「せっかくの機会だから足を延ばしてみないか」
1990年代半ば、ワシントンを訪問した防衛庁(現防衛省)航空機課長、大古和雄は米側との協議後、米国防総省高官にこう促された。
80年代後半、日米同盟を揺るがす騒動に発展した時期支援戦闘機(FSX=現F2)。
その量産計画を巡る秘密協議を無難に済ませた大古は意味深な米側の誘い言葉に乗ることにした。
足を向けた先は南部ジョージア州アトランタ。米国が誇る防衛企業の格納庫に案内された大古はそこで、
それまで見たことのない形状を持つ新たな戦闘機を目にすることになる。
極端に凹凸の少ないボディー。やや外側に傾斜した二つの垂直尾翼。
一方で戦闘機には付き物の翼下のミサイルは一切見当たらない。
目の前に突如現れた異形の兵器に驚く大古を横目で見ながら国防総省幹部は満足そうに宣言した。
「これが最新鋭の第五世代戦闘機と呼ばれるF22だ」
第二次大戦後、戦闘機はプロペラからジェットエンジンへ瞬く間に進化を遂げた。
日本が初めて導入した超音速ジェット、F104、ベトナム戦争で有名になったF4などを経て現在、
航空自衛隊の主力戦闘機でもあるF15は第四世代型。その上をいくのが「第五世代戦闘機」と呼ばれる。
敵レーダーに捕捉されないステルス性能。アフターバーナーなしでも超音速巡航が可能なエンジン。
それでいながら従来の航空技術では考えられない飛行性能を発揮する運動機能。
次々に羅列される第五世代の特性に感心しながら大古は説明役の高官に「最大のポイントは」と尋ねた。
答えは即座に返ってきた。「三つある。すなわち飛行制御、兵器制御、そしてバックアップ機能だ」
その時、大古は第五世代戦闘機の正体を見たような気がした。いうなればF22は「空飛ぶスパコンの固まり」なのだ。
日本がようやくFSXの量産を始めようとしていた時点で、すでに米国の戦闘機作りの主眼は機体などのハードではなく、
超小型高速コンピュータやその専用ソフトなどにシフトしていたのだ。
旧防衛庁整備局の管理課でFSXの共同開発を担当して以来、国産・自主開発にかかわってきた大古は帰りの機中でつぶやいた。
「すごいものを見せられた。日本もなんとかしないと」日本の空を守る次期主力戦闘機(FX)の選定問題と、
その裏側で飛翔の機会をうかがう先進技術実証機「心神」開発計画の行方を追う。