道北 名寄の町
目抜き通りのコンビニだった残骸の中から、二人の隊員が偵察
を続けていた。外からは完全に破壊されたコンビニだが、人間
二人入るだけのスペースにくり貫かれ、すき間から街道の監視
を続けていた。名寄の町が完全に砲爆撃で破壊されてから、夜
間にその偵察員は侵入してきた。目の前をロシア軍の装甲偵察
車BRDMが急いで通り過ぎていく。
二人の偵察隊員の目的は敵の観察だ。敵に発見されぬよう努め、
敵の動向を圧縮送信のバーストで,敵に探知されぬよう不定期に
発信している。
当然二人に会話はない。手信号で簡単にやり取りをするだけだ。
片方が監視しているとき、片方は休むか簡単な食事をしまた交
代する。彼らの主な関心は交通量と目の前の敵野戦司令部だ。
砲撃の要請も出来るがそれはしない。敵のど真ん中で貴重な情
報収集のほうが、遥かに重要なのだ。
かれら二人の偵察員は名寄の戦闘が終わるまで、そこにいた。
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道北 名寄より20キロ南
街道脇で偽装ネットに包まれた90式戦車は、遠目には付近の藪
に溶け込んでいる。戦車長田中一等陸曹は小隊の各車と短い交信
をした。
「32。現況異常無し。目標目視確認!」
「33。現況異常無し。目標目視確認!」
「31。了解。指示を待て!」
31は田中一等陸曹の小隊長車の番号で、32号車は100メー
トルほど右翼にいる。33号車は左翼100メートル。マニュア
ル通りだ。名寄より北進した第二連隊は実質的に全滅した。田中
一等陸曹の小隊が第七師団の最先頭にいた。別な言い方で言えば
第七師団で最初に死ぬ奴という事だ。90式とは90年に正式化
したという意味である。乗員はロシア戦車のように三名で操縦手、
砲手、戦車長で構成される。74式戦車はこれに弾薬の装填手が
加わるが、90式では自動装填になり簡略化された。防御力の要
の装甲も日本の冶金工学の最先端であり、同じ120ミリライン
メタル砲以外受け付けないと言われてる。
この戦車の機密事項は、砲塔前部の車体と同系色に塗られたキャ
ンバスよりもその装填装置にあると、戦車兵なら言うに違いない。
なんたってフランスの自動装填装置のシステムをコピーしてるのだ
。ライセンス生産ではない、ヒミツなのだ・・・・
田中一等陸曹はレーザー・レンジ・ファインダーを親指で三度叩
いた。レーザーの距離表示は三度とも同じ1300メートル、
目標はゆっくりと近づいてくる。その周囲には先ほどの偵察装甲
車がまだ煙を噴いている。まるで頭の壊れたデザイナーが作った
ような、ロシアのT−80はゆっくりと国道40号を何事もなか
ったように前進してくる。先頭車は砲身を右に、後続車は左を向
いている。マニュアル通りだ。国道の周囲はクマ笹が密生している。
「31。先頭車両を目標とす。各車命令まで自由射撃!」・・・
「撃て!」
ラインメタル120ミリ砲は金属的な腹にこたえる発射音を上げた。
FH70の野砲とは明らかに違う。
発射と同時に砲尾が後退し、発射装薬の燃え残り薬莢の真鍮製尾栓
の部分だけが後座(反動)で、砲尾から排出される。それと大量の
発射煙が・・・・
田中一等陸曹は、ほぼ発射と同時に叫んだ。「次弾装填!」
田中一等陸曹と主砲をはさんで反対側の、砲手は命令に従い装填ボ
タンを押す。砲塔後ろの弾薬庫では油圧コンプレッサーが回転し、
120ミリ砲弾が押し出されて勝手に装填される。戦車長にも砲手
と同様のシステムがあるが、これは非常時用でいつもは砲手に任せ
ている。
続き・・・・・・・・
砲手は主砲操作ハンドルをほとんど動かさず、ハンドルの右上の赤
いボタンを押した。第二発目が発射された。左右の32と33号車
からも、同じように発射された。車体が激しく揺れる! 演習と
同じだが、今回は違う実戦なんだ!
T−80は1発目で、目に見えない何かにぶっつかるように停止
した。二発目で先頭のT−80三台が炎に包まれた。誰も助かる
まい。砲塔が車載弾薬の誘爆で5〜6メートル浮き上がった。
「射撃やめ。 退避陣地まで後退!」
昨日から昼も夜も、田中一等陸曹は普通科と共同で何度も同じ
事を繰り返している。今回も生き延びたことを田中一等陸曹は
無紳論者ながら神に感謝した。もし生き残れたら、ご先祖様く
らいは大事にしようと思っていた・・・
勝利に酔ってのんびり出来ない。すぐさま報復攻撃がやってく
る。相手は攻撃ヘリだ。頑丈な90式もこれにはかなわない。
遅退行動は敵の足をチョット止めるだけでいいのだ。次はフッ
トワークの軽い歩兵がスティンガーとパンツァーファースト3
で、また敵の足止めをして消える。また戦車の出番だ。いまは
時間稼ぎが総てなのだ。