〜起て! 萌えたる者よ〜 慶祝スレッド第七章

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146海上護衛総隊大井篤大佐
罹災地に展開した国防軍各部隊からの情報が、電脳情報網によって執務机の上のモニターに
映し出されている。黙々と戦場処理にいそしむ国防軍の姿は、その素人にはわからない無味乾燥な
数値からもあきらかであった。

海上護衛総隊参謀長の大井篤大佐は、労働基準法など事象の地平線の向こうへ忘れてきたかのような
激務の間にぽっかりと空いた時間を、それでも自分の休息のために使うことには慣れていなかった。
国防軍は、海軍は、海上護衛総隊は、国民の日々の生活と安全のために存在するにもかかわらず、
結局それを乱させてしまったのだ。あえて自らの肉体を酷使することだけが、大井大佐にとっての
贖罪であったのだ。

「そして、これからの事です。そう、我々は、いかに次の戦争に備えるべきか」

目前に座る少女、あまりにもこの場所には不似合いな格好をしたハイティーンの女の子に向かって丁寧に話かける。

少女は、明治建軍より使われ続けていた、ともうわさされる古びた布張りのソファーにちょこんと
座ったまま、わずかに小首をかしげてみせた。
それにあわせて柔らかくウェーブを描く栗色の長髪が動き、通った鼻筋の上に載っている壜底眼鏡
がずれた。眼鏡の下から覗く、何を見つめているのかわからない、人とは思えない光を帯びた薄茶色の瞳。

「はい? それはっ、皆さんの、軍人さんのお仕事ですーっ」

何を考えているのか隠すためなのだろうか。少女の面にはいつも柔らかな微笑みが浮かんでいる。
だが、大井大佐は、この少女が軍人や公安関係者から、まさしく恐怖そのものの具現のごとく
恐れられていることをよく知っていた。そして、その行動原理はただ「尊皇敬慕」でしかないことも。

もしかしたら、皇族を有史以来支え続けてきたかの「道々のもの達」「白面の者」、
そうした天皇の公下人ともいうべき正史には現れなかった者達の一人なのか。

「そう、我々はその為にいます。祖国を戦争という暴風から隔てるための藩塀。それが我々の
存在理由なのです。だからこそ、貴女の意見を聞きたい」

「それは、過大な評価ですーっ」

もう一度、困ったような微笑みを浮かべ、ゆるゆると首を左右に振る。それにあわせてゆらゆらと
揺れる髪から立ち上った少女らしい石鹸の匂いに、大井大佐はわずかに困惑を覚えた。

「そうではありますまい。貴女がこの「北陸戦争」に影で果たした役割を、自分はよく理解しております。
護衛艦「やまと」「むさし」の改装、南朝の私兵らの肉体改造、村上水軍の次世代型戦闘艦、
柏崎の原発を奪回した菊水の獣人型兵士。
それだけではない、皇宮に貼られている霊的防衛のための結界、大阪に上陸したC国の巨大ロボット
と対決した高野山や奈良五山の巨大仏像ロボット、宮内庁や国防総省内部にも
ずいぶんと太いパイプお持ちと聞いております。
貴女は、一体全体何者で、何を目的としているのです?」

一気にここまで喋った大井大佐は、だがそれ以上は言葉を続けられなかった。

少女の薄茶色の瞳の底に揺らいでいる「なにか」を見てしまったから。

「あははーっ、それは決まっていますーっ」

少女の微笑みは、あまりにも純粋で、そして、邪悪であった。

「六九式の存在理由は、「皇統」、それだけですよ?」
147海上護衛総隊大井篤大佐:2001/05/28(月) 20:45
息が止まっていたのは、それほど長い時間であったはずがなかった。
だが、大井大佐は、自分が硬直していた時間が、ほんの数秒でしかないことを、目前の壁にかかっている
時計から理解した。

「皆さんは、義務を、この国への義務を果たしましたっ。十分お給料分のお仕事をなさいましたーっ」

今しがたその薄茶色の瞳に浮かんだ「なにか」は、拭い去ったかのように消えてしまっていた。

「ですから、今このひとときは、お休みになっても良いのではないですか?
ほらっ、こういう話もありますーっ

闘い終わった兵士らは、ひたすら飲み食いに明け暮れ、ばか騒ぎに興じていた。なぜならそれは、
次の戦いに備え、英気を養うためであった

と。今は、戦勝の果実を楽しむ時期ですーっ」

「それは違いますでしょう」

大井大佐は、執務机の上のモニターにわずかに視線を向け、もう一度少女に向き直った。

「我々はインダス川を超えようとしているわけではないのです。むしろ、あの哀れな専制君主のごとく、
どんな理由かも定かではないまま向けられる軍団をいかに迎え撃つか、それに恐怖し紛糾している
市民会議の席上にいるに等しい。そして、誰かが言わなくてはならないのです。
諸君、ここにいる皆は幸福の一致を説くが、誰一人不幸を一致させようとは言わないではないか、と」

「戦争は、終わりましたっ いえ、終わらせるのですっ」

その躯には不釣り合いなほど大きい白衣の袖からわずかに覗いている両手の指でずれた壜底眼鏡を
直しつつ、少女はわずかに、本当にわかるかわからないほどわずかに語気を強めた。

「この国は、ようやく夢から覚めたばかりですっ そして、現実を直視してっ、それを理解するまでっ、
まだまだ時間はかかりますーっ だからこそ、大佐さんやっ、六九式のよな人間がいるのですーっ」

大井大佐は、この日初めて口の端に微笑みらしきものを浮かべることができた。
わずかに声が弾むのを覚えつつ、右手を少女に向けて差し出す。

「了解いたしました。ならば、自分は貴女の同志です」