クマの熱い息は生臭く、彼の荒い呼吸の中に無理矢理
入って来た。
右半分を咬んだ熊は、顔をガクッと振った。
その瞬間、Sさんのギャーという悲鳴とともに
右耳、右目、頬は、顎の下まで剥けてしまった。
暗闇となった彼の意識は、銃がクマと自分の間で
押され、動かせない事を感じた。
次に咬み付いてくる大きな口を、右手で遮ろうとして、
何か柔らかいものが手に触れ、それはヒグマの下だと直感した。
彼はそれを必死でつかんで横に引っ張った。
父の一大事を感じた息子は、脱兎の如く木を降り、現場に
駆け下りていった。
「撃て!早く撃て!」と息子が近寄った事を感じた彼は
大声で怒鳴った。
聞くまでもなく息子はヒグマしか見えないそのどてっぱらに
何発も撃ち込んだが、なかなかクマは参らなかった。
しばらくたって、やっとぐったりと倒れ掛かった
ヒグマの重さに、Sさんは耐え切れない声で、
「クマを下に落としてどかしてくれ」と息子に頼んだ。