ずいぶん前に読んだ雑誌からの孫引きなので、細かな部分には間違いがあるかもしれないが、
とにかく楽天の鉄平選手が、どこかの幼稚園を訪れた。 キャッチボールやダンスを披露し、
喝采を浴びたあと歓談の時間となり、 鉄平選手は園児たちに、「みんな将来は何になりたい?」と尋ねた。
園児たちは当然「楽天に入りたい!」「野球選手!」などと口々に叫び、 鉄平選手はウンウンとうなづいている。
そのうち、大工さんになりたい、という声が上がった。ケーキ屋さん、お医者さん、という声も出た。
鉄平選手はやはりうなづき、「どれも大事な仕事だね。大変だけど夢を捨てちゃいけないよ」
すると、それまで黙っていたひとりの園児が手をあげていった。 「ぼく、猫になりたい」
幼稚園の先生や親たちは息をのんだ。鉄平選手は大きくうなづき、
「猫になる、っていうのも大切な夢だよね。いいかい、ぜったいに、その夢をあきらめちゃいけないよ」
このエピソードを知って以来、鉄平選手とは、野球選手というより、偉大な人間の足下にボールが
転がってきたので、 偉大な人間らしい態度でひたすらそのボールを追いつづけている、
といったような人間なのだと周囲に触れ回ってきた(後略)
(平成18年7月22日 日本経済新聞夕刊 いしいしんじ「猫になりたい」より)