432 :
名無し三等兵:
竹内正浩『地図で読み解く日本の戦争』ちくま新書 2013年10月
著者はJTBで旅行雑誌の編集に関わり、一般向けの探訪書を多く手掛けている。
軍事関連では『戦争遺産探訪 日本編』『鉄道と日本軍』などがある。
経歴だけを読むと上辺だけ掬った薄い内容と思う向きもあるかも知れないが、良い意味で裏切られる。
JTBとは言っても、同社のレーベルで例えるなら、キャンブック系の突っ込んだタイプの本なのだ。
また、ちくまより出ていることから推測出来るように、保守系御用達といった「主張」でページを埋める
スカスカ本でもない(そんな本なら、朝鮮人に化けてのスパイまがいの地図作成を取上げる筈も無い)。
「特定の分野から見た軍事史」物にありがちなのが、普遍的な題名に反して時代範囲を限定することだが、
本書は日本に地図が登場した古代から現代まで扱っている。ただし、地図作成の実績が少ないのか、
残った資料が少ないのか分からないが、江戸時代以前の記述に割かれているのは冒頭の50ページほど。
ただ、著者のスタンスは中々しっかりしたものだ。
例えば過去、地図は国家の重要な機密であったという事実認識を土台に、近代以前の記述にも
情報戦の観点から省察が加えられている。明治初期にお雇い外国人に依存し、徐々に自立の方向に
動いていったのはこの分野でも同じだが、ここでも予算獲得の苦労話などがしっかり押さえられている。
外邦図と呼ばれる敵地での秘密測量について、多くの記述が割かれている。また19世紀以前は欧州列強、
20世紀以降はロシア、アメリカなど敵国の実施した測量・地図作成についても随時日本側と対応する形で
説明がなされている。新書としてはかなりボリュームのある内容で必見だ。
また、資料収集の点でも本書は一般書として(現時点で)理想的なレベルにあると思われる。
海外文献こそ殆ど頼っていないものの、『測量』誌などから最新の研究成果を盛り込んでおり、
実務者の上申書や外国軍の事例も参考にして比較を試みていることだ。
第二次大戦期に限定していないので日本批判が過ぎる余り「米軍最高!」だけに貫かれているという訳でもない。
上記のように軍事面から地図の意義を学ぶにはかなりの良書。日本中心主義に偏ることも無く、とても行き届いている。
433 :
名無し三等兵:2013/10/14(月) 15:15:54.35 ID:W/Dll1Sc
本書で知った知識の中で印象深い点を挙げると、275ページ付近でソ連が地球規模で実施した地図作成に
触れているのだが、ソ連製の地図には日本地図を複製しただけでは得られない、橋梁規格や独自の植生区分
についても詳しく書き込まれているそうだ。著者は国内に多数の協力者が居たと推測している。
ここで思い出したのは、地理関連の学会ではまた、自然科学、生物学、建築学でも左翼系人士が結構多かったことだ。
一部は学会をイデオロギーの牙城としたり、分裂騒動を起こしたところもあった筈。
無意識的なのか、意識的にバイト代を貰って内職していたのか知らないが、ノウハウ売りというよりはルーチン作業
の積み重ねが効いて来るので、後者ではないかと思われる。そう考えると、製図工や測地員はねらい目かもしれない。
また、満州で抑留された土木技術者の中には、軍人と同じく洗脳教育もあったのかも知れない
(余り効果があるとも思えないが)。