リレー小説!!北朝鮮vs日韓米連合軍

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451北九州、遠賀防衛線
岡垣町の垂見峠前に作られた応急陣地。ここが北九州の最前にして唯一地形防御の
取れる場所であった。突破され、三里松原での防御に失敗したら、航空自衛隊芦屋基地まで
あと一息である。

航空支援はろくにない、海自は制海権の維持で忙しい、となると寡兵を持って
独力で侵略者を玄海棚へと叩き落すしかない。もっとも、侵略者達の航空支援だって
とっくになくなっていたが。

重迫の2度目の支援が終了し、いよいよ敵が目視可能の距離となった。中隊の迫撃砲中隊
が散発的な支援を行うも、引き返すことが許されていない敵は、進撃を止めない。
反対に、敵からも陣地に対して迫撃砲とBMPの砲撃が開始される。
塹壕の中に伏せている兵士にとって、実に不快な時間帯である。敵は前進中であり、
支援砲撃の時間は短いであろうと予測はつくが、それでも耳と目をふさぎ、口を半開きにしている
上に土くれの類が降り注いでくる状況は、まあ過去から繰り返されてきた煉獄への招待状みたいな
ものだった。

「小隊、班ごとに損害を報告せよ」
「山崎1士負傷、看護士頼む!」
「右翼側の機関銃陣地損壊、その他異常なしっ!」
壕のあちこちで報告を求める声と送る声が交錯する。損害は、軽微である。いくつかの
壕が多少損壊したこと、数人の重傷者を出しただけですんだ。しかし、敵は推定5百人前後、
対するこちらは僅か2個中隊、それも完全充足ではない。
しかし、逃げ出すことは許されない。やっと訪れた憎い敵への復讐の機会、そして
憲法の私生児とまでいわれ、ことあるごとに叩かれてきた、世間に対する一種の復讐の機会。
10年後生きていたらどのように振り返るか分からないが、現実の目の前の戦争に
今は没頭している。

敵はBMPを先頭に立て、突撃をかけてくる。今先届いたばかりの64式MAT4基が
白煙を吹きながら先頭のBMPにむけて地面すれすれに飛翔する。4基中3基が命中、
さらに攻撃が加えられる。すでに発射位置は特定されていたが、敵にはMAT車を
攻撃する手段がなかった。結局6両を撃破し、後方に下がった。

6両のBMPと数百人の敵歩兵が、わき目も振らず、密集隊形で突入してくる。壕のあちこちから
持ちうる全ての火力が敵に対して注がれる。敵も応射してくるが、ほとんどが前進を行っているため、
一時的ながら自衛隊側の火力が優勢になる。しかしそれもつかの間,敵との距離が100間近
になると石の投げ合いのように、どこに向けて撃っていいのか分からなくなった。
敵は、屍を超えて,損害も振り返らずに突撃を試みる。すでに着剣を完了しており、
その反射する光が不気味に見える。

敵は、30ミリグレネードやRPGを至近距離から位置の露呈している陣地に対して
撃ちこんでくる。そのさなか、着剣した一団がもっとも被害の大きかった第2小隊
の守備する壕に突入をかけようとする。クレイモアがあれば防げたかもしれない
敵の接近ではあった。しかし、いまさらどうしようもない。

すでに頭が分離していた通信士から分捕った通信機に、必死に応援を要請する第2小隊長
は、しかしその通信機がすでに故障していたことに気づかず、通信士のあとを追った。
残った分隊の班長達は、それぞれの申し合わせ通り、着剣を班の兵士に命令し、各員1発
しか配備されていなかった手榴弾を投擲させ、ぎりぎりまで射撃を敢行、距離が20メートルを
切った時点で銃剣突撃を実施した。
ほかの壕からも援護射撃が行われ、また一部では同じく銃剣突撃を敢行した部隊もあった。
敵はあろうことか正面の僅か十数名の突撃に気を取られ、左翼側からいきなり出現した小隊の突撃に
気づくのが遅れ、反応が遅れた。左翼側の小隊が一気に全滅し、敵は混乱に陥ろうとしていた。