【あずまんが大王】よみ&とも【Best Friends】
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あずまんがcollege2−11
7月17日午前8時32分
京都市内
純青の夏空からは、既に強烈な夏の陽光が差し込んでおり、光と影の強烈な
コントラストを形作っている。
「ふわ〜」
心地よい夢の世界から追い出された智は、半身を起こすと大きなあくびをした。
しばらく頭がぼや〜としていたが、軽く首を左右に振ると意識が
はっきりしてきた。同時に今日の未明の甘酸っぱい記憶も蘇ってくる。
「よみ…」
軽く呟いてみる。暦の真剣な表情、真摯な想い、蕩けるような熱いキス、
そして…
一瞬の間に様々なシーンが脳裏を駆け巡った。
「どうしよう…」
どうやら暦は私のことが好きらしい。では私はよみの事をどう思っている
のだろう、大切な親友だけなのかな、それともそれ以上?
智は視線を暦のほうに移した。自分を感情の迷路に追い込んだ、暦に
少しだけ憎たらしさを覚え、眠りにおちている彼女に近づくと両手で
かるくほっぺたをつねった。
「う…」
頬に違和感を感じた暦は、小さく声をあげ、そして目を開いた。
至近に自分の愛する少女の顔が、悪戯そうな顔をしているのが見えた。
「なんだよ〜」
それでも照れという感情が邪魔をするのか、素直でない表現で悪態をつく。
「起きろ〜」
「あっもう朝か〜」
暦は未だぼんやりとした意識で呟いた。
その時、二人は背後から忍び寄る気配に気がつき、思わず振り向いた。
部屋の入り口に、一人の少女が佇んでいる。半そで半ズボンのパジャマを
着た、流れるような黒髪を持つその少女は、非常に眠たそうな視線で
二人を見下ろしている。
そして彼女の右手は
刃渡り30センチは確実に超えているであろう出刃包丁を
握り締めていた。
包丁の刃先を向けられた、智と暦は絶句した。凶器という言葉を
鮮烈なまでに具現化した鋭い刃先は、夏の強烈な陽光を浴びて妖しいまでの
輝きを放っている。
「な…に…?」
辛うじて智は声を絞り出す。
何故大阪がこんなことを…
智は彼女がしていることの意味が分からず、ただ唖然としている。
すぐそばに佇む暦も、大阪の右手に持つものを凝視したまま、
全く動けないでいる。眼前に展開された光景が信じられないとでも
いうように。
(どうして…どうして大阪がこんなことを)
混乱した智の頭は一つのとんでもない結論を導き出して、そして戦慄した。
(ま…まさか、未明のことを見られた…)
もし大阪が、自分と暦の濃厚なキスシーンを見ていたとしたら、
自分の淫らな喘ぎ声を聞いていたとしたら、そして大阪が私のことを愛して
いたとしたら、絶望のあまり、三角関係のもつれを一気に清算しようと
したのなら…
そこまで思考が及んだとき、未明の自分の軽率なふるまいが、
いかに大阪を苦しめたか、激情のあまりに犯してしまうであろう惨劇が、
彼女や周囲にいる人々の今後の運命を、いかに狂わしてしまうのか。
智は今になって、自分の犯した過ちをはっきりと認識した。激しい後悔と
いう感情が心の底からわきあがる。
彼女が大阪に対して、謝罪の言葉を口にしようとしたとき…
「あ 起きてもたー」
普段と変わらぬのんびりした口調でつぶやいた大阪は、くるりと背を向けた。
「しっぱいやー」
そして、呆然としている智と暦の二人を後に残し、包丁をもったまま
ゆっくりとした足取りで、部屋から去っていった。