>>70の続き
そのドイツ海軍ですが、
独バルト海艦隊(ミシュケ少将)
軽巡「アウグスブルク」「マクデブルク」「アマゾーネ」「ウンティーナ」「チェティス」「ガゼル」「リューベック」
駆逐艦数隻
露艦隊と比べると劣勢は否めない。
ところが、露艦隊は指揮権を陸軍が握っていたことや、大規模な作戦には皇帝の
許可が必要だったこともあり、その動きは活発ではなく、むしろ積極的だったのは
独海軍の方でした。
ただ、それがあだとなったのかもしれません。
開戦当日の8月2日、独軽巡「アウグスブルク」と「マクデブルク」はリバウ港砲撃
に成功。続いて8月26日、再度砲撃を企図して濃霧の中を航行中にマクデブルク
が、オーデンスホルム灯台付近で座礁してしまった。
>>71の続き
この時、機密書類の処分に不手際があり、暗号書がロシア側に渡ってしまったのです。
更に英国にも伝わり、幸運にも英海軍は相手の手の内を読める状態にあった。
これもどこかで聞いたような話ですねぇ・・・
戦訓「自艦を放棄する際は、機密書類の処分は確実に」
機密と言っても、漁船の衝突映像じゃないですよ〜
あれは機密じゃないしね!
関連した事例は、第四艦隊事件の時にも生じています。
とはいえ、ミッドウェーと同じく、暗号解読情報というのは、どこまで採用するかは
指揮官の裁量に委ねられるところ。今回も、シュペー艦隊がチリ沿岸を通ること
までは分かっていたが、それが何時になるかは不明。
そこで、クラドック艦隊はフォークランドを出港してホーン岬を回り、バルパライソ
で待ち伏せることにしました。