31日目(8月19日)
朝、敏江が独房へ向かいに行くと、眉子の様子がおかしかった。
遠くを見ているような目つきで、口から涎を垂らしている。
「さあ、ボーッとしてないで、食事の時間だよ!さっさと立ちな!」
二の腕をつかみ引き上げても、眉子は力無く立つことが出来なかった。
敏江は、章一を呼んだ。
「どうしたんだい?眉ちゃん・・・・?」
章一が眉子の目をのぞき込んだ。焦点が定まっていない。
眉子が口を開いた。
「あー、あー、やだ・・・・、もう、死にたい・・・・いたいのや・・・・だ。うえ
ー!」
首を振りながら、パクパクと口を開閉する眉子。
突然、眉子は険しい表情になり、髪を振り乱して章一に躍りかかった。
章一は、眉子の腕を捕まえた。眉子は、章一の顔にかみつきそうな勢いでつばを飛ばしながら叫んだ。
「あーっ!殺してっ殺してよーっ!もー知らない!どーなってもいい!殺すんなら、殺せぇぇぇぇ!」
「落ち着くんだ!君の家族がどうなってもいいのか!達也君も死ぬんだぞ!」
「知らないっ。知らないっ!なんで、わたしだけが、こんな辛い目にあうのよ〜っ!みんな死んじゃえばいいんだわ〜!」
章一は、眉子の頬を殴り、はり倒した。
「敏江!おさえていろ!精神安定剤を注射してやる」
薬を注射され落ち着きを取り戻した眉子は、朝の日課を済ませ拷問室に連れてこられた。まだ、肩で息をしている。
「もしもし、河合さんのお宅ですか?眉子さんのお母様ですか?」
章一が電話をかけていた。
「眉ちゃんが、お話をしたがっていますよ。今、変わります」
眉子は、不自由な手で受話器を取った。
「ま、眉子なの?お母さんよ!今、どこにいるの?早く帰ってらっしゃい!みんな、心配してるのよ」
「ああ・・・・お母さん・・・・」
眉子には、母の声が、もう何十年も会っていなかったように懐かしく聞こえた。幸せだった日々の思い出が頭の中に駆けめぐった。涙が溢れ息が詰まって言葉も出ない。
「ああっ、お母さん!」
「眉子!眉子!どこにいるの?無事なのね?早く帰ってきなさい」
「えっえっ、お母さんっ!眉子は・・・・えっ、もう、帰れません・・・・ご、ごめんなさい・・・・もう、もどれ・・・・エッんエッエッ」
章一は、受話器をひったくると言った。
「眉ちゃんは、弟さんに会いたがってます。達也君を出してくれませんか?」
弟の名前を聞いたとき、眉子は雷で打たれたような衝撃をおぼえた。
(ああっ、わたしは、達也を裏切ろうとしたのだ!こんなに愛しているのに!)
「さあ、眉子!弟の声を聞いて反省しろ!」
「お、おねえちゃん!はやく、かえってきてね!あいたいよぉ」
幼い弟の声を聞いた眉子は、受話器に噛みつきそうな勢いで言った。
「達也!達也!おねえちゃんよ!会いたい!会いたいわ!お姉ちゃんも頑張るから!いい子になって!」
「おねえちゃん・・・・ボクいいこになるよ。にんじんもたべるよ。だから、はやくかえってきて!」
(この子には未来がある・・・・。わたしが投げ出せば、愛する弟も殺されてしまうんだ・・・・)
「お姉ちゃん・・・・頑張るわ・・・・うっ!い、痛い!きゃぁぁぁっ!」
敏江が眉子の乳房を鷲掴みにしてひねり上げた。