396 :
遠賀会戦:
敵の北側先鋒が玄海町に差し掛かったところで,重迫が火を吹いた。
まったくの、嫌がらせに過ぎなかった。誘導弾があるわけでもなく、また満足な数が
あるわけでもない。しかし祖国防衛の美名の元、隊員達の執念であるかのように、
訓練でも見せたことのないすばやい動作で作業を繰り返す。
初弾、次弾で弾着修正を行い、すぐに効力射に移る。斉射は5発で終了させ、
即座に岡垣中学校から岡垣東中へ砲撃陣地を移動した。その間、野戦陣地では
弾薬の受領を終わったものから配置につき始めていた。現在防衛線から北側の敵
までの距離は約10キロ。BMPに跨乗した敵なら10分もかからずに到達する。
再度の砲撃まであと3分。偵察からは、敵の先鋒中隊に対し壊滅的な被害を与えたものの、
進撃の速度が鈍っただけであったという。120ミリを5,60発打ち込んだだけであるが、
以外と大きな効果が得られた。しかし、装甲車は全て無傷との事であった。
「まさか、実践を経験することになるなんてな・・・.」
部隊配備についたばかりの2士からベテランの幹部まで、みながそう考えていた。
しかし、誰も怖いとか、逃げようとか言うものはいない。不思議なことであった。
しかし、彼らは見ている。逃げようと必死になっている市民の姿を。そして、
行軍の間、何回か一般の市民から差し入れをもらったり、励まされたりしていた。
なかには、義勇兵としてともに戦いたい旨申し込むものも少なくなかった。
小倉以外での反自衛隊感情は弱いとは言え、ここまでたよりにされたことは
まったきの初めてであった。初めて感じた国民からの付託。今まで架空のものでしかなかった
戦場。守るべきものを無理やり見せ付けられたような、様々な経験を
わずか半日でしてしまった。これで敗退などしたら、石を投げつけられるな、と
誰かが冗談混じりに呟いた。
「連隊長、後続からの装備も含め、所定の位置に全て配置完了しました」
連隊幕僚から報告があがる。連隊長は、ああ、と短く答えた。
「なあ、松方君」
「はい、連隊長?」
連隊長は、意地悪な色をひとみに浮かび上がらせたまま尋ねた。
「これで天皇陛下から激励の電信一本でも入ったら、しゃれにならない状況に
必然的に追い込まれるとは思わないかね?」