ヨーロッパの剣は…

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592黒鍬衆
ここでちょっと野戦築城の話を・・・・

 西洋では悪魔が橋を架け、日本では鬼が道を造ったと伝説は語るが、
戦場の土木技術は間違いなく人の手で伝えられていた

 同じような装備と戦術で戦う場合、数的劣勢にある軍隊が野戦で勝利できる可能性は
まずなかった
 革命的な新戦術や天才的な将師はいつでもいた訳ではなかったし、
敵が限りなく愚か者で自分が無敵の名将だと信じている愚か者が一軍を任せられる程
戦場がファンタジーな場所であったことはほとんどなかった
 古今の常識的な指揮官たちにとって、戦場で優勢な敵に対抗するためには、
大胆で果敢な機動力に頼るよりも地形を即席の砦としたほうが遙かに確実で有益であると
いう認識は一致したものだった
 確かに一部の例外を除けば、支配階級出身の兵は土木作業を嫌悪したが、
その重要性まで否定しなかったし、必要とあらば躊躇いなく泥にまみれた
 また、工事を監督し、工程と品質を管理することを怠る指揮官はいなかった

 防御において陣地を構築し障害を構成するスタイルは戦術とともに変遷したが、
敵の投射兵器と突撃から兵士を守り続け、敵の攻撃を失敗させ、
可能ならば出血と士気の崩壊により攻撃軍の組織的な統制を失わせて
敗走させようとする目的は不変だった

 勿論、築城は必ずしも弱者だけの特権ではなかった
 後方の安全な集結地の提供、出撃拠点の確保、部隊の間隙の閉塞、翼側の掩護等
あらゆる局面において陣地と障害が準備され、しばしば冒険的な奇襲を粉砕し、
または諦めさせ、そして部隊を守ることになった


そんだけ