルールが確立されていない過渡期に生まれた小説と言うならば、日本は平安末期に貴方のいう価値観の過渡期を迎えていた事になります。


 ・・・・・・時間のムダですね。
 貴方が何を目指していろいろ書いてらっしゃるのか、サッパリ見えてきません。
 これも何処かからのコピペなんですか?
950最近のよしりんは変:03/10/03 16:27 ID:w5p+K4iT
>>947
>日本には唯一無二の正義の概念が無いらしい 神道に悪と言う概念も無かったのでは?

 また憶測を元にした推論ですか?
 ギリシャ哲学から端を発した、自然科学や哲学等は、キリスト教以外の思想ですね。ファンダメンタリストは、聖書の一字一句を真実だと未だに教え込みたがっているようです。
 ファンダメンタリストにとっては聖書が正義でそれに背くものは悪ですが、普通の人間はその相克を物心二元論で回避しています。
 欧州においてキリスト教が唯一無二の独善的正義を目指した時代は、ローマ末、中世と、ルネサンス反動の極一時期くらいなものです。
 ルターが出てきたのはキリスト教世界には致命的でした。ヴァチカンだけがキリスト教の権威ではなくなったために、独善は批判され、普遍という主張もしにくくなったからです。

 さらに、普遍的かつ独善的とするのは、相互に矛盾しています。独善を普遍にするためには、力による強制が必須になり、それ自体が悪との謗りを受けてしまいます。

 最近のカトリックは普遍を目指すために独善を捨てています。 靖国神社を守ったのはヴァチカンでしたし、ローマ法王は宗教的多様性を認めています。
 プロテスタントは聖書教徒とも呼ばれ、普遍なのは聖書だけです。 解釈はそれぞれ独善的に行われているために価値観的な統一は困難で、普遍と言うには程遠いでしょう。
 スタンダードに至っては、正教会がそれぞれ分裂している上に、域外への布教も不活発なので、さらに普遍とは程遠いようです

>日本には普遍的正義の概念が無い
 同様に、貴方の言う意味での独善的正義の概念は有っても、普遍的正義の概念は普及しなかった欧州にも、公共の概念が無かったと言うことでOKでしょうか?

 正邪を明確に分割してみせない宗教からは公共心が生まれないと言うなら、正邪分離が教義の根本にある拝火教徒は凄まじい公共心のカタマリだったのでしょうか?
 同様に、貴方の概念で公共心を量るならば、インドのパールシー教徒は、日本人平均より公共心に満ち溢れているのでしょうか?
 貴方は「からごころ」を独善的正義と規定していますが、そういうものを持っている中国人は、日本人より公共心に満ち溢れているのでしょうか?

 主張が相互に矛盾しているので、ツッコミ個所が多すぎます。
951最近のよしりんは変:03/10/03 16:28 ID:w5p+K4iT
 えー、私の895発言に貴方がレスをつけてから延々とやっているのですが、貴方が何を主張したいのかがサッパリ見えてきません。

 貴方のジンゴイズムやショーヴィニズムへの言及も、私が貴方の意見を完全に否定して以来、ぱたりと止んだのですが、私が895で言及していたのはまさにそれなのですが。
 ジンゴやショーヴァンが生きていた時代の社会は単純でなかった事に異論は有りませんね?
952奴は馬鹿じゃ無い:03/10/03 17:35 ID:mGGCspxg
スイマセンね。
自分の話したい方向と完全にズレちゃったんで。

>>948
>これを、「法と自己犠牲の精神」と言い換えると、キリスト教的になります。
隣人愛の教義が出てきてそこが変わったって話です。
「掟と滅私」とは個人の自我が共同体の掟というか同調圧力とある程度同化しており
そこから逸脱した行為は破滅を意味する訳でこれはどんな共同体も最初は同じです。
ですが社会が複雑化すると違う掟を持つ異教徒、異民族間の対立が絶えなくなったため
あるキリスト教の司祭が「親や故郷の親しき物を愛するのはワガママです
自分を憎む異教徒にも慈愛の心を持ちなさい」と隣人愛の教義を説きます。
その教義のおかげで人々は身内からの同調圧力に従わず自分が本来持っている
愛情に従って異民族、異教徒と協調する様になりました。
おかげでキリスト教はどんどん浸透し勢力を拡大して
近代的な国家を造り上げる事ができる様になりました。
それにキリスト教徒は自分の持っている価値観の物差と異教徒異民族の価値観の物差を使って
自分を多元的にポジショニングすることが出来る様になりました。
そして自分達を縛っている同調圧力に対してそれに準じる事が有益かどうか
判断する能力を身に付け自由な発想ができる様になり個人主義の概念が生まれました。

個人主義への繋がりがちょっと・・・(w
隣人愛が直接の引金になったとは言い切れないんだけど
概念が生まれたのは同じ時代だったとおもいます。
953奴は馬鹿じゃ無い:03/10/03 17:59 ID:eto96tJp
>>948
>セックスとバイオレンスの蔓延は、先進国では共通して見られた現象です。
日本の閉息感とは違うと思います。
一億総中流化による目的の喪失は日本独特の物だと思います。
望めばなんでも手に入ってしまう
あらかじめ全てを持っているが故に何かを渇望することなく
自分が何をしたらよいのか解らないので只周りに合わせて生きる。
退屈な日常が永遠と続くのでは無いかと言う焦燥感
というのは他の国では聞いた事の無い話です。

>>949
>実際は、義理と人情を扱った主題は江戸時代にも山ほど存在し、
「こころ」は義理も人情も無い話の様な・・・
友人と同じ人を好きになってしまい苦悩した上に
彼を出し抜いて自分が結婚してしまう。
友人は自殺、自分も友人を裏切った罪悪感から自殺。
江戸時代の場合恋に落ちた男女が親に引き裂かれ
男は親の決めた女と結婚、女は放火をする様になるみたいな感じの話しがあったと思います。
前者は自由恋愛、後者は身内の同調圧力と個人の感情のどちらかをとるかと言った
感じでバックボーンとなる価値観が全く違います。

羅生門は元ネタが「今昔物語集」なだけでは。
羅生門の内と外は全く違う価値観でありプライベート(内)とパブリック(外)の境界線です。
無法な外の世界を自由意志に従って生きるか、内側の世界の戒律を守って飢え死にするか
と言う所を古今物語の時代と当時の感覚を重ね合わせた話で決して平安末期をただそのままに
えがいた訳ではありません。
954奴は馬鹿じゃ無い
>>950
ある程度のプロセスをがあって公共の精神という概念が出来上がる訳なんですけど
その一部分を抜き取って語っても何の意味も無いと思います。
紆余曲折し極めて稀な「隣人愛」という教義を広め
普遍価値から脱却して(全てでは無い)
現在に至るキリスト教圏の普遍を目指し独善を捨てるといった感覚と
最初から普遍的価値がない日本とは違うと思うんですけど。

>>951
ある程度共通の感覚を持って愛国心を語りたかったんですけ
どどんどん離れていってしまいますね(w