"アーヴによる人類帝国"の領地の一つ、惑星デルクトゥーの軌道宇宙港―――その
広大な待合ホールは旅客船を待つ人のゴミで埋まっていた。
迎えを待っているボクはその中でもひときわ異彩を放っている。復古主義を主張したよ
うなデザインの長衣に身を包み、額には黄金の頭環をはめているのだ。アーヴ貴族の
標準的な正装だが、地上世界出身のアーヴ貴族は少ない。間違いなくこの宇宙港で
はアーヴ貴族はボク一人しかいないだろう。それに「星達の眷属」を自称する彼らは地
上世界にあまり興味を抱かない。
道行く人は皆、ボクを遠巻きに避けて歩く。こちらを指差して母親に何かを聞い
ている子供もいたが、母親は慌てて子供の手を払って叱咤していた。惑星デル
クトゥーではアーヴへの反感が根強いために、いかな地上人でも白い目で見ら
れる。しかしボクがデルクトゥー人に囲まれて暴力を受けることは無い。かれらは
「アーヴは復讐を何倍にもして必ずやり遂げる」と信じているからである。実際に
はアーヴは公平な種族だが、帝国主義的な領土拡張を行ってきたためにこのよ
うな悪名が広まったのだ。そしてこの悪名は彼ら自身をも守ってきた。僕も例外
ではないということだ。
と、唐突に何かを引きずるような重い金属音がホールに響き渡り、周囲がざわめいた。
今までこちらを盗み見ていた周りの人々も、音のする方――多くの人でごった返して
いる一般の搭乗扉の隣、高さが150mもある巨大な扉に注目している。たいていの人
は、あの扉は何のためにあるのかと宇宙港の職員に尋ねるのだが、職員がこう答え
ると必ず納得する。
「…アーヴ専用の搭乗扉だ」
扉が完全に開くと、そこには一人の巨人がいた。人類には存在しないはずの青い髪、
やや細身の体、美しい顔、そして100mを超える巨体――間違いない、アーヴだ。顔
だけでは性別が分からない者も多いが、腰がくびれていて胸の部分がやや膨らんで
いることから女性であることが分かる。それに黒を基調としたシンプルなデザインの
衣服に身を包んでいることから、どうやら軍士らしい。
ホールは静寂に包まれた。人々は現れたアーヴをしばしの間見上げた後、今度は
ボクとアーヴを交互に見ながら道を開けはじめる。たちまちアーヴとボクとを結んだ
直線上に道ができた。アーヴ女性は道の終わりにボクを見つけると、数千もの視線
を浴びつつ堂々と一歩を踏み出す。着地と同時にホールに重い音が響き、その姿に
人々から驚嘆の声が上がった。何せ彼女の足だけで小型の宇宙艇くらいの大きさ
がある。
…正直、緊張していた。惑星デルクトゥーのアーヴ言語学校に通っていたとはいえ、
貴族身分だったのは当然ボク一人。それにアーヴを実際にこの目で見るのは今日
がはじめてだったのだ。それにこの巨体である。緊張しないほうがおかしい。
あれこれ考えているうちにアーヴ女性はボクの手前30mほどで止まると、ボクを悠然
と見下ろしながら踵を合わせて敬礼し、口を開いた。
「リン・スューヌ=ロク・ハイド伯爵公子・ジント閣下か?」
「い、いかにも!」彼女に聞こえるように声を張り上げる。
…でかい。
テレビではよく『アーヴ特集』などという番組が視聴率を集めるが、平均身長は130m
前後らしいのでそれなりの大きさなのだろうとは思っていたが、実物はテレビで見たも
のとは比べ物にならない迫力があった。映画の中に迷い込んだかのような錯覚を受ける。
急にアーヴ女性の体が目の前に迫ってきた。片膝を立ててしゃがんだのだ。
「巡察館<ゴースロス>より迎えに参った。手に乗られるがよい」
といって、左手をボクの目の前に差し出す。綺麗な手であった。…しかし、
アーヴの初対面の挨拶はあっさりしているものだ。愛想笑いくらいしてもい
いのに…それとも、地上人だから馬鹿にされているのだろうか。
「どうかされたか? ああ、土足でも気にされることはないぞ」どうやらこちら
の逡巡を誤解したらしい。
「そうですか、では、失礼」
彼女の手の平はちょっとした部屋くらいの面積がある。軽く十数人は乗れる
くらいの広さだ。手の平の上は柔らかくも硬くもなく、そして暖かい。
急に下に押し付けられるような感覚…彼女が手を持ち上げたのだ。同時に彼
女は立ち上がり、手の平に乗せられたボクは彼女の目の高さに持ち上げら
れた。視界一杯に広がった美しい顔にドキッとしてしまった。顔をよく見て分か
ったが、どうやら年齢はボクと同じくらいらしい。アーヴは遺伝子改造で不老
の肉体を得ているとはいえ、成人になるまでは地上人と同じように成長するか
らだ。
よほど地上人が珍しいのだろうか、彼女はまじまじとボクを見つめている。ボク
も彼女の美しい顔に釘付けになり、目を逸らす機会を失ってしまった。しばし
見つめ合う。
ほんの一瞬、彼女がニヤけたような…気がした。