★保存版★ 泣ける話@極東板 Part2

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213法聖浦(ポクソンポ)物語1
 この話は、法聖浦(朝鮮半島南部の港町)の邦人社会で生まれ育った周ちゃん(仮名)
が、法浦小学校の三年生だった昭和八年から終戦時までの思い出を綴った冊子からピック
アップしました。(当時の雰囲気を伝えるため、ほぼ原文のまま)
 昭和二十年九月十六日、青年周ちゃんは一族とともにジャンクで法聖浦港を出港し、命
からがら日本に引き揚げました。冊子を編んだ昭和五十年頃は、法聖浦時代を懐かしみつ
つ、商店主としてまずは平穏無事な後半生を送っていたようです。

法聖浦の一銭乞食

 昭和八年頃、店(注:一族が経営する材木店)前にあった昭和旅館の門口の所に、何時
も座っている乞食が居た。通りがかりの人を見ると深々と頭を下げる。しばらく間合いを
おいて相手の反応を確かめる様に少し頭を持ちあげ、上目使いに客を見上げる。相手の視
線が合うと又仰々しく馬鹿丁寧に頭を下げて膝元に置いてあるブリキ罐の銭入を差し出
す。罐の中にはいつも一銭銅貨が十二、三枚入っていた。
 その頃昭和旅館は、熊本屋と同じく向井氏が経営されていたので、客を送り迎えする熊
本屋の別嬪さん(注:娼婦)の出入りが多かった。
214法聖浦(ポクソンポ)物語2:03/06/11 19:07 ID:FLdCCam5
 乞食と顔なじみになっている別嬪さんは、良く連れの客に此の乞食を紹介していた。
「旦さん、この乞食は面白いのですよ。一銭銅貨を七、八枚と、五十銭銀貨を見せてどち
らを取るかと聴けば、きっと一銭銅貨の数の多い方に手を出すのです。変わっているから
上げて見てごらんなさい」と宣伝してくれる。
 旦那も酔狂に懐から財布を取り出し、一握りの銅貨を手の平に戴せ、片手に五十銭銀貨
をつまんで、
「どうだ、多い方を取るか、それとも五十銭を取るか?」と乞食の様子を窺う。しばらく
案じて居た乞食が手を出すのは、決まったように数の多い方である。別嬪さん得意そうに
にっこり笑って、
「ねえ旦さん、私の言った通りでしょう。この乞食は頭が弱くて金の勘定が出来ないので
す。可哀そうなオドンビキ(注:朝鮮語で乞食)さん」てな調子である。
215法聖浦(ポクソンポ)物語2:03/06/11 19:09 ID:FLdCCam5
 そんな或日の事であった。店に金物や材木を買いに来た客に渡す釣銭のきれた父は、店
先で遊んでいた私に、
「周、前の乞食なら小銭をたくさん持って居るだろう。行って替えて来てくれ」と言うの
である。
 私は如何にも不服面で、
「汚い乞食なんかとお金を替えるの、嫌だなぁ・・でも、朝鮮語で何と言えばよいの?」
「お金に奇麗や汚いがあるものか、お前にはまだ朝鮮語が解らなかったの、では俺が行っ
てくる」と父は乞食の所に出向いた。
 父と喋っていた乞食は解ったと見えて懐の袋包みから銅貨をざくざくと出して、
「一はな 二つう 三せえ 四でえ 五たそ 六よそ 七いりごぶ 八やどる 九あほつ
 十よる」と一から十まで数えて一重ねにして、次々と十まで数えて五重ね丁度にする
と、父の差出す五十銭銀貨と交換してくれた。父はその後もしばらく乞食と喋っていた
が、からからと笑って帰って来た。父は感心しながらこう語っていた。
216法聖浦(ポクソンポ)物語4:03/06/11 19:10 ID:FLdCCam5
「そんなに勘定のできる者が、何故に五十銭を貰わず一銭銅貨の方ばかりを貰うのか」
と訊ねると乞食は奇妙な面をして、
「旦那も商人に似合はずおかしな質問をされる。私だって乞食はしていても五銭や十銭が
好きか、五十銭が好きかと聴かれれば、五十銭の方が良いぐらいの事は分かっている。だ
からと言って五十銭の方を貰っていたのでは、客は一度くれたきりで二度とはくれない。
如何にも馬鹿面をして銅貨の数の多い方が好きだと言っておれば、客は面白がって次々と
金を与えてくれる。私も乞食が商売、明日もあさっても稼がねばならない。旦那も商売人
ならそのぐらいの事はわきまえておられる筈だが・・・」
と言って心外そうにまじましと父を見あげたそうである。
217法聖浦(ポクソンポ)物語5:03/06/11 19:11 ID:FLdCCam5
「商人は損して得取れと諺があるが、よもや乞食から教えて貰おうとは思わなかった。あ
の乞食は立派な商人だ」と父はさも愉快そうに笑っていた。
 昭和旅館が廃業になって松井氏が入居されてからは、昔の様に人の出入りも少なく、此
の乞食も何処に河岸を変えたのか、あれ以来法聖浦で一銭乞食の姿は見掛けなくなった。
後日、兄の話しに依れば霊光の町中で、元気に稼いで居たそうである。
 追記   後日、父の話では、天気の悪い、稼の少ない日などはさっさと五十銭の方を
受取って早仕舞いしていたそうである。乞食も背に腹はかえられなかったのだおると父は
笑っていた。