【兄妹だけど】生殺し妹文学館【愛し合う】第十五巻

このエントリーをはてなブックマークに追加
9無題[1] ◆orz..c5K0U
…それは職人(マエストロ)の技によって。至高の君の為だけに。愛らしい
兄と妹の写し形。幸多かれと。
しかして王統の系譜はただ断頭台の露と消え、奢侈の蓄えは子蜘蛛を散らすが
如く、続く命の革め頻りにあっては、件の兄妹の消息終ぞ知る者はなし…

…X月X日より3ヶ月に渡り、新国立美術館にて『至高の君へ−兄と妹−』
展が開催されます。これは我が国とF国との国交樹立百周年記念事業の
一環として行われるものです。
摂政に扮した男児と上流貴婦人らしい女官役の女児の人形一対は、F国の
歴史上最高の人形職人と目されるロザンが時の、そして最後の王となる
レオナール十五世に献上したものであり、また王の二人の子、ルイ王子と
シモーヌ王女を模したものとして知られています。またこの人形の兄妹は
数奇な運命を辿ったことでも非常に有名です。王政打倒、共和政体移行に
伴う混乱の中で散逸した他の王家収蔵品と同様に、兄はヨーロッパ大陸を
転々としながらも最終的にはF国へ戦時賠償として返還されたのに対し、
妹は大西洋、続いて太平洋を渡り我が国へと…
10無題[2] ◆orz..c5K0U :2006/01/23(月) 21:31:57 ID:n64skXDC
「お兄様、お逢いしとうございました」
「長らく久しいな、愛しの妹よ」

…現在の兄の収蔵先であるF国ロワール美術館のご協力を得て初めて実現の運びとなったもので、
公開に先立ち両国の最新の歴史検証と最高の復元技術を尽くした美術品修復プロジェクトが実施され、
その様子を記録した資料も併せて展示されることになっております…

「相も変わらず可愛いぞ、おまえは」
「相も変わらずお世辞が下手ですわ、お兄様は」

………

「再び別離の刻が近付いたようだな、誠に残念ではあるが」
「嫌です!世紀を三度越えてようやく逢えたのに…もう離れるのは嫌!」
「我侭を致すではない、シモーヌよ」
「お兄様との逢瀬を、刻が許さぬと言うのなら、いっそ…」
11無題[3] ◆orz..c5K0U :2006/01/23(月) 21:33:29 ID:n64skXDC
…展示が成功裡に終わろうとする間際、それは起きた。空調管理もセキュリティも完璧であるはずの、
そして実際そうであった新国立美術館・特別展示室で発生した火災事故。美術品を預かる立場であった
我が国の面目丸潰れではあったが唖然としている訳にも白を切る訳にもいかず、F国専門家も交えた
共同原因究明調査が執り行われた。その最終結論報告は実に奇妙なものであった。

『火災の原因は展示品それ自体である』

十数回にも及ぶ現場検証による火元の推定、また事故当時の記録には不審者や火気の類は一切残っていない
ことなどから、と調査団は説明する。程なくして我が国から損害賠償を行う意向を外交ルート経由で提示
したがF国はこれを一旦は固辞し、代わりにロワール美術館運営費への寄付金としての名目で受け取ったという…
12無題[4] ◆orz..c5K0U :2006/01/23(月) 21:34:00 ID:n64skXDC
「…さて、これでよかったものかな?兄としては其方の見目を愛でることができぬのが些か悔まれるが」
「形あるもの、何時かは朽ちます…いまシモーヌは不朽の喜びにありますから、お兄様…」

件の兄妹の「遺灰」は同美術館内に設けられた「墓地」にて永遠に別れることなく眠りに就いている…