非核国家がタブーを破る日
開発力を有しながら核をもとうとしない日本
北朝鮮の高まる脅威が核武装への扉を開くのか
日本に「意思」があるかどうかは一般論に終始したが、「能力」については明確な結論に
達した。その気になれば、日本は2〜4週間で核爆弾を製造することができると、研究者た
ちは結論づけた。
かつての日本なら、そんな見方にまともに取り合うことさえなかっただろう。防衛庁は95
年に、日本の核武装の可能性について内部で検討している。93年に北朝鮮の核開発をめ
ぐって緊張が高まった後だったが、今年2月に公表された報告書によれば、政治的、経済
的コストが高すぎるので保有すべきではないという結論に達した。
こうした変化が、半世紀以上にわたって核兵器を拒絶してきた日本をついに揺さぶりはじ
めた。アメリカでは、ワシントン・ポストのチャールズ・クラウトハマーのようなタカ派のコラ
ムニストが、日本は核武装すべきだと説いている。中国の危機感をあおり、核を放棄させ
るよう北朝鮮に圧力をかけさせることがねらいだ。
ディック・チェイニー副大統領は、3月に出演したNBCのトーク番組で「(北朝鮮危機で)
日本なども核政策の見直しを迫られるかもしれない」と語った。CIA(Central Intelligence
Agency:米中央情報局)と国務省情報調査局は、日本が核武装する可能性について極秘
裏に検証してきた。
「アメリカは、日本に核武装を思いとどまらせることができるのかどうかわからない。思い
とどまらせたいのかどうかもわからない。(ブッシュ政権の当局者から)そう聞いたことが
ある」と、保守系シンクタンク、ヘリテージ財団のジョン・タシックは言う。
しかし昨年5月、福田康夫官房長官が、核兵器の保有は憲法上は否定されないと語り、
非核三原則の見直しに言及した。その1カ月前には、自由党の小沢一郎党首が「その気
になれば(日本は)原発のプルトニウムで何千発分の核弾頭をつくれる」と発言。今年1月
には石破茂・防衛庁長官が衆議院予算委員会で、他国のミサイル基地を「日本が先制攻
撃する可能性」について答弁した。
こうした変化に、アメリカの専門家は驚きを隠さない。「核武装の可能性について議論す
るのは日本にとってタブーでなくなった」と、戦略国際問題研究所(CSIS:Center for
Strategic and International Studies)のカート・キャンベルは言う。「核武装について、冷静
に議論できる国になったということだ」
小沢の話は、大げさでもなんでもない。核武装を決断すれば、日本が核兵器を製造する
までにあまり時間はかからないだろう。
日本は現在、使用済み核燃料を再処理して得たプルトニウムを国内に5.6トン、フランスと
イギリスに32.4トン保有している。核兵器に適した高純度のものではないが、モンテレー
国際大学の物理学者チャールズ・ファーガソンによると、日本の技術力があれば余分な
酸素を化学的に取り除いて核爆弾を製造できるという。
国際原子力機関(IAEA:International Atomic Energy Agency)の試算だと、核爆弾を
製造するのに必要なプルトニウムは1発当たり5〜9キロ。日本国内にあるプルトニウム
だけでも、500発以上は十分につくることができる。
日本には、他の条件もそろっている。H2ロケットは液体燃料のため弾道ミサイルへの転
用はむずかしいが、5月9日に小惑星探査機を打ち上げたM5ロケットは固体燃料を使用し
ており、「ICBM(Inter Continental Ballistic Missile:大陸間弾道ミサイル)そのものだ」と、
軍事評論家の江畑謙介は言う。日本のコンピュータ技術をもってすれば、初歩的な核実
験のシミュレーションも可能だ。
こうした変化によって、防衛庁の95年の報告書は時代遅れになったと、タシックは言う。
「日本は当時、北朝鮮の核武装はアメリカが絶対に許さないと考えていた」。今やアメリカ
が許さないのは核武装ではなく、米本土に対する核攻撃に変わったようだ。
ケイトー研究所のテッド・カーペンターは、アメリカは日本と韓国の核武装を認めるべきだ
と考えている。カーペンターに言わせれば、北朝鮮の周辺諸国は、地域の安全保障につい
て自分たちで責任を負う時代になった。「日本が確実な核抑止力を求めるなら、自ら核を保
有すべきだろう」というのが、彼の考えだ。
日本の近隣諸国が核兵器の開発競争を始めれば、カーペンターの主張は説得力を増す。
チェイニーは3月に出演したトーク番組で、「北朝鮮が弾道ミサイルに核兵器を搭載するよ
うになれば、この地域の軍拡競争に火がつくだろう」と語った。そうなると、日本が直面する
現実は、8年前に防衛庁が考えていた状況とはかなり違ったものになる。
「北朝鮮が崩壊するようなことになれば、朝鮮半島の統一国家がその核兵器を引き継ぐ。
そのときは日本も、ただちに核兵器の保有に踏み切るだろう」
だが、台湾と日本は違う。「太平洋で最も重要な同盟国が(核武装は)安全保障に不可欠
だと判断するなら、大統領は反対しないだろう」と、タシックは言う。
日本は、周辺諸国が核兵器の開発競争を行わなくても、核武装するかもしれない。日本
には60年代から、核アレルギーを払拭しようとする政治家がいた。
その意味では、昨年5月の福田官房長官の発言は驚くにあたらない。国際政策センター
のセリグ・ハリソンに言わせれば、「日本の核武装志向の根っこにあるのは戦略ではなく
願望」だ。
「日本の右派は(第2次大戦後の)主権回復以来、核兵器開発の可能性を常に探ってい
る」と、ハリソンは語る。「彼らにとって、北朝鮮の核は日本の核開発を正当化する口実に
すぎない。彼らが核保有をめざすのは、国際社会でより自立した地位を得たいからだ」
北朝鮮の脅威には、TMDやハイテク通常兵器で十分に対応できるかもしれない。だが、
核兵器でなければ満たせない「願望」もあるようだ。
中国が軍事力を増強し、ブッシュ政権が在韓米軍の再配置を検討している今、北東アジ
アの未来の姿は予測しがたい。だが、北朝鮮の核危機がどのような形で決着しようと、日
本が核開発をめぐる論議をタブーと考える時代は終わりを告げるだろう。
日本もアメリカも、以前は考えられなかったことを真剣に考えねばならなくなったという
ことだ。
「反核」という名の宗教 唯一の被爆国という呪縛から逃れられる日は来るか
多くの日本人にとって、絶対神を信じる一神教の概念は理解しづらいものだ。だが日本人
以外には、非核三原則をかたくなに守ろうとする日本人の思考こそ「不思議な宗教」のよう
にみえるらしい。
日本の政府系シンクタンクに勤務する下山貴浩は、アメリカの大学院に留学していた6年
前にそう感じた。政治学の授業中にアメリカ人学生から日本が核武装しない理由を尋ねら
れた下山は、唯一の被爆国である日本には核兵器を「持たず、作らず、持ち込ませず」と
いう三原則があると説明した。
だがアメリカ人学生は、米軍が沖縄に核兵器を持ち込んでいると主張し、下山の話に納
得しなかった。「非核三原則が虚構であることは世界中が知っている。開発力もある日本
が核武装についてきちんと議論しないのは不誠実だ」と、彼は言った。
日本社会を精神分析の観点から考察する心理学者の岸田秀は「戦後の日本人は、核を
否定して平和国家を主張することがアイデンティティーと思うようになった」と言う。「でも思
い込んでいるだけだから、それを突き崩しかねない発言が出てくると反発が起きる。戦前
の天皇制のように、絶対化すると現実から離れてしまう」
第2次大戦の敗北で、日本人の多くはそれまでの価値観を失った。その空白を埋めるの
に「独自性をアピールできる反核は、世界から特別な存在とみられたがる日本人には受け
入れやすかった」と、竹内は言う。
だが、アレルギーの原因となる環境は今や大きく変化した。かつてのようにアメリカに安
全保障を依存して経済復興に力を注ぐ理由はないし、北朝鮮の核保有も現実味を増して
いる。
論理的な検証に基づかない反発は、状況が変われば容易にひっくり返る可能性がある。
現に98年に北朝鮮のテポドンが日本上空を通過したとき、偵察衛星の導入をまたたく間に
決めるなど、日本はそれまでの「専守防衛」を忘れたようだった。
心の安らぎを得るうえで、宗教は大切なものにちがいない。だが、祈るだけで「非核」を貫
くのはむずかしいかもしれない。