敵味方が仲良くしてしまった

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1名無し三等兵
そんな話はありますか?

僕は「敵に塩を送った」お話くらいしか知りません。
2名無し三等兵:2001/03/25(日) 16:34
>>1
残念ながら震源と検診のソノ話はウソ
3名無し三等兵:2001/03/25(日) 17:37
君はどんな気持ちでクソスレを立てたのか非常に興味がわく。
4名無し三等兵:2001/03/25(日) 19:20
プライベートライアンにそれっぽいのはあったけど
最後は殺したな。満足か1よ?
というわけで、終了。
5名無し三等兵:2001/03/25(日) 19:58
坂井三郎氏が敵輸送機に子供が乗っているのを見て見逃した話はありますが
6名無し三等兵:2001/03/26(月) 01:16
あげ
7標定射:2001/03/26(月) 01:21
織田末期の甲斐・美濃国境の遠山氏がそうではなかったかな?
包囲軍の将と女城主が恋愛結婚をした。たしか信長の大叔母で、後に処刑された。
外国では、
エジプトのクレオパトラと、ローマのアントニュウスの恋愛も同じパターン。
すぐに思い出すのはそれくらいか・・・
8名無し三等兵:2001/03/26(月) 01:23
一次大戦であまり戦線が膠着しすぎたもんで、顔見知りになった
両軍の兵士がサッカーで対戦始めたという話が。
9名無し三等兵:2001/03/26(月) 01:25
戦略大作戦のラストに限る
10名無しさんの野望:2001/03/26(月) 01:28
アフリカ戦線でイタリア軍の基地に米軍が攻撃しかけたらイタ公がドンチャン騒ぎしてて
、、、、、、、、どうなったんだっけか?
11名無し三等兵:2001/03/26(月) 01:28
>>1
よくありますよー。へいたいさんは、てきのおんなのひとをみるとなかよくなります。
たくさんのへいしが、ひとりのおんなのひととなかよくなったりするのでもうたいへんです。
なかよしのこういでいそがしいのです。
12ロンメル太郎:2001/03/26(月) 01:29
1914年12月14日。
第一次世界大戦の真っ只中。
ドイツ軍ライプチヒ第107連隊は
クリスマス・キャロルを奏でながら敵軍に向かい行進。
敵の兵士にプレゼントを配り、酒を飲み交わし、サッカーの試合をし、
そのまま自陣へと帰る。翌日より戦闘再開。

まだ戦場が泥沼の塹壕戦の様相を見せる前の話でした。
13名無し三等兵:2001/03/26(月) 01:40
>>12
似たような映画なかった?!

WW2ヨーロッパ戦線の44年クリスマス
なかよくなるんだけど、一発の銃声で
殺してしまうって奴。

捕虜になると家族が殺されるとかbyドイツ兵

マジカ?と思った
14名無しさんの野望:2001/03/26(月) 01:43
<12
ちょっと泣きそう

題名うる覚えだけど「〜クリスマス」。映画だけどね
これはWWUでドイツvs米兵の御話でドイツ兵みんな死んじまう
15名無し三等兵:2001/03/26(月) 01:46
真夜中のクリスマス?!!

たしか将校に相談しなかったんだよね
1614:2001/03/26(月) 01:47
<13
デジャブだ(w

そうそう1人事情を知らないアメ公がドイツ兵撃っちゃうんだよね


何も知らんで見たらホラー映画かと最初は思った。
ドイツ兵が雪球ブン投げてくるまでホラーと思ってたしね俺
17ばばぼん♪:2001/03/26(月) 01:51
8さんの補足。
エルトン・ジョンだかポール・マッカートニーだったかのビデオクリップに、
これをもとにしたほのぼのドラマ風のものがあります。
18名無し三等兵:2001/03/26(月) 01:53
太平洋戦争時の中国じゃ結構普通だったみたい。
国民党VS中共軍VS日本軍で均衡が保たれてた様な所では、どの陣営がどこ
攻撃しても残る一者の得にしかならないんで敢えて戦闘を避けてたとか。

あと小説だけど、日本軍と国民党の前線の中間に売春宿があって、自然に
奇数日と偶数日で一方が利用する合意が成立しちゃった、というのを読ん
だ記憶があり。
19名無し三等兵:2001/03/26(月) 01:54
>>17
ポール・マッカートニーの「Pipes of Peace」かと
20名無し三等兵:2001/03/26(月) 01:54
これは戦場の話ではないが…、
日露戦争中の、片山潜とプレハーノフの握手。
旧ソ連では、歴史の教科書に必ず載っており、
知らぬ者なき有名なエピソードだったとか。
21ばばぼん♪:2001/03/26(月) 01:58
17を書き込んだ後に思い出したんだけど、80年代中頃、
ゴラン高原で睨み合ってたシリア軍の前線監視部隊とイスラエル軍の同種の部隊の間で、
同じような「交流」が生まれ、流石にサッカーこそしなかったけど、レーションや煙草を交換した、
という話を海外もののドキュメンタリーで観たことがあります。

……煙草は兎も角、レーションの中には宗教的にマズイものもあったと思うんだけど(笑)。
紛争地帯に神はいないから、まあいいか(爆)。
22ばばぼん♪:2001/03/26(月) 02:00
>19
そうでした。
一度しか観たことがなかったんで、曲名までは知りませんでした。
どうもですm(_゙_)m
23名無し三等兵:2001/03/26(月) 02:25
「最悪の戦場に奇跡はなかった」だったかな、
インパールあたりで食料に困った筆者(日本兵)が、イギリス軍の倉庫に夜盗に行く。
偶然出会わせた英軍インド兵(やっぱり夜盗)と、ニヤリ笑みをかわして分かれたっての。
24名無し三等兵:2001/03/26(月) 02:35
映画の203高地でもあったような。。。>ほのぼのシーン

25名無し三等兵:2001/03/26(月) 06:54
映画ですが....
邦名:飛行機対戦車という映画(タイトルうろ覚え)で、戦車側の性悪隊長を
部下が撃ち殺して敵のパイロットとマッタリするラストシーンがありました。
26名無し三等兵:2001/03/26(月) 09:25
第1次世界大戦中のパイロットは、騎士として非常に丁重な扱いを受けたと聞きますね。
墜落したら、敵の隊長とワインとかで乾杯して、そのまま丁重に味方陣地まで送ってくれたとか。

レッドバロンの葬式に、敵方の戦闘機が飛んできて花束を投下したってのも有名な話です。
第1次世界大戦って割とぼのぼのしてたんだよなぁ。
27名無し三等兵:2001/03/26(月) 09:51
26
大戦初期の航空機は偵察のみが目的で空戦能力もなかったので
偵察の帰りにそれ違うときも互いに寄って挨拶を交わしていたとか。
28名無し三等兵:2001/03/26(月) 10:29
第一次世界大戦くらいまでは一時休戦をわりと真面目に設定していた
ような気がするけど、どんなもんでしょ?
29名無し三等兵:2001/03/26(月) 10:44
棟田博の本に、ビルマの山中で英軍戦闘機の機銃掃射をうまくよけきって、
「バロー、それで終わりか。もっと撃ってみやがれ!」って踊ってやったら、
戻ってきてタバコを一箱落として帰っていった、という話が載っていた。
30名無し三等兵:2001/03/26(月) 11:28
昔の戦マガに載っていた、旧軍兵の思い出話。

中国で日本兵とロシア兵が対峙していたころ(時代失念)。
あるとき、ロシア兵が攻めてきたので、いったん引いて逆襲したところ、なぜか誰もおらず、塹壕の中にウォッカやら菓子やらが沢山置いてあった。
喜んだのはいいが、なにかお返しせねば失礼だろうということになり、敵陣に攻め入って日本酒を置いて帰ってきた、とのこと。
31名無し三等兵:2001/03/26(月) 11:38
日露戦争で戦闘一時休戦かなんかで、日本将校とロシア将校が歓談し、共に勇戦を称えあって、
「日露が手を組めば世界に怖いものはない」と多いに盛り上がった話があったような。
32ハクビシン:2001/03/26(月) 11:41
かの有名なアニメ「宇宙戦艦ヤマト」の主人公、古代進はあろう事か、親の仇でもあるガミラスの総統デスラ−と、マブダチになってしまうというお話でしたね。つまり親子の情愛よりも、汝の敵を愛せ、というキリスト教的解釈のできる作品という事ですね。(藁
33名無し三等兵:2001/03/26(月) 11:53
>>32
違います。自らの民族が生き残るためには他の民族を
いくつ絶滅させても構わない、むしろ生存のために
進んで立ちふさがる者を殺し尽くせというある意味残酷な、
しかし現実の厳しさを教えるお話です。「宇宙の愛」とは、
自民族への限りない「愛」を指しているのです。
341:2001/03/26(月) 12:52
ありがとうございます。
少ないながらも、やっぱりそんなエピソードがあるんですね。

>>2さん
悲惨な戦場や同士討ちなどのスレをみて、その逆の多少なりとも
心が救われるような実話が有るかを知りたかったのです。
35名無し三等兵:2001/03/26(月) 18:22
羽黒に体当たりした米軍パイロットが丁重に葬られたとか....
(どなたか詳細希望)
36名無し三等兵:2001/03/26(月) 18:31
>>26
その代わりと言っては何だが、地上は凄いことになってますね。
毒ガスの使用や医療の遅れから、WWIIよりも惨かったことだろう。
37名無し三等兵:2001/03/26(月) 19:13
WWIでのガリポリでオーストラリア軍とトルコ軍の間で戦死者埋葬の為の
一時休戦で食料を交換したり、互いに埋葬を手伝ったりした。
戦闘再開後オーストラリア兵はガスマスクを着けなくなった。
「あいつらは、毒ガスなんて汚い戦いかたはしないさ」
38hatake:2001/03/26(月) 19:17
ミズーリに体当たりした日本人パイロットも丁重に水葬されたとか。
39名無し三等兵:2001/03/26(月) 20:33
大日本帝国に降下したB-29乗り組み員はバンブースティックで歓迎された。
40名無し三等兵:2001/03/26(月) 20:39
応仁の乱の際、当時東軍に属していた日野富子は、西軍の畠山義就に金を貸していた。
41名無し三等兵:2001/03/27(火) 06:43
坂井ネタ

坂井が大田・西沢と共に敵基地上空で、一糸乱れぬ編隊宙返りをした。
しかし、敵は全く撃ち返してこなかった。
高度を下げてさらにもう一度...
やはり撃ち返してこない。

数日後、今度は敵機がラバウル基地上空で手紙を投下した。

「次は緑のマフラーを巻いてきてください。
わたしたちはこぞって歓迎するでしょう。」
42名無し三等兵:2001/03/27(火) 09:02
戦争後だと、乃木とステッセルの「水師営の会談」
「我は称えんかの防備 彼は称えん我が武勇」
馬をステッセルが“個人的に”送ろうとしたところ、乃木は「軍務にある身だから」と言って断り、
後に正式に受領せば、「長くいたわり養わん」と。

その後も、敗戦の責でステッセルが処刑されそうになるとロシアにいた部下に除名嘆願の活動をさせたりとか。

・・・・・・その場の様子を聞いた作家が作ったというけど、本当の話?
43名無し三等兵:2001/03/27(火) 09:39
>>35
レイテ作戦後に行った 礼号作戦 の話かな? 羽黒だったかどうかは覚えてないが。

>>42
馬の話って・・・逆じゃなかったっけ? もらったのステッセルだったような・・。
後日 英国の式典でロンドンに行った時にステッセルの窮状を聞き見舞いに行こうと
したそうだが同行の東郷に止められて止めたそうな。
捕虜関係でしたら松山収容所物語でしょう
どちらが捕虜か分らんというほどの優遇ぶりでロシア語教室で覚えた文字で
祖国に手紙を出したら母親に誉められたとか本国送還時に多数の残留希望者を
出したとか非常に沢山の逸話が有りますね。

44名無し三等兵:2001/03/27(火) 10:49
一ノ瀬泰三の「地雷を踏んだらサヨウナラ」にもあったよ。
カンボジアとベトナムの戦争で地方の戦線に行くと、昼になるとピタリと銃声が止むそうだ。それでみんな一斉に食事を始めて、敵と味方で声をかけあったりビールとタバコを交換しあったりしたそうで、食休みまでとっていたそうな。
で、戦闘が再開されても後ろの方に行くと壕を掘って昼寝してるのとかいたそうである。
ちなみに塹壕から顔だけ出して、かため撃ちをするので当たると頭がバラバラになるそうだ。

以上、うろおぼえですが
45名無し三等兵:2001/03/28(水) 00:28
メリークリマス!ミスターローレンス!
46名無しさんの野望:2001/03/28(水) 01:13
>>27
しばらくして、誰かがピストルやレンガを使うようになったんだよね。
47名無し三等兵:2001/03/28(水) 01:24
>43
松山収容所の待遇が非常に人道的だったことが、
ロシア側では兵にまで広く知れわたり、のちに
日本がシベリアに出兵した時などは、食うや食わずの
ロシア兵たちが、『マツヤマ!』と叫びながら両手を挙げて
ゾロゾロ投降してきた、なんて話もありますな。
48名無し三等兵:2001/03/28(水) 02:03
サン=テグジュペリが未帰還になったとき、連合軍側だけで無くドイツ空軍も
彼の捜索を行った。

生きてたら捕虜にするとか、そうでなくても捜索するだけでも十分宣伝効果が
あると踏んでてそうした部分もあったかもしれないが、しかし彼の作品が、特に
「戦う操縦士」が戦線の両側のパイロット達に愛読されてた事を考えると、きっ
と本心から彼の身を案じて捜索したものが多かったに違いない。
49名無しさん@お腹いっぱい。:2001/03/28(水) 02:34
>>43
青山の乃木神社に行けば、件の馬を
入れるために作った家より立派な
煉瓦造りの厩舎を見れるよ
50名無し三等兵:2001/03/28(水) 11:41
日露戦争初期に行われた旅順閉塞作戦で戦死した広瀬武夫少佐だが、
フィアンセはロシア貴族のアリアーズナさんで、その兄はレトウィザ
ンに座乗する士官で旅順にいた。広瀬の遺体が港に漂着した時の身元
確認は彼が行い、アリアーズナに戦死を伝えたそうです。彼女はかな
りの時期荒れていたと言われてます。
51名無し三等兵:2001/03/28(水) 12:20
シドニ−に特殊潜航艇で潜入。戦死したクル−に
豪政府はその武勇を称え
丁重な軍葬を行い、日本政府に遺骨を返還したそうな。
52名無し三等兵:2001/03/28(水) 12:23
あと誰か忘れたが被弾し敵飛行場に着陸。
拳銃で抵抗し最後は自決した日本軍パイロットが
敵軍により丁重な葬儀を執り行われた話もあるね。
53名無し三等兵:2001/03/28(水) 12:26
中国大陸では陸軍の諜報担当者が
敵の諜報担当者と会合する事がよくあったらしいね。
54名無し三等兵:2001/03/28(水) 12:57
ローマイヤ(ロースハムの会社ね)って、第1次大戦で捕虜になっていた
ドイツ兵が創業したって聞いたんだけど、本当?
55名無し三等兵:2001/03/29(木) 00:12
あげ
56大人の名無しさん:2001/03/29(木) 03:27
映画・第五惑星
57名無し三等兵:2001/03/29(木) 08:58
第一次大戦時の日本の捕虜収容所で、ドイツ人捕虜と地元民の
交流物語が無かったっけ?
58名無し三等兵:2001/03/29(木) 09:08
>>57
徳島の板東収容所だったかね?
日本で最初に第九が演奏されたとか、パンの製法を伝えたとか。
59名無し三等兵:2001/03/29(木) 09:09
>>57
久留米の資料館辺りに逝けばあるいは。。。
60名無し三等兵:2001/03/29(木) 12:31
つ〜か、何でこのスレは「らしい」とか「だったけ?」
とかあいまいな発言ばっかなんだ?
61名無しさん@お腹いっぱい。:2001/03/30(金) 06:31
兵は、敵と仲良くしたり、敵前逃亡したりと、なんとか戦闘を避けようとしてるんですね。
なのに、無理矢理戦わせようとするヤツラがいるんだな。悲しい。
62名無し三等兵:2001/03/30(金) 07:51
 北アフリカじゃ、新年のお祝いにドイツ側が派手に曳光段やら空にぶっ放したのに対し、イギリス側が照明弾でお返しをしたという話がある。
 ロンメルの副官だったシュミットの書いた「ロンメル将軍」より。
63pu:2001/03/30(金) 09:17
父親から聞いたハナシ。

愛媛の山奥でのこと。
なんでもアメリカの戦闘機が墜落して、村人が集まって、コックピットを見てみると、その戦闘機を操縦していたのは
紅顔の少年。
「かわいそうに… 両親も悲しいじゃろうなあ」っていって、丁重に葬ってあげたとのこと。

戦場の話じゃないけどね。
64名無し三等兵:2001/04/01(日) 02:26
同じく戦場ではない所の話。

高名な物理学者ラザフォードの共同実験者で、後にノーベル賞受賞する
ジェームズ・チャドウィックは第1次大戦の開戦時にドイツにいたため
敵性外国人として捕虜収容所に入れられてしまいました。
ところがラザフォードの師であるネルンストとルーベンスはこの事を聞
きつけ、手を回して収容所内に実験室と実験器具を提供しました。
しかもチャドウィックは研究上の相談で比較的自由に大学の研究室を訪
問し、実験器具を貸し出して貰えたそうです。
65名無し三等兵:2001/04/01(日) 03:18
ファニーウォーの頃は、マジノ線で対峙する英仏軍とドイツC軍集団との間はスピーカーで互いにがなり立てる他は一発の銃弾も飛び交わない平和な世界だったとか。
食糧とか酒とか持って両軍の中心線で交換してみたり。
だからまやかし戦争だの退屈戦争だのと言われるんだが。
66名無し三等兵:2001/04/01(日) 03:31
政治家でもあったコロンビアトップはオーストラリア方面に派兵して
捕虜になったオーストラリア兵と仲良くなって一緒に歌ったり踊ってたり
してたそうだ。
日本が敗戦すると立場が逆転して日本兵は全部捕虜になったが、
コロンビアトップだけは特別扱いされて差し入れやらいろいろもらってた
らしい。昔日テレの番組でやってた。
番組名忘れたけど、タレントの人生回想する番組。
67添削マン:2001/04/01(日) 03:44
>>65
揚げ足取りスマソだが『フォニー』ウォーだな。phonyを辞書で引こう。
>>66
こちらもスマソだが『コロムビア』トップだな。
68名無し三等兵:2001/04/01(日) 08:27
>>60 仲よくした話なんか公式の記録に残せないからでは?
69名無し三等兵:2001/04/02(月) 01:57
WW1で千葉県にできたドイツ軍捕虜収容所もほのぼのだったらしいね。
で、WW2でテンパって今までの美しい伝統が崩れ去ると。
70露西亜兵:2001/04/02(月) 02:28
降伏する。ヤポンスキー!
マツヤマに連れてってくれ!!
71名無し三等兵:2001/04/02(月) 03:48
>>69
次があったら美風を復活させて規律世界一の座をとりかえしたいなあ。
便衣兵はいいとか戦争だからとかいうやつは参戦禁止。
72名無し三等兵:2001/04/02(月) 05:30
題名は覚えていませんが、
太平洋戦争時、米軍機が南太平洋の島に不時着し、
そこにいた日本兵と戦争になる。
病気なった日本兵を米兵が助けたり、
台風が来た時に助け合ったりするうちに仲良くなる。
最後は日本兵が全滅する。
という映画。
73名無し三等兵:2001/04/02(月) 05:56
>>72
「第五惑星」ですね。
Uボートで有名なペーターゼン監督作品です
74名無し三等兵:2001/04/02(月) 10:19
ゲーレーンは1943年にアメリカに渡りアメリカの情報機関と接触していたそうです。
場所はどこか忘れました。また、調べておきます。
75名無し三等兵:2001/04/02(月) 10:21
>>73
うそつくなよーん
76名無し三等兵:2001/04/02(月) 10:36
監督:ウォルフガング・ペーターゼン
出演:デニス・クエイド ルイス・ゴゼットJr バンバー・ロビンソン ブライオン・ジェーム リチャード・マーカス キャロリン・マコーミック
脚本:エドワード・クマラ
撮影:トニー・イミ
音楽:モーリス・ジャール
原作:バリー・ロングイヤー

ビデオ=廃盤

98年10月31日onTV
 21世紀末、地球人とドラコン人(作品中ではドランクと称されていた)は宇宙での覇権を握るためにいつ終わるとも知れない戦争を繰り広げていた。パイロットのダビッジは交戦中に撃墜したドラコンの戦闘機を深追いし、未知の惑星に不時着した。仲間を失ったダビッジは責任を感じて仇を取ろうと撃墜したドランクを探すが逆に捕まって捕虜にされてしまう・・・。
 捕虜になったはダビッジですが、余りに厳しい惑星の自然環境のせいでドランクのジェリーと地球人のダビッジは協力しあうことで固い友情で結ばれていきます。宇宙人と地球人が戦争状態にある中で友達になってしまうという展開はSF映画としてはかなり異色なのではないかと思います。ジェリーのセリフには考えさせられるものも多く、「真実はどこでも同じだ」という言葉にはかなりグッときました。人種は違っても真実は同じなのだというメッセージに本来とは違った意味でのカルチャーショックを受けました。ジェリーの子供(ドランクは単性生殖)と親代わりになったダビッジとの愛にも普遍的なものを感じざるを得ない。
 スタートレックが大好きな私としては異形な宇宙人を見るのに違和感を感じないのですが、人によっては拒否反応を示すかも知れません。宇宙船のシーンはちょっと似てるような気がしたけど、10年以上前にこれだけのものを作ったのは立派。不時着した惑星のシーンも結構良くできていた。ビデオは廃盤になっているようですがレンタルショップにはあるのかな?結構面白いのでSFが好きな人は見つけたら借りてみてはどうでしょうか。
77名無し三等兵:2001/04/02(月) 13:56
こんどブラッドピット主演の戦争映画が米国で封切りされるとか。

なんでも太平洋戦争末期にB-29で東京空襲したピットが撃墜されて
北海道の捕虜収容所に送られるけど、自力で脱出して千島ーアリューシャン経由で
アラスカに帰還するらしい(藁
78名無し三等兵:2001/04/02(月) 14:18
>>72
「太平洋の地獄」?
79>72:2001/04/02(月) 14:30
No one ever wins だったかな?
まったりした前半から悲劇の結末
80名無し三等兵:2001/04/02(月) 18:49
>>76
「まったく文化の違う宇宙人」という設定だが、そいつの言動や行動は
アメリカ在住イスラム教徒みたい。コーランに祈りを捧げたりしてる。
 欧米人の考えるカルチャーギャップがこんなものだとすると、
本当に文化が違うアジアやアフリカは、虫みたいにしか見えないだろうな。

81ロンメル太郎:2001/04/02(月) 19:06
>>80
おお、なるほど!
そういえば、親の名前を繋げた家名を暗誦してましたね。<宇宙人

アラブ人には「モハメド・イブン・イマーム・イブン・シャフリヤール…」
つまり「モハメドの息子イマーム、その息子シャフリヤール、その息子…」
てな感じで、父親の名前をずーっと繋げた命名方法があると聞きました。
そうか、あれもイスラムが元ネタだったのか〜。

目からウロコが落ちました。
82名無し三等兵:2001/04/08(日) 19:36
紫電改が、単機でフラフラと飛んでいるF6Fに追いすがった。
見ると飛んでいるのがやっとという感じ。
パイロットの方も戦意喪失、何かにすがるような表情でこちらを見ていた。

紫電改のパイロットは、そのF6Fを見逃したとさ....
83名無し三等兵:2001/04/08(日) 20:03
2001/1月中、対馬沖を南下するロシア太平洋艦隊所属ウロダイ級ミサイル駆逐艦2隻、補給艦1隻が
第31航空群のP3Cと佐世保地方隊第26護衛隊「とね」に確認された際、「とね」とウロダイ級駆逐艦
で航海安全のメッセージが交わされた後、
「インドのムンバイに向かいます。ザハレンコ太平洋艦隊司令官から藤田海幕長によろしくお伝え下さい
 とのことでした」
のメッセージも伝えられたとの事。
84名無し三等兵:2001/04/08(日) 20:34
>>83
別に交戦中でも敵味方でもないのでは…。
85名無し三等兵:2001/04/09(月) 01:21
>>83
海自のHP見ると他にもいくつかあるよ。
86名無し三等兵:2001/04/09(月) 18:15
>>84
冷戦期の仮想敵国って意味でしょう。
87名無し三等兵:2001/04/09(月) 21:35
もっと知りたいあげ
88名無しさん@お腹いっぱい。:2001/04/10(火) 06:04
共通の敵は、戦場に向かわせた国家の指導者たちだ。
89名無し三等兵:2001/04/10(火) 06:22
ためになるAGE
9080:2001/04/10(火) 07:19
>>81
レス、どうも。2chに来てかなりたちましたが、こんなレスもらったの
初めてなので、お礼まで。
イスラムは祈ってるのを見てふと思っただけでした。名前の件は知らなかったです。
スタートレックでも、クリンゴン=イスラム、フェレンギ=日本人、ロミュラン=ドイツ人
をモデルにしているのは確実でしょうし、
アメリカ人一般がイメージする「文明の異なる宇宙人」を見ると、
彼らが潜在的に気味悪く思っている相手が誰かわかりますね。

91海の人:2001/04/10(火) 07:35
>>90
 日本人も「鬼畜米英」とか「捕虜になると女は慰み者、男は殺される」
とか「西洋人はケダモノ」感をとなえてた時期もありましたね〜。
 最近では「新しい教科書を作る会」とか、劣等感の裏返しなこの種の
デマゴーグは引きもきらないというかんじですね。
92名無し三等兵:2001/04/10(火) 07:38
>>90
とれっきーな話になるから深くは突っ込まないけど、TOSとTNG以降では
宇宙人のモデルになってる民族はズレてるぞ。複合してるのも多いし。
例えば、TOSでのクリンゴンは日本人の歪んだイメージが元らしい。
93スタトレ:2001/04/10(火) 08:27
ドミニオン=イスラエルは確実でしょうなぁ。
9480:2001/04/10(火) 08:30
おお、またレスが。今日はなんかあるのかな。
>>91
書き方が煽り気味でしたが、要するに「まったく文明が異なる」という
設定で思いつくのがこの程度かと悲しくなってるだけで、
別にアメリカ人に特別な感情はないです。
>>92
そのへんは僕もわかってるつもりです。初期クリンゴンはサムライのイメージでしょうが
だんだんサムライに凶暴というイメージが合わなくなって、変更したのかな。
細かなこと言い出すと切りないので、おおまかに書いてみました。
 一応、異なる文明間の話と言うことで、スレの趣旨にかすってると思って許してね>ALL
95海の人:2001/04/10(火) 09:28
>>94
 あ、いえいえ「この種の」ってのは、バカな教科書作っちゃう奴らとか
それを真に受けて喜んでる連中の事ですから気になさらずに:-)
 スタートレックその他のSFの場合には「ネタ」が判ってるから笑えます
けど、それを真に受ける連中は洋の東西を問わずに存在するみたいで、
そんなのに巻き込まれたくはないな〜、などと思うのでありました。

 このスレとの関連性といえば、やはり、そういう話題に触れたときに
笑える大人であるか、真に受けて俄にニセ愛国者になってしまうナイーブ
な馬鹿者かの違いによって、戦場での戦い方も違ってくるのでしょうか。
 などとおもいました。

 まなじりを決し、目を三角にして「贅沢は敵だ」というスローガンが
雄叫ばれるなかで一文字書き足して「贅沢は『素』敵だ」といいかえに
しちゃったセンスはみならわなくちゃいけませんね:-)
96名無し三等兵:2001/04/11(水) 00:57
さがりすぎ
97名無し三等兵:2001/04/11(水) 06:40
>>50
確か広瀬武夫中佐って、退避中のボートの上で大口径砲弾に当って体が四分五裂に
なったと聞き及んでおるけど。
98名無し三等兵:2001/04/11(水) 12:55
>>91
海の人さん, 件の負け犬弛緩とやらの本をちゃんと読んでる?
文春四で脊髄反射し茶屋だよ。
教科書については検定後のブツを見てみてからで,いいんじゃない?
>>97
そうです。 流れ弾で頭(もっと大きな部位?)を持っていかれて,
遺体はそのあと海中に落下,という次第。
傍で漕いでいた部下に地の雨が降り肉片が張り付いたそうです。
99海の人:2001/04/11(水) 16:38
>>98
 文春自体、なんか一つ前の号だということで、あちこち探し回るハメに
なってしまいましたが、このスレッド立ってしばらくくらいに入手でき
ましたです。
 一緒に本も探したのですが見つからず、佐藤さんのウェブサイトを読む
ことで埋め合わせになったのではないかと:-)

 教科書問題については、実際の中身や内容云々には、じつはあんまり
大した関心もないし、問題の本質には関係ないとおもうのですよ。
 要は明らかに周辺諸国とゴリゴリとしこりを作ることになるのを承知
のうえで、作った本人だけが自己満足するくらいしか価値のないことを
公に実行してしまったこと、作った方も作った方なら、家永教科書の
ように却下すればよいものを検定通してしまった文部省も「国益」と
いうものに対する問題意識が全くないのか?ということではないかと。

 大使の召還(事実上の)に発展するほど国益を損なった割には、得た
ものと言えば、宮代真司に簡単に論破されて、3つや4つの子供みたいに
耳まで真っ赤にして怒り狂ってスタジオから逃げ出した西部邁あたりの
自己満足を助長しただけというのは、ちょっと頂けないのではないかと。
100名無し三等兵:2001/04/12(木) 22:20
>>99
なさけなや、海の人ともあろうお方が・・・

 そりゃあなたの思い込みだけですわ

いくら完了が馬鹿でも 「うそばっか」書いてあったら
検定とおすわけないでしょう・・・
現に、180箇所以上の修正を指示しているわけで。
その修正の上で通ったんだし。

ともかくそのうち現物を一度見てみては?

少なくとも厨寒の半日教科書みたいな えげつないことは書いていないと思うよ。

そして場合によっては「なんでこれがけんかの種になるんだ?」っておもうかもしれない・・・

ちなみに問題の本質とは、あなたの職場を下司の溜まり場みたいに思っている
連中が 外圧を作り出す仕組みを着々と確立していっている、ということだと、私は思うけどね。

まあ、いいや面倒くさい。


101名無し三等兵:2001/04/16(月) 12:39
スレタイトルから話題がそれている....

太平洋戦争中とある小島でのお話。

日本の小部隊が布陣している小島に、アメリカの小部隊が上陸。
しかし両軍ともに現地人の襲撃を受けてしまったため、この共通の敵に
対処するために一時休戦状態になったとか。
(日米共同で何かをしたかどうかは不明)
102名無し三等兵:2001/04/16(月) 12:51
現地人にしてみれば
どっちも出ていって欲しいよな…
103名無し三等兵:2001/04/16(月) 13:41
>>101
現地人の虐殺をしたわけですな、共同で?
104名無し三等兵:2001/04/16(月) 14:10
>>103
空き地で「決闘」するために前から遊んでいた消防を追い出す厨房と
同類と思われ(藁
105お昼やすみ終わってた・・・:2001/04/16(月) 14:21
>大使の召還(事実上の)に発展するほど国益を損なった
ちょっとはハングル板いって勉強してください。
国益はまったく損なわれていません。みんな大喜びです(和良
106海の人:2001/04/16(月) 15:09
>>100
 面倒くさいと言われてしまうと、確かにここのスレッドとは全然違う話にして
しまって失礼しました。

>>105
 す、すごいとこですね(^_^;>ハングル板
107名無し三等兵:2001/04/16(月) 15:16
バームクーヘンを始めて日本に伝えたのは松山のドイツ人捕虜だよね。
このお菓子は当時の日本人に大人気だったそうです。
松山での捕虜生活が快適だったのは前レスにもありましたが、日本文化に
興味をもった捕虜が習字をならったり、よくしてくれたお礼に町に橋をかけた
りして、今でもその橋はのこってたり、博物館にお習字が残ってたり
します。(NHK でやってました)
108名無し三等兵:2001/04/16(月) 21:20
>>104
タラワ
109名無し三等兵:2001/04/17(火) 03:34
>>101
現地人って…すごいっすね…(笑
そういえば南方な島々では「人食い」な部族とかが住んでいる島が
あったんでしょうがそんな所も占領していたんでしょうか?
占領する以前に食われちゃたまらんと思うんですが(笑
110名無し三等兵:2001/04/18(水) 02:24
人食いに殺られた日本兵がいたと思われ。
食われたかどうかは不明だが。
111名無し三等兵:2001/04/18(水) 23:48
>>109,>>110
むかし、ニューギニアの奥地に拠点を置いた日本軍が、ブタや作物を勝手に徴発し
女までナニしちゃたので現地の人が切れて、何人か日本軍人が殺された話を読んだ
覚えがあります。
食ったかどうかに付いては記憶があいまい。ただ、ニューギニアでの食人は(1)近
親者が死んだ際にその人をしのんで、(2)部族間の戦争の際に、敵の勇敢な戦士の
魂を取り入れる、という理由が主なようなので食ってないんでは?と乏しい知識か
ら私はそう判断するのですが。
112名無し三等兵:2001/04/19(木) 02:55
あげ
113名無し三等兵:2001/04/19(木) 10:57
さがりすぎ
114名無し三等兵:2001/04/19(木) 11:06
>14
その映画は「真夜中のクリスマス」ではなく、
「真夜中の戦場」です。
原題[MIDNIGHT CLEAR].
バルジの森で、ドイツ軍が反撃作戦に出る直前、米偵察隊の分隊が、奇妙な死体を発見する。
米兵の死体とドイツ兵の死体が抱き合っているのだ。
それは、作戦開始前に早々に降伏を希望するドイツ軍のある分隊からのメッセージだった…
互いに連絡を取り合いながら、上層部にばれないよう、ニセの戦闘をして降伏する手はずだったが…
というお話でしょ?
この映画好きです。
115HBO:2001/04/19(木) 12:48
>>13 14 114
けーぶるで見たヨ。懐かしいのぅ。。。
"A Midnight Clear"
http://us.imdb.com/Title?0102443
116海の人:2001/04/21(土) 15:54
>>13,>>14,>>114,>>115

 どうやら、邦題が「真夜中の戦場 〜クリスマスを贈ります〜」ということらしいですね:-)

ソニーのウェブ:
http://www.spe.co.jp/Movie/sell/a_mid/
117名無し三等兵:2001/04/26(木) 23:34
age
118名無し:2001/04/26(木) 23:47
懐かしい…
投降希望のドイツ兵がかわいそうだったなあ
119名無し三等兵:2001/04/27(金) 00:21
佐藤大輔の短編でドイツ人と日本人がヨーロッパを戦場に戦ってて膠着して、毎日定時にぴったりお互いの真ん中に砲弾落としあう話。アレ大好きなんだけど元ネタってあるんでしょうかね?
120DUB:2001/04/27(金) 00:48
999人の第九で有名な板東(だっけ?)収容所の話はダメ?
ユーハイム創立者も元捕虜(当時は俘虜)さんだよね。
121名無し三等兵:2001/04/27(金) 02:05
不発弾にニックネームつけて撃ち合う話はいくつか聞いた覚えがありますが…
122名無し三等兵:2001/05/02(水) 23:22
ナチのトルクハイム収容所の解放時

囚人達が所長を森の中に一時匿って、連合軍が所長に対して「ひどいしうちをしない」
と約束させた後で引き渡した。

所長は、以前から病気の囚人のために、私費で町の薬屋から医薬品を調達してたそうな。

フランクルの著作に出てました
123名無し三等兵:2001/05/04(金) 17:43
age
124イギー:2001/05/04(金) 17:55
アメリカ人は日本の子供にショコラを配った。
125名無し三等兵:2001/05/04(金) 20:33
海兵隊の撃墜王、グレゴリー・ボイントンの回想録に日本での捕虜収容所
生活が書かれてました。

全体的に捕虜に対しては厳しい扱いが多かったようですが、個人レベルの
交流は結構あったようですね。

調理係のオバサンと仲良くなったり、正月には日本酒を飲まされてベロベロ
に酔っ払ったり・・・・
色々と世話を焼きたがる下っ端の兵隊も多かったようです。

敗戦で気が立った下士官が米軍捕虜を殺そうとするのを「心配するな俺が守っ
てやる」なんて言って必死で止めに入った番兵の話なんかもありました。
126名無し三等兵:2001/05/04(金) 21:49
>109
ビルマかそこら方面で、兵卒が、高原の
人食い部族の王になったぞ。たしか諜報員だが・・・
マータリ交流してたらしいな。だが、
上の命令で去ったらしい
127名無し三等兵:2001/05/05(土) 16:02
age
128名無し三等兵:2001/05/08(火) 00:16
age
129名無し三等兵:2001/05/10(木) 00:27
第一次大戦中に義勇兵としてイギリス軍に参加した日本人が、死にそうな
ドイツ兵を見つけて、哀れに思って水を飲ませたりしていた。
それを目撃したイギリス兵が激しく日本人を非難して、ドイツ兵を刺し殺
してしまった。
怒った日本人はそのイギリス兵を投げ飛ばしたそうだ。

後半は味方味方で仲悪くしてしまったオハナシ(w
130129:2001/05/10(木) 00:29
sageちゃった
131( ´∀`)さん:2001/05/10(木) 04:59
>>74
スウェーデンのストックホルムか、スイスのベルンかと思われ。あるい
はスペイン(ファシスト国だけどアメリカと国交のある国等)だったので
は? 微妙にスレ違いなのでsage
132名無し三等兵:2001/05/11(金) 18:49
うちの死んだ祖父の話
南方で捕虜になったが暇な連合軍兵士たちと毎日仲良く野球やっていたそうな
133名無し三等兵:2001/05/11(金) 21:38
東部戦線のイタリア兵の話です。
後退戦のさなかにとある村で戦闘中、一人ではぐれてしまった。
腹が減っていたので何か食べさせてもらおうと一軒の農家に入ったら、
先客がいました。ソ連兵です。でもなぜかヘルメットを脱ぎ、サブマシンガン
を置き、同じテーブルに座ってしまいました。自分でもなぜそんなことをした
のかわからなかったし、ソ連兵も驚いてたようです。そして家人に食事
を食べさせてもらったあと、お互い一発も撃つことなくそれぞれの陣営
に戻ったという話がありました。
134名無し三等兵:2001/05/11(金) 22:10
飯を食うときぐらい戦争を忘れたいだろう>133
135名無し三等兵:2001/05/11(金) 22:42
ってゆうかロシアの農家は寛大なのよ。
敵の逃亡兵を一軒に何人もかくまってたりする。飯を食わせたり
世話もしてやっちゃう。そんな聖域のような家の中で殺し合いは
したくなかったんでしょう。両方とも。
136名無し三等兵:2001/05/11(金) 23:02
イタリア兵ならではだな。
ドイツ兵だったら・・・
137名無し三等兵:2001/05/11(金) 23:04
>>136
漏れもそう思ったけど、ロシアの歩兵がファシスト兵の
区別がつくかどうか?
138名無し三等兵:2001/05/15(火) 07:55
age
139名無し三等兵:2001/05/17(木) 05:52
>>137
イタ公はスケベ顔してるから、結構判別できたりして
140名無し三等兵:2001/05/17(木) 07:27
皆トラボルタみたいな顔をしてりゃいいがな >>139
141名無し三等兵:2001/05/17(木) 08:48
>>37
すみません私が蒙昧なだけかも知れないんですが、
>WWIでのガリポリでオーストラリア軍とトルコ軍の間で戦死者埋葬の為の
ってのはホントなのでしょうか?
豪州からガリポリってのも遠すぎるし、
とはいえオーストリアだとすると同じ3B陣営だし。うーん・・
14237ではないが:2001/05/17(木) 09:44
オーストラリアやニュージーランドなどは当時英連邦軍の一員として
兵力を出していた。(通称「アンザック軍団」)
ボーア戦争の時は南アフリカにも行ってます。
143141
>>142
ありがとうございます。
おかげでスッキリと戦地(再就職活動ね)に赴けます。