Sさんは入院し、医者のお陰で肉の部分はほとんど
元に戻り、縫合する事ができた。
しかし、右目だけは元には戻らず、ガラスの
義眼となった。
二ヶ月で退院した彼は、左目で撃つ練習をし、
「俺は片目を閉じる必要がなくなったので、その分
みんなより速く撃てる」と負け惜しみを言って笑わせたが、
あまり猟には出なくなった。
「ふだんから、あれほどクマには下から近寄るなと
自分で言っておきながら、どうしてどうして下から
クマのところへ上がって行ったんですか?」という
質問に対して、Sさんは「それよ、どうしても
俺自身、それがわかんねえのよ。
鉄砲持ったばかりの息子が、上手く仕留めたとも思わなかったし、
犬の吼え声からも、クマは生きてる事はわかってた。
それなのに何で俺はあんなバカな攻め方をしたのか、
いくら考えてもわかんねんだ」と悔やんだ。
俺は大変気の毒だが、これはSさんの陥った「魔の一瞬」
だと思っている。