10か月ぶりに連載再開!!
窓際の哲志の憂鬱 第13回
「ひえええ−っ ハアっハアっハアっ」哲志は大蒜臭い息をゼイゼイ
いわせながら、どくだみ荘の自室のドアをひらいた。
「ある方」から携帯で呼び出され、目的地に向かったのだが、
100mもいかないうちに、道端にある小石につまずき、運悪くそこに
あった肥溜に頭から突っ込んでしまったのだ。
「糞っ!たまに外に出るとこれだ・・いいことなんかありゃしない。
これじゃあ味噌も糞も一緒じゃないか!」哲志はいたくおかんむり
であった。「糞ッもう外へなんか出るもんかッ!やっぱり俺の居場所
はここしかないッ!」哲志は一生をどくだみ荘の自室で過ごす
ことを固く心に誓ったのであった。あの方の呼び出しなど、もう
どうでもよかった。自分のことが全てだった。
そもそも哲志がどくだみ荘に引き篭ることになったのにはひとつ
の原因がある。
あれは、ずいぶんと前のことだ。哲志は母校KI大学に通うべく
千葉に向かっていた。その途中突然ムラムラときた哲志は、近くに
あった本屋に入った。店内を物色し、自分好みの緊縛エロイラスト
が満載の本を万引きするべく探したが、あいにくそのテの本はなかった。
「糞ッ!がまんできねえぜッ!何か他に替わりになるものは・・」
すると、哲志の目の前に「薔薇族」がおいてあるのが目に入った。
哲志はパラパラとページをめくると、ゴクリと唾を飲み込み、
周囲を警戒しながらゆっくりと上着の下に本をいれはじめた。
もとより金など払う気はなかった。
窓際の哲志の憂鬱 第13回 その2
その時である。「二本指の魔術師」の異名をとった哲志の手から
「薔薇族」がはらりとこぼれ落ちた。「アッ!」哲志はあわてて床に
落ちた本に手を伸ばしたが、それよりも早く、別の手がのびてきて
すばやく「薔薇族」をうばいとった。
「しまったッ!店のアルバイトかッ!ここは何がなんでもバッくれる
しかねえ!」哲志は憎憎しげな顔をして、手を伸ばした人物の
ほうを見た。「オヤッ?こんなところに鏡が・・」哲志は一瞬錯覚
を覚えた。目の前にいた人物は、哲志にウリふたつだったのだ。
「こんなことが・・」哲志は不可思議にしげしげと相手の顔を
みつめた。その男は、ニヤリと笑って、哲志を見た。
「あ・・あの・・」哲志はあまりのことに次の言葉が告げられなかった。
「はじめまして・・私は・・市〇といいます・・・・」
哲志にうりふたつの男はそう名乗った。
それから、哲志と「市〇」と名乗る男の間で、何の言葉がかわされたのかは
知らない。ただ、男は、ある事情があって、しばらく自分の
身代わりに、自分のマンションに住んでくれないかと提案した。
その条件を飲めば、いずれ自分の実家のある岐阜で、仕事や
住まいを紹介しよう、ということだった。哲志は1も2もなく賛成した。
KI大学に近いのも哲志にはうってつけだった。
哲志はそのマンションがおいに気に入り、密かに趣味の
コスプレ用女性服やかつらなどを運びこんだのであった。
窓際の哲志の憂鬱 第13回 その3
さて、哲志が、千葉にあるその「市〇」と名乗る男のマンションに
すみはじめてからしばらくのことである。哲志が近所をウロウロ
と徘徊していると、目の前に、自転車を押した若い白人女性
が歩いていた。「ウッ!あれは・・髪の毛を金色に染めたら、
マジカルプリンセスそっくりじゃないか!」哲志はペロペロと舌なめずり
をした。表向き哲志はアンチマジプリの姿勢をとっていたが、
その実エロイラストサイトを見つけると、マジプリの緊縛イラストを
しつこく要求するほど、もう目がないのであった。
「ウヘへヘ・・」哲志は嫌らしい笑いをうかべると、その白人女性
に近づいていった。そして哲志は、自分も実は日本人ではなく、
日本語が下手なこと、日本国籍をもっていないこと、高校を放逐されたこと
などを一方的にさんざん自慢し、「ディス・イズ・ア・ペン」など持てる
かぎりの英語能力を駆使してその女性ににじり寄った。
当然その女性は気味悪がって逃げたが、哲志はかまわす゛その後
をおった。女性はとうとう下宿に逃げ込んだが、哲志はしつこく
部屋の前まで迫った。「なあに・・女なんか縛ってしまえばこっちの
もの」哲志は脳内で1000回はシュミレーションした「秒縛」を
はじめて実行すべく部屋の中に踏み込んだ。
あいにく、部屋には同室の白人女性がいた。
そのマジプリ似の女性は同室女性に助けを求めた。
窓際の哲志の憂鬱 第13回 その4
助けて!ジョアンナ!」哲志はその名前を聞くとビビッった。
「ジョアンナ」という名前を聞くと、哲志は体が縛られたように硬直
して動けなくなるのだ。「なに?×××・・」そのマジプリ似の
女性の名前を呼んだが、哲志は意識が朦朧としてはっきりと
わからなかったが、印税か免税か・・そんな名前だった。
哲志はアワアワと狼狽しながら、「アイ・アム・ア・ボーイ」などの
英語を駆使して、その印税だか臨済だかの女性に、英語を
個人的に教えてくれるようにせがんだ。「アイ・アム・マネー・・」
お金は払う・・と哲志はいったつもりだった。女性は目を白黒
させた。哲志はなおもしつこく迫った。金は〇にツケまわし
するつもりだった。「アイ・アム・オタ・・(私はオタクです)」と哲志
はいったつもりだったが、相手には「アイ・アム・ウォーター」と聞こえ
たらしく、水をもってきた。
このことが、後に警察の調べで「容疑者は水が欲しいという口実
で部屋にあがりこんだ」ということになったのであった。
さて、哲志はなんとかイギリス人女性・・姓ははバカか、とか、
アホか、とかそんな名前だったが、長くて覚えられなかった。
名前などどうでもよかった。縛ってしまえば一緒だと哲志は思った。
「とりあえず、いきつけの喫茶店で話でもしよう」と哲志は女性を
誘いだした。二人は連れ立って駅前の喫茶店に寄った。
この場面を、密かに監視カメラが写していたのを哲志は知らなかった。
しかし、哲志は生憎あり金がなく、半ば強引に女性を
自分が間借りしている市〇のマンションへとひっぱっていった。
女性をマンションまでひっぱっていくと哲志はあることに気がついた。
「しまったッ!緊縛七つ道具をどくだみ荘においたままだッ!」
哲志は急にソワソワしはじめた。「しょうがねえ。追浜まで取りに
いっている間はないし、とりあえず、そこいらで万引きしてこよう」
哲志は実に安直に考えた。そして女性に
「ア・・アイ・アム・ゴ−・ホーム」と、意味不明な英語を残し、
女性を無理矢理部屋に残したまま、七つ道具を探しにいったので
あった。当然部屋に外から鍵をかけるのは忘れなかった。
窓際の哲志の憂鬱 第13回 その5
日がとっぷりとくれた。さすがに哲志とはいえ、七つ道具を揃えるのには
時間がかかった。「ふうっ・・やっぱ七つそろえるのはキツいぜ・・」
哲志はエレベーターに乗り込んだ。ふと見ると、目の前に鏡が
あった。哲志は鏡の前でクネクネとポーズをとった。
「この角度が決まるんだよな・・」「やっぱ俺って草ナギつよしだよな」
などと好き勝手なことを言う哲志であった。
その場面もしっかりと監視カメラに映っていたのであった。
さて、いきようようと部屋にかえってきた哲志であったが、鍵をあけて
部屋に入ってみると、女性の姿がない。
「ウム?あの女、どこへいったんだ?靴があるからまだ部屋の中
にはいると思うのだが・・」哲志は部屋中を探しまわった。
念のため便器のフもあけて探してみた。
「おかしい・・俺がこの部屋を留守にしたのは、たかだか7時間
程度だ。こんな短時間で逃げられるわけか゜ない・・」
どくだみ荘に篭って、時間の観念がワヤクソになった哲志であった。
「ベランダに隠れているのかな・・?」哲志はカーテンをあけ、
ベランダに出てみた。「ウム、やはりいないな・・オヤ?」
哲志はベランダの隅にある、古びた浴槽に目をやった。浴槽の中
には園芸用の土が入れてあった。哲志はよく目をこらして
みると・・なんだか、土の中から二本木が生えているようだった。
「ん?もう挿し木かなんかから芽が出たのか、早いな・・」
その時である。「ピンポンパン♪」と玄関のチャイムが鳴った。
哲志はおそるおそる覗き穴から覗いてみると、屈強な体をした
男が数人、たっているではないか!
「チバ犬警だ!」哲志は反射的に身構えた。遂に有○堂のチャチャ
13巻万引きがバレたかと哲志は悟った。いや、死ぬ死ぬ詐欺の
一件かもしれないと思った。とりあえず、捕まったら終わりだ。
「おい!ここをあけなさい!」ドンドンとドアを叩く音が聞こえた。
哲志はソロソロとドアを開けた・・が早いか、脱兎のごとく廊下を
かけだした。
いつも最悪党のトマホークから逃げて鍛えていたので、哲志は逃げ足
だけはウサイン・ボルトもまっ青の速さだった。あっというまに
哲志は階段を駆け下り、マンションの外に飛び出した。
靴も途中で脱げてしまって裸足のままであった。
後ろを振り返る余裕すらなかった。
窓際の哲志の憂鬱 第13回 その6
その後、室内に踏み込んだ警察の手によって、女性のかわり
果てた姿が発見された。警察はただちに捜査を開始、マンション
や喫茶店の監視カメラから、犯人らしき男の映像を入手した。
また、室内からは、緊縛七つ道具に加え、メイド喫茶の制服や
女性用かつら、ヒサヤ大黒堂、大量の魚肉ソーセージや
よっちゃんいかが発見された。
こうして、猟奇女性殺人鬼「市○」が全国に指名手配され、
証拠の監視映像写真も公開されたのであったが、
警察の必死の捜索にも関わらず、なぜかようとして犯人は捕まらなかった。
哲志はといえば、愛車「マシン乙号」にとび乗って追浜まで逃げ
かえり、まっ先にどくだみ荘の自室にとび込んだ。
警察においまわされたことの恐怖から以後どくだみ荘に
とじこもり、部屋のドアにアロンアルファを塗って、一切出入りが
できないようにした。
こうして哲志の「一人いきなり黄金伝説」いや、「哲志版懸賞生活」
ともいうべきサバイバル生活がはじまったのである。
ちなみに、哲志は恐怖から、その後一切のニュースの類を見ていない。
しかし、なぜ犯人の市○はいまだに捕まらないのであろうか・・
誰か、この謎の答えを教えて欲しい・・・
(この章 完)