【ドラマ】ザ・パシフィック【THE PACIFIC】
1 :
名無し三等兵:
2 :
名無し三等兵:2010/07/26(月) 05:22:53 ID:???
おまんこ女学院
3 :
名無し三等兵:2010/07/26(月) 17:56:51 ID:???
4 :
名無し三等兵:2010/07/26(月) 18:08:50 ID:???
346 名前:奥さまは名無しさん[sage] 投稿日:2010/07/26(月) 00:21:54 ID:???
ガダルカナルの飛行場というのは
以下時系列
日本軍が設営⇒米軍占拠⇒日本が奪還?
であってる?
ごめん、軍板で聞いたほうがいいのかな
349 名前:奥さまは名無しさん[sage] 投稿日:2010/07/26(月) 00:40:33 ID:???
>346
日本が奪還?
奪還しようとしたけど、奪還に失敗して転進したということ。
日本軍が第二次大戦でも歩兵師団が主力で、ドイツ軍のように戦車、装甲車両などの
配備が進まなかったのは、第一次大戦の主要戦場だったヨーロッパ戦線に、
日本軍だけが参戦しなかったのが原因。
日本軍は日露戦争以降、日中戦争の開戦まで30年以上の間、大きな戦争を経験しなかったので、
その間に、他の軍隊が新兵器と新戦術を開発、配備していたことに気付かなかった。気付いていた
としても、特に陸軍は保守的で官僚のような将校が多かったので、新兵器、戦術を採用しなかった。
それが、第二次大戦での勘違いと大敗につながった。
でも、陸軍もペリリュー、硫黄島では間違いを修正してかなり善戦したけど。
5 :
名無し三等兵:2010/07/26(月) 18:09:52 ID:???
352 名前:奥さまは名無しさん[sage] 投稿日:2010/07/26(月) 00:53:16 ID:???
>>349 もうカビの生えた一般論はやめようぜ
宇垣の軍近代化とか知らんのか
日本は必要性に気づいてたし導入しようとしてたが
あれが国力の限界だったってこと
WW1後に決められた装備更新リストの1位が軽機で2位が自動小銃だったが
軽機の配備だけでいっぱいいっぱいだった
353 名前:奥さまは名無しさん[sage] 投稿日:2010/07/26(月) 00:58:54 ID:???
でも、日露戦争の時の日本陸軍はかなり斬新な軍隊だった。
大山、乃木、児玉、黒木、秋山などの優秀な将軍を揃えて、大国ロシアを破った。
問題なのは、その後、歩兵の銃剣突撃で全ての戦争に勝てると誤解したこと。また、
新しい歩兵銃、短機関銃の開発などが進まなかったこと。
第一次大戦のヨーロッパ戦線でも、ソンヌ、ベルダンの戦いなどでドイツ軍、連合軍が
歩兵同士が塹壕でガチの戦いをして、凄まじい損害を出している。
それを撃ち破ったのが、戦車、装甲車だった。だから、第一次大戦後に欧米の軍隊は、
戦車、装甲車を進んで配備したが、日本軍では配備が遅れた。
結果として、ガ島戦では、鉄条網と塹壕に守られたアメリカ軍の陣地を
落とすことが出来なかった。マレー、フィリピンのように制空権を日本軍が
握っていたら、結果は違っていただろうけど。
6 :
名無し三等兵:2010/07/26(月) 18:11:48 ID:???
360 名前:奥さまは名無しさん[sage] 投稿日:2010/07/26(月) 02:00:47 ID:???
ガ島の戦局を決定づけたのは補給の差、いくら生身の兵隊を上陸させても
弾薬、食料の追加補給がなければ兵は自然と朽ち果てていく
日本の輸送船はガ島の飛行場から飛び立った米軍機により海の藻屑にされた。
補給を受けることができなくなった島の日本軍は餓島の名のとおり病と飢餓で倒れていった。
執拗に繰り返された日本軍の飛行場奪還の意味がここにある
361 名前:奥さまは名無しさん[sage] 投稿日:2010/07/26(月) 02:22:13 ID:???
日本陸軍は、一木支隊、第2師団という精鋭部隊をガ島に送った。
なぜ、これらの部隊が精鋭かというと、北海道と東北の部隊だったから。
北海道、東北の部隊というのは貧しい農家の息子で編成されていたので、
「お前は帰ってこないでもいい。お前が戦死して、その恩給で家族は
生活するから」
などと言って、息子を送り出す親も何人かいたようだ。
だから、生きて帰っても歓迎されないから、北海道、東北の部隊の兵隊は、
勝利か死か、という状態で入隊したから、ものすごく強かった。
逆に、商人の息子が多かった大阪の部隊は、あまり強くなかった。
「またも負けたか(大阪)八連隊」
などという言葉が残っているほどだ。
7 :
名無し三等兵:2010/07/26(月) 18:13:11 ID:???
364 名前:奥さまは名無しさん[sage] 投稿日:2010/07/26(月) 07:52:53 ID:???
>>353 第一次大戦のヨーロッパ戦線から塹壕戦対応に当然日本軍も回答を出している。
1つは、浸透戦術
1つは、戦車
装備と配備の問題は大陸にのめり込んでお金が無いため、責任は当然陸軍にもあるが、陸軍だけでも無い
自分に火の粉が降ってこない限り煽っていたのは国民とマスコミも
浸透戦術を成功させるため、お金がかかり効果が限定的なマシンガンの変わりに
継戦能力の高い軽、重機関銃を中心に、浸透後、包囲殲滅可能な自律行動のできる頭の良い軍隊を作る
戦車にしても海外展開可能な小型戦車を開発
戦車対戦車が新たな脅威になるのは1942年から
つまりはただの突撃と浸透戦術は全然別物
逆に攻めから守りに立場を移すと、防御地形さえあれば、弾保ちの良い、規律が良取れ、怖ろしい命中精度の軍隊に変わる
アメリカの戦術は狙いを定めず、事前に準備想定した空間に目暗で弾をばら撒く
一回でもカスルと消費が大きすぎ莫大な補給が無ければ維持不可能
英軍でも悲鳴を上げて廃れていた
航空機が塹壕に篭る相手を壊滅させるのは無理
結果としては補給が勝敗を分けた
ドラマの一兵士の立場から見たら、別に単なるバカに見えても問題無い
8 :
名無し三等兵:2010/07/26(月) 18:13:53 ID:???
374 名前:奥さまは名無しさん[sage] 投稿日:2010/07/26(月) 15:42:24 ID:???
実際、1話のような陵辱を受けたのはマキンの日本軍ね。
日米双方の目撃証言があり真実味がある。
>
アメリカ海兵隊兵士による蛮行 ルーズベルト大統領の息子で海兵隊大尉のジェームズ・ルーズベルトも加わっていたカールソン襲撃隊は、
戦死した日本兵の死体を切り刻み、男根と睾丸とを日本兵の口中に詰め込んだ。
太平洋戦争について熱心な研究者で著書もあり、またテレビの連続番組(戦線、Battle-Line)のプロデューサーであるシャーマン・グリンバーグが、
二十年後にカールソン隊員の一人にその時の模様を(テレビで)詳細に語らせている。その隊員は戦友たちのやった蛮行を写真に撮っていた。
(ジョセフ・ハリントン著の「ヤンキー・サムライ」から)
(その二) マキン島へ救援に赴いた私(谷浦中尉)は、戦場で妙なことに気が付いた。どういうものか仰向けになった屍体が十五〜六あり、
しかもすべて下腹部を露出している。死後一週間経っていたため原形は完全に崩れていて、顔の穴という穴はすべて蛆で真っ白である。
どうしてこんな格好をしているのだろう。被弾して苦痛のあまり無意識にズボンをずり下げたのか?。アメリカ兵といえばキリスト教徒であり、
日本人以上に文明人とみなされ、しかも選りすぐった精兵とこの種の蛮行を結びつけることなど、遺体収容作業に当たった誰一人として思いつく者はいなかった。
戦後五十年経って意外な事実を知り、愕然とした。それはマキン襲撃の際に行われた海兵隊の蛮行を物語る、翻訳された出版物を読んだからである。
(マキン、タラワの戦い、独立陸戦隊、中隊長谷浦英夫著
>
http://www.medianetjapan.com/2/20/government/ikenaka/a.html ラストの人種差別描写を薄めるため、
自らの悪行を歪曲し日本の責任にするとは遺憾千万なり。
アメリカ人「どう?俺、わかってるでしょ?公平でしょ?」
恥を知れよ
9 :
名無し三等兵:2010/07/27(火) 01:22:33 ID:???
10 :
名無し三等兵:2010/07/27(火) 09:50:31 ID:???
名無しが「奥さまは名無しさん」だから、海外ドラマ板に決まってるがな
11 :
名無し三等兵:
ヴェラ可愛いな