お昼休みのおしゃべりタイム。
――今年の夏はみんなで何処かに行きたいネ!
なんてお話で大盛り上がり!
「絶対!絶対!絶対!海〜!!」
「海水浴かア、いいね!大胆水着でキメキメで!」
志穂と莉奈の二人は今年の水着の話しに花が咲く。
「・・・」
盛り上がる志穂と莉奈の隣でうかない顔のなぎさ。
「どうしたの?海水浴には反対なの?」
「そ、そんな事ないよ。海は綺麗だし
私も行きたいんだけれども…でも…でも…」
「あ!そうか!分かった!なぎさカナヅチだもんねえ!」
ベローネ学院ラクロス部キャプテンにして全女子生徒の憬れの君、美墨なぎさの
意外な弱点を思い出した志穂と莉奈が教室中に響く程の大笑い。
「もう!そんなに笑わなくってもいいでしょ!?」
むぷぅ! なぎさがほっぺた膨らませて抗議する。
「私も、なぎさと一緒に海に行きたいなア…」
いつの間にかほのかがなぎさの隣に座って会話に加わる。
「なぎさ!一緒に海に行こうよ!水泳ならこれから私が教えてあげる!」
「そうしよう!そうしよう!そうしよう!」って、みんなノリノリ!
「子供の頃は泳げたらしいんだけれどいつの間にか
…泳げないって言うより"水"が怖いんだよねエ」
「ソレってソレってソレって!トラウマ?」
「それが自分でも分からないのよ」
「原因さえ判ればソレを取り除くことによって…」
♪きんこんからんころん♪きんこんからんころろん♪
「次の授業なんだっけ?」「化学。理科室に移動しないと」
「今日は何やるの?」「アルキメデスの法則だって」
「歩き麺です?美味しいの?ソレ?」
「なぎさ、ソレ違うから。アルキメデスの法則。
水の中に物を入れると浸かった分だけ水があふれだすでしょ?」
「当たり前じゃん。」
「物体は水中では、それと同体積の水の目方だけ軽くなる。
浮力の原理、つまり浮くって事ね。
ちなみにアルキメンデスは20年前に大塚食品から発売されたカップ麺の名前ね。」
「もしかしてアルキメンデスを知っていると私でも泳げるようになる?」
「浮力っていうのが普遍的な事、絶対的な物理法則である!って理解できれば
人間が"水に沈む"なんてオカシイ事だって思うようになって…」
「ふううん。でも…ヘンなの。解り切った事を確かめる為に
皆で同じ結果の出る実験をやるなんて・・・」
「何度やっても、誰がやっても同じ結果が出るから化学実験って素晴らしいのよ!
ついでに言うとアルキメンデスは歩きながら食べる事ができることから名付けられたの。」
「ほのかはアルキメンデスの実験ってやった事あるの?」
「あるわよ。まだ幼稚園位の時かな?近くの公園にビニールプールを
持って行って近所の子を集めて…ん?んん!?…あっ!!!!」
「どしたの?」急に大声上げたほのかにみんなビックリ。
「はわわわ…な、なんでもない…」
「…?」
10年前。強い日差しの夏の午後。炎天下の公園の真ん中で
水をいっぱいに張ったビニールプールを前にして小さな子供たちを集め
キリリ!と内に秘めた意志の強さを表すような太い眉の美少女、
――雪城ほのか当時5歳。
「それでは、これからじっけんを始めます!」
そう高らかに宣言すると
子供たちから集めたスコップ、ボール、バケツ、野球のバット、怪獣のおもちゃ…
つぎつぎとほのかの手よりビニールプールの中に投げ込まれる。
――ちゃぽん。ぷかぷかりん…
「このように水に浮きます!実験終り。」
プールの中でプカプカ浮かぶおもちゃを満足げに眺めるほのかの耳に
――あははっはは!あったり前じゃ〜ん!
馬鹿にしたような声。振り返ると木陰から興味深げに
"実験"を見物していた、ほのかの…見知らぬ子。
明るい色の髪をふたつリボンで結んだオンナノコ。
「あなたはダレですか?なにがヘンなのですか!?」
突然茶々入れられたんじゃあ、いくら温厚なほのかも黙っていない。
「これはアルキメデスの法則といって
物体が押しのけた水の重さだけ軽くなる事の証明です」
「うふふ。ゴメンなさい。アルキメンデス?なにソレ?
でもおかしい。水に浮くなんて当たり前じゃん。それが何かの役に立つの?」
「…体積だってわかります!それにアルキメンデスは
10年前発売された中華味とすぶた味のカップ麺でアン・ルイスが宣伝していたのです!」
ふくれっ面のほのかをからかうような声で「体積〜?何ソレ?」
「つまり…太ってるか痩せてるかわかっちゃうんだから!」
せっかくの実験をバカにされてムキになって答える。
「へええ?じゃあ、やってもらおうかな?どうすればいいの?」
「水のなかに入って溢れた水の量が体積です!」
「プールの中に入ればいいのね?」あっ!という間もなくオンナノコは
――じゃぶん!どんぶら。服を着たままプールの中へと飛び込むと
「つめたくってキモチいい。それで?どうするの?」
――♪ぷかちゃぷぷかぷかりん 水に浮かんだ少女はほのかに訊ねる。
「プールに付けた目印一つが1g。今あなたがプールに入って18…
頭が出ていちゃ正確に測れないのです…」
そう言うとほのかは――ぐいっ!と水に浮かぶ少女の頭と肩を
押さえつけてプールの底へ沈めた!
――がぼぼぐぼがぼ…やめ…ちょ…ぐぼがぼぼ…
もがく少女に構うことなく冷静に
「ふぅむ…メモリは20.人間の比重は0,9だから、あなたの体重は18kgね!」
「がぼっげほんげほほん…」漸く緩められ、水面から顔を出して空気を大急ぎで吸い込む。
「あなたの体重は18kg…あ!待って!
私があなたを沈めた時、私の腕も沈んでいるわ。
正確に測るにはあなた1人で沈まなきゃ!さ、もう一回よ!」
「…嫌よ!…ヤメテ…いや!タスケテ!コロサレル!」
実験の正確さを求めるほのかは息も絶え絶えの少女の訴えなんかに構うことなく
再び――ぶぎゃ!ごばごぼぼぼ…プールの底へ沈めた。
ゆらゆらと揺れる水面。青い空。ギラギラと銀色の入道雲。
太陽の光のキラメキ。頭を押さえつける小さな手。
――鬼。化学の探求者雪城ほのか5歳。鬼の顔。
鬼の手を振り払い逃げ出す少女。
「お、鬼だ!コロサレル!コロサレル!タスケテ!タスケテ!…」
「待って〜!!まだ実験終わってない〜!」
「ねえ、なぎさ今日の帰りタコカフェに寄っていかない?」
「お小遣いピンチだからパ〜ス!」
「…何でも奢ってあげるからさ。」
おしまい