【産経抄】6月1日
2008.6.1 03:29
日露戦争のさなか、広島の呉港のドックに戦艦「敷島」が入った。黄海の海戦などで傷んだ
船体を補修するためである。傷みは相当ひどく、当初2カ月半かかるとみられた。しかし職人
たちの不眠不休の作業で2カ月足らずで終わり日本海海戦に間に合った。
▼100年余り前のエピソードを思い出したのは、北京五輪水泳の水着問題からだ。
英スピード社のものが次々と好記録を誘発していることから、日本水連が契約を結ぶ国内
3社に水着の改善を求めた。これに対し3社ともわずか3週間余りで「一発回答」したのだ。
▼今後五輪代表選手が試したうえで、これまで通り3社の水着に限定するかどうか決める
そうだ。3社とも顧客を失うまいと必死だったのだろう。だがそれだけでなく、選手たちに海戦
ならぬ水の戦いに勝ってもらいたいという気持ちも強かったに違いない。
▼恐らく担当者は不眠不休だったかもしれず、その点では大いに拍手を送りたい。だが一方で、
首をかしげたくもなる。もし選手の力量より水着の性能で勝負が決まるようになると、これまで
のように水泳の醍醐味(だいごみ)を味わえるだろうか。そんな疑問を感じるからだ。
▼水着ばかりでなく、ランニングシューズやゴルフのクラブなども日々改良されている。砲丸
投げでは日本の町工場で作られる砲丸が「よく飛ぶ」と世界の一流選手に人気だそうだ。どうやら
スポーツ界でも「弘法筆を選ばず」は死語となってしまったらしい。
▼ともに水泳の五輪優勝で日本中を沸かせた前畑秀子や古川勝はプールではなく、故郷の
川で泳ぎをみがいた。アベベ・ビキラは裸足(はだし)でローマの町をかけぬけ金メダルを獲得した。
科学万能の時代に、そんな素朴なスポーツの世界がなつかしくなる。
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/080601/trd0806010331000-n1.htm