オリンピック作戦・コロネット作戦を語れ

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240名無し三等兵
「ルーズベルト秘録 上」(産経新聞社)P77
 日本本土上陸戦が現実になりつつあったこの頃、米軍は戦略の練り直しを迫られていた。
中国大陸での日本と中国の戦闘を無視し、太平洋の島づたいに北上する飛び石作戦は
順調に進んでいたのだが、死傷者の数は欧州戦線に比べてかなり多かったのである。
米国防省の記録では、欧州方面での戦死者が十三万五千人であったのに対し、
太平洋方面は十七万人を超えていた。
 いずれは本土上陸を決断しなければならない米総合参謀本部は、激しい抵抗を
少しでも弱める必要から、OWIなど政府機関に対し天皇への攻撃的言動を禁じていた。
同時にこの頃から、ソ連軍参戦による上陸作戦の負担減、および早期の日本降伏の
可能性を探る考えが芽生えつつあったのである。
 ソ連の対日参戦と日本の早期降伏という二つのアイデアはその後、ルーズベルトの
掲げた無条件降伏についての解釈に加え、スターリンや蒋介石の思惑も絡んで複雑な
経緯をたどっていく。