1 :
名無し三等兵:
武装SSの活躍が目立ったと聞いているのですが。
2 :
自営業:2001/01/08(月) 16:43
「焦土」を読んで下さい。
大日本絵画から写真集出たよ。
4 :
名無し三等兵:2001/01/09(火) 00:00
買った買った。おれ的には、あとスターリングラード写真集なんて欲しいな。
クルスク戦の写真集ってのは、なかなか写真自体が少ないからデルタ出版本なんか
みても内容うすくて残念。
America Yahooあたり探してみよう・・
5 :
New Order:2001/01/09(火) 00:59
ベルリン攻防戦も。
ホロコースト写真集も目を背けないで見ました。
特にクロアチア人もかなりの蛮行を働いていた。
6 :
名無し三等兵:2001/01/09(火) 01:05
>>5 毎日新聞社から出た<シリーズ・20世紀の記録>
「第三帝国の野望」「ホロコースト」っていい仕事してますね。
クロアチア人の例のノコギリ首切り写真とかもそうですが、ポグロム(ユダヤ人虐殺をさすロシア語)
という通り、ドイツだけではなくロシアやバルト3国によるユダヤ人虐殺とかね。
7 :
New Order:2001/01/09(火) 01:15
>5さん
そうです。なぶり殺しとか、どこまであんなに鬼畜んなれるんだろ。
なんか、目眩した。
おとなしそうに見えた秩序警察もかなり酷いことやってますね。
8 :
某中尉:2001/01/09(火) 22:11
スターリングラードの敗戦後、ヒトラーは国防軍よりも、武装親衛隊の増強を図った。
ハリコフ戦のアドルフヒトラー師団の活躍は今でも語り草になっている。
9 :
名無し三等兵:2001/01/10(水) 01:55
>8
そうだっけ?
AH師団はフランスで再編休養直後だからじゃないの?
おかげでスターリングラード解囲戦に出てこれなかったんじゃなかったけ?
>6
昔、宇野重吉がナレーションやってる左翼系のプロパガンダ映画で、
ノコギリ首切り写真はいかにもナチだからです。って扱いだったけど
結局連中は、ナチが居ようがいまいが同じことをやってるんだよなあ・・・
根が深いこと。
10 :
名無し三等兵:2001/01/10(水) 12:03
燃料切れ起こしてマンシュタインにボコボコにされる。
11 :
名無し三等兵:2001/01/10(水) 13:28
意外としられていない名将マンシュタイン彼こそ第2次世界大戦最高の将である。
まさに彼の作戦は柔軟に富んでおり「天使の大胆 悪魔の繊細」。
ハリコフ攻防戦では見事な機動防御作戦を成功させており
A軍団を救いなおかつハリコフ奪還を成功させた
もし、彼が東部戦線を全面指揮していたなら
歴史は少し変わったかもしれない
12 :
名無し三等兵:2001/01/10(水) 14:40
天使の大胆 悪魔の繊細
ドイツ国防省屈指の頭脳が史上最悪の戦線にいどむとき
森林は突破され堅陣は粉砕される
13 :
いやあ:2001/01/11(木) 23:45
・・・みんなソ連を甘く見すぎてるよ。
ま、「モスクワを獲れたらソ連に勝ってたか?」というスレになっちゃうから、
これ以上は遠慮しておくけどさ
14 :
Tor:2001/01/12(金) 00:08
エポック社「ドイツ戦車軍団」に入ってた
「ハリコフ」は名作だったなあ…。
15 :
名無し三等兵:2001/01/12(金) 00:12
>もし、彼が東部戦線を全面指揮していたなら
>歴史は少し変わったかもしれない
チョビ髭の伍長殿がでしゃばるので駄目
16 :
マンシュタインは尊敬に値するが:2001/01/12(金) 00:21
消耗戦でしょ?
機動防御→ハリコフ奪還はお見事だったけど、2回目、できたかどうか?
デビッド・アーヴィング「ヒトラーの戦争」(ハヤカワ文庫NF)って、多少内容に眉唾の
歴史書があるんだけど、そのなかでの主張の白眉は、
「スターリンは1943年、人的消耗に耐えきれずドイツとの単独講和を考えていた」
というの。
これって、マンシュタインが永久にハリコフを維持できるってのくらい、
無茶な気がする
だね。
18 :
ペトリオット:2001/01/12(金) 00:58
>>16 >「ソ連は人的消耗に耐えられない」
でもヒトラーやOKWは、それ本気で信じてたました。
他に信じられる希望が、もはやなかったんですね
19 :
名無し三等兵:2001/01/12(金) 01:11
>>18 だけど15歳にも満たないガキンチョが捨て駒として使われてる
のを見たらそういう風な決断をするのもおかしくはないと思う。
20 :
(●´ー`●)NAっTI:2001/01/12(金) 01:12
>18
勝手な個人的な憶測だけど、もしかしたら反ナチのOKW将校(オスター、
フォン ドーナニー、フォン モルトケ、カナーリス)が流した意図的なデマだったりして。
彼等はベック将軍らの援助を受けて、極秘にせめて少しでも殺戮を遅らせる
作戦など、サボタージュを行なったり、本格的な崩壊が目に見える前に
手を打つ機会を伺っていたって聞いたので。
憶測すぎでした〜。
21 :
名無し三等兵:2001/01/12(金) 12:59
どちらにしろソ連には負けていたと思うけど
確実にいえることはマンシュタインが指揮をとったならドイツ敗北は
確実におくれていたとおもう
ということは原爆は日本に落とされなかったも?マンシュタインの柔軟な作戦能力は
すごいとおもう
22 :
名無し三等兵 :2001/01/12(金) 13:38
勝ってるときはマンシュタイン、負け始めたらハインリーチ、これでOK!
23 :
名無し三等兵:2001/01/12(金) 17:48
失われた勝利
Lost victory!
24 :
20世紀の黙示録:2001/01/12(金) 23:23
よくまあ、カフカズまで出かけたものだよ。徒歩と馬匹と前世紀のライフルだけでさ。
最後の十字軍的戦争だね。
25 :
名無し三等兵:2001/01/13(土) 11:48
ハウサーがヒットラーの死守命令を無視して後退したけど
あのあと軍法会議とかで問題にならなかったのか?
まあそれでハリコフが占領できたんだけど・・・・
26 :
名無し三等兵:2001/01/13(土) 12:16
ハウサーはヒットラーおじ様の怒りを買い危うく一等兵にされる
ところでした。ですが、マンシュタイン将軍の冷静な作戦行動を
見せられ、プロの戦を見せつけられた。でもおじ様の脳味噌はお
猿さんだったので、その後もマンシュタイン達を理解出来なかっ
た。
27 :
名無し三等兵:2001/01/13(土) 12:17
じゃないと、スターリングラードの2の舞だ。
28 :
名無し三等兵:2001/01/13(土) 13:28
スターリングラード以降、ヒトラーに口出しさせずにマンシュタインに
東部戦線に指揮を取らせても、結局は対ソ戦には影響なかったでしょう。
43年あたりまで持ちこたえても、44年から西部戦線へ主要な機甲部隊
や航空軍を殆ど移動させて、もぬけの殻の東部戦線は実際その年の中央軍集団
が受けたような崩壊がどこの戦線でも起こったと思う。
機甲部隊がなく、お得意の機動防御戦術ができないとあれば、
包囲撃滅されるのを避けるため、撤退するしかない。
結局ソ連軍の終戦までの占領地図は変わらなかったでしょう。
29 :
名無し三等兵:2001/01/13(土) 14:42
いっそベルリンを明け渡してアメとアカを激突させればよかったのだ。
30 :
中尉:2001/01/13(土) 16:05
ハリコフ戦の勝利がヒトラーに妙な力を与えクルスク戦の準備をするわけであるが、とにかくドイツ軍の暗号はほとんど連合国へ流れていたのが気になる。
31 :
名無し三等兵:2001/01/13(土) 18:24
>24
カフカス越えてエジプトのロンメルと合流きぼ〜ん
32 :
>>30:2001/01/13(土) 23:35
あれ、クルスクの縦深防御は従来、スイスのなんとかいう反ナチ・ドイツ人スパイからの情報
って話だけど、本当はウルトラ(エニグマ)情報なんでしょ?
でもまあ、パンテルの完成待って3ヵ月も延期すりゃ、それはバレますって。
地図みりゃ、立派なバルジ(突出部)だしね。
33 :
(●´ー`●)NAっTI:2001/01/14(日) 14:40
ハウサーやシュタイナーは国防軍精神が抜けきれなかったのかな。
特にシュタイナーはSSらしさがほとんどないように思える。
>32
ギゼフィウス氏かな?違うかも知れないけど。
初期はSAとゲシュタポ(まだSS階級と制服を与えられていない頃)だったけど、
なぜか反ナチ古参でもある軍情報部の人。
34 :
名無し三等兵:2001/01/14(日) 15:05
「焦土作戦」パウル・カレル読みましょう
35 :
(●´ー`●)NAっTI:2001/01/14(日) 18:11
ベルリン攻防戦(45年4月後半か5月)で奮闘する武装SSの映像、ひとつしか見たことがない。
しかもほんの一瞬。
36 :
名無し三等兵:2001/01/14(日) 19:37
<35
どこで見たの?
だいたい、あすこじゃ非ドイツ系SSが多かったんじゃない?
37 :
(●´ー`●)NAっTI:2001/01/14(日) 23:21
なんだっけ、ヒトラー特集TVでやってたことある。
ビデオにとりゃよかった。
それ以外に当時の武装SS見たことがない。
ドイツ人でなければバルト人とかかな?>35
38 :
名無し三等兵:2001/01/15(月) 11:51
>>35 最強のノルトラント師団?
あるいはヒトラーが「棒っきれでも持たせておけ」といったインド人武装SS(笑)?
39 :
名無し三等兵:2001/01/15(月) 19:31
降下猟兵はナイフで十分
40 :
ベンゼン中尉:2001/01/15(月) 22:16
何度も言いたくないんだけど、ベルリンの国会議事堂を最後まで死守したのは武装親衛隊なんだぜ。
41 :
(●´ー`●)NAっTI:2001/01/15(月) 22:38
日本人大使館職員の中にも彼等に守られた人が
いるらしいね。同盟国として、敵を排撃するまでは
逃げ出したくないと言ったところをその気持ちだけで
充分だと、兵士が避難させたとか。
詳細きぼん〜。
42 :
名無し三等兵:2001/01/15(月) 22:45
ベルリン攻防戦で活躍したのはシャルルマーニュのフランス外人
SS部隊。ドイツ人部隊は活躍してません。
43 :
名無し三等兵:2001/01/15(月) 23:06
バルジとハンガリーで消耗し尽くしてしまったからねぇ
まともな部隊は>W SS
44 :
名無し三等兵:2001/01/15(月) 23:08
>降下猟兵はナイフで十分
俺は一度でいいから若い女のみぞおちをナイフでぶすっとやってみてえ。
45 :
ベンゼン中尉:2001/01/16(火) 21:40
ハリコフ戦での国防軍っていまいち話題の上らんね。
46 :
>44:2001/01/16(火) 22:24
自分のみぞおちを刺してください
>>44 一度料理でもして包丁で指にケガしてみなさい、痛いから。
48 :
毛沢豚:2001/01/16(火) 22:34
T−34に乗って突撃〜萌え〜!!
49 :
名無し三等兵:2001/01/16(火) 22:39
GD忘れて亡いかい?
つうかGD師団以外の国防軍機械化師団いたっけ
南方軍集団
ハリコフ近辺でね>49
少し東側だと、6装甲師団ほか3コ師団がいました
51 :
名無し三等兵:2001/01/17(水) 09:59
第40装甲軍団の攻撃で第6軍壊滅、ところで第6軍(ソ連)ってやられ役?
52 :
名無し三等兵:2001/01/17(水) 11:49
死守せよと独裁者は命じた
1個師団を失うぐらいなら1都市放棄したほうがましだ
名将は機動防御作戦に祖国の命運をかける
53 :
ドイツ国防軍将校ベンゼン中尉:2001/01/17(水) 21:28
ハリコフ戦時に、SSのLAHとダス・ライヒの活躍ばかりが注目されているね。マンシュタインは国防軍兵士をどう扱っていたのだろう。
あの激戦にはLAHのことばかり吹聴されているが、実際そうだったんだろうか。
54 :
名無し三等兵:2001/01/17(水) 22:02
東部戦線では“6軍”はソ連、ドイツ共に
エライ目にあってますねぇ
ポポフ装甲兵団もボロッカスにやられてる
55 :
名無し軍曹:2001/01/17(水) 22:24
ドイツ以外の、枢軸国の軍隊もな。イタリヤやハンガリーとか。
56 :
(●´ー`●)NAっTI:2001/01/17(水) 22:41
ルーマニャンもね。
57 :
311:2001/01/18(木) 06:10
さすがに、マンシュタイン御大叩く人はいないのね、2chといえども。
58 :
ドイツの技術は世界一:2001/01/18(木) 07:48
いや、自伝「失われた勝利」に書かれなかったことをかけば、
マンシュタインもつっこむべきところはある。
つまり国防軍の戦争犯罪だな。
はっきりいってソ連侵攻は「共産主義とユダヤ文化のヨーロッパ文明への影響の永久的根絶を目的とする」
ってOKWにも、思想教育だいぶ徹底したらしい。
ライヘナウなんか、パルチザンがらみで皆殺し命令41年秋から連発してたし、
クリミア半島、ドネツ盆地あたりで、マンシュタインが何も知らなかったとはいわせない。
・・・ま、好きな名将だけど。
一応、歴史の真実ということで。
59 :
(●´ー`●)NAっTI:2001/01/18(木) 12:32
フォン ルントシュッテットやフォン ブラウヒッチュの罪が消極的(虐殺黙認。
当初は反対した)なものならフォン マンシュタインやフォン ライヒェナウは
容認どころか支持、それ以上に自ら実行した。
国防軍無罪神話っていったい??
たしかに色んな本読むと、犯罪的な殺戮に嫌悪していた人もけっこう多いと
聞く。武装SSですらも同様。
国防軍と武装SSの犯罪は同様なのかな?
60 :
名無し三等兵:2001/01/18(木) 14:04
理由は単純、ドイツ人は虐殺は支持していない。虐殺をやったの
はナチスなんだ、だからSSが悪いんだ!!更に国防軍の将校団
はヒトラー暗殺を図った英雄なんだ!!
これが国防軍無罪の理由じゃない?
61 :
名無し三等兵:2001/01/18(木) 15:26
でも戦争を国防軍の腑抜けどもに任して
武装SSがなかったら
それこそドイツ人全員、ソ連軍に皆殺しにされてたと思う。
武装SSは祖国とその人々のために戦った英雄。
62 :
名無し三等兵:2001/01/18(木) 15:30
軍の指令系統を2つに分けた時点で負けは見えていたとも言える。
(おまけに”ゲーリング”もいるし)
理由は単純、帝国海軍は中国侵略は支持していない。侵略をやったの
は関東軍なんだ、だから辻が悪いんだ!!更に帝国海軍のヤマモト
は日米開戦を最後まで阻止しようとした英雄なんだ!!
これが帝国海軍無罪の理由じゃない?
64 :
ベンゼン中尉:2001/01/18(木) 23:49
>60
君の意見はおかしいよ。国防軍の衰退で武装親衛隊が出てくる。互いに協調作戦で戦っているしね。
ゼップ爺さんが言った、我々も同じ軍人だった。というのが正解だ。
捕虜を作らない軍隊というのは、それだけ戦闘が過酷だった証拠にもなる。
パイパーやビットマンも武装SSであるのを忘れないでほしい。
64を見て思ったけど、ほんっとにベンゼンって会話できん奴なのな。
とにかく自分のこと(知っていること)しか喋りたがらないのが良く判るよ。
67 :
ゲルマンスキー:2001/01/19(金) 00:27
マンシュタインか
奴ってレニングラード前面で長男が戦死したんんだよな
回想録でその辺についての記述がなんとも胸を打つ
>君の意見はおかしいよ。
だって(ぷぷ
69 :
SSっていっても二つあるでしょう:2001/01/19(金) 09:33
SSって言っても国防軍と一緒に戦場で戦ったSSは
その武勇を馳せているけど、虐殺とかが本職じゃない
こっちも虐殺とかやってるけど、それはよく
ある悲劇とかで戦闘関係の過程で起きた事
占領地とかで治安維持?とかやったいたSSは警察機構
みたいで虐殺、ユダヤ人狩りとかやってこっちは戦闘より
もこっちが本職、よって悪名を馳せている
ベンゼンsage
死すとも止まじ!
って銃剣に書いてあるんだよねぇ>武装親衛隊
72 :
:(●´ー`●)NAっTI:2001/01/19(金) 13:52
ユダヤ人や、精神的・肉体的欠陥のある障害者、反抗の根のある知識人などの
虐殺の大半は基本的に一般SS(ゲ・シュタ・ポ、クリ・ポ、オル・ポなど)で構成される
アインザッツグルッペやコミッサール(人民委員会)だっけ。
SS(武装SSも)にも国防軍と同様、虐殺に嫌悪を感じるひとが意外にも少なくなかったらしいね。
国防軍のヒトラー暗殺事件には少数のSS・SAの警察幹部→ヘルドルフ伯やシューレンブルク皇子
(伯爵だったかな?)、ネーベ准将などが関与している。
73 :
Mr.名無しさん:2001/01/20(土) 02:24
懐かしのボードシミュレーションだと、
第3次ハリコフ戦を取り扱ったものはかなり出ていたね。
ただプレイヤーは史実を知りつつプレイするので、
当時のソ連軍のような大突出は起きずに、
整然と戦線を維持しつつじりじりと前進してくるソ連軍と、
プレイ後半で大量の装甲部隊の増援を受け取るドイツ軍が
正面から殴り合うという謎な展開を見せることが多かったなぁ・・・。
74 :
丁種合格:2001/01/20(土) 07:08
陰謀ルールでソ連軍の行動制限してるのも
多かった
75 :
名無し三等兵:2001/01/20(土) 10:26
コミッサールと言えば、昔のカードゲームで「タンクバスター」
というのがあったが、政治指導委員を引くと全カードオープンに
なって、自慢のヘボ戦車がバレたなー。
ネタズレして御免!!
76 :
国防軍って:2001/01/21(日) 01:53
東部戦線じゃ、すぐ後に来るアインザッツグルッペンのために、たしか
住民の人種登録を担当してたんじゃなかったかな?
あと、まあ兵站確保のために、パルチザンのテロ活動には一村虐殺で報復したのは
しょうがないだろ。
77 :
:(●´ー`●)NAっTI:2001/01/21(日) 14:52
>あと、まあ兵站確保のために、パルチザンのテロ活動には一村虐殺で報復したのは
しょうがないだろ。
やむを得ないっていうか、ドイツ特殊の犯罪ではないと思う。イギリスがイラクや
インドでも似たことやってるし。
>東部戦線じゃ、すぐ後に来るアインザッツグルッペンのために、たしか
住民の人種登録を担当してたんじゃなかったかな?
それは知らなかった。もちろん全軍なわきゃないけど、一部で軍もかなりなことしてた
んだね。
78 :
:(●´ー`●)NAっTI:2001/01/21(日) 15:06
良心の断片の残るSSの悲劇は、ベック(ルートヴィヒ)・クラウザウサークル・
水曜クラヴ・ゾルフサークル枢軸を全く知ることなく、例えその存在を
知ったとしても、SSは基本的に信用されずに終わったこと。
武装SSには、ユダヤ人に情を示したり過酷に扱うことを拒否して
過酷な東部戦線へ降格の後に左遷されたSS(ジーポや警察、収容所髑髏部隊)も
けっこういるらしい。
まあ、降格・左遷はただ単に上司が気に食わかったり、へまをやらかした
者の方が圧倒的だろけど。
79 :
:(●´ー`●)NAっTI:2001/01/21(日) 15:09
>75
今思い出した。コミッサール・ベッフェールだった。
80 :
SHEENA IS A PUNK ROCKER:2001/01/21(日) 23:51
SSの処刑部隊送り込んだやつらだな>コミザール
国防軍が新種登録してたって聞いたのはちとショック・・・・
81 :
SHEENA IS A PUNK ROCKER:2001/01/21(日) 23:53
別に国防軍無罪論者などではないから。
82 :
SHEENA IS A PUNK ROCKER:2001/01/22(月) 16:21
SS秩序警察(オル・ポ)系の部隊もカッコ地味な
くせになかなか酷いね。ホロコーストや迫害の写真
見ると、警察章(陸軍型)つけた部隊が目立つ。
ここにはゲシュタポ・SDも混じってる。
83 :
名無し三等兵:2001/01/22(月) 22:27
>64
パイパーやビットマンクラスの人間なら国防軍にも多数いるよ。
日本では知られていないだけ…
ドイツ軍最大のエースはオットー・カリウスだぞ。
他にも日本人が偏ってる例としてマルセイユ大尉の愛機が黄14
とよく言うが英国メーカーが発売した彼の愛機番号は赤8だった
よ。
84 :
名無し三等兵:2001/01/23(火) 09:56
43年2月中旬、SS装甲軍団のハウサーがヒットラーの死守命令してハリコフを
放棄した。ハリコフ解放で勢いずいたソ連軍はドニエプル川を目指し攻勢を開始する。
ソ連軍が南方のミウス川周辺のドイツ軍防衛線が突破できず、また北方では
ハリコフ西方のドイツ軍防衛線(大ドイツ装甲師団など)に当り進撃スピードが遅れた
た。中央部はあまり抵抗を受けずソ連軍第6軍、ポポフ兵団にそのまま前進をした。
そこでパウログラード周辺でソ連軍が突出した形になる。
そのうち第6軍、ポポフ兵団は燃料が欠乏し進撃が鈍り、待ってましたとばかりに
マンシュタインは装甲部隊SS装甲軍団(アドルフヒットラー装甲師団、トーテンコ
ープフ装甲師団、ダスライヒ装甲師団)、第40装甲軍団(第7装甲師団、第7装甲師団)
、第46装甲軍団、(第6装甲師団、第17装甲師団)を突出した第6軍、ポポフ兵団の側
面を攻撃させ壊滅させる。
そのあとソ連軍第3機甲軍を急行させるが、SS装甲軍団の真ん中に突っ込んでしまい
これまた壊滅、ソ連第25親衛狙撃兵師団がハリコフを防衛(取り残された?)していたが
、SS装甲軍団と第48装甲軍団がハリコフを包囲、アドルフヒットラー装甲師団
が市内に突入し、3月中旬ハウサーが放棄していらい一ヶ月ぶりにハリコフを奪還する。
そしてハリコフ攻防戦とよばれる一連の攻防は終了し、ドイツ軍はこの作戦で自信をつけ、
東部戦線で3度目の大攻勢をかける希望を見つけたのであった?
85 :
名無し三等兵:2001/01/23(火) 10:32
マンシュタインは43年春〜夏にウクライナで拡大版、
機動防御戦(後の先)をやる予定だったけどヒットラーが
クルスク突出部への攻勢(先の先)を指示、
そのために戦力を整えるために延期につぐ延期で結局失敗
・・・・・・・マンシュタインは鬱になっただろう
86 :
名無し三等兵:2001/01/23(火) 11:13
>>85 7月にようやく攻撃に入ったらクルスクはパックフロントの巣になっていた。
やはりマンシュタインの言うとおり5月中に攻撃するべきだった。
期待のパンターは役に立たないし・・・・。
87 :
名無し三等兵:2001/01/23(火) 11:44
86>5月に攻撃してはたして成功するんだろうか・・・・・・
突出部っていっても何百kmもあるから包囲戦の効果は薄いと思うけど
88 :
名無し三等兵:2001/01/23(火) 12:09
ドイツ参謀本部が危険視するタイプの人
『状況判断能力に欠け、感情で行動する人』
このタイプの人間は抹殺すべきである。さて、本戦争に於いて
最もこれに該当する方は誰か?
89 :
名無し三等兵:2001/01/23(火) 12:19
>>87 少なくとも勝利する可能性はあった。
量産性に優るT−34,英米の大規模支援を考えると攻勢を後に廻す
ほど勝利はおぼつかなくなる、
結局、7月作戦開始時には第三次ハリコフ攻防戦によりボロボロだった
赤軍はすっかり回復していた。
90 :
名無し三等兵:2001/01/23(火) 17:55
それにしても東部戦線1941年、1942年それぞれソ連側はドイツ側の何倍の損害だったんだろ。
スターリングラードでは独第六軍撃破できたけどもその後間もなくハリコフ戦敗退してるし〜。
丁度敵味方の損害比が一対一(?)になったクルスクこそがロシア軍勝利だろう。質で互角なら量で勝ち。
91 :
名無し三等兵:2001/01/24(水) 17:54
失われた勝利!
92 :
名無し三等兵:2001/01/24(水) 18:02
「後の先」ではソ連軍に勝てんでしょう。
連合軍の上陸作戦対応として2個師団引き抜かれたくらいだし。
93 :
名無し三等兵:2001/01/25(木) 00:38
失われた勝利から、そろそろ夢想された勝利に評価をかえねば
94 :
名無し三等兵:2001/01/25(木) 01:14
当時のドイツは戦略的に敗北しつつあった訳だから、
ハリコフ戦で勝利を収めても一時的な時間稼ぎにしかならなかったような気もする。
95 :
94:2001/01/25(木) 01:23
とはいえ、あの装甲部隊による後手からの一撃はかなりシビれる機動ではあるね。
大戦後期に頻発されたヒトラーによる「確地」命令がなく、
独軍が自由に機動防御を展開できたとしたら、
東部戦線の崩壊はもちっと先にできたかもしれんなぁ・・・。
44年以降なんて「そりゃ包囲されるだろう」的な戦闘ばっかだしね。
96 :
名無し三等兵:2001/01/25(木) 09:16
90>ドイツの損害は両年で200〜300万くらいの”死傷者”だけど
ソ連は600〜700万人くらいの"戦死・行方不明"をだした
97 :
名無し三等兵:2001/01/25(木) 11:09
コルスン包囲戦のスレッドを立てようか、迷っている・・・・・・
98 :
名無し三等兵:2001/01/26(金) 00:41
焦土作戦も文庫化されたしね。
それにしても、「第6軍の心臓」だとかフジ出版やサイマル出版、
再刊してくれないかな。独ソ戦もの。
読みたくても読めない本が多すぎらあね
99 :
名無し三等兵:2001/01/26(金) 01:22
>98
H・G・コンザリクって面白い?
どうもあの構成(独ソ両軍から描かれる)は馴染めなかった
戦闘自体は兵隊も指揮官もドイツ軍はよく戦っており、そう負けても無い。
独ソ両軍の兵力・武器生産力の差からしてチタデル攻勢はあれで精一杯だったな。
ヒトラーでなくても誰が指揮を取っても結果はそんなに変わらんかったろう。
101 :
名無し三等兵:2001/01/27(土) 00:33
>>98 「スターリングラード」もので、なんか面白いものない?
102 :
名無し三等兵:2001/01/27(土) 06:33
フジ出版に関しては、学研と中公が頑張る気配があるので期待。
サイマルはねえ・・・。
103 :
サイマル出版は:2001/01/27(土) 23:39
こないだ講談社学術文庫から、フランス人の書いたゲシュタポ史と、
アウシュビッツのルドルフ・ヘスの手記がでてたな。
中公はおもしろいですね。まさかウースン上陸作戦の手記がでるとは思いませんでした
104 :
うう。:2001/01/29(月) 02:20
治安警察と秩序警察ごっちゃにしてた
105 :
名無し三等兵:2001/01/29(月) 12:31
保安警察
106 :
名無し三等兵:2001/02/07(水) 05:48
だな
107 :
BJC:2001/02/07(水) 15:11
でも、秩序警察もかなりなことやってますな。
警察連隊や特別行動隊(全てのSS機関含むけど)の
一般(武装)SSスタイルより、地味で個人的にあまりカッコ良いとは
思えない警察帽章や、警察袖アドラーの方がなんか不気味。
108 :
CCDJ(宍戸錠):2001/02/08(木) 00:34
うう。ドイツ警察はわからん。
だいたい連邦制で、バイエルンの政治警察からはじまった
ゲシュタポが、全ドイツを管区におく過程がよくわからん。
ナチ党の私的諜報機関(SD?)が国警に統合される過程がよくわからん。
全体によくわからん。
謎はふかまるばかりだ
109 :
名無し三等兵:2001/02/08(木) 05:08
二正面作戦やった時点で負けである。
結局ドイツ帝国は分断にまで至ってしまうのである。
二正面作戦の二度目の失敗は政治的には極めて高くつくことになる。
その後ドイツ国民は21世紀に至るまで統一後の後遺症に苦しむ。
その責任はヒトラーのみならない。同じ失敗を繰り返した愚かなドイツ参謀全てにある。
ナポレオンの残したワーテルローの教訓をも生かしてはいない。
ドイツ参謀の重大な責任は虐殺に加担したか否かなどにはない。
一度、戦史上で失敗した「兵力の分散」という致命的失敗を再び繰り返したことである。
この失敗の前にはハリコフの名誉もマインシュタインやロンメルの名声も虚しい。
一度目の失敗より結果は甚大であった。祖国の分断である。
「兵力の集中」は戦略戦術上のアイウである。
彼らはこれを無視した、或いは無視に追従した。「戦犯」として追求されて当然である。
真の意味の「戦犯」とは敗戦の責任者であろう。
それは間違い無くヒトラーとドイツの愚かな参謀たちである。
そしてその愚かな参謀たちの結果に今もドイツ国民は苦しんでいる。
決して東西対立や無理な通貨統合にその発端があるのではない。
その発端はヤルタにもスターリンにもない。
その発端は愚かなりし「兵力の分散」即ち二正面作戦の実行である。
彼らが敵にしたのはソ連でもイギリスでもアメリカでさえもない。
兵法の大原則「兵力の集中」である。
そしてその敗北はドイツ史上最悪の分断国家という帰結に至る。
戦術バカの政治知らずであるドイツ参謀の必然的結果であろう。
細部の戦術にこだわり大局を見失う。戦争とは大局的なほど政治なのである。
なるほど細部に至る戦術においては天才的でさえある。しかしながら大局を見る力がない。
大局を見ず大原則を忘れた者に勝利は無い。
ヒトラー治下のドイツ参謀はその招いた結果の甚大さにおいて
ドイツ史上最悪の軍人達である。
110 :
>190:2001/02/09(金) 01:12
そのとおり。
んとに、ドイツ軍でドキュソだね。
111 :
名無し三等兵:2001/02/09(金) 02:51
>109
それを言っちゃ―おしめえーだろ?
112 :
マンシュタイン:2001/02/09(金) 03:16
だから私は総統に言ったんだよ!!
113 :
グデーリアン:2001/02/09(金) 03:20
だから私も総統に言ったんだよ!!
114 :
ゲーレン大佐:2001/02/09(金) 04:36
つーことで、オイラだけお先に失礼。
OSSと面会する約束があるから。
115 :
ヒムラー:2001/02/11(日) 00:24
ま、待ってくれ。スウェーデンの赤十字を通して我輩も名誉ある講和を結ぶ用意があるぞ
>>109 に反応してやれ。なんか張り切ってるぞ。可哀想じゃねえか
117 :
ヤン・モチツキ:2001/02/11(日) 01:25
>そしてその敗北はドイツ史上最悪の分断国家という帰結に至る。
最悪かなあ。もっとひどい時代もあったけど。
118 :
名無し三等兵:2001/02/11(日) 05:05
既出だけど、ボードで遊ぶとハリコフの戦線は突出しないんだよねえ。
ポポフが歩兵と共同してジリジリ進む様を見てなんど両軍ともじれったい思いをしたか。
その解決方法は暗示。
「お前はドイツの増援を知らない。ましてや機動予備まであることを知らない。
ドイツ兵を蹴散らしてハリコフを救出するのだ」
これでオッケー。見違えるように突出してきます。
119 :
名無し三等兵:2001/02/11(日) 06:36
宗教戦争や領邦国家の時代の方が惨めかもな。
120 :
名無し三等兵:2001/02/11(日) 06:49
中原の国ドイツに二正面批判してもな、、、。
じゃあ、後ろどうすんの?虎視眈々じゃん。
専守防衛は無理。先制攻撃となるのでは、、、。
121 :
名無し三等兵:
アメリカ参戦前ならドイツは事実上「二正面作戦」じゃ無かったと思うよ。
前年夏まででイギリスはダンケルクで命からがら逃げて大陸への足場を失ってるから。
独ソ戦初期で「二正面作戦」を恐れていたのは寧ろソ連で、ゾルゲやホワイトの活躍は有名。