構造改革そのものは必要だったと思うけどね。
安定してはいるが非効率なシステムを続けていくことの限界を指摘したのが構造改革で、
「痛みを伴う」というのは、「馴れた仕組みからの変更」に負荷が掛かるという説明だったが、
「損ばかりさせられる、やってられるか」に、変換された当たりから、
「治療のために痛い思いをするリハビリなどやってられるか!
自分の足で歩けず寿命も短くなるけど、痛みのない車椅子生活に戻らせろ!
車椅子に戻った俺に優しくしろ!」
と、叫ぶ人が増えたんだよな。
つか車椅子のほうがおいしいひとがたくさんいたってだけでは?
リハビリなら痛いだけだが、構造改革の痛みってリハビリか?
腕とか足とか切り落とす手術の痛みじゃないのか?
で、切り落とされる手足の話が車椅子に座ってる豚の話にすり替わるのか?
小泉は健康な手足を切り落としただけ