ゼロ戦と隼

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1名無しさん
この陸軍・海軍が誇る名機のお話を聞かせて下さい.
2名無しさん:2000/06/18(日) 01:43
ゼロ戦なんて言ってるやつには教えてやらん。
3名無しさん:2000/06/18(日) 02:30
「ぜろせん」のどこが悪いの?
まさか「れいせん」じゃなきゃいけないなんて思ってないよね?
4>2:2000/06/18(日) 02:35
これって「薄い」「通り一遍の知識で人をけなす」奴を振るい落とすのに絶好のネタだね^^;当時から「ゼロ戦」って呼ばれていたのは、国会図書館にでも言って戦時報道を読めばすぐに判るんだけどね。
5Qwerty:2000/06/18(日) 02:46
>4

私もこれはびっくりしました。だって当時の新聞に”ぜろせん”ってルビ
ふってあるんだもん・・・。実際にその新聞見ちゃった日にゃ・・・。
6>4:2000/06/18(日) 02:47
へー、そうだったんだ。知らなかったです。
勉強になりました。
(いや、素直にね)
7どうでもいいけど:2000/06/18(日) 07:55
『ゼロ戦と隼』ときて「陸軍・海軍」というのは何故?
「海軍・陸軍」とすべきだろう。
すまん揚げ足取りだったか。
8名無しさん:2000/06/18(日) 14:13
性能はゼロ戦の方が上。
実績は多分同等。
9>8:2000/06/18(日) 14:27
隼T、Uでは文句なく零戦21、32、22の方が上だと思うが
V型になってほぼ同時期の零戦52型に完全に追いついた、と思う。
ただし火力の貧弱さ(12.7ミリ2丁のみ)で総合能力はやっぱ少々
零戦の方が上でしょう。
10名無しさん:2000/06/18(日) 16:50
隼を設計した糸川というおっさんは、テレビに出るのが好きでバレーのタイツ姿で
登場した時はのけぞったが、最近見なくなった。鬼籍?
11名無しさん:2000/06/18(日) 18:28
>10
長野県 丸子町というところに住んでたけど
おととし死んだよ。
1211:2000/06/18(日) 18:30
ここに住んでたのは町が「国際音楽村」というのを
つくり、バイオリンの研究でも有名だった糸川博士を
招いたのがきっかけ。
13>9:2000/06/18(日) 22:37
とはいえ、その頃は改良の結果バランス崩して
改悪となってるけどね。実際古い運動性能が高い
方が、戦闘生き残ってる例が多々あるし。
14名無しさん@そうだ選挙にいこう:2000/06/24(土) 00:02
零戦があれば隼はいらんし、鐘アサヒ
15ナイツ:2000/06/24(土) 17:29
ゼロとオスカーが実際対決した結果オスカーが勝った。
海軍と陸軍のコンペで。
16名無しさん@そうだ選挙にいこう:2000/06/24(土) 19:02
申し合わせの試合でしょ。
陸軍に勝ってしまったら後が煩いとかも当然考えるし。
17名無しさん@1周年:2000/06/26(月) 03:39
エンジンの音、ごぉ〜ごぉ〜〜と〜、はやぶさは行く〜 チャンチャン

加藤隼戦闘隊もあってか、戦時中は隼の方がポピュラーでした。
18>9のひと:2000/06/26(月) 19:57
隼の武装は「13粍機関砲」と称していたはずであります。
64戦隊、50戦隊にB−24撃墜のスコアがあるのはこのため。
零戦の「20粍」より破壊力では劣るが、初速や弾道の直進性では
勝っていた筈であります。

>18の方
(参考までに、航空機銃はこちらのサイトが詳しいです)
http://www.platon.co.jp/~vought/kunimoto/
http://www.epsnet.co.jp/~f4u/crazy/jp/gun/index.htm

それで「隼」の主武装だった12.7mm機銃は米ブローニングM2のコピーで
ホ-103が陸軍制式名です(口径は12.7mmです)
海軍は同じく米ブローニングのコピーで3式13mm機銃があり、こちらは
口径13.2mmです。(同じコピーでも弾薬に互換性が無い・・・)
それで、どちらもエリコン20mmに対して初速や発射速度や弾道性能は良好
でしたが特に陸軍の「ホ103」は軽量弾の為に威力に於いてオリジナルの
ブローニングM2に劣ります。
隼の米重爆撃墜例はある事はありますがニューギニアではB-25クラスの
中爆相手ですら撃墜に苦労したので火力の貧弱さは事実と思います。
(零戦では20mmのおかげで中爆クラス相手に苦労した話しは聞きません)

零戦との火力の比較では、零戦後期型の99式2号銃なら対戦闘機相手でも
隼より上でしょう。
20名無しさん:2000/06/26(月) 23:36
「大空のサムライ」を読むと零戦の20mmは役に立たず、7@`7mmで勝負してたそうですね。
21名無しさん@1周年:2000/06/27(火) 01:58
それは遠距離で当てられる坂井三郎だけじゃない?
普通は接近するし、相手が固いから20mm使うでしょ。
22>21:2000/06/27(火) 02:19
坂井三郎氏曰く 接近して7@`7mmをガンガンぶっ放してたって書いてあるよ。


23>20〜22:2000/06/27(火) 06:58
だから、1号銃と2号銃の違い。
2号銃を装備したのは22型甲から。
坂井三郎氏がゼロ戦であげた戦果の殆どは21型ででしょ。
2418です:2000/06/27(火) 08:26
>19の方。
サイト参考になりました。
ただ(ワタシの知る限り)この口径で「炸裂弾」を使用したのは
帝国陸軍だけでありますってことを言ってるだけです。
25名無しさん@そうだ選挙にいこう:2000/06/27(火) 09:30
>>24
炸裂弾−>マ弾ですね。
ただ、これも供給に問題があって全戦線の全部隊で十分に使用出来た
わけではない様です。
隼は12.7mmでいいからもう2門追加してやると搭乗員の苦労もだいぶ
減ったんですけど。

1型の強度不足の欠陥を直す時に思い切って主翼を再設計して機銃2門
でも積めるようにすれば良かったのだけど。
2725:2000/06/27(火) 09:44
>>24の方
ついでにマ弾は原理的に瞬発信管ですから、厚く防弾タンクになっている
米重爆の撃墜には不向きな炸裂弾とも言えます。
(遅延信管でないと炸裂弾であっても防弾タンクに対する効果は薄いのです)
隼もホ−5の20mmが積めれば良かったのですけど。

ただ海軍よりも早期に信頼性が高くバランスの良い12.7mmを採用した陸軍
の見識は評価されるべきでしょう。
(軽量弾化した欠点はマ弾で補った訳ですし)
2824です:2000/06/28(水) 19:45
>>27の方
うーん、あなたのような方がおられるのですねえ。脱帽です。
>マ弾は原理的に瞬発信管
あれは信管の小型化に工夫があったと聞いてますです。信管の開発者の
上司がウェーバーのファンだった、なんて昔、読んだかすかな記憶が...
>遅延信管でないと炸裂弾であっても防弾タンクに対する効果は薄いのです
それで64戦隊などは「正面反航、体当たり覚悟でコックピットを狙う」
対B24戦術をあみだしたのですね。

いまさら遅いレスつけといてこんな話を振るのもナンですが、「タ弾」は
実戦投入されたのでしょうか? あと、目立った戦果としてはどのような
ものがあるのでしょうか?
2925:2000/06/28(水) 20:26
>>28の方
空気信管は私も大好きです。
製造簡単、構造シンプルで作動確実、あれ考えた人は凄いと思います。

それで陸軍のタ弾ですが航空機用では50キロ、30キロの2種の爆弾
(一種のクラスター爆弾でコンテナの中にタ弾の子爆弾が76発、30発
 詰まってます)
を昭和18年頃からニューギニア戦線で「隼」が使いはじめています。
用途は対地攻撃ではなくて空対空用で来襲した敵機の頭上でばらまいた
そうですが、日本側の記録ではB-26やP-47の撃墜記録はある様です。
日本本土防空戦でもB-29相手に百式司偵が使ってますが、こんなもんを
上空でばらまいて地上の被害がどうだったかわかりかません^^;

そのタ弾が最も広く使われたのは昭和19年10月のレイテ攻撃で、この時は
飛行場攻撃の本来の使い方をされてます。
終戦直後のソ連軍の満州侵攻時にも疾風がタ弾攻撃をしている筈です。
3028です:2000/06/29(木) 12:17
>>29の方
タ弾についての解説、有難うございます。海軍がラバウル等で使用した三式爆弾と似てますね。
>空気信管
たしか、機関砲弾信管作動不良の原因追求の過程で、信管のなかにわずかにふくまれる空気が圧搾されて高熱を発
するのが原因と気付いたのが、日本での開発のきっかけだったと、昔、開発者の手記を読んだ記憶があります。
ただ、開発者の上司は「空気信管」の発想に不安を持っていたため、空気信管が日本で実用化されるのは、南方で
鹵獲された英軍機の機関砲弾で空気信管の使用が確認されるのを待たなければならなかったそうです。
空気信管が開発されるまでの12.7mm炸裂弾には「精密時計のような」小信管がついてたそうです。
検索してみたら、小信管は「百式」で空気信管は「四式」だそうです。
http://www.platon.co.jp/~vought/kunimoto/rikugun/ho203.html
開発者は旧陸軍工廠のたたきあげで、小卒だったはずです。
資料、持ってるはずなのですが見つからなくて(アセ
31デュカノビッチ:2000/07/03(月) 21:59
零戦を陸軍仕様に手直しして(武装は12.7mm×2、7.7mm×2)として「中島一式戦ニ号」とか言って中島で生産させたら一番合理的だったのでは?
32>31:2000/07/03(月) 22:15
それが出来れば、キー18,キー33のときから三菱96式艦戦を
海陸共用で採用しているよ
33名無しさん@そうだ選挙にいこう:2000/07/04(火) 03:19
>32
そうですね。超素人的に考えれば、制空戦は零戦、局地戦はキー44を陸海共同使用して、中島は疾風、三菱は烈風の開発に全力をあげてれば…と思っちゃうんですが、それは堀越さんや小山さんが一番思ってた、でもほとんど不可能な事だったんでしょう。
34名無しさん@そうだ選挙にいこう:2000/07/04(火) 10:48
糸川の爺さんは、「私と戦闘機『隼』」ってビデオで延々と当時の
開発について喋っていましたな。
でも、タイトル無視してほとんど2式単戦のことばっかり喋ってた。(笑
堀越技師の設計を「教科書通り」と皮肉ってたり、鍾馗3型の計画
を語ったり、けっこう面白い内容でした。
35デュカノビッチ:2000/07/06(木) 20:03
それにしても、キー43の武装を7.7mm×2と要求した陸軍もアホだけど、バカ正直に機銃2門しか積めない機体を造った中島もちょっと…もうすこし融通利かせてあと2門分のスペースを造っておけば…
36>35:2000/07/06(木) 22:17
「空戦性能は97戦並」の要求を満たすには、削れるもん
削っただろうさ・・・
37名無しさん@そうだ選挙にいこう:2000/07/06(木) 22:22
まあ、「隼」の計画時はあれが標準だったんです。
たた三桁構造の主翼構造は致命的でしたね。
38名無しさん@そうだ選挙にいこう:2000/07/08(土) 10:40
あの話今どうなったのゼロ戦を太平洋こえて日本まで飛ばそうとした計画があったんですけど
39名無しさん@そうだ選挙にいこう:2000/07/08(土) 14:41
エンジンのぉ 音〜 轟々と〜
隼は行ぅぅくぅ〜
雲ーぉのぉ はぁてぇ〜〜♪
40名無しさん@そうだ選挙にいこう
隼は複葉を前提に開発したので、当然開発思想は第1次大戦のまま。
おかげで翼内に機銃用のスペースがありません、12.7mm*2が限界なのです

翼下にロケット弾でも装備すれば、爆撃機と戦えたのになあ