毎日新聞 2006年9月26日(火)夕刊
[マンガの居場所] 夏目房之介 ■アメリカでも読まれる「おたく」作品■
『月刊アフタヌーン』(講談社)が面白い。人気作が終わっても、気をひかれる作品がすぐ始まる。マンガ雑誌らしい
活気を感じるよね。
連載の長さもホドがいい。最近むやみに長引かせない連載が少し増えた気がするが、いい傾向だよね。連載終わってから、
一気に買って読めるぐらいがちょうどいいのだ。月刊誌だからできるのかもしれないけど。
木尾士目(きおしもく)『げんしけん』も単行本9巻完結。8巻は「雑誌未掲載の2話を収録!」「書き下ろし総数は驚きの
76ページ!!」と帯に謳う。そりゃ買ってしまうわな。
『げんしけん』は「現代視覚文化研究会」の略。大学おたくサークルを舞台にコミケ、コスプレ、萌え、やおいなど、
おたくたちの「生態」を、おたくでない人がらみで描いたマンガである。
おたく同士の心理とか、「一般人」との落差とか、僕などには非常に勉強にもなり、しかも面白いマンガだった。絵もきれいで、
必要以上の卑下も厄介な屈折感もなく、さらっと読めるのがいい。いわゆるおたく以外のマンガ好きにも面白いのだ。
おたく青年に恋するふつうの女性の苛立ちとかも描かれ、とてもいいインターフェースだと思う。
やおい系の女性有名作家とも、その点で意見が一致した。が、やおい女子とおたく男子の困難な恋の成就が描かれる
エンディングについては、彼女は言下に「ありえないでしょ」といいきった。ふ〜む、そうなのかぁ。
『げんしけん』は米国でデルレイ・マンガという版元から翻訳されている。日本人でも、そこに描かれる情報、状況、
心理に補足が必要な気がするのに、一体米国人に読めるのか、とつい心配になる。
が、何しろかの竹熊健太郎・相原コージ『サルでも描けるまんが教室』(小学館)ですら英訳されてるくらいだから、
かなりのものでもOKなんであろう、多分・・・・・・(笑)。
デルレイ版『げんしけん』は手描きの擬音などは日本版のままで、そばに小さく英語の註が入る。人名表記には「−san」「−kun」
「−chan」など敬称をつけ、巻末で解説している。また「焼肉」「ガンダム」「エロ同人誌」「お盆」「春画」などの巻末注釈もあった。
これはデルレイの方針らしく、別に『げんしけん』だからというわけでもないらしい。同社は講談社と提携している
ランダムハウス傘下で<出版のスタイルに独自の工夫を凝らすなどして差別化をはかってる>と、堀淵清治『萌えるアメリカ
米国人はいかにしてMANGAを読むようになったか』(日経BP)に紹介されている。
大部数売れるものではなかろうが、すでに米国の日本マンガ市場は「少年ジャンプ」北米版の成功、少女マンガの進出など、
一定のシェアをもち、確実に浸透中で、だから差別化も必要なのだろう。
小学館は早くからVIZという現地法人で米国市場開拓を図ってきたが、堀淵はその立役者だ。『萌えるアメリカ』を読むと、
困難さと成功の鍵が複雑な流通構造にあったことが、よくわかる。
同書は、昔ヒッピーかぶれだった青年が、西海岸文化の流れから日本マンガの世界戦略の先端に至るという興味深い
自伝的エッセイで、マンガの世界化に関心のある向きには必読書である。
そろそろマンガの活性を国内だけではかる時代じゃないのかもしれないな。 (マンガコラムニスト)
写真=デルレイ版『げんしけん』第1巻より (c)Shimoku Kio/KODANSHA/DEL REY MANGA
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