>>949 石垣の内側は普通は土塁なんですけど…
後、石垣は普通は長方形の場合、見える方が小さい面なので
単純に長い方を踏み台にしている雁木の方が節約できます
裏込石もないし
>>952 どこがだよw
雁木の方が裏込石の量が多くて何度が高いよw
>>953 例えば名古屋城
かつては多くの雁木があったが、明治以降は多くが撤去され、現在は土塁となっている
必要ないからだな
雁木の石段撤去したら、下は土なので土塁になりました
石垣撤去したら、下は土なので土塁になりました
>>957 石垣(正確には積み石)を撤去したら裏込石が出てきます
>>959 雁木(正確には積み石)を撤去したら裏込石が出てきます
>>960 出てきません
後、石垣を撤去するときは基本的に基礎の背後の土塁も撤去されます
>>961 出てきます。
後、雁木を撤去するときは基本的に基礎の背後の土塁も撤去されます
雁木の方が構造上難しいからな。
特に、石垣も種類によって違うが、
自然の石の形を尊重してあまり成形せずに組めるのに比べて、
雁木はある程度石材を成形して組まないといけない。
石垣も雁木も土塁の土留を同じくらいに考慮しなければならない。
964 :
名無し三等兵:2010/02/27(土) 20:58:30 ID:gc1Lcn7m
>>962 具体例をどうぞ
名古屋城の雁木では其の様なことはありませんでした
>>963 雁木が造られる様になった近世初頭ではそれ程難しいことではないでしょう
傾斜角が全然、違います
>>965 訂正
石垣と雁木では土留めを考慮するべき、傾斜角が全然違います
サーセン
城壁を外側も内側も石垣にして急勾配にしているのは、
日本の城郭では虎口、枡型、馬出しなどの城門付近に限られる。
大陸の城郭でも虎口、枡型、馬出しなどのような同じ役割の
構造物はあるがな。
駿府城は、ほぼ全周囲に渡って、
城壁は内側にも石垣にして雁木にはしてなかったと思う。
流石に内側には狭間のような銃眼とかは無かったが。
>>932 大陸の城を見たことあるの?
あんなのは城内に敵が入ったらおしまいだよ
大体、戦史を見ても城門が破られるより城壁に敵が登ってくるのが早いんだけどね
平壌城防衛戦では明軍の大砲の威力の前に外壁が無力化されたけど
内部に日本式の築城をしたおかげで明軍を食い止めている
>>973 >城内側にも高く急勾配の構造の城壁
これ自体が古い築城理論によるものなんだが
朝鮮が文禄・慶長の役で問題になった既存の城郭の防御上の不備を反省し、
戦訓を取り入れて築城した水原華城を見ると城壁の内側が日本のように土塁形式になっているし
>>936 石を多く必要とするので費用がかかるし、地震にも弱い
また、日本で其の様な城壁を作れるだけの国力を有せれるようになれる近世には
大砲の出現で其の様な城壁は無意味になっていた
>>974-975 まだよく分かってないようだが、
日本のような土塁のように緩い傾斜になるのは、
日本の土壌が基本的に雨に侵食し易い酸性の土壌が多いため。
(だから遺跡での遺骨などが少ないのはこのため)
大陸ではアルカリ性の土壌が多いので、
版築工法での城壁でも、天然のコンクリート状ような城壁に仕上がる。
日本では版築工法でも緩い傾斜にしたり芝生を貼ったりなどをして、
雨による侵食対策をしている。
大陸では石垣での城壁は少なく、
基本的に磚(レンガ)で作られている。
また城壁に適する強度の磚(レンガ)が作られるようになったのは、
明代以後で現在目にする大陸の磚(レンガ)製の城壁は、
明代以後のものである。
疑問に思うのは、朝鮮征伐時の捕虜に、
磚(レンガ)の職人はいなかったのかな?
医師や磁器作りの職人は多かったらしいが。
日本では磚(レンガ)は渡来人によって持たされたレベルのものはあって、
古い寺院建築には使用されてはいるけど。
>>976 >日本のような土塁のように緩い傾斜になるのは、
日本の土壌が基本的に雨に侵食し易い酸性の土壌が多いため。
日本の場合は壁じゃなく濠つまり堀で防御するってのが、
城塞の設計思想になっているわけだよね。
日本の場合は多湿な気候風土でもあるわけだから、
土を掘って空堀状のものにしていても、
自然に泥濘状態になるし。
日本の城塞構造物でも塁よりも堀に関するものが多いしね。
逆に大陸で堀を掘っても、
すぐ砂などで埋まってしまいそうな気もするし。
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>>984 費用対効果だとレンガの方が安上がり。
技術的な問題もあるけどね。
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