古代〜近代(19世紀)迄の戦術・兵器・軍装等 7

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1某研究者
古代〜近代(19世紀)迄の戦術・兵器・軍装に関して
議論或いは情報を提供して貰いたい訳だが
2某研究者:2008/07/09(水) 11:37:32 ID:W0ufMi3j
前スレッド

http://hobby10.2ch.net/test/read.cgi/army/1188374643/
古代〜近代(19世紀)迄の戦術・兵器・軍装等 6
3某研究者:2008/07/09(水) 11:48:49 ID:W0ufMi3j
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=14581551&comm_id=1758888
上も暫く見ない内に可也書き込みが増えたが

バシネットの面頬が尖ったのは
呼吸を楽にする為も有ると言うが
ロングボウに対抗して下馬戦闘が増えたから
呼吸を楽にする必要が有った訳だろうか
4某研究者:2008/07/09(水) 11:52:49 ID:W0ufMi3j
或いはロングボウ対策で尖った可能性も有る訳だろうし
14世紀後半では
頭部は胴体と異なり(恐らくロングボウ対策の)綿甲を上には
被っていない訳だろうか
5某研究者:2008/07/09(水) 11:57:27 ID:W0ufMi3j
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=14786959&comm_id=1758888
所謂捻り返しと言うのは
マクリシミリアン鎧以降には廃れたかも知れぬが
此れは銃弾に対抗して胴部の厚みが増したのも影響しているかも知れぬが
手足は薄い侭なら此れを使わなかったのは
何故なのかだが
6某研究者:2008/07/09(水) 12:05:56 ID:W0ufMi3j
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%B0%B7%E6%9C%9F
14世紀後半のプレートの上のギャンベゾン装備と言うのは
上の小氷期の影響は無いのかだが
後には廃れているから
何共言えぬ訳だろうか
7某研究者:2008/07/10(木) 03:12:49 ID:1rEBRJkE
>此れは銃弾に対抗して胴部の厚みが増したのも影響しているかも知れぬが
>手足は薄い侭なら此れを使わなかったのは
>何故なのかだが

或いはハルバード等の打撃武器が廃れたのが
影響している訳だろうか
8某研究者:2008/07/10(木) 16:05:21 ID:1rEBRJkE
15世紀以降盾が廃れた後は
騎士の剣もバスタードソードが主流に成ったのかだが
17世紀の剣は片手用と言う事かも知れぬが
乱戦用の小剣は別途携帯していたのかどうかだが
9某研究者:2008/07/10(木) 19:02:23 ID:1rEBRJkE
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=14786959&comm_id=1758888
http://fanaticus.org/DBA/armies/IV68a/index.html
スペインの騎士は確かにバイザーが無いが
歩兵は兎も角騎士迄視界を重視する必要は
有ったのかどうかだが
10名無し三等兵:2008/07/10(木) 19:07:07 ID:bkHm3xNY
日本の武将って馬上戦闘したの?
11某研究者:2008/07/10(木) 19:21:35 ID:1rEBRJkE
前書いた様に南北朝時代迄は乗馬突撃はしている訳だろうが
戦国時代は追撃時以外は乗馬戦闘は無いと言う
事だっただろうが
(馬上用の湾曲した太刀が廃れているのが
 証拠と言う意見も有るだろうが)
有ると言う意見も有る訳だろうか
12某研究者:2008/07/11(金) 20:52:01 ID:+TT2CD2c
http://hiratomi.exblog.jp/4699834/
長巻直しの太い脇差と言う物も有るが
此れは重量は可也有る訳だろうし
乱戦用の小剣の様な使い方をして居たと言う事かも知れぬが
数は有ったのかどうかだが
13某研究者:2008/07/11(金) 20:58:36 ID:+TT2CD2c
長巻を脇差に作り直したのでは無く
最初から長巻直しの様に太い脇差
(長巻直し造り)と言うのも
作られていた様だから
数は其れなりに有ったかも知れぬが
果たして雑兵が使える様な物だったのかどうかだが


http://hiratomi.exblog.jp/5286041/
長巻直しの脇差と言うのは
矢張り可也威力は有る訳だろうか
14某研究者:2008/07/11(金) 21:09:10 ID:+TT2CD2c
http://www.aoi-art.com/sword/sale/main-j.html
>長巻直し太刀:白鞘入

等も有るし
長巻直しの打刀も恐らく有るかも知れぬが


http://www.touken-sato.com/e-shop/archive.html
>長巻直し おそらく造り脇差

此れの切っ先は長大だが
長巻が原型なら
耐久性は有る訳だろうか
15某研究者:2008/07/11(金) 21:15:58 ID:+TT2CD2c
http://www.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=pfree&page=11&nid=343224
>大太刀(伝: 太郎太刀)  千代鶴作  16世紀?

此れは完全に打刀タイプの反りの無い大刀だろうし
馬上での利用は考えて居ない訳だろうか

>朝倉氏の猛将・真柄十郎左衛門直隆が愛用した大太刀と伝わる。
>1570年の姉川の戦いに従軍。徳川家の猛将・本多平八郎忠勝とも一騎討ちを演じ苦戦させた。
>しかし敗走する味方のしんがりを勤める中,弟・息子ともども匂坂兄弟ら三人がかりで討ち取られた。

短い刀等をメインウエポンに使用していたから
3人程度にやられたと言う事は無いのかだろうし
10m程度の槍でも振り回せば
3−6m程度の槍を持つ3人程度なら
可也対抗出来たと言う事は無いのかだが
16某研究者:2008/07/11(金) 21:22:03 ID:+TT2CD2c
>▲ 大太刀(吉備津丸)  長船法光作  1447年
>(銘) 備州長船法光生年三十三/文安二二年八月日/薬師寺弥五郎久用生年廿一歳
>刃長: 7尺4寸8分(227cm)  全長: 1丈2尺4寸6分(378cm)

>在地武士の薬師寺弥五郎久用により,吉備津神社に奉納されたもの。
>刀身にしっかりと焼き入れが施されていることや,茎が刀身に合わせて長くつくられていることから,実戦刀と考えられている。

此れは刀と言うより
殆ど長巻だろうが
これだけ長ければ槍にも有る程度は
対抗可能だったかも知れぬが
反りがあまり無いと言う事は
下馬戦闘用なのかどうかだが
17某研究者:2008/07/14(月) 12:18:39 ID:e6Ocg7eC
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%86%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%82%AA
テルシオの様に縦深が20−40列は無いと
重装槍騎兵の突撃は止まらないが
(銃砲撃等で陣形が崩れて縦深が無くなれば
 簡単に蹴散らされると言う事かも知れぬが)
軽装騎兵なら5列も必要無いと言う
事かも知れぬが
18某研究者:2008/07/28(月) 05:17:48 ID:4R1cWma4
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8D%E3%83%AD
>ただ、その一方で歌手の真似事をするなど、
>一般人であれば若気の至りですむようなこと
>であっても、国家元首としての振る舞いとし
>ては明らかに問題があると言わざるをえなか
>った。謀反を企てた者もネロの政治姿勢、政
>策よりもこのような振る舞いが皇帝にふさわ
>しくないことを主な理由にしていた。またピ
>ソの陰謀に関連して、コルブロなど有能な武
>将を確たる証拠もなく謀殺したことで、軍か
>らも反感を買ってしまった。皇帝は軍の最高
>司令官でもあるので、これは致命的であった。

ネロも軍人に手を出さなければ
可也生き延びられたと言う事は無いのかだが
気に食わない人間は生かして置けない性格だったのか
どうかだが


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%82%A4%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%82%A8%E3%83%88%E3%83%8B%E3%82%A6%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%91%E3%82%A6%E3%83%AA%E3%83%8C%E3%82%B9
>ネロの解放奴隷政策推進を名目に行われた調
>査で、スエトニウスは彼が数隻の船を失って
>いたことを口実に指揮権を剥奪され、その地
>位はプブリウス・ペトロニウス・トゥルピリ
>アヌス(en)に渡された。

解放奴隷政策と言うのも
元老院や軍の力を弱める為の物であり
スエトニウスもコルブロの様に
余り手柄を上げられて力を持たれると困るから
解任されたと言う可能性も有る訳だろうか
19某研究者:2008/07/28(月) 05:18:21 ID:4R1cWma4
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A6%E3%82%B9
>元老院議員に影響力や友誼を持っていなかっ
>たため、カエサル家の解放奴隷を積極的に登
>用した。このことは非元老院議員の統治への
>関与を増大させ、皇帝への権力集中や官僚制
>の発達を促した。

ネロの前の皇帝のクラウディウスは
元老院の力を殺ぐ為に
解放奴隷を登用していた訳だろうか


>アウグストゥス以来初めて、ガリア出身の元
>老院議員の議席を認めたのもクラウディウス
>である。クラウディウスの時代、ローマは文
>字通り「世界帝国」となった。

と言うのも
元老院を分裂させて力を殺ぐ為の
方策だったと言う事は無いのかだが
(元老院の力を奪いつつ
 地方の反乱を抑える為と言う事かも
 知れぬが)
20某研究者:2008/08/04(月) 04:54:18 ID:Qo7Hx5Ew
ヘースティングスで使われた騎兵の馬は
ペルシュロンなのかだが
1トンの馬がシールドウォールで
止まるのかどうかだが
21某研究者:2008/08/04(月) 05:39:12 ID:Qo7Hx5Ew
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9A%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%AD%E3%83%B3
>原産地はフランス・ノルマンディーで、成立は8世紀に遡りフランス原産の重種にアラブ種等の血が入っているとされる。

と言う事は
ヘースティングスのノルマン重騎兵は
ペルシュロンを利用していた可能性も
高いのかどうかだが
22某研究者:2008/08/04(月) 05:52:43 ID:Qo7Hx5Ew
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%82%A4%E3%83%A4%E3%83%BC
>シャイヤー
>原産国はイギリスで、ノルマン・コンクエストによって持ち込まれたヨーロッパ大陸の大型馬に由来する。

ノルマン・コンクエスト時に
英に大型馬が持ち込まれて居たと言う事は
ヘースティングスの時のノルマン騎兵も
ペルシュロン等の大型馬だった可能性は高い訳だろうが
ランス・チャージは無い時代としても
シールドウォールでこれの突撃を
防げるのかどうかだが
23名無し三等兵:2008/08/08(金) 00:39:41 ID:zjOU7ga8
完全には止まらなくても馬側も足が圧し折れるなり槍でさされるなり何なりで使い物にならなくなるだろう
確か騎兵のコストは歩兵の十倍程度(戦車は更に十倍)って何かで呼んだ覚えがあるので
それが正しければ騎兵一人潰すのに歩兵数人犠牲になってもらっても釣りがくる
24某研究者
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%82%B9%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84
>ハロルド2世が討ち取られたとされている地点はハロルド軍側から見て右翼の丘の中腹にあるが,丘のこちら側は勾配が他の部分に較べて緩やかなことから,ギヨーム軍がハロルド軍の右翼に攻撃を集中させた為,
>ハロルド2世も右翼に移動して前線で戦闘に参加して落命したとの見方もある。

ヘースティングスのサクソン軍は丘の上に布陣していただろうし
傾斜の緩い所ではシールドウォールが突破されていたと言う可能性も
上を見る限り有るのかも知れぬが
ノルマン騎兵の馬がペルシュロンの様な大型馬では無く
小型馬だったらどうだったのかだが