[武士騎士] 古代中世総合07 [弓馬刀槍剣甲冑船城]
>>949 というか国家という概念が革命だな
民族という区分けは…帝国主義からあるか
953 :
名無し三等兵:2012/10/29(月) 00:56:16.11 ID:pxFd7C9X
カタパルトやバリスタのレプリカを見ると非常に大型なものがあるけど、
あれでどのくらいの重さの岩石や槍をどこまで飛ばせるのか凄い気になる。
ググって調べても殆ど情報が出てこないしここに偉い人いたら教えてくれー!!!
まぁwikiのトレビュシェットの項目でも見てみると一番大型のモノで140kgの石弾を300m飛ばしたらしいよ
元が使ったのは90kgの石弾を飛ばしたらしいし
バリスタ でぐぐったらコーヒーとか電気部品しか出てこないし、更に石弾を付け加えるとモンハンしか出てこないなぁ
バリスタは人間との比較で重さを考える無いのかな
モンティ・パイソンズなら雄牛を150mは飛ばせるぞ
おれバリスタもってるよ。
朝昼使ってる。便利だよ。
宋が弱かったのは徽宗みたいな文弱皇帝とか朱熹みたいな文弱科挙官僚が軍事行政仕切ってたからだろう。
文献購読偏重の歴史家に軍団の指揮を執らせるようなもんだ。
軍事官僚と優秀な野戦指揮官はなかなか両立しない。石田三成もそうだし。
しかし大軍団の編成事務には優秀な軍事官僚が必要だ。
シーザーやナポレオンは軍事官僚を使いこなせた。
つまり軍事官僚の文化と、乗馬や白兵戦を恐れない蛮族の文化の両立が必要。
パットン、チャーチル、ジューコフ、ドゴール・・、そんな奴らが必要。
徳川家だな
>>947 歴史的に見て人類が軍隊を持つのは農耕を始めてからだよ。
余剰生産物が無きゃ、軍隊なんて養えない。
つか、そこで言ってるのは狩猟民じゃなくて、時々農耕民の略奪をしている遊牧民じゃないかと。
中国とか兵力50万みたいな、一度に50万人動いてる雰囲気あるけど
ぜったい嘘だよねw
歴史の殆どって嘘っぽい。
道も整備されてないのに、100人だって動けたもんじゃないでしょ・・・
>>959 そうだね。主に遊牧民だ。
ただ、金とか清とかは狩猟民であったので、まあその辺を意識してしまったわけだ。
あとは、遊牧民たちがどれくらいの割合で狩猟に従事していたかだな。
そのへんの詳しい資料は読んでないんだが。
ところで、余剰生産物についてだが、たしかに余剰品がなければ軍隊は養えない。
ただし、必ずしも自らのグループ内で余剰生産物を生み出す必要はないんだな。
まあ別に狩猟民と遊牧民を細かく区分する必要もないかもしれない。狩猟遊牧民という考え方でもいいかもしれない。
アメリカ独立戦争のときの州兵とかは農民といってもヨーロッパに多い武装解除された小作農民ではなく、
ほとんどがライフル猟銃で武装していて半農半猟が当然だった自営狩猟農民とも言える。
だから森林遊撃戦では狩猟技術を応用してイギリス常備軍に抵抗できた。
熊やら猪やら狼やら頻繁に出るような土地柄なら
触手に関係なく武装は必要であっただろう
だから日本もタ大量に火縄銃が出回ってたんじゃなかったっけ
北条の領内で特定の場所で鉄砲使うなって百姓に向けて触れが出てるから天正年間には
相当数が農村に出回っていたと思われるとか。
そういや、マタギさんたちって、鉄砲(村田銃)が前提だと思うんだけど、意外と歴史は浅いのかな。
中国の巨大城壁都市の中で生活するなら別に武装しなくてもいいのかもな。
蹴鞠したり、焼き物焼いたり、漢詩読んだり、水墨画描いたり、京劇見たり、阿片吸ったり。警備は傭兵にやらせて。
で、蛮族に襲われたときはパニックになって逃げまどうと。
銃の前は普通に弓矢で獲ってたよ
宇田川さんが当初、鉄炮の技術は狩猟のために伝播したと言っているね
>>960 ウソだよね、というかあの数が誇張なのは確定。
ある程度数が確定できる近代の明軍で、
総兵力60万、うち日本側の侵攻に対応できたのが20万くらい。
ちなみに春秋〜三国時代だと、
農村7戸で1人兵を出すのが限度だったようなので、当時の人口から推計して
学研ソースの推定だと蜀軍8万くらいの動員数が限度だったんじゃないかと
書かれていたよ。
>>968 そもそも日本で流行したのは、
当時の戦闘用肩当式じゃなく、狩猟によく使われていた頬当式だしね。
結構近代にいたるまで狩猟用の銃と戦闘用の銃はさほど差がないから
それで十分だったわけだが。
yutubeに投石動画いろいろあるよ
再現物から鉄製で自動車ぶん投げるのまで
>>957 >文献購読偏重の歴史家に軍団の指揮を執らせるようなもんだ。
つまりヤン・ウェンリーさんみたいなのはリアルでは弱いと
まぁ補給とか色んな補助や裏方は他人まかせでしょ。あの人。まぁ帝国もだけど
ヤンはともかく、信玄というのも文献好きじゃないのかい?
強いか弱いか微妙だけど。
以外に家康も書物好きだようだけど、
まあ試験とか受けた資格持ちじゃないか。
>>973 普通はそうだろうw
中国の歴史上、文献講読偏重の人が奇跡的に兵法にかなった
運用で川を渡った、というくだりが絶賛されてわざわざ記載されてるくらいだ。
じゃ実際、合図はどうすんの?とか、
敵がいま混乱してるの?普通なの?立て直し中なの?の判断ができるのか、とか、
騎兵や歩兵はこれくらいの地形を進むのにどんだけかかるんだろう?とか
そういうこまかーいことは全くわからんだろうし。
ヤンさんは士官学校出だからそのへんはある程度できただろうけどw
北方水滸伝でも元塾講師とかのそういう本読み軍師を活躍させてて違和感あったわ。
小説家としては感情移入させやすい対象なんだろうが。
ヤンってヤン・ジシュカの方かと思ったわ
楊ウェンリーさんでしょ
>>971 目の前に迫ってくる敵を直接照準で狙うとか無理そうだな。
モノにもよるんだろうけど。
大塩平八郎とかも脳内では完璧な作戦立ててたのに実戦では全然ダメだったな。
それに比べると大村益次郎は文献購読と実行が一致できた稀な実例と言っていい。
>>976 その典型的な例が馬謖か
登用する危険性をわかっていた劉備は流石だな
岩手百科事典によると、
南部馬の起源はツングース系騎馬民族であるオロチョン族から伝わった森林系(重種)、
草原系(中種)と、南部家が連れてきた朝鮮半島経由の高原系(軽種)である甲斐馬を交配したもの。
岩手から発掘される鉄製馬具の古いものは6世紀後半から7世紀後半で形状は北アジア系。
>>982 それをいうなら趙括だろう
ことわざにもなってるし
馬謖の場合は自身の無能さではなく孔明先生側のことわざだし
>>973-984 現実に目の前で起きている現象が、文献のどのケースに当たるのかを正確に
理解するだけでも難しいよな。孫子を読んでる奴も、経営のHow to 本を読ん
でる奴も世の中には五万といるが、成功するとは限らない。
>>983 東アジアにも重種馬がいるんだ。新鮮な驚き。
「東アジアといえば蒙古系」以外の話を耳にすることがほとんどないので。
その場合、蒙古馬は中種に入るんだろうか、軽種に入るんだろうか。
そろそろ次スレよろ
ヤンのモデルはヤン・ジェシュカであってると思うぞ
田中本人は色々な人からモデルとったと言ってるけど、
・内紛で所属組織が瓦解した≒同盟
・荷駄を盾にして効率的な射撃を行った≒アムリッツァ前哨戦の戦術
・死後神聖化された≒ヤンウェンリー
これだけ共通点あるからな
文人肌で、それまで奇麗事ばかり吟じてた詩歌を、風俗や恋愛ものに変えた、ポップ・ミュージシャンみたいでも、実戦が強い奴は居たよ。
巍の曹操とか。
もっともこいつは例外中の例外で、それまで迷信や空理空論の多かった『孫氏』を、実践的な物に編纂し直した程の文才があった訳だが。
現在に残る、いわゆる『孫氏』とは、実は曹操が改めた『巍武註孫氏』のことなんだよね。
上杉謙信も近衛稙家から和歌の奥義を伝授されてたり、源氏物語みたいな恋愛物大好きで、自分でも恋歌読むのが好きだったり、琵琶を奏でるのが好きだったり。
むしろこういう頭固くない奴の方が実戦では強いのかも。
趣味で何やってようと関係ないってだけだろ。
人妻でもどんどん手を出すようなスケベ度数が、将軍の価値を決める(ニチャリッ
>>988 それは逆で、武将で武人だったけど詩歌も得意だっただけだろう。
逆に詩仙といわれた李白も実は実戦に参加させられてるけど
特に活躍したわけじゃないし。
文献購読偏重を批判してた王陽明は確かに実戦でも強かったらしいな。
>>990 でもだったら公家出身の軍師とかいてもよくないかな?
軍師ってw
ここで話続いても意味ないから埋めておこう
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うめ
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