読売新聞 2006年10月3日(火)東京朝刊37面
[アニメ、見てますか](1)「キャプテン翼」イラク駆ける(連載)
2004年5月。外務省の江端康行さん(37)は、陸上自衛隊が復興支援で活動中のイラク南部サマワに、経済協力の仕事で赴任した。
目立ったのは、気温が50度にもなる中でサッカーに興じる子供たちの姿。「キャプテン・マージド」というサッカーアニメも
大人気だという。それが「キャプテン翼」のことだと分かり、江端さんは驚いた。
「日本が提供する給水車に(主人公の)翼君の絵を描いたら、これが日本のアニメだと知ってもらえるのではないか」
早速、行動を起こす。原作者の高橋陽一さんや漫画の出版元・集英社の了解を取り付けて、縦1.5メートル、横2メートルの
ステッカーを作成。自衛隊員と手分けして給水車に張り付け、26台の“キャプテン翼号”が活動を始めた。給水車が訪れる村では、
大喜びの子供たちが車の後ろをついて回る姿が、よく見られたという。「翼君は、何よりも雄弁な親善大使として活躍してくれました」
と、江端さんは語る。
イタリアで日本の漫画の翻訳を行っているシモーナ・スタンザーニ・ピニさん(38)は、子供のころからテレビで日本の
アニメに親しんだ。1994年に初めて日本を訪れた時、「『うる星やつら』と同じ街並みの景色が広がっていて、感激した」と話す。
「『ベルサイユのばら』や『ルパン三世』は、イタリア人なら誰でも知っている。『ANIME』と言えば日本のアニメのこと。
もうイタリアの文化の一部になっていると言っても、いいぐらい」
日本人が想像する以上に、日本のアニメは世界各地で見られている。経済産業省の推定では、世界で放送されているアニメの
約6割は日本製だという。こうした中、最近では、日本の制作会社が自ら海外へと乗り出す動きも出てきた。
今年で創立50周年を迎えた東映アニメーションは、04年に米ロサンゼルスとパリに相次いで現地法人を設立した。
それまで仲介業者に任せていた番組販売などを、自前で手がけようという狙いからだ。
高橋浩社長は「これまでは日本でヒットした作品でないと販売が難しかったが、古い作品や現地に向いていると思える作品も
販売できるようになった」と、メリットを話す。
現地のテレビ局と直接やりとりすることで、新しい展開も生まれた。米国のアニメ専門チャンネル・カートゥーンネットワークの
人気アニメ「パワーパフガールズ」を、同社が日本風にアレンジした「出ましたっ!パワパフガールズZ」がその一例。
現在日本で放送中(テレビ東京系)だが、今後、カートゥーンネットワークを通じて全世界にも発信する。
映画「ブレイブストーリー」などを制作したGDHも、ロサンゼルスに企画開発のための事務所を構える。日本の漫画を原作にした
「アフロサムライ」を年末に米国向けに放送予定で、俳優のサミュエル・L・ジャクソンさんが主人公の声を演じる。
同氏が主演する実写映画の企画も、ハリウッドで進行中だ。
「今までの日本のアニメにはなかったものを作っていきたい」と、石川真一郎社長。日本アニメが培ってきた技術とノウハウが
海外の才能や作品と出合うことで、新たな“化学反応”が起き始めている。
◇
世界に冠たるアニメ大国、ニッポン。今、アニメはどう作られ、どう見られているのか。国内外で注目されるコンテンツ産業の、
新しい動きを紹介する。
写真=「キャプテン翼」が描かれた給水車=江端康行さん提供
紙面画像
http://ranobe.sakuratan.com/up/src/up141309.jpg 読売新聞 2006年10月4日(水)東京朝刊33面
[アニメ、見てますか](2)監督・脚本・声優…ぜんぶ一人(連載)
今年4月、「THE FROGMAN SHOW」というアニメ番組がテレビ朝日系で放送され、評判を呼んだ。一見稚拙に見える絵は、
動きも乏しいのに妙な味わいがある。全編がナンセンスな掛け合い漫才風なのも面白い。監督・脚本・キャラクターデザイン
・声の出演などが「FROGMAN(蛙男(かえるおとこ)商会)」という、ほとんど無名の作家だったことも話題になった。
その“正体”は、松江市在住の個人アニメ作家、小野亮(りょう)さん(35)。東京でドラマの制作会社に勤めていたが、
「自分の作品を作りたい」と結婚を機に、妻の故郷に移住、こつこつと映画の自主制作に取り組む。「でも、技術もカネも
スタッフもない。アニメだったら、一人で作れるかなと思った」
2年前、第1作となる「菅井君と家族石」という短編をインターネットで公開するや、いきなり4万件のヒットを記録する。
「ネット上で個人アニメのブームが来ていた。目新しいものがバッと広まる空気があったんですね」。同じ年に自主制作した
DVDも好評だった。
米国のコメディー映画、特にウディ・アレン監督が大好きという小野さんは、いわゆるオタク的なアニメ文化には興味がない。
「それがむしろ良かったかも。狭いファン層でなく、子どもからお年寄りまで楽しめるものを目指したい」
テレビ向けに作った「秘密結社 鷹(たか)の爪(つめ)」では、世界征服をもくろむ悪の組織がドジな失敗を繰り返す。
既存のアニメとは比較にならない低予算で、男性の声はすべて小野さんが担当するなど、マスメディアに進出しても即興的
“一人芸”のスタイルを変えない。
TBS系の「NEWS23」では隔週でコーナーを持ち、時事ニュースをアニメ仕立てで紹介。来年3月には、新作の劇場版映画を
公開するという。
東京・渋谷区のマンションの一室をスタジオにするロマのフ比嘉(ひが)(比嘉一博)さん(33)も、個人アニメ作家の注目株だ。
ネットで無料配信した「URDA(ウルダ)」や、士郎正宗(しろう・まさむね)原作のDVDオリジナル作品「警察戦車隊 TANK SWAT
(タンク・スワット)」など、映像を立体的に表現する3Dアニメで、ハリウッド顔負けの派手なアクションを得意とする。
12畳ほどの部屋には8台のパソコンがひしめき、大変な熱気だ。
沖縄・宮古島出身。「ゲーム会社に就職するために有利かと思って」、1996年からパソコンで作り始めた3Dアニメが、
いつの間にか本業に。小野さんと同じくテレビアニメはほとんど見ず、「ルーカスやスピルバーグにあこがれた映画少年だった」
という。2002〜03年にかけて発表した「URDA」は、海外のファンの手で英語やスペイン語の字幕が付けられた。
「制作に手間と時間のかかる3Dアニメは不利だが、自分にはこれしかできない。インディーズ(個人)で、(米国の著名な
アニメスタジオ)ピクサーと勝負したい」。比嘉さんも、近く劇場版の新作を発表する。
アニメは巨大スタジオでの集団制作、という常識を覆す個人作家たち。これからアニメの世界に大波を起こすのは、こうした
ゲリラ的な才能かもしれない。
写真=「秘密結社 鷹の爪」((c)蛙男商会/DLE)
写真=小野亮さん
写真=比嘉一博さん
紙面画像
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