地方自治体の自衛官募集協力に反対!?

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7871993年3月6日読売新聞夕刊
>>770 の読売新聞の記事縮小版ありましたよ。
どうやら「根室ルート」があったらしい。
まず元社会党副委員長Oが根室市議Mに協力依頼
その市議が知り合いの漁船主Mに話を持ちかけた。その計画は
>東京から飛行機でひそかに北海道入りした米兵6人を、
>夜陰に乗じて漁船に乗せ、北方領土の国後島沖まで
>運んで、ソ連側の国境警備隊に引き渡そうとするもの
だったそうだ。Mさんは成功したら見返りに
>ソ連が主張する領海内で、タラバガニ漁をしても拿捕
>されない
という条件を提示、べ平連を通じてソ連側から了承を得たそうだ。
1回目の脱出で米兵を一時都内の協会でかくまった後、
釧路まで脱出、さらに道内での道案内や、Mさんの船への引き渡し
までの実行部隊をつとめたのが、
>べ平連の地下組織「ジャテック」の依頼を受けた、いずれも
>個人の総評全国オルグ(当時42歳)と同全国民運動局の書記
>(当時36歳)
2回目以降はこの地下組織自身が実行部隊になったらしい。
長いので続く
7881993年3月6日読売新聞夕刊:2001/01/18(木) 00:39
>>787の続き、>>787の最後の方の個人は故人の誤り)
米兵受け取りにKGB少佐が関与していたらしい。
当時KGBでは国際的な反米運動を盛り上げるため、脱走米兵の声明を
利用すべきと考え、日本での動きを共産主義プロパガンダ活動の好機と
して活動を展開するようソ連共産党中央に働きかけていたそうだ。
(上3行がソ連の機密文書公開で明らかになった部分)
当時べ平連関係者が密出国で摘発されなかったのは、
>安保条約により、米兵に軍籍がある限り、出入国管理に関する
>法律の適用を受けず、日本人がこれを援助しても違法とならない
>ためだった。

反戦を唱え市民運動を名乗りながら、地下組織を作り、
思いっきり「冷戦構造」の中に組み込まれていた小田実一派は
どう思っているのだろう?
小田実一派は冷戦構造を批判していたんだから、知っていたら
大問題だし、知らなかった(とは考えにくいけど)としても、
少しは反省とか「自己批判」とかあってしかるべきだと
思うけど・・・