「そ、そうだ、ちょっとティファニアって娘の事で聞きたいことがあるんだけど…」
ルイズは照れ隠しに、昨日聞きたいと思っていた事をサイトに言う。
「あ、ああ、俺もテファの事で話したいことがあったんだ」
サイトもやや照れながら、テファの事を話し始めた。
テファはハーフエルフで、先住の魔法でサイトの命を救ってくれた事など
ここ一月程の間に起こった事をサイトは事細かに説明した。
そして、彼女は記憶を消してしまう魔法が使える虚無の担い手である事をサイトは言った。
ルイズは驚いた、自分以外にも担い手が存在しているなんて今まで夢にも思わなかったから当然である。
だが話を聞いていると疑念も沸いてくる、昨日襲ってきた虚無の使い魔のシェフィールドの事だ。
虚無の使い魔なら、主も虚無の担い手である可能性が高い。もしや彼女はティファニアの使い魔ではないのか?
自分が持っている始祖の祈祷書を奪う為に、サイトを餌にして自分をおびき寄せたのではないか?
テファがハーフエルフな事も手伝って、ルイズはテファがレコン・キスタ残党の魔道士ではないかと思い始めた。
その事をサイトに話すと、サイトは猛然となってその意見に反論した。
「そりゃ無いって、ルイズを誘き出すだけなら俺を生かしておく必要なんてないだろ、俺の服と墓で十分だ」
「でも…相手はハーフとはいえ、エルフよ。聖地を侵し、私達人間に敵対するそんざ…」
「あのな、エルフだろうがなんだろうが、テファは違うっての、偏見は良くないぜ」
ルイズの言葉を遮って、サイトは言う。
なんだかえらくテファの肩を持つサイトに別の意味での疑念も持ち始めるが
今は虚無の事の方が先決であるので、ルイズは言葉を続ける。
「でも、おかしくない?虚無の担い手がいる村で、その日のうちに虚無の使い魔が現れるなんて
偶然にしても出来すぎてるわ」
「う…そ、それは…そうだけどさ」
押し切られそうになっているサイトにデルフが助け舟を出す。
「俺も違うと思うぜ、あのうぶなハーフエルフの娘っ子にそんな大それた事が出来るとは思えねぇよ。
なんなら、調べてみればいいさ」
「調べるって…どうやって?」
疑問を言うルイズにデルフが言葉を続ける。
「なぁに簡単さ。それじゃ相棒、ハーフエルフの娘っ子を呼んで来てくれ」
デルフに言われ、サイトが厨房でシエスタと一緒に昼食の準備をしていたテファを呼び出した。
「あの…私に何かご用でしょうか」
呼び出されたテファがルイズの厳しい視線と部屋の異様な雰囲気に、ビクビクしながら聞いてくる。
「いやぁ、実はお前さんが悪人じゃないかって、この貴族の娘っ子が疑ってるもんでさ。
それが本当かどうか知りたくて、呼んだんだ」
直球ストレートに言うデルフにサイトとルイズが慌てる。まさかいきなりネタ晴らしするとは思わなかったのである。
「ええっ!!わたし、その、悪人なんかじゃないです…」
突然の疑いに、がくがくぷるぷると震え、涙も浮かべてテファが怯えた声で否定する。
「分かってるって、君は悪人なんかじゃないよ」
泣き出したテファをなだめる為に、サイトがテファの頭を抱きしめ、撫でながら言う。
ルイズはまたもや別の意味でテファへの疑念を持つが
今は虚無の事の方がせ、先決ね。と、やや怒りを含んだ心で呟く。
「それで聞きたいことがあるんだけど、お前さん、使い魔は持っているか?」
デルフがテファに質問する。
「いえ…私は使い魔を持っていません。幼い頃、屋敷を追われて…魔法の知識も殆どなくて……
使えるのはオルゴールで聞いた魔法だけですから……」
まだ涙の溜まった目で、うつむきながら、悲しげにテファは答える。
「それじゃあ、これで解決だな」とデルフがのんびりとした口調で言う。
「なんでよ、この娘が嘘をついているだけかもしれないじゃない!」
「いいや、解決だよ。この娘っ子にサモンサーヴァントを唱えさせれば、今言った事が嘘か本当か分かるじゃねーか」
ルイズはハッとした。自分がこの前やった手段だ。
もしテファが嘘をついて使い魔のシェフィールドを従えていればサモンサーヴァントは完成しない。
だが、テファの言っている事が本当なら魔法は完成する。確かにすぐに判別できる方法だ。
「なんだかよく分からんが…サモンサーヴァントを使えばテファの疑いは晴れるわけだな」
「まぁ、そういうこった。それじゃ、ハーフエルフの娘っ子、ちょっとサモンサーヴァントを唱えてくれ」
サイトとデルフの言葉に不思議そうにテファが答える。
「あの…サモンサヴァーントって…なんですか?」
テファもさっぱり分かっていないようである。
「そうだったな、魔法の知識が殆どないんだったか。んじゃ、貴族の娘っ子、レクチャーよろしくな」
「な、なんで私がハーフとはいえ、エルフなんかにサモンサーヴァントを教えなくちゃいけないのよ」
「元はといえば、お前さんが疑いをかけたんだろ。だったら教えるのは当然じゃねーか」
デルフに言い返されて、しぶしぶルイズがテファにサモンサーヴァントの意味と手順を教える。
使い魔をサモンサーヴァントで呼び出し、コントラクトサーヴァントのキスで契約を結ぶ。
テファの言うとおりテファが使い魔を呼び出していないのならサモンサーヴァントは完成し、身の潔白が証明される、と。
ルイズの説明にテファがうろたえた声で言う。
「あ、あの…呼び出した相手とキス、しなくちゃ、いけないんですか?
その…わたし、き、キスとかは、ちょっと…そ、それに使い魔とか要らないですし」
言いながらテファはサイトの方へ一瞬視線を揺らす。その一瞬の視線に、ますますルイズの別の疑念が膨れ上がる。
なんだかレコン・キスタの残党疑惑とかよりも、こっちの疑惑をサイトに聞きたくなってきたが
言いだしっぺが自分なので、そうもいかない。
「ああ、それなら大丈夫だ。サモンサーヴァントのゲートが出るかどうかだけの実験だからな。
呼び出した相手がゲートをくぐる前にゲートを閉じればいいから、そんな心配は要らないぜ」とデルフが答える。
「そ、そうですか…良かった…」
心底ホッとした様子のテファになんだか怖い声のルイズが言う。
「大体の手順はこんな感じ。それじゃ、やってみましょうか」
「は、はい…それでは唱えます。我が名はティファニア…」
ルイズの雰囲気に少々恐れをなしながらも、テファはサモンサーヴァントの呪文を唱えていく。
「…に従いし、"使い魔"を召喚せよ!」
詠唱が完成し、テファが目の前の空間に杖を振り下ろす。
その瞬間、眩い光があふれ、その眩しさにテファはとっさに目を瞑る。
しばらくしておそるおそる、目を開けてみると目の前に白い鏡の様な扉、ゲートがあらわれていた。
「出た、出ましたよ!ゲートが!」
笑顔で皆に振り向いてティファニアが言ったのだが、何故かルイズもサイトもこちらを見ない。
というか、別の物を驚いた顔で二人は凝視している。
不思議に思い、テファも二人の視線を追うと、サイトの目の前にテファが呼び出したものと同じ白い鏡のゲートがあった。
「あ、あれ?私、詠唱を間違ったんでしょうか…ゲートが2つも…」
再度うろたえた声でテファが言う。
「…とりあえず、ハーフエルフの娘っ子、ゲートを閉じてみてくれ」
デルフがテファに指示を出す。
「は、はい。扉よ、閉じて!」
テファの言葉に目の前にあった白い鏡が消えうせる。同時にサイトの前にあった鏡も消える。
沈黙が部屋を支配する。ありえない事が起こったのだから当然といえば当然である。
当のありえない事を起こしたテファは、事の重大さを理解できていないようで、きょとんとしている。
「な、なんかの間違いね!…も、もう一度やってみましょう!」
まるで自分に言い聞かせるかのように、大きな声でルイズが沈黙を破った。
「だ、だよな、ま、まさか、そんなわけないよなぁ、ハハハ…」
随分と乾いた笑いをあげて誤魔化すサイト。
「そうだな、いくらなんでもありえねぇ…ハーフエルフの娘っ子、今度は慎重に間違えずに呪文を唱えてくれや」
「は、はい。分かりました」
三人の異様な雰囲気にまたもやビビリながらも、テファは言われたとおり慎重に魔法を唱え始める。
慎重に慎重を重ね、一言一句間違いの無い呪文が完成し、テファは再度杖を目の前の空間に振り下ろす。
魔法の完成に光ることが分かっていたので、今度は目を瞑らずに目の前に現れるゲートをテファは見ることが出来た。
が、それと同時にサイトの目の前にもゲートが現れるのをテファは見てしまった。
今度こそ部屋に完全な沈黙が落ちた。それはもうたっぷり数分間ほど。
その沈黙に耐え切れなかったのかテファがゲートを閉じる呪文をかける。
前と同じくテファの目の前のゲートが消え、サイトの目の前のゲートも同時に消え去る。
「あ、あの、これって、もしかして…」テファが小さな声で、おそるおそる三人に尋ねる。
テファにも何となく分かったのだ、自分の使い魔候補が誰なのかが。
「ねぇ…どういうこと?」
怒気を多分に含んだルイズがデルフに訪ねる。
もはやレコン・キスタとかシェフィールドとか、そんな疑いなんかどうでもいい感じである。
「そりゃあ、まぁ、見たとおりだな。ハーフエルフの娘っ子は使い魔を持っていなくて
使い魔の候補が相棒だってことだな」
「んなっ?!そんな事あるのかよ!俺はルイズの使い魔なんだぜっ!」
「そうよ!契約されている使い魔が重複するなんて話、聞いたこと無いわっ!」
デルフの言葉に驚いて、もっともな事をまくしたてる二人だが「しょうがねーだろ、事実は事実なんだしさ」
と、デルフのさらにもっともな言葉が押し潰す。
「まぁ、取りあえずはハーフエルフの娘っ子の疑いは晴れたわけだし、万々歳じゃねーか」
「そ、そうだな、契約云々はまた別の話だからな」
デルフとサイトの言葉に納得は出来ないが、確かに当初の目的を果たしたので、ルイズは文句が言えない。
「そ、そうね、確かに彼女は敵じゃないみたいね…」
まだルイズの厳しい視線が残っているが、自身の疑いが晴れたようなので、テファもホッとした表情を見せた。
「あ、あの、庭の広場に来てください。そろそろ昼食の用意が出来るので」
疑いも晴れて、そう言って昼食の支度に戻ろうとしたテファを、サイトが呼び止める。
「テファ、その、ゴメンな、変な疑いをかけちまって…」
「いえ、わたし、ハーフエルフですから、こういった事には慣れてます。
それに…サ、サイトは最後まで私のことを信じてくれたから」
そう言って、顔から耳まで真っ赤にしてテファはうつむいて、もじもじする。
「そ、そっか…」
サイトもちょっと顔を赤くしてうつむく。
…何、何なのこの雰囲気。ルイズは心の中で呟く。
サイトとテファの甘酸っぱい青春ラブコメの如き雰囲気、しかもこの展開では自分が二人の仲を引き裂く悪役みたいである。
「そ、それじゃ、私は昼食の支度に戻ります」その雰囲気を誤魔化すように言って、テファは部屋を出ようとする。
と、途中で何か思い直したのかテファはサイトの方へ振り向く。
「あ、あの…わたし、使い魔とか、その…要らないですけど、あ、あなたとなら良いかもしれません…」
顔や耳と言わず、肩まで真っ赤になりながらそう言って、テファは逃げるように走り去ってしまった。
「なっ!なんですとっ!!」
突然のテファの告白にも近い言葉にサイトは声をあげる。
「ほぉ、もてるじゃねーか、相棒」そう言ってデルフはサイトをからかう。
「な、そ、そんなんじゃ、ねーよ」デルフにからかわれて顔を赤くしてサイトは反論する。
「ふーん」
呟きが一つ。
一言だがえらくどす黒いオーラを含んだ呟きが部屋中に響き渡る。
さっきまで赤かったサイトの顔が、一瞬で青くなる。
「ま、待て、まって、ルイズ、その、ち、違うんだ!」
どす黒いオーラを何とか消そうと、サイトがその一言を言った本人を落ち着けようとする
「何?なにが違うの?ねぇ…犬」
犬、懐かしの犬が来た。もはや死は目前である。
「お、俺はテファをそんな目で見てねーよ。テファとはただの友達として…命の恩人として…」
どうあがいても結果が変わりそうは無いのだが、サイトは必死の言い訳をする。
「一ヶ月だものね…一ヶ月も首輪が外れた犬がどうなるか…そうよね、つい、犬も羽目も外したくなるわよね…」
そう殺気を込めて言いながら、ルイズはサイトに近寄る。
「おおお、落ち着こうルイズ、お、俺は何もしてない。本当だ」
言っている本人が一番落ち着いてないように見えるが、例によって例の如く、ルイズはそんなサイトの股間を蹴り上げる。
「…こんな事もあろうかと、用意しておいたの」
言いながらルイズは魔法の拘束具を、切ない所を蹴り上げられて崩れ落ちたサイトに取り付ける。
「こ、こんな事って、どんな事を想定…」
「ヴァスラ」
サイトの反論を無視してルイズは電撃を放つ。ぎゃっ!とサイトは叫んでごろごろ転がる。
「久々に再調教しなくちゃいけないみたいね、それもたっぷりと…」
ルイズの言葉にあきらめがついたサイトは、ああ…今日の昼食は遅くなりそうだ、と心の中で呟いたのであった。
「すみませんっ、遅くなりました」
タタタっと走りながら、庭の広場で子供達と食器を並べているシエスタにテファは謝る。
「いえ、子供たちも手伝ってくれましたし、あとは食器を配るだけですから」
そう言ってシエスタは微笑む。
もう広場のテーブルには料理もあらかた並び、子供達やアニエスも席についている。
「それじゃ私もお手伝いします」そう言ってテファも食器を並べようとする。
テファが食器を手に取ったその時、テファの家から轟くような悲鳴が聞こえた。
「っ!敵かっ!」
アニエスがそう言い、テーブルに立てかけておいた剣を手に取る。
昨日の今日だ、昨夜の敵が襲来してきてもおかしくない。アニエスは剣を抜き、家に入ろうとする。
「あ、待ってください。多分、敵じゃないです」
と、のんびりとした口調でシエスタがアニエスを引き止める。
「何っ!違う…のか?」
あまりに間延びしたシエスタの引止めに、アニエスは緊張が緩み、質問する。
「はい、学園とかで、たまに聞く悲鳴なんです。その…サイトさん曰く、運命なんだそうです」
「運命…?」
なんだか訳の分からない理由にアニエスは首を傾げる。
何度も響く悲鳴をよくよく聞いてみると、声の主はその運命のサイト自身のようである。
「つまり…放っておいて良いのか、アレは」
「はい、そうらしいです」
アニエスの質問に簡潔に答えるシエスタ。どうやら結構な頻度である現象らしい。
「そうか…」そう言って再び剣をテーブルに立てかけ、アニエスは席につきなおす。
「え、あの、良いんですか?本当に…」
悲鳴が響くたびに首をすくめ、オロオロとするテファがシエスタに聞くも
「大丈夫です。あ、でも、ミス・ヴァリエールとサイトさんのシチューは、温めなおさないといけないかもしれませんね」
と朗らかに答える。
「それじゃ、ミス・ヴァリエールとサイトさんは遅くなりそうですから、私達は先にいただきましょう」
そう言って食器を配り終えたシエスタが席に付く。
「は、はぁ、そうですか…」
ここまで言われたのではどうにもならない、テファは悲鳴を気にしながらも席に付く。
子供たちも不安な顔をしながら席に付き「それではいただきます」と簡潔な祈りと作法を行ない食べ始める。
ぽかぽかと日和の良い中での昼食、時折吹く風は心地よく、気分が軽くなる。
シエスタは「平和ですね…。戦争も終わって、皆と楽しく食事が出来て、こんな毎日が続けば良いなぁ」と言い、微笑む。
言っている事はもっともなので、アニエスも「そうだな」と簡単ながらも同意する。
テファと子供たちもシエスタの言葉に賛同したいのだが、それを打ち消すほどの悲鳴が響く中ではそれも適わない。
こんな中で平然と食事を取って、和やかに話すシエスタとアニエスに一種の恐れを感じたテファは
外の世界って、私が考えているのとちょっと違うかも…と
世界を見てみたいという憧れと意気込みがちょっぴり挫かれてしまったのであった。