636 :
1/4:
『ゴーヤーンがうるさいから一度ダークフォールに行きましょう』
薫は満から渡されたメモ用紙をくしゃりと握りつぶすとそのまま
手の中から消し去った。6時間目、英語の授業中である。
彼女たちが緑の郷で学校に通うようになってからまだそれほど月日はたっていない。
しかしもともと高い能力を誇る彼女たちのこと、授業の内容は教師に
当てられた時に困らない程度に聞いて、後は別のことを考えていることが
多かった。それで十分過ぎるほど成績は良かった。ちらりと薫は目を動かして
窓際に座っている2人を見る。プリキュア――彼女たちの敵。
(また、寝ている)
キュアブルーム――日向咲は本格的に眠っていた。立てた教科書に顔を隠したり、
机の上に置いた教科書を読んでいる振りをしたり、といった小細工を弄することなく
机に突っ伏して眠り込んでいる。潔い。
もう一人、美翔舞の方はというと。こちらは教師の話を真剣に、
たまに頷きつつノートをとりながら聞いている。
(よくあんなに熱心になれるわね)
半ば呆れながら薫は視線を元の通りに教科書に戻した。
緑の郷の伝説の戦士、プリキュア。伝説など持ち出さなくとも、すでに
ダークフォールの手から3つの泉が奪われていることを考えれば
彼女たちが侮れない存在であることは誰の目にも明らかだ。
しかし彼女たちが見せる顔はどこか間抜けな人間のもので、
これまでダークフォールの刺客たちを倒してきたということも
実際の彼女たちを見るとどこか現実感がなかった。
「じゃあ……」
「満ー!ちょっと待って!」
授業が終わり、2人が学校を出ようと立ち上がりかけた時。
日向咲の声が2人を呼び止めた。
「なに?」
「さっきの英語の宿題、ちょっと教えてもらえない?明日当てられそうだから」
「いいけど……別に」
満はちらっと薫を見る。薫は微かに頷いて「わたしは先に出ているわ」
と答えた。
「あれ?満と薫、ひょっとして何か約束してた?だったら……」
「いいのよ、別に。大したことじゃないから。
さっさと済ませちゃった方がいいでしょ」
薫が鞄を持って出て行くと満は自席に座った。
咲は薫の席に座り、満が身体を半分ほど捻る。
「ありがと〜。今度お礼に家のパン持ってくるよ」
「それで?どこが問題なの?」
637 :
2/4:2006/07/12(水) 22:36:07 ID:???0
「遅かったわね、満」
満が海に戻ってきたとき、薫はひょうたん岩の上で髪を解いて風を浴びていた。
薫は海の上を吹いてくる風が好きだ。
――今も、どことなく嬉しそうにしているのが満には分かった。
「先に行ったかと思ってた」
「ゴーヤーンの嫌味を一人で聞く気にはなれないわ。
ここでこうしていた方がずっと気持ちいいし。
……キュアブルームと何かあった?」
やや物憂げに見える満に薫は尋ねる。
「別に。……ただ圧倒的に物覚えが悪いだけ」
突き放したような口調で満は答えた。
「なに?それ」
「Youに続く動詞はareでしょ。Be動詞なら。過去形はwere」
「それがどうしたの」
「なぜかisを続けたがるのよね」
「指摘すればいいじゃない」
「したわよ、何回も何回も。それでも直らないのよ」
抑えた口調。しかしどこか苛立ちのような焦りのようなものが篭っている。
そんな満に薫は少したじろいだ。
「そ、そう。……でもそんなこと、あり得るの?1回聞けば分かるものじゃない、普通」
「あり得るのよ、日向さ……キュアブルームに限っては」
「ふうん」
「ああいうの鳥頭って言うのよ」
「鳥頭?なにそれ」
「3歩進むとあらゆることを忘れるような頭を鳥頭って言うのよ。
そういう言いまわしがあるらしいの」
「へえ。ある意味便利な頭ね。鳥ならキュアイーグレットのような気もするけど」
「そういう問題じゃないでしょ、言いまわしなんだから」
薫は単に緑の郷のことをよく知らないだけなのだが、
満には薫が意図的にとぼけているようにも感じられた。
「それなら、逆にキュアイーグレットは花頭なのかしら?」
「はなあたま?何それ」
「頭の中がお花畑みたいになっているとか」
頭の中がお花畑の美翔舞ことキュアイーグレット。
「……良く分からないけど、なんかやだ」
「そうかしら」
「そうよ。――薫、行こう。ダークフォール。
早くしないと、ゴーヤーンの嫌味が増えるだけ……」
「待って、髪、直すから」
薫はひょうたん岩の上で姿勢を直すと長い髪をゆっくりと留めた。
髪留めがぱちんと音を立てたころには2人の姿は虚空へと掻き消えていた。
後には波の音が残るばかりである。
638 :
3/4:2006/07/12(水) 22:37:26 ID:???0
「でもね、満」
「何?」
アクダイカーンに謁見する場へと続く道を歩みながら薫が
思いついた、というように突然口を開く。
「作戦かもしれないわ」
「何のこと?」
「キュアブルームが馬鹿に見えるってことよ。
ダークフォールを油断させるための巧妙な作戦……」
「……」
満はしばらくの間無言で考えた。Be動詞を間違える日向咲。
授業中眠っている日向咲。店で働いている日向咲……。
「そうね。油断だけは危険だわ」
単なる性格のような気もするけど。満は小さく呟いた。
薫も小声で「そうね」と答える。
2人が緑の郷から姿を消した時、日向咲は自室で机に向かっていた。
「あれ?」
鞄から2冊の教科書が出てくる。
自分のものと、何も書き込みのないまっさらな教科書と。
(あ〜、間違えて満の持って帰って来ちゃったんだ)
明日忘れずに返さなくちゃ、と思ってぱらぱらとめくると。中から1枚のメモ用紙が落ちてきた。
『今日はこれからどうするの?』
見るつもりはなかったが、拾い上げるときに文字が目に入ってしまった。薫の字だ。
(今日って、今日のことかな。満と薫、やっぱり何か約束してたのかな……)
悪いことした、と思い、言ってくれればいいのに、と思い、
でも満と薫も授業中にメモ回したりするんだ、と思うと
咲はふふっと笑ってしまった。
満と薫の2人は何でもできる――だけにとっつきにくいところがあるが、
また一つ2人の姿が見えたような気がした
639 :
4/4:2006/07/12(水) 22:38:33 ID:???0
「仰せのままに」「アクダイカーン様」
ゴーヤーンからしつこくダークフォールに呼び出されていた理由は2人の思っていた通りだった。
プリキュア抹殺。満と薫は正式にその任を担うこととなった。
翌朝すぐにでも、倒すつもりだったのに……。
「満、本当に星なんて見に行く気?」
(動揺しているの、満……?)
薫は満が攻撃を夜まで引き伸ばしたことを意外なようにも、
当たり前のことのようにも思った。
――どちらか、自分でも決められなかった。
1時間目は英語。満は天体観測のチラシを机の中に入れ、
咲から返してもらった教科書を開く。メモがはらりと舞った。
(ん……?)
拾い上げると、咲の字で。
『満、教えてくれてどうもありがとう!』
(ありがとう……ね。どうでもいいけど)
裏をひっくり返すと、今度はアルファベットで。
『You is very kind!』
(だからareだってば!何回言えば分かるのよ、本当に!)
「霧生さん!霧生満さん!」
「あ、え……と」
英語教師の声で満は我に返った。
「67ページの第2パラグラフから読んで」
「はい」
(やっぱり動揺してるのね、満……)
薫の思考をよそに、満が読む英文が教室に響いていく。
"When I was 14 years old, I had three friends......"
太陽が窓から差込み、咲と舞を照らしだす。
授業はゆっくりと進んでいた。
―完―
咲+満薫のほのぼの日常1コマ……を目指したのですが。
あんまりほのぼのしてないな。