鳩山外交は本当にダメか/上杉 隆(ジャーナリスト)
2009年9月11日 VOICE
相手にされなかった麻生首相
鳩山内閣が発足する。海外から日本の政治への注目度も久しぶりに高くなっている。
思えばそれも当然だろう。この4年間があまりにひどすぎたのだ。安倍内閣以降、国際社会のなかでの
日本の評判は地に落ちた。鳩山内閣に求められる外交の仕事は、まずは信頼の回復である。
2007年、ハイリゲンダム・サミットに出席した直後に日本の首相は辞任した。2008年、北海道洞爺湖
サミットに出席した議長国日本の首相は、またしても辞任した。そして、ラクイラ・サミットでは、もは3人目の
日本の首相は相手にされなくなっていた。
日本の外務省が求めたバイの会談(2国間会談)は、ことごとく断られ、結局、議長国のベルルスコーニ・
イタリア首相と、ロシアのメドベージェフ大統領が応じたにすぎなかった。意気軒昂にイタリアに乗り込んだ
麻生首相が気の毒に映るほどだった。
1980年代と90年代、G7の他国が揃って日本との首脳会談を求めたような時代にはもう戻らないだろう。
その責任は、日本の首相にだけ帰すべきではない。相対的に国力そのものが低下したことを認めなけ
ればならない。
ラクイラ・サミットでは、日本との首脳会談を断った各国の同じリーダーたちが、中国とのバイの会談を
求めて交渉を繰り返していた。そして、胡錦濤国家主席がサミット開幕直前に帰国してしまっても、あら
ためて日本との会談を求める声は上がらなかったのである。
世界第2位を維持してきた日本のGDPは、ついに中国に抜かれる直前まできているという。それがアジア
における新旧勢力の交代のシグナルともなっている。現実は直視しなくてはならない。古今東西、盛者は
必衰するのだ。
それに、国力は人口にも見合う。10倍の人口の中国がGDPで世界2位になるのは時間の問題という
見方もできる。逆に考えれば、中国のわずか10分の1の人口の日本が、よくこの長きにわたって2位を
キープしてきたことを誇ってもいいのではないか。
サミットでは、中国の代わりの価値もないと見なされた日本だが、それはたんに国力の減退による国際
的な地位の低下だけが問題ではない。実際は、そこには目くじらを立てる必要はない。
問題は冒頭に述べたように、政治の機能不全による信頼の低下だ。
「誰と交渉していいかわからない、というのがワシントン(米政府)の立場じゃないだろうか。東京(日本政府)
だって、去年はブッシュ、今年はオバマ、来年は別の大統領となったら困るだろう。
しかも、全部、サミットの後に突然辞める。誰でもいいから、しっかりした交渉相手を確定してほしい、
それがワシントンから東京への唯一の要望だと思う」
こう述べるのは、今年イタリアでサミット取材をしていた筆者が、会議をサボってローマで会っていた旧知
の米国人記者だ。
2回はサミットに出席を
それにしても、なんという低いハードルだろう。少なくとも米国は同盟国の日本に対して、複数回の首脳
会談のできる政治家しか求めていないということなのか。
こうしたことから、2年連続でサミット取材をした筆者が鳩山首相の外交に求めることは、少なくとも、2回は
サミットに出席することだけである。
もはや日本は国際政治のプレイヤーから脱落しようとしている。
欧米各国にとって、アジアのカウンターパートは紛れもなく中国に移っている。アジアにおける日本中心
外交の時代は終焉したのである。日本の国力を妄信する元首相も、そろそろ現実を直視する時期に来た
のではないか。
辛うじて救われるのは、安倍・麻生という首相たちと違って、鳩山由紀夫首相がそうした認識をきちんと
もっていることである。総選挙中、鳩山首相は、日本のGDPの順位低下についてこう述べている。
「……問題ない。人口比からしたら当然だ。友愛外交で日本の地位を高める……」
国民・国家の安寧と幸福は、国力やGDPで測れるものではない。そうした指標が国民生活の豊かさと
無関係である場合もある。