1 :
名無し三等兵 :
2008/01/13(日) 04:02:28 ID:VOO+wgY8
2 :
名無し三等兵 :2008/01/13(日) 04:05:42 ID:???
しまった、足掛け7年じゃない。2003年→2008年で6年だw
3 :
名無し三等兵 :2008/01/13(日) 04:10:45 ID:???
4 :
名無し三等兵 :2008/01/13(日) 04:12:57 ID:???
110 名無し三等兵 2007/02/06(火) 01:43:39 ID:??? WW2で戦闘の結果、蹂躙された小国というと、オランダ、ベルギーが真っ先に思い浮かぶ。 イラン、ノルウェー、ギリシャあたりも小国か? ほとんど戦闘にもならなかったのは、デンマーク。 アイスランドやポルトガルも一部ないし全土保障占領。 戦前にすでに食われてたのは、アルバニア、バルト3国、後は?
5 :
名無し三等兵 :2008/01/13(日) 04:16:21 ID:???
再び世界大戦が始まるかと思われたこの時、 イギリス首相チェンバレンは国際会議開催に最後の望みを託しました。 9月29日、ドイツ、ミュンヘンに各国首脳が急遽集まります。 イギリス首相チェンバレンは戦争回避をミュンヘン会談に賭けていました。 今回の会談は、イギリス、ドイツだけではなく、フランスやイタリアも参加した ヨーロッパ首脳国の会談となりました。 フランスからは首相ダラディエが参加。 イタリアからムッソリーニが参加、ヒトラーと共にオープンカーに乗って会場に向かいます。 会談の行方を世界が見守りました。 ヒトラーは終始自分のペースで会談を進め、「領土的要求はこれが最後である」と明言します。 会談はヒトラーの要求をほぼ全て認めることで合意。 チェコスロバキアの犠牲を強いる形で、戦争の危機は回避されました。 チェンバレンはこの譲歩によって、平和は守られたと信じました。 ヒトラーはこの日、武力を背景とした恫喝によって大国イギリスに要求を飲ませることに成功したのです。 ――山根アナナレーション「ミュンヘン会談」より
6 :
名無し三等兵 :2008/01/13(日) 04:28:57 ID:???
これよりボリス三世スレ
7 :
名無し三等兵 :2008/01/13(日) 04:46:48 ID:???
>>4 参考になんとなく色分け。まだありそうだけど。
枢軸国
ブルガリア、ハンガリー、ルーマニア、フィンランド、タイ、
(満州国)、(クロアチア)、(スロバキア)
連合国
ポーランド、ベルギー、オランダ、ノルウェー、ギリシャ、ブラジル、キューバ、
(エチオピア)
中立国であっさり占領
デンマーク、ルクセンブルク、イラン、ユーゴスラビア
基本的に中立国ないし非交戦国
スイス、スペイン、ポルトガル、スウェーデン、アイルランド、バチカン、トルコ、アフガニスタン
アルゼンチン、チリ
>>1 追加
WWUのブラジル軍
http://yasai.2ch.net/army/kako/998/998780531.html
8 :
名無し三等兵 :2008/01/13(日) 04:53:38 ID:???
/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ \
/ \
/ ヽ
l:::::: |
/ ̄\ヽ-=・=-′ヽ-=・=-′ | 有象無象の中小国がスレ立てと聞き
r┤ ト::::: \___/ | 大海上帝国ポルトガル首相が
/ \_/ ヽ:::. \/ ,ノ 祝いの言葉を下しにさっそうと登場。
| _( ̄ l―--- -――'"ヽ__
| _)_ノヽ\/ ▼ \/ / ヽ
ヽ____)ノ \ ■/ / ヽ、
アントニオ・サラザール(1889-1970):
いわずとしれたポルトガル首相。通称「博士」かつてスペインと世界を
二分した大帝国から、欧州最貧国になりさがってしまった祖国で、
「神・祖国そして家族!」エスタド・ノヴォという新興宗教に走る。
サラザール博士とともに苦難を乗り越えるスレ3
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1191334618/
9 :
名無し三等兵 :2008/01/13(日) 04:59:12 ID:???
弟子「先生、処女を貴重だと思う男は多いです」 孔子「その通りだ」 弟子「しかし逆に童貞は女に気持ち悪がられます」 孔子「確かに」 弟子「おかしいじゃないですか、何故このような意識の違いが生まれるのですか」 孔子「それは一度も侵入を許していない砦は頼もしく、一度も侵入に成功しない兵士は頼りないからだ」 弟子「では30年も侵入を許していない砦は相当頼もしいのでしょうか?」 孔子「建てられてから30年も経つと、砦はどうなるかね?」 弟子「多くは朽ち果て、場合によってはうち捨てられます」 孔子「そのような砦を攻める者はいないということだ」
10 :
名無し三等兵 :2008/01/13(日) 05:04:06 ID:???
>>6 ボリスIII世((БорисIII)1894〜1943:在位1918〜43)
1894年生まれ.
Sachsen-Coburg-Gotha家のFerdinand I世と,Palma-Bourbon家のMarie Louiseとの間に誕生.
初代Bulgaria国王だったFerdinand I世が,1918年に敗戦の責を負って退位した後を受けて,国王に即位.
当初は,農民党などを立てて,民主的政治を心がけるが,戦後の混乱が拡大するに連れて,政権と対立.
1923年 将校の反乱によるクーデターを支援.
9月に共産主義者の反乱が起きるがこれを鎮圧.
一気にモーナルヒスト(君主制主義者)の地位が向上.
1925年 Sofiaの聖ネデリャ教会で,国王ボリス3世の暗殺を狙った爆弾テロが起きるが未遂に終わる.
1934年 一時民主主義者に政権を明け渡すが,保守派将校組織ツヴェーノによるクーデターを裏から画策.
1935年 ツヴェーノ指導者 ゲオルギエフ大佐失脚により,独裁体制を構築.
1940年 三国同盟加盟により,Romaniaから領土獲得.
第二次大戦に際しては,“象徴的戦争”を宣言
1941年 英国に宣戦を布告.12月に米国に宣戦布告.
マケドニアを併合
1943年 ヒトラーと会談後,急死.
SimeonII世が6歳で跡を継ぐ.
(今のSimeon Saxe-Coburg-Gothaで,Bulgariaの首相)
なお,妻Joannaは,Savoia家のItaly国王,Vittorio Emanuele III世の娘です.(眠い人 ◆gQikaJHtf2)
http://www21.tok2.com/home/tokorozawa/faq/faq41c.jpg
戦時中のアルゼンチンの親連合国か絶対中立かを巡る軍内の争いは凄い 結局ペロンが勝ったけど、アルゼンチンが妙にこういう独自外交路線を採りたがるのは WW1,WW2と親英政策を採ってたブラジルとアメリカ合衆国への対抗意識から来てるんだろうな
12 :
名無し三等兵 :2008/01/13(日) 05:19:47 ID:???
13 :
名無し三等兵 :2008/01/13(日) 05:28:16 ID:???
オーストリアは?
14 :
名無し三等兵 :2008/01/13(日) 05:48:57 ID:???
15 :
名無し三等兵 :2008/01/13(日) 07:21:48 ID:???
16 :
名無し三等兵 :2008/01/13(日) 14:59:27 ID:???
>>12 >>16 エクアドルがペルーに、というよりは、戦争の経過からすると
ペルーがエクアドルに侵攻したっていった方がより正確です。
まあ当事国側はどっちも相手が先に侵略したから反撃しただけだって言ってますが、
戦場となったのはほとんどエクアドルで、ペルーとしては前から欲しかった部分をWW2でアメリカが大西洋を
向いてる内に掠め取ってやれぐらいの考えがあり、
事実、西の海岸部やアンデス南部が占領されてどうにもならなくなったエクアドルは降伏し、
ペルーはエクアドル領だとみなされていたアマゾン流域(オリエンテ)の25万平方kmを併合しました。
軍事的には空軍も海軍もないようなエクアドルに対して
ペルー海軍(巡洋艦、潜水艦、駆逐艦)が出撃し、ペルー空軍の作戦機も25機程出撃してます。
この戦争でペルーが西半球最初のエアボーン作戦をやったとかって話もあります。
ペルーは似たようなやり方でコ1932年にもコロンビアの最南部の町レティシアへも侵攻してますが、
こちらはコロンビア軍の反撃と大統領サンチェス・セロがアプラ党員に暗殺されたことにより失敗しました。
18 :
名無し三等兵 :2008/01/13(日) 23:35:29 ID:???
へぇ、南米にも飛び火してたんですか。これは初耳。
19 :
名無し三等兵 :2008/01/14(月) 00:54:36 ID:???
前スレ埋まりました。 エクアドルとペルーでは、ペルーのほうが圧倒的に強い気がする。 いくらなんでも、エクアドルから喧嘩売る余裕は無いんじゃないかな。
20 :
名無し三等兵 :2008/01/15(火) 00:25:27 ID:???
アルゼンチンはナヒュールとかまともな戦車設計してたな
21 :
名無し三等兵 :2008/01/16(水) 11:12:34 ID:???
ブラジル軍もイタリア戦線に参加してるな 実体がアルジェリア、モロッコ部隊の自由フランス軍よりはマシだったかな しかしこのアルジェリア、モロッコ部隊のストライプ戦闘服は強烈だな
22 :
名無し三等兵 :2008/01/16(水) 18:40:34 ID:???
>>21 フランスのためにモンテ・カッシ―ノで戦わされるアルジェリア兵、モロッコ兵
カワイソス
23 :
名無し三等兵 :2008/01/16(水) 21:03:15 ID:???
でも自由フランスって結局は植民地軍がメインだから・・・
24 :
名無し三等兵 :2008/01/19(土) 23:40:26 ID:???
マイナーどころでWWT後、独立した西ウクライナ人民共和国(ZUNR)[首都リヴィウ]の軍 ウクライナ・ガリツィア軍(Ukrainska Halytska Armiia=UHA)の編成 ●第1軍団(第5<Sokal>旅団、第6<Rava-Ruska>旅団、第9<Uhniv→Belz>旅団、第10<Y aniv>旅団) ●第2軍団(第1ウクライナ狙撃兵旅団、第2<Kolomyia>旅団、第3<Berezhany>旅団、第4<Z olochiv>旅団) ●第3軍団(第7<Lviv>旅団、第8<Sambir>旅団、第11<Stryi>旅団、第12旅団、第1山岳 旅団) ○旅団の編成 ・2〜5個[歩兵]大隊(4個小銃中隊、1個機関銃中隊) ・1個砲兵連隊<実質大隊>(3〜5個大隊<実質中隊>、各大隊火砲4〜6門) ・1個騎兵分遣隊(40〜50名)、1個工兵隊、1個後方支援隊 ○火砲装備 旧オーストリア・ハンガリー帝国軍装備品を主に流用 ・野砲-75mm,78mm,105mm ・榴弾砲-100mm,122mm ・重砲-155mm→重砲大隊(2門)装備 ○UHAはガリツィア、ヴォルイニで侵略してきた新生ポーランド軍と死闘を展開するが、同盟 していたデニキン将軍の白軍の衰退、発疹チフスの流行、フランス軍の積極的ポーランド支援に より瓦解する
25 :
名無し三等兵 :2008/01/19(土) 23:46:16 ID:???
>>24 うわー、なんか凄いですね。
悲惨な末路だなあ。
26 :
名無し三等兵 :2008/01/20(日) 00:24:05 ID:???
ポーランドによる過酷な対少数民族政策に反発したウクライナ人やZUNRの生き残りやZUN Rの東、キエフ中心に短期間独立していた反ソビエトの独立政権Ukrainska Tsentralna Rada(ウクライナ中央ラーダ)の生き残りがドイツに亡命政権を樹立した→Organization o f Ukrainian Nationalists (OUN) やがてドイツにナチス政権が樹立され対ソ戦が開始されるとドイツに組織された各種ウク ライナ人部隊とは別にナチスの認可を得ずOUNのステファン・バンデラ(後にナチスが戦争末期まで 拘束)が独自の軍事組織Sich-Ukrainska Povstanska Armiya(UPA)を組織し、プリピ ャチ沼沢地でソビエト・パルチザンとの戦いを開始した やがてナチスのガウスライター、コッホの抑圧的民政が開始されるとドイツにも銃を向け、仇敵 ポーランドのAK(国内軍)とも戦った ○当初のUPAの編成 “北部”部隊(キエフ)、“中部”部隊(ハリコフ)、“南部”部隊(オデッサ)、総兵力は4000名○戦争後期のUPA ドイツ軍の将軍の中にはUPAに同情的な者も少なくなく、暗黙の支援を行った やがて第14SS師団残部やウクライナ人シューマ(警察補助部隊)を収容し総兵力は20000〜3 0000に増強された “北部”地区(ヴォルイニ、ジトミール、キエフ)、“中部”地区(ガリツィア)、“南部”地区(ヴィニツィ ア、クレメンチューク) 行動は最大で大隊規模、通常は中隊毎に行動した
27 :
名無し三等兵 :2008/01/20(日) 00:58:58 ID:???
UPA最大の戦果はソビエト軍の方面軍司令官ヴァツーチン将軍を狙撃、重傷を負わせた(搬 送直後死亡)[後任はドイツ軍にとってはあまり好ましくないジューコフ将軍だが] UPAは戦争終了後も抵抗を継続、ウクライナだけでなく、バルト沿岸諸国も英情報部SIS、 スウェーデン情報部、ゲーレン機関(後の独情報部BND)の支援を受け、抵抗継続 ラトビアに15000、エストニアに10000のゲリラが旧武装SS隊員を中心に存在したが、ソ連軍の 反撃は凄まじく両国の抵抗は1949年ごろ潰えた リトアニア、ウクライナの抵抗は継続されたが、CIAがUPAにナチス(武装SS)が支援していたこ ともあり支援に本腰を入れなかった やがて1947〜48年ジューコフ元帥自ら指揮を取ったソ連、ポーランド両軍による大規模な 掃討作戦を展開、一時活動は下火になるが、やがて復活 しかし両国の抵抗運動に致命的打撃を与える事件が起きる 英情報部のソ連側逆スパイ、キム・フィルビーが両国抵抗運動の詳細をソ連側に流したため 根こそぎ掃討され、最終的抵抗はフェルドチューク将軍指揮下のMVD(内務省)治安部隊 に1954年に鎮圧された(フェルドチューク将軍は後アンドポフ政権時内相) OUN・UPAの指導者ステファン・バンデラは西独亡命後、KGBにより青酸入りカプセルの特殊銃 で暗殺された
28 :
名無し三等兵 :2008/01/20(日) 01:54:26 ID:oWrUzABD
29 :
名無し三等兵 :2008/01/20(日) 02:52:40 ID:???
ポーランド騎兵に蹂躙か・・・。
30 :
名無し三等兵 :2008/01/20(日) 06:29:57 ID:???
The slaughter , the violence and the plunder by the Polish armed forces to have given Galicia area a serious blow .
31 :
名無し三等兵 :2008/01/20(日) 13:11:15 ID:???
ちなみにウクライナのペトリュラ亡命政権は指導者ペトリュラの死後、 バンデラ派とメルニク派に分裂しての内紛にも余念がなかった。
32 :
名無し三等兵 :2008/01/20(日) 13:11:46 ID:???
ステパン・バンデーラは捕獲したT35重戦車に乗って あちこち回っていたそうな。 モデルグラフィックス誌に出ていたね。
33 :
名無し三等兵 :2008/01/20(日) 15:55:21 ID:???
>>7 中国が抜けてる。
あと、モンゴルも1945年にソ連が満州へ侵攻した際に10万人ほど戦闘に
参加していたはず。
34 :
名無し三等兵 :2008/01/20(日) 16:13:08 ID:???
主要交戦国 ドイツ、アメリカ、ソ連、イギリス、日本、イタリア、フランス ややマイナー(比較的よく取り上げられる) ポーランド、中国、フィンランド、ルーマニア、ハンガリー マイナー(あまり取り上げられない) ブルガリア、スロバキア、ベルギー、オランダ、ノルウェー、デンマーク ギリシャ、ユーゴスラビア 超マイナー(WW2関連の書物でもほとんど扱われない) ブラジル、モンゴル、ルクセンブルク
35 :
名無し三等兵 :2008/01/20(日) 20:37:44 ID:???
モンゴルは、第二次大戦そのものより、直前のノモンハンでの話題が多いか。
36 :
名無し三等兵 :2008/01/20(日) 23:03:53 ID:???
タイってどんな感じだったの?
37 :
名無し三等兵 :2008/01/21(月) 06:32:44 ID:???
古いのは英国製が多くて、新型兵器は日本製が多い。 前者は防護巡洋艦とか、ビッカースの6トン戦車。 後者は装甲海防艦トンブリやら、装甲が割れたという九五式軽戦車、九七戦とか九七軽爆など。 それ以外では水雷艇はイタリア製で、戦闘機は中小国空軍御用達の米カーチス・ホークを買っておるの。
38 :
名無し三等兵 :2008/01/21(月) 09:47:43 ID:???
ww2当時のタイの装備 航空機 カーチス・ホークII(複葉固定脚) カーチス・ホークIII(複葉引込脚) カーチス・ホーク75N(P-36の輸出型、単葉固定脚) マーチン138W(B-10の輸出型) ヴォート・コルセア(複葉の2代目、ちなみに逆ガルのヤツは3代目) 97軽爆 97重爆 97戦 99高錬 1式戦「隼」 95水偵 零式3座水偵 AFV ヴィッカース6t(通常のE型とF型車体のE後期型) ヴィッカース6tベースの40mmポンポン砲搭載自走砲 モーリス・ヴィッカース装甲車 95式軽戦車 など。
39 :
名無し三等兵 :2008/01/21(月) 13:25:25 ID:???
資料によっちゃ、艦載用に96式小型水偵を持ってたという話もある。 話変わるが、中国へ売った寧海なんかの艦載機は、何積んでたんだ?
40 :
名無し三等兵 :2008/01/21(月) 14:24:50 ID:???
寧海の搭載機は自国開発、海軍航空工廠製の小型の複葉単座双フロート機で、その名も「寧海」。 「中国的天空」より。
41 :
名無し三等兵 :2008/01/21(月) 23:29:35 ID:TXjIv536
>>37 英製防護巡の情報もうちょっとある?
どれ位のか知りたい。
42 :
名無し三等兵 :2008/01/21(月) 23:29:58 ID:???
すまん。ageてしもうた。
43 :
名無し三等兵 :2008/01/21(月) 23:39:12 ID:???
(#゚Д゚)ゴラァ! 光人社NF文庫から『弱小空軍の戦い方』って本が出たゾ。 書き下ろし新刊で千円でお釣が来るから買い得だ。 以下その一部な― …政府高官の政の不調をよそに、 ハンガリー空軍のピューマ部隊は来襲する連合軍機を相手に奮闘を続けた。 ハンガリー空軍にはFw190(戦闘爆撃機型)も七十機ほどわたったが、 戦いの後半の主力はBf109G。 少数のBf109Fや供与機、ライセンス生産機併せて五百機近いBf109を擁して、 数十人ものエースを輩出している。 やがて秋口から友邦の枢軸国が次々にソ連、連合国と休戦し、 対ナチスドイツ攻撃に回るなか、ハンガリー軍はソ連軍が領内に侵攻、 翌1945年2月にブダペストが陥落しても、なおドイツ軍と共闘。 新造のBf109は部隊への引き渡し前に連合軍側戦闘爆撃機に破壊される状態になっていたが、 最後の防空作戦はナチスドイツの降伏直前の時期まで続けられたということである。 ( ;∀;)イイハナシダナーええ話や。・゜・(ノД`)・゜・
44 :
名無し三等兵 :2008/01/22(火) 00:07:24 ID:???
もともとハンガリーの第一目的はルーマニアからのトランシルバニア奪還にあったの で、ソ連との戦いはそれほど乗り気ではなかった。 1944年に講和をしようとしていたが、それを察知したドイツに占領されてしまった。 以後ハンガリー軍はドイツ軍指揮下に組み込まれ、講和の機会も失ったまま戦い続け ただけ。 国がほとんど連合軍に占領されてもオーストリアあたりまで撤退して、なおドイツ軍 に付き合ってなきゃいけなかったハンガリー軍こそいい迷惑。 もっともハンガリーへはソ連軍と一緒に「仇敵」のルーマニア軍も来ていたから、 それに対して「コノヤロー」ってのはあったかもしれないけど。
45 :
名無し三等兵 :2008/01/22(火) 00:39:57 ID:???
>41 37じゃないがこれのことだと思う マハ・チャクルクリ排水量2500t、12p砲4門、5.7cm砲16門、機銃6門 速力15ノット1902年進水、1917年ごろ廃艦、二檣二本煙突で帆走も可
46 :
名無し三等兵 :2008/01/22(火) 00:49:34 ID:hAOyzxFO
>>41 ラトナコシンドラとスコダヤの事言ってるのか?
47 :
名無し三等兵 :2008/01/22(火) 00:52:00 ID:???
>>41 防護巡洋艦「マハ・チャルクリMaha Chakrkri」(1893〜1917)
排水量2500トン、15ノット、武装4.7インチ砲×4、6ポンド砲×10
http://www.hazegray.org/mysteries/oldmyst/pic106.jpg 一応甲板装甲2インチの防護巡洋艦だけど、実質は王室ヨットみたいなもの。
ローマ字表記はちょっと違和感があるけど、多くの英語資料にはこの綴りで出てくる。
本当は「マハ・チャクリMaha Chakri」と命名したかったのを、
建造時か資料化したときかどっちかで、英国人が間違えたんじゃないか?
その証拠に、解体後に搭載機関流用した純粋な王室ヨット「マハ・チャクリ」が建造されてる。
タイ語の資料で確認すればいいんだろうけど、私は読めない。
なお、一部資料で、この同名ヨットの存在を誤解して長く健在みたいに書いてるので注意。
ほかにイギリス系だと、装甲砲艦が2隻造られてる。トンブリの同類。
中古で買ったのがWW1時のR級駆逐艦と掃海スループが1隻ずつ。
どっちも1950年代後半まで在籍して、駆逐艦のほうはいまでも船体は残ってるはず。
48 :
名無し三等兵 :2008/01/22(火) 00:59:10 ID:???
49 :
名無し三等兵 :2008/01/22(火) 01:11:24 ID:???
>>34 政治的にはよく取り上げられるクロアチア独立国軍とか。
昔、同人でWWU当時のルクセンブルク大公国軍の本持ってたが、なくしたなぁ。
50 :
名無し三等兵 :2008/01/22(火) 04:21:45 ID:???
各国主力ライフル 連合国 ポーランド:カラビネクwz.1898(モーゼルkar98) ノルウェー:クラッグ・ヨルゲンセンM1894 デンマーク:クラッグ・ヨルゲンセンM1889 オランダ:マンリッヒャーM1895 ベルギー:モーゼルM1935 ギリシャ:マンリッヒャー・ショーナウアーM1903 ユーゴ:? 中国:?
51 :
名無し三等兵 :2008/01/22(火) 04:23:28 ID:???
枢軸国 ハンガリー:マンリッヒャーM31/35 ルーマニア:モーゼルM1924 スロバキア:プスカVz.24(モーゼルkar98) フィンランド:モシン・ナガンM1928 ブルガリア:?
52 :
名無し三等兵 :2008/01/22(火) 05:44:23 ID:???
中国は、モーゼルKar98のライセンス型とか、日本の三八式じゃないだろうか。 大戦中には米式装備が増えたんだろうけど。 タイは、主力かどうかは別にして三八式の口径拡大型を使ったと聞く。
53 :
名無し三等兵 :2008/01/22(火) 13:03:57 ID:???
中国軍の小銃の口径はかなりの種類があったが中心となったのは 6.5mmと7.92mmの2種類が中心であった。6.5mmは主に三十式と三 八式であり、三八式は山西省で生産が行われた。 主力となったのはドイツに由来するマウザー系の小銃であり、ドイツか らの輸入と共に、漢陽や広東、東北でのライセンス生産も行われる。 中国で生産されたのはM1888、M1904(6.8mm口径に変更したもの) M1903(6.5mm口径)、元年式歩槍(6.8mm。のち7.92mmに変更し元年 式7.92毫米歩槍と改称)、M1898、チェコ式7.92mm小銃(張作霖政権 で生産、13年式7.9毫米歩槍と称する)等がある。 このほか内戦期には各国の小銃が中国に輸入される。 1934年、一応の再統一を果たした南京政府はマウザーM1924を軍の 主力小銃とすることを決定する。これは蒋介石の字をとって「中正式 歩槍」と命名され、各地でのライセンス生産も行われ国府軍の主力 小銃となる。 上記に加えて二次対戦開始後には米軍装備も次第に増えていくこと になる。
54 :
名無し三等兵 :2008/01/22(火) 14:43:26 ID:???
>>44 ヨーロッパで一番危険な男をドイツが送り込んだからなあ。
55 :
名無し三等兵 :2008/01/22(火) 23:39:42 ID:???
>>47 ありがとう。
装甲砲艦のほうは発見できたんだけどこっちは無理だった。
確かに帆走できそうな太いマストで
速度もそこそこで武装もちょっと心細いなぁ。
56 :
名無し三等兵 :2008/01/27(日) 14:24:32 ID:v2CyooO5
そういやタイは1941年1月に仏印に侵攻したが、仏軍に撃退されてるね 唯一の海戦でも優勢だったタイ海軍も敗れている 空戦では双方数機失い、痛み分けだったらしいが
57 :
名無し三等兵 :2008/01/29(火) 01:46:22 ID:KL3diRUS
>>56 トンブリ沈められても撃退したから戦略的には成功なのか?
58 :
名無し三等兵 :2008/01/29(火) 03:52:48 ID:???
>>57 フランス側はトンブリ撃沈が戦略目標だったんだと思う。
ある意味、純粋な艦隊決戦w
59 :
名無し三等兵 :2008/02/07(木) 00:15:52 ID:QC+qAjfo
中小国が使用した歩兵火器をまとめたサイトとかないかな?
60 :
名無し三等兵 :2008/02/12(火) 13:31:52 ID:???
保守
61 :
名無し三等兵 :2008/02/16(土) 11:55:25 ID:???
62 :
名無し三等兵 :2008/02/17(日) 16:36:06 ID:???
63 :
名無し三等兵 :2008/02/17(日) 19:46:05 ID:oYgzZmla
カッコイイな
64 :
名無し三等兵 :2008/02/22(金) 16:35:20 ID:???
対英本土航空戦前にアイルランドが枢軸国に加わり アイルランドにドイツ軍が進駐していたら戦局は変わった可能性がある その際、アイルランドにイギリス征服後、北アイルランド割譲というご褒美をや ればよい
65 :
名無し三等兵 :2008/02/25(月) 23:01:17 ID:???
転載
ブルガリアにナチス独軍戦車の「墓場」=マニア向け盗難が横行
【ウォデン(ブルガリア)AFP=時事】ブルガリア南東部の対トルコ国境近くに、
第二次大戦時のドイツ軍戦車などが地面に半ば埋まったまま残る「墓場」がある。
冷戦時代にブルガリアの共産主義政権が、
北大西洋条約機構(NATO)軍の侵攻に備えて「防衛線」を示すために埋めたもので、
忘れ去られた存在になっていた。しかし近年、マニアなどに売るため戦車の一部を持ち去る行為が横行。
そこでブルガリア軍はこのほど、埋もれた戦車の回収作戦に乗り出した。
≪写真はブルガリア南東部の対トルコ国境近くで地面に半分埋まったまま残るパンツァーW戦車≫
首都ソフィアの軍事博物館によると、ブルガリアは第二次大戦中、
ナチスドイツからパンツァーW戦車97台、突撃砲と駆逐戦車計約100台を受け取っており、
埋められたのはこれらの一部。また、のちにソ連製T34戦車も埋められたという。
しかし、NATOに対抗していたワルシャワ条約機構が1991年に解体すると、
これらは忘れ去られた存在となった。
だが、戦車備え付けの銃やハッチ、さらには砲塔を持ち去り、スクラップとして売る者たちが現れた。
2007年には「レアもの」とされる駆逐戦車1台が姿を消す事件があり、
忘れ去られていたこれら戦車に再び注目が集まった。同年12月には国防省が、
この駆逐戦車を外国の収集家に売ろうとしたドイツ人2人とブルガリア人1人が逮捕されたことを明らかにした。
収集家は百万単位のユーロで買い取る意向だったとされる。しかし戦車は見つかっておらず、
捜査当局はドイツに密輸されたものとみている。
軍の戦車回収作戦は2月6日から開始され、これまでに12台を掘り出した。
回収された戦車の一部は軍事博物館で展示される見通しで、
博物館側は残りを収集家に売却するよう提案している。
ただし、回収された戦車はどれも一部を持ち去られる被害を受けているという。
≪2枚目の写真は回収されブルガリア南東部ヤンボルに運ばれた突撃砲戦車≫〔AFP=時事〕
ttp://news.livedoor.com/article/detail/3523896/
66 :
名無し三等兵 :2008/02/26(火) 00:41:45 ID:???
ポーランド:TK(国産)、7TP(国産)、ルノーR35(仏)、ルノーFT17(仏) ビッカースMk.E(仏)、wz.34(国産)、wz.29(国産) オランダ(本国):カーデンロイドMk.E(英)、ランズベルクM36/38(スウェーデン) オランダ(植民地):マーモン・ハリントン(米)、ビッカースM1936(英)、ビッカース水陸両用(英) クルップ装甲車(独)、ストラウスラー装甲車(英?)、M3ハーフトラック(米) ベルギー:T15(英+国産)、ルノーAMC35(仏)、T13(英+国産) ユーゴ:ルノーR35(仏)、ルノーFT17(仏)、ルノー・ケグレスM28(仏) シュコダT32(チェコ) 中国(国民党):CV33(伊)、M4中戦車(米)、M3軽戦車(米)、T26(ソ) M3ハーフトラック(米)etc
67 :
名無し三等兵 :2008/02/26(火) 01:07:38 ID:???
第二次大戦「中」じゃないけど、こないだ読んだ本で、オランダがインドネシアで「三八式戦車」なるものを使ってたって残留日本兵の人が言ってたんだが、LT.vz.38の事かなやはり。
68 :
名無し三等兵 :2008/02/26(火) 01:22:35 ID:???
フィランド:ビッカースMk.E(英)、W号戦車(独)、V号突撃砲(独) ハンガリー:38Mトルディ(国産)、43Mトゥーラン(国産)、43Mズリーニー(国産) CV33(伊)、38(t)戦車(チェコ→独)、W号戦車(独)、V号突撃砲(独) ヘッツァー(独)、パンター(独)、ティーガーT(独)、40Mニムロッド(国産) T号戦車(独)、V号戦車(独)、39Mチャバ(国産)、43Mレヘル(国産) ルーマニア:シュコダR2(チェコ)、シュコダR1(チェコ)、35(t)戦車(チェコ→独) V号戦車(独)、W号戦車(独)、ルノーR35(独捕獲品)、V号突撃砲(独) TACAM-R2(チェコ+国産)、TACAM-T60(ソ+国産)、パンター(ソ連捕獲品) スロバキア:38(t)戦車(チェコ→独)、35(t)戦車(チェコ→独)、LT-40(チェコ) U号戦車(独)、V号戦車(独)、マーダーV(独)、タトラvz.30(チェコ) ブルガリア:38(t)戦車(チェコ→独)、35(t)戦車(チェコ→独)、CV33(伊) ビッカースMk.E(英)、ルノーR35(独捕獲品)、V号突撃砲(独)、W号戦車(独) ヤークトパンター(ソ連捕獲品)、ヘッツァー(ソ連捕獲品)、パンター(ソ連捕獲品) sdkfz222/223(独)
69 :
名無し三等兵 :2008/02/26(火) 15:16:53 ID:???
>>68 フィンランド軍はロシア軍から捕獲した車両も
山ほど使っているね。
T26・T28・T34・T37・T38・T50・BT5・BT7・KV1・JSU152・・・
コムソモレッツ装甲牽引車は150両も使ってたとか。
70 :
名無し三等兵 :2008/02/26(火) 19:04:52 ID:H9zxlwQL
71 :
小国AFV :2008/02/26(火) 20:02:47 ID:???
・ハンガリー 戦車、自走砲 38Mトルディ軽戦車:202輌(スウェーデンL60軽戦車のライセンス生産型) 40Mトゥーラン中戦車:285輌(旧チェコ・シュコダT21のライセンス生産型) CV33軽戦車:143輌(イタリアから購入) 38(t)戦車:108輌(ドイツからの供与) W号戦車:40輌(ドイツからの供与) 40Mズリーニー自走砲:70輌(トゥーラン中戦車を改造) 40Mニムロッド対空自走砲:135輌(スウェーデンL62対空戦車のライセンス生産型) ヘッツァー:100輌(ドイツからの供与) ティーガーT重戦車:数輌(ドイツからの供与) パンター中戦車:数輌(ドイツからの供与) 装甲車 39Mチャバ:40輌(国産) 43Mレヘル:?輌(ニムロッド対空戦車を改造) ・ルーマニア 戦車 R2軽戦車(35t戦車):152輌(チェコスロバキアから購入) R1軽戦車(AHW豆戦車):35輌(チェコスロバキアから購入) ルノーR35軽戦車:75輌(フランスから購入+ドイツの捕獲品供与) W号戦車:140輌(ドイツからの供与) 38(t)戦車:50輌(ドイツからの供与) V号戦車:11輌(ドイツからの供与) パンター中戦車:13輌(ルーマニア枢軸軍離脱後、ソ連が捕獲品を供与) 自走砲 V号突撃砲:114輌(ドイツからの供与) TACAM-T60:34輌(ソ連から捕獲したT60軽戦車をルーマニアが独自改造) TACAM-R2:20輌(R2軽戦車を改造)
72 :
小国AFV :2008/02/26(火) 20:13:47 ID:???
・ブルガリア 戦車、自走砲 W号戦車:97輌(ドイツからの供与) ルノーR35軽戦車:40輌(フランス降伏後、ドイツの捕獲品から供与) 35(t)戦車:36輌(ドイツからの供与) CV33軽戦車:14輌(イタリアから購入) 38(t)戦車:10輌(ドイツからの供与) ビッカースMk.E軽戦車:8輌(イギリスから購入) V号突撃砲:55輌(ドイツからの供与) ヘッツァー:4輌(ソ連側に寝返った後、ドイツから捕獲した車両を供与) パンター中戦車:15輌(ソ連側に寝返った後、ドイツから捕獲した車両を供与) 装甲車 sdkfz222/223:20輌(ドイツからの供与) ・スロバキア 戦車、自走砲 38(t)戦車:74輌(ドイツからの供与) 35(t)戦車:52輌(旧チェコスロバキア軍から引継ぎ) LT40軽戦車:21輌(国産) U号戦車:16輌(ドイツから供与) V号戦車:5輌(ドイツから供与) マーダーV自走砲:18輌(ドイツから供与) 装甲車 タトラOA vz.30:10輌(旧チェコスロバキア軍から引継ぎ)
73 :
小国AFV :2008/02/26(火) 20:28:22 ID:???
・フィンランド 戦車、自走砲 ビッカースMk.E軽戦車:13輌(イギリスから購入) W号戦車:15輌(ドイツからの供与) V号突撃砲:59輌(ドイツからの供与) T37軽戦車:30輌(ソ連軍捕獲品) T38軽戦車:?輌(ソ連軍捕獲品) T26軽戦車:100輌(ソ連軍捕獲品) T28中戦車:5輌(ソ連軍捕獲品) BT中戦車:8輌(ソ連軍捕獲品) T34中戦車:11輌(ソ連軍捕獲品) KV重戦車:2輌(ソ連軍捕獲品) JSU152自走砲:2輌(ソ連軍捕獲品) 装甲車 BA20/FAI:20輌(ソ連軍捕獲品) BA10:10輌(ソ連軍捕獲品)
74 :
小国AFV :2008/02/26(火) 20:37:19 ID:???
・フィンランド 戦車、自走砲 ビッカースMk.E軽戦車:13輌(イギリスから購入) W号戦車:15輌(ドイツからの供与) V号突撃砲:59輌(ドイツからの供与) T37軽戦車:30輌(ソ連軍捕獲品) T38軽戦車:?輌(ソ連軍捕獲品) T26軽戦車:100輌(ソ連軍捕獲品) T28中戦車:5輌(ソ連軍捕獲品) BT中戦車:8輌(ソ連軍捕獲品) T34中戦車:11輌(ソ連軍捕獲品) KV重戦車:2輌(ソ連軍捕獲品) JSU152自走砲:2輌(ソ連軍捕獲品) BT42自走砲:18輌(ソ連軍BT中戦車をフィンランドが独自に改造) 装甲車 BA20/FAI:20輌(ソ連軍捕獲品) BA10:10輌(ソ連軍捕獲品)
75 :
小国AFV :2008/02/26(火) 20:41:33 ID:???
・ポーランド 戦車 TK豆戦車:580輌(国産) 7TP軽戦車:130輌(英ビッカースMk.Eの改良生産型) ビッカースMk.E軽戦車:38輌(イギリスから購入) ルノーFT17軽戦車:170輌(フランスから購入) ルノーR35軽戦車:50輌(フランスから購入) 装甲車 wz.28/34:90輌(国産) wz.29:8輌(国産) ・ベルギー 戦車、自走砲 T15軽戦車:42輌(英ビッカース軽戦車の車体+国産砲塔) ルノーAMC35軽戦車:12輌(フランスから購入) T13自走砲:210輌(英ビッカース軽戦車の足回りを利用したトラクターから改造) ・オランダ 戦車、装甲車 カーデンロイドMk.W豆戦車:5輌(イギリスから購入) ランズベルクM36/38装甲車:24輌(スウェーデンから購入) ・ユーゴスラビア 戦車 ルノーR35軽戦車:54輌(フランスから購入) ルノーFT17&ルノー・ケグレスM28:48輌(フランスから購入) S-T豆戦車:8輌(旧チェコスロバキアから購入) ・デンマーク、ノルウェー、ギリシャ AFVなし
76 :
名無し三等兵 :2008/02/26(火) 23:57:34 ID:???
>>71 自走砲化された数が、R2よりT60のほうが多いのに笑った。ソ連、鹵獲されすぎ。
>>75 オランダは蘭印軍の分は入ってないみたいだね。
マーモンヘリントン「ダッチマン」軽戦車とか、カーデンロイド水陸両用戦車とか持ってた。
ほかに現地改造らしい装甲車もいろいろあったみたいだ。
戦車の大部分は戦力化が間に合わずに梱包解く前に日本軍に鹵獲されて、
現地搬入すら間に合わなかった分は、たしか南米に売り飛ばされた。
77 :
名無し三等兵 :2008/02/27(水) 05:39:13 ID:???
ギリシャってAFVなかったんか・・・
78 :
名無し三等兵 :2008/02/27(水) 22:31:56 ID:???
>>76 スレ違いではあるが、フィンランドなんぞソ連からの鹵獲車両で初の戦車旅団組織してるしな。
>>77 しかし侵攻してきたイタリア軍を追い出し、逆にアルバニアの過半を制している。
ライフ第二次大戦史に載っていた当時の記者によれば
「ギリシア軍は世界最低だが
イタリア軍はそもそも軍隊じゃない」
・オランダ植民地軍 戦車 マーモン・ハリントン軽戦車:25輌(アメリカから購入) ビッカースM1936軽戦車:24輌(イギリスから購入) カーデンロイドM1931軽戦車:2輌(イギリスから購入) 装甲車 アルビス・ストラウスラーAC3D:12輌(イギリスから購入) M3スカウトカー:40輌(アメリカから購入) クルップ装甲車:台数不明(ドイツから購入) 「オバーヴァルワーゲン」:台数不明(トラックを現地改造) ・中華民国 CV33軽戦車:100輌(イタリアから購入) T26軽戦車:88輌(ソ連からの供与) M3軽戦車:48輌(アメリカからの供与) M4中戦車:35輌(アメリカからの供与) カーデンロイドM1931軽戦車:29輌(イギリスから購入) ビッカースMk.E軽戦車:20輌(イギリスから購入) T号戦車:10輌(ドイツからの供与) 装甲車 M3スカウトカー:36輌(アメリカからの供与) sdkfz.221/222:台数不明(ドイツからの供与) BA-6:台数不明(ソ連からの供与)
80 :
名無し三等兵 :2008/02/29(金) 02:45:58 ID:???
カーデンロイドM1931が、いわゆるビッカース水陸両用戦車だな。 中国にいたのは、少なくとも1両が日本軍に鹵獲されてる。 ちなみに中国の戦車部隊は、ビルマ戦線で日本軍の戦車部隊とぶつかったことがあるようだ。
81 :
名無し三等兵 :2008/03/03(月) 01:56:13 ID:???
テスト
・ブラジル 戦車 M3軽戦車:200輌以上(アメリカからの供与) M3中戦車:100輌(アメリカからの供与) M4中戦車:台数不明(アメリカからの供与) CV33軽戦車:台数不明(イタリアから購入) 装甲車 M8グレイハウンド:13輌(アメリカからの供与) M3スカウトカー:台数不明(アメリカからの供与) M2/3ハーフトラック:台数不明(アメリカからの供与) ・タイ 戦車、装甲車 ビッカースMk.E軽戦車:10輌(イギリスから購入) 95式軽戦車:数輌(日本からの供与) モーリス=ビッカース装甲車:6輌(イギリスから購入) ポムポム砲搭載自走砲:数輌(ビッカースMk.Eを改造) ・モンゴル 不明 ・ルクセンブルク AFVなし
83 :
名無し三等兵 :2008/03/03(月) 12:04:47 ID:???
>68、71 ルーマニアのルノーR35は41両がフランスからの正規輸入品、34両がポーランドからの亡命・接収品でドイツからの鹵獲品供与はなし。
84 :
名無し三等兵 :2008/03/03(月) 12:48:07 ID:???
>>82 ブラジルも結構数を揃えていたんだね。
という事は、常に競っているアルゼンチンとチリも
ある程度の戦力を持っていたのかな。
85 :
名無し三等兵 :2008/03/04(火) 17:25:48 ID:???
補足 ・ブルガリア III号突撃砲はドイツから供与のほかに、おそらく後にソ連からも若干供与。 IV号駆逐戦車:ソ連から供与 ・スロバキア LT-40:正確にはチェコ製でスロバキア製ではない。元リトアニア向けを購入。 ・ポーランド ビッカースMk.Eはもともと全部双砲塔型、後に22両を単砲塔型に改装。 ・中華民国 中国のカルロ・ベローチェはCV33でなくCV35 T-26は1933年型 M3軽戦車はM3A3 M4中戦車はM4A4 ビッカースMk.Eは全て単砲塔型、うち4両は無線機バスル付き。 Sd.Kfz.221/222のほか223もあり。初期生産型。
86 :
名無し三等兵 :2008/03/04(火) 18:30:04 ID:???
ウィキペディア見てたらスペインが1945年4月に参戦とあったが、東部戦線に 義勇軍まで派遣しといて最後は裏切ったのか?
87 :
名無し三等兵 :2008/03/04(火) 19:15:21 ID:???
それは修正申請出した方がいいな スペインは中立を守ったはずだ
88 :
名無し三等兵 :2008/03/04(火) 22:47:48 ID:???
スペインは1945年4月11日に日本との国交を断絶してるから、 それを勘違いしたやつがいるんじゃないかな。どの項目だい?
89 :
名無し三等兵 :2008/03/05(水) 00:24:26 ID:???
90 :
名無し三等兵 :2008/03/05(水) 14:34:23 ID:???
国連の原加盟国、つまり戦時中の連合国にスペインは含まれていない。 46年に枢軸国との協力関係を理由として加盟申請を拒否されてることからも明らか。 原加盟国なら加盟申請をする必要はないもんな。 45年のマニラ攻防戦の最中、スペイン人の宣教師が巻き添えをくって殺されたのを 理由にスペインは日本との国交を断絶したが、宣戦布告まではしていない。
91 :
名無し三等兵 :2008/03/05(水) 15:44:07 ID:???
それならそれでちゃんと理由を書いて削除すべきだが、何にも書かずにただ消したヤツは誰だ?<wikipedia
92 :
名無し三等兵 :2008/03/05(水) 21:12:46 ID:???
駆け込み参戦って印象薄いよな。宣戦布告だけで実際に戦ったわけでもないんだろうし。
93 :
名無し三等兵 :2008/03/05(水) 22:46:25 ID:???
結局のところスペインにはドイツの武装SSやイタリアのファシストの残党、そ して母国ベルギーで死刑判決を受けた大物ファシストでワルーン人義勇部隊の師 団長のレオン・デグレールらの亡命を受け、各国の送還要請をはねつけ保護して いる これはとても連合国側とはいえないよ 特に後者のデグレールは戦後、欧州ネオ・ファシストグループのカリスマになっ たし
94 :
名無し三等兵 :2008/03/07(金) 15:34:32 ID:???
とりあえず中立国の欄に追加しといた>スペイン
95 :
名無し三等兵 :2008/03/10(月) 23:44:21 ID:SGXCILrF
第2次大戦中にはルクセンブルク軍は存在したの?
96 :
名無し三等兵 :2008/03/11(火) 00:45:04 ID:???
あそこは非武装中立だったと思うけど当時は。
97 :
名無し三等兵 :2008/03/14(金) 00:04:25 ID:???
そういやどっかのスレにリヒテンシュタインの軍隊はたった1人で その兵隊はじいさんってのあったな
98 :
名無し三等兵 :2008/03/14(金) 00:09:55 ID:???
軍隊というより警備員だな。
99 :
名無し三等兵 :2008/03/14(金) 05:40:19 ID:???
他国の脅威が全くない国はいいな しかしリヒテンシュタイン公といえばハプスブルク家統治時代には有力な将帥を 出した家系だろ
支那は大国に入るのか?
中国・・・と答えれば正解ですか?
>>99 サンマリノ、アンドラ、モナコも軍隊ないだろ
あの規模だと持ってても無駄とはいえるな。
104 :
名無し三等兵 :2008/03/16(日) 23:14:09 ID:KRLKlxVF
アイスランドは軍隊がないが沿岸警備隊がイギリスとのタラ戦争の時、英海軍と 互角に競り合っていたな ノルウェーはあの悪名高い環境テロ組織シー・シェパードがノルウェーの漁船を 襲った時、ノルウェー海軍のコルベット艦が出動してシー・シェパードの船に体 当たりして撃退したことあるな(しかしノルウェーは他の欧州諸国からバッシン グされ、それが一因になってノルウェー国民はEU加盟にノーと判断させた)
1936-1945辺りのアイルランドの軍備ってどんなもんよ?
>>104 ノルウェー海軍はステキだな。海自にもぜひやってもらいたい。
お、4駆はキャタピラ横にあるんだ。状態良さそうだからいい値がつきそうだな。 つーかブルガリアって2500輌も戦車持ってたのか・・・
∧∧ ピコッ
( ^o^)っ―[] /
[ ̄ ̄ ̄] (^^) 【正義の枢軸物語】第4部
http://academy6.2ch.net/test/read.cgi/whis/1137161918/ 青春、それは死に微笑みかける。
処女の接吻の如く純粋な微笑みを。
戦争、そこで人はあたかも愛に出合うように死に出合う。
【州】 [M ̄]
G\[・ム・] アヴァンティ!バタリオーニ・デラ・モルテ!
\ <▼>苗\
∠ ̄∂\ ∠ ̄∂\ ∠ ̄∂\
G\(^∀^ G\(^∀^ G\(^∀^ フ シー、ドゥーチェ・アノイ!!
\‖~▼~‖\‖~▼~‖\‖~▼~‖\
>>109 サンクス。まさかSU-76の砲架ごと4号の砲塔に乗っかってるとは思いもしなかった。
ブルガリアは良い商売になるね。
38(t)に2号火炎砲戦車って台車は自走砲に改造されてるし、 そこのは車体無しの砲塔だけみたいだね。
ほす
117 :
名無し三等兵 :2008/04/06(日) 09:47:50 ID:Qy2TGO00
第2次世界大戦直前のエストニア、ラトビア、リトアニア各国の軍備ってどうだ ったの? エストニア、ラトビアは大戦中に武装SSに各々1個、2個師団が編成され、そ れなりによく戦っていたが(騎士十字章受勲者もわりといた)
WW2期の中小国AFV ・ギリシア ルノーFT、ルノーNC、フィアット3000、CV33/35(WW2で捕獲) ・エストニア ルノーFT、TKS ・ラトビア カーデンロイドM1936:18両 ルノーFT、フィアット3000 ・リトアニア カーデンロイドM1933:18両 カーデンロイドM1936:18両 LTL軽戦車(チェコ製TNH戦車の輸出仕様):21両 ・アルゼンチン カーデンロイドM1934:12両 ナヒュール中戦車(国産車):16両 M4中戦車 ソースは『世界の戦車』(大日本絵画) 但しWW1の戦車は除いた。
スウェーデンのL60だったか、時期の割に悪くないと思うんだけど その割に今ひとつ売れてない気がする。
プラガの戦車は意外と売れてるね
どの位の数が出ればOKなんだ?
>121 ドイツ軍が、これのお陰でフランスに勝てたって言ってるくらいの名車だからな。
124 :
名無し三等兵 :2008/04/09(水) 10:59:48 ID:BkaQYV+J
>>120 中小国にとっては当時戦車は高価な買物だからじゃないの
125 :
名無し三等兵 :2008/04/11(金) 10:24:04 ID:4wx9eG4Q
36 名前:世界@名無史さん[] 投稿日:2008/03/11(火) 22:05:52 0 第二次大戦では摂政のホルティ提督が率いるハンガリー海軍が大活躍。 宿敵ルーマニアとの領土紛争にも勝利し、トランシルバニア地方を奪還した。
オスプレイの新刊で、 The Hungarian Army in World War II (Men-at-Arms Series) が出るらしい。発売日は10月でまだまだ先だけど。
あれ、ハンガリーはまだ出てなかったのか。ルーマニアは相当前に出てた気がするが…
ブルガリア風にプラガ突撃砲とかマイバッハ突撃砲T-4とか言うと何のことだか解らんな
山ほど出てきた四号戦車は買い手がついたのかな。 あれは良い商売になったろうなあ。
海洋堂が買いそうなもんだが。
>>131 海洋堂兵器局は最近にはハチハチを買ってますね。
えらい程度が良いそうな。
133 :
名無し三等兵 :2008/04/23(水) 20:53:54 ID:yogMNipH
AGE
134 :
名無し三等兵 :2008/05/19(月) 02:51:08 ID:fle/EUll
クロアチア独立国は対ソ戦に派兵してないの?
空軍は交戦してるね。
>134 クロアチア独立国 1941年独ソ開戦時にクロアチア義勇兵による第369歩兵連隊を編成、 第100猟兵師団に配属されて1942年スターリングラード戦にて全滅。 1943年に再編成した第369歩兵連隊を基幹にしてドイツ-クロアチア人混成の 第369歩兵師団が編成されたがソ連からすぐにユーゴスラビアの対パルチザン戦に 転用。同様に第373歩兵師団や1944年に第392歩兵師団も編成されパルチザンと戦っていた。
>>84 チリは1943年に対枢軸断交したんでブラジルと同様に合衆国から色々もらって
多少装備の近代化を達成できましたが、
アルゼンチンは親枢軸派が大戦中の1940年から1945年まで心情的親枢軸派が
終始一貫して権力を握り続け、合衆国から経済制裁とか受けてたので連合軍装備で軍拡なんてことはできず、
また、ブラジル、チリが軍拡を進める中で相対的に弱くなるアルゼンチンの国防力を嘆いた統一将校団のクーデターが
1943年に成功し、これが後のペロン政権成立のための大きなきっかけとなったため、
ペロン政権は自主国防達成のためのありとあらゆる努力をして、
重工業育てたり反米政策採ってみたりするものの結果的に失敗します。
ペロンはそんなに反米ではないよ 確かにイタリア・ファシズム影響下にあった統一将校団の一人で43年の軍事政権 時は国家労働局長で労働組合組織化、社会保障政策拡充に尽力し、労働者の広範 な支持を受け、警戒した軍部に逮捕されるが、労働者の大規模デモで釈放され民 政移管時に労働党首として当選 執政は労働者支持下に輸入代替工業をさらに成長させ、それによる保護貿易は行 うが、排米的ではない ただ今まで外国資本下にあった鉄道、港湾施設を国有化した しかし戦後、欧米が立ち直り輸入代替工業も頭打ちになり、天候不順による農牧 畜生産低迷による外貨収入減 そして何よりもエバ夫人の聖人化と離婚法でバチカンの怒りを買って退陣した ポピュリストの中ではペロンは割りと長期政権を維持した方だと思えるが
139 :
ウーゴ ◆eaYqa3SeLE :2008/06/02(月) 14:44:07 ID:UHuUbTF8
大体において間違ってませんが(反米的でない、が、ポピュリストとして長期政権に繋がるのが少しわかりませんが)、一点だけ。 そもそもぺロンは統一将校団内のタカ派で、 戦時中の合衆国による対ア経済制裁がぺロンの任期半ばまで続いたのは、ぺロンの合衆国への挑発的な言動によるところが大きく、 また、大統領選挙時の演説のように(面白いんで興味あったら調べてみて下さい)、 基本的にぺロンが大統領になったのは、自主外交=反米英を掲げていたからでした。 そしてその結果が任期中の米州機構脱退な訳です。 (何故この措置が反米的なのかは、当時の米州機構がグアテマラのアルベンス政権崩壊の際にどのような役割を果たしたかを考えればわかると思います) さらに、第一次五ヵ年計画が失敗した後は、石油開発その他のために、 「屈辱的」な条件で合衆国資本を導入しますが、これが支持基盤の労働者の失望を招いたという点も見逃せません。 ということで、反米=自主外交を体現していたために政権基盤を強化していたぺロンを 「そんなに反米的ではない」と見るのには、同意しかねますが、 あなたには筋がありそうなんで、松下洋先生が1987年頃に書いていたペロニズムの研究書を読まれることをお薦めします。
まずは簡単に始められる海外マネー撃退法を教えてあげよう。 日本の株式市場に流入している金の約6割が外資マネーということを知っているかな? 平均株価は外資によって維持されていると言っても過言ではない。もちろんこのような状態は 不健全であり、日本の株価は外資の思惑一つで簡単に上がったり下がったりしてしまうのが 現実なのだ。 しかし裏を返して言えば、あなたが株の売買を通じて利益をあげることができたとした場合、 その利益の6割は外資から金を奪うことによって成り立っていると言えるわけなんだ。 もしも君が株で100万円の利益をあげれば、外資から奪い取った金は60万円。 1億円の利益をあげれば、外資から奪い取った金は6000万円。 100億円の利益をあげれば、外資から奪い取った金は60億円にも達することになる。 つまり君が株式市場に参入し、利益をあげればあげるほど、外人投資家がそれに応じた 打撃を被るというわけだ。 君が利益をどんどんあげていけばいくほど、ハゲタカファンドは苦しんでいくんだ。 それがどれほど日本を守ることにつながるか、わざわざ説明するまでもないだろう。 株で勝つ方法は簡単。日経新聞や株に関する雑誌を講読すれば良い。 日頃から情報収集を怠りなくおこなえば、そして外資がすぐには入手することができない情報を 日本の地の利を生かして先に入手することができれば、外資を出し抜いて金を奪い取ることなど 造作もないのだ。 最近は株に投資するなとレスする奴がいるが、そいつは外資のスパイだ。日本の愛国者が株で 外資から金をせしめることを恐れて、外資のスパイが情報工作しているのだ、気をつけろ。 金が無いならサラ金で借りれば良い。株式トレーダーは自営業みたいなものだから、職業を聞かれたら 自営業と答えれば良い。 アコムで無理ならプロミスで借りろ、プロミスで無理なら武富士で借りろ、 武富士で無理ならアイフルで借りろ、アイフルで無理ならレイクで借りろ。 海外ファンドから日本経済を守るため、そして海外ファンドを苦しめるため、君も株に投資しよう。
ブルガリアのドイツ戦車発見の続報、ないですね。 ちゃんとオークションで売れたのかな?
ノルマンディーで埋まってた米軍戦車発見ってのなら先週あったよ
>>142 M5が埋まっていたというニュースですね。
せっかく掘り出してもM5じゃ・・・値打ないなあ。
もしも、ほぼ完璧なチハが発見された、のと、ほぼ完璧なティーガーが発見された、ではどっちが高く売れるかな?
ティーガーだと世界中から欲しいと声があがりそうだが、チハは日本以外にニーズなさげ
このスレ的にはトルディとかナヒュールとか・・・微妙だな。レアもの好きな軍ヲタにしか売れないか
そもそもその手のものを欲しがるのは軍オタばかりだと思うが
>>145 那須の某博物館くらいしか買い手がいない気がする。
そして、「硫黄島のバロン西の戦車」として展示
>>147 「レアもの好きな」
保守
150 :
名無し三等兵 :2008/06/21(土) 23:19:48 ID:t5wW4XMJ
ブルガリアの話はガスでしょう いくらブルガリア人が馬鹿でも価値はわかるよ
警報ガス!
保守
ネタがないのう・・・
ズレーニーU保守
トルディT
>156 もともとずいぶん前からyoutubeに上がってたやつ。 youtubeあさってみ。ハンガリーとかずいぶん出てくるよ。
158 :
名無し三等兵 :2008/07/19(土) 21:24:00 ID:XCeLeHVB
ユーゴのパルチザンってどんな装備だったの?
>158 初期はおそらく王国軍の残り物兵器(ただしこっちは多分「敵」のチェトニクのほうが主)、 あとはドイツ軍やウスタシからの鹵獲、後期は連合国側からの支援、特にイギリスが中心のはず。 戦車部隊もあって、M3A3軽を供与されて使っているほか、 M3A3に鹵獲の20mm4連装や75mmPak40を積んだ即席自走砲、 ドイツ軍からの鹵獲フランス戦車(ソミュアやオチキス)、 ソミュアに6ポンド砲を無理矢理積み込んだ変わり種も。
M3は使いやすい軽戦車だから、ユーゴでも 評判は良かったんだろうね。
161 :
名無し三等兵 :2008/08/08(金) 01:06:40 ID:ctQCl5Tw
保守
162 :
名無し三等兵 :2008/08/08(金) 02:09:25 ID:74LCBesO
クロアチア軍の末期はどんな感じ? チトーのユーゴ何軍かに降伏したの?
>>162 1944年11月にクロアチア陸軍とウスタシャ陸軍が合併しクロアチア軍として
ドイツ軍と共に追いすがるチトーパルチザンやブルガリア軍と戦い、その間に
多数の死傷者を出しながらも1945年5月1日にはザグレフ地区に駐屯していた。
5月6日に多数の指揮官達が逃亡する中、20万の兵士と市民がスベロニアを
経てオーストリアのブライブルグに進出した英軍に降伏しようとしたが、当然に
押し戻されて、結局はチトーパルチザン軍に降伏した。
混乱の中で約2万人が脱出に成功したが、残りははるか何百キロも離れたバナト
地区の収容所への「償いの行進」をさせられ、射殺、及び虐待により約10万名
もの命が落とされた。
ウスタシャって単独で軍隊持ってたのか ナチスみたいだな
165 :
名無し三等兵 :2008/08/14(木) 22:32:49 ID:BqEcDDNx
>>163 そうか、悲惨な結末やね。
牡蠣の身くり抜いたオッサンはアルゼンチンかどっかに逃亡してるし
166 :
名無し三等兵 :2008/08/17(日) 01:38:27 ID:pmZeiQ/4
ロシア派遣スペイン義勇軍(青の師団)とロシア派遣イタリア軍(第8軍)の装備が知りたい。
中国の軍閥ってどんな装備だったの? 戦車はなかったにしろ野砲くらいは持ってたよね?
170 :
暫編第一軍 :2008/08/17(日) 20:00:18 ID:???
>>169 時期と部隊によります。
有力軍閥は日本などから輸入した兵器に加えて自身でもある程度の製造能力を持ちコピー品を生産していたものまであります。
東北軍などは満州事変前まではかなり有力で、野山砲だけでなく少数ながら戦車や装甲車も保有していたようです。
閻錫山系山西軍も一時は砲兵10個団体制を号していました。(実際は9個団)
国民党軍の基本編制でも抗日戦争での損失が大きかった1939年頃の一時期を除き各師は6〜12門程度の砲兵営を持つことになっていますし、充足率の悪い筈の地方軍である閻錫山系の暫編第48師も1944年には山砲連を持っています。
反面1942年頃の韓復系西北軍の第29師の持つ火砲は迫撃砲12門に止まっています。
東北軍閥はルノーFTを若干持ってたのが鹵獲されてるね。 巡洋艦を含む艦隊や航空部隊も保有してた。
172 :
暫編第一軍 :2008/08/17(日) 23:27:21 ID:???
東北軍はルノーFTを30輌以上輸入しているようですね。 北伐戦争にも使用されて損害も出していますが、1933年の時点まで張学良がルノーFTを少なくとも2輌保有していたことがわかっています。
南の方の軍閥はどうなってたの?雲南派とか桂系とか 新桂系は中華民国の次位に力持ってて独自の空軍と海軍持ってたと聞いたが、 どんな装備だったん?
174 :
暫編第一軍 :2008/08/19(火) 20:17:41 ID:???
>>173 個々の装備というか兵器の種類についてはなかなかわかりませんね。
時期が進むほど国民党中央軍と同種の兵器を装備する傾向があると思いますが。
そういえば、wwU直後に国民党中央軍が龍雲系雲南軍からフランス製戦車4輌を接収した記録があります。 具体的な車種は不明です。
中国にはフランス戦車はFT17とNCしか入ってないだろ、 って思って調べてみたらAMR35も輸出されてるのな。
ビルマ方面で中国軍のAMR35が確認されてるから、AMR35の可能性が高いかね?
ルノーR35の対中輸出記録はなかたような
第200師は機械化師団。南京戦後にソ連の支援で編成。 英Wikipediaによると、1938年編制は戦車連隊*2、装甲車連隊、自動車化歩兵連隊、砲兵連隊 T-26*約70両とBA-6など約50両を主力に、伊CV-35*約20両、SdKfz221など若干を装備。 日本側の南寧作戦頃に戦線参加し、戦車の大半を失う大打撃を受ける。 自動車化歩兵師団(歩兵連隊*3)として再建。残存AFVは軍直轄にしたうえで協同。 1942年に英軍支援のためにビルマに進出。トングー付近の戦闘で撃破される。 帰国中に師団長戦死、重装備の大半を失い壊滅。 後に米式装備で再々建される。
>>178 画像が見れないけど、ルノーZBじゃないでしょうか?
ルノーAMR35系列ですが、足回りはルノーR35と同じ構成だったと思います。
12両が中国から発注され、うち若干は無事に輸出されているようです。
>>180 結構な装甲兵力だなぁ。
どんな運用したら、その装備で凹られるのかわからんが。
184 :
暫編第一軍 :2008/08/20(水) 00:26:16 ID:???
>>175 も名無しになっていますが私でした。失礼。
第200師は
>>180 氏も詳しく述べられていますが、中国側資料で補足してみます。
この師はドイツ軍事顧問の影響下で編成され、その編制は
戦車団2、機械化歩兵団1、砲兵団、技術補充団、捜索営、歩兵砲営、工兵営、補充営、特務営、通信営、輜重営
などから成ります。但し砲兵団は野戦砲兵ではなく戦車防御砲(対戦車砲)です。
各戦車団は各3営、各営は各3連と補給連、迫撃砲連、偵察排その他から成り、各戦車連はビッカース6t戦車或いはT26戦車7輌とL3戦車5〜6輌の混成。
初陣は台児荘戦ですが、このときは砲兵団(戦車防御砲)のみが参戦しました。
1938年5月の蘭封作戦には第1150団の戦車1個営(実際には1個連と1個排)を基幹に第1149団の戦車1個連、特務営の機銃排と工兵排、捜索営の1個排で突撃第一縦隊を編成して作戦。
その後ソ連軍事顧問の参加により第200師は1938年11月から機械化歩兵師に改編されることとなります。
この時同時に他の2個師も機械化歩兵師に改編され、新編第11軍の指揮下に機械化歩兵師3個と装甲兵団が編入されます。
新編第11軍装甲兵団は戦車営4個と特務連から成り、各営は戦車連3と補給連1。
つまり新編第11軍は戦車営4個に支援された機械化歩兵師3個の機械化軍となったわけです。
翌1939年8月以降、新編第11軍は第5軍へと改称され、南寧作戦に投入されます。
同作戦での損害は大きなものだったようですが、幸いにして損傷戦車の多くは回収修理されました。
この時の補充としてフランスより37o砲搭載戦車25輌を輸入していますが形式は不明。台湾の研究者、王立本氏はR35ではないかと推定されています。
185 :
暫編第一軍 :2008/08/20(水) 01:08:08 ID:???
もっとも別資料ではビルマ防衛戦でUE小戦車を装備していたこともわかっており、25輌の補充戦車の少なくとも一部がこれであった可能性もあります。 いずれにしても南寧を巡る一連の会戦で中国側は日本側の制空権に悩まされておりこれが敗因の1つと思われます。 第5軍装甲兵団は南寧を巡る戦いの前に第3、第4営を抽出されて後にこれらは装甲兵第2団となり、残った2個営に南寧作戦後新編成の1個営を加え1940年8月、装甲兵第1団となっていました。 第5軍は1942年のビルマ防衛戦にも参戦。装甲兵第1団からはその2個営が投入され、敗退後に残存していたのは46輌に過ぎませんでした。
なるほど、中国側資料を見ると、どこでも結構打撃は受けつつも生き残ってるんですね 本家6t戦車は上海辺りで全滅したのかと思ってました 戦車師団から歩兵師団への改編も、いままでは再建時に貧乏編制になったのかと思ってたけど、 1個師団だけの集中装備から、軍レベルでの機械化運用への拡大再編という性格なのか
187 :
暫編第一軍 :2008/08/20(水) 02:05:57 ID:???
国民党軍の装甲・機械化部隊には続きがありますが、興味をお持ちの方がおられればやりましょう。
1936年に、中華民国がルノーZB偵察戦車12両を発注したときに、ルノーUEも10両発注してる。 1940年までに細々と到着したようで、ビルマ防衛戦に顔を出したUEはこれかもしれない。
189 :
暫編第一軍 :2008/08/20(水) 19:08:11 ID:???
>>188 なるほど。そんな前から輸入されているとしたらUE機銃戦車がビルマに出ていて当然ですね。
補充された25輌がR35であってもおかしくないかも知れません。
国民党軍は大変物持ちが良く、大戦末期に再び装甲師を編成する際にもT26が主力となっており、一部の車輌は国共内戦の後に台湾で解役されています。
>187 いろいろ参考になるお話を伺い深く感謝申し上げます。 お時間がありましたら、その後の国民党軍の装甲・機械化部隊のお話も 聞かせていただけましたら幸いです。
192 :
暫編第一軍 :2008/08/23(土) 00:46:03 ID:???
ビルマ防衛戦で再び大打撃を受けた機械化部隊の第5軍ですが、その隷下部隊のうち新編第22師は英印軍と共にインドに退却し後に美械師 (米式装備師団)となって新編第30師、新編第38師と共に駐印軍を構成することとなります。駐印軍では1944年に米国製戦車を装備した戦車営 7個を編成。各営は本部連、戦車連3、補給連、砲兵連、各戦車連は連部、戦車排3で各排は5輌、連部は2輌の戦車を装備していると思われます。 編成当時は第1、第2営のみが装備充足、第3、第4営が装備不充分、第5,第6,第7営は固定装備無しの状態でしたが次第に充実。 初期にはM3A3軽戦車やM3A1偵察車、M3A1ハーフトラックを供与されましたが、後に少数のM4中戦車も装備しました。これら駐印軍の戦車営がビルマ奪回作戦で活躍したことは有名でしょう。 同じくビルマ防衛線で敗退した第200師と第96師は中国へ退却して再編されます。この時南寧作戦時に隷下にあった栄誉第1師は当時第8軍に異動しており、隷下に加わっていた第96師が機械化されていたかは不明です。 新編第22師がインドへ退却した穴は新編第39師、後に交代で第49師を編入して埋められますがこれらも機械化されていたかは疑問です。しかし第5軍の各師は戦争末期までに美械化されます。 第200師はビルマ奪回作戦に参戦しますがこの時には第5軍の隷下を離れており栄誉第2師が編入され、同じく装甲兵第1団もまた1944年後半には同軍を離れて改編。
193 :
暫編第一軍 :2008/08/23(土) 00:48:42 ID:???
1944年3月頃、国民党軍は新たな装甲師を編成します。これが第48師で、第5軍直轄部隊から兵力を抽出して編成され、装甲部隊は 装甲兵第1団を改編したものです。 その編制は機械化歩兵団2、戦車団1、捜索団、工兵営、輜重営、砲兵営、通信営などからなりますが、戦争初期に装甲師であった第200師 の編制とは戦車と機械化歩兵の比率が逆転しています。 戦車団の編制装備は基本的には従来のそれと変更はないとされ、装備戦車は相変わらずソ連製、フランス製、イタリア製の旧式戦車です。 もっとも戦車特にL3やUE等の機銃戦車はビルマ防衛線での損失が大きく、戦闘に投入された第48師の各戦車連はT26軽戦車6輌からなる 2個排編制だったともいいます。 当時米国製戦車は駐印軍のみの装備でしたが、捜索団は米国製M3A1偵察車約36輌を残存のドイツ製車輌などとともに装備しています。 第48師は日本軍の一号作戦に対して分割使用され、衡陽の解囲を目指した第46軍の新編第19師を戦車第3営の加強排(T26戦車6輌)が支援、1 1月からは貴州の防衛に戦車第2営が投入され第4戦区の指揮下で第60師団と交戦し活躍したとされます。(日本側資料とのすり合わせは未だしていませんが) また分遣された1個連はビルマ方面に投入されましたが道路事情のため撤収を余儀なくされました。 その後第48師は戦闘に投入されることは無く、1945年7月に戦車団は再び装甲兵第1団に改編されて同師の編制より離脱。機械化歩兵団は昆明機場守備隊に改編されました。
おお、初めての話ばかりで勉強になります。
>>188 ちょっと中国のサイトをぐぐった感じでは、ルノーZBは軍閥が買ったのを、中央軍が接収したみたいです。
その後、第200師に配備されたとありました。
196 :
暫編第一軍 :2008/08/25(月) 22:27:07 ID:???
ちょっとだけ訂正。 >機械化歩兵団は昆明機場守備隊に改編されました。 雲南機場守備隊でした。お詫びして訂正します。
中国の軍閥ってどの程度日中戦争に参加してたの? 結構本気で戦ってた感じ?それとも戦争終結後を見越して消極的だったの?
198 :
名無し三等兵 :2008/09/05(金) 06:56:24 ID:PYX7xb3d
一旦上げようか
>>197 ソビエトと国境紛争起こして、こっぴどく負けたりしてるね。
それは満州事変前だろ。 日本が満州事変を起こした一因でもあろうか。
それこそ「軍閥によりけり」じゃないのか>本気度
202 :
暫編第一軍 :2008/09/05(金) 21:45:54 ID:???
支那事変頃には軍閥といってもそれ以前のような独立勢力ではなく、国民党政権に参加する旧軍閥という位置づけでその軍隊も国民党軍の編制に組み込まれています。 未だ国民党中央が完全に意のままに動かせるというまでには至っていませんが、基本的な作戦計画や会戦指導は国民党軍中央の指揮に従っているとは言えますね。 勿論状況によりある程度の加減は前線の部隊のほうで行われていたことでしょう。 例えば閻錫山軍などは当初抗日戦争にかなりの戦力を投入し大打撃も受けていますが、共産軍の侵食を受けるようになってからは対日積極作戦を諦め対中共戦に傾注した節があります。 まあ中共側に言わせれば積極抗日を放棄したから侵食したのだと言うことでしょうが。 各会戦に参加した兵団の系列はかなり調べられるので時間のあるときに幾つかピックアップして調査するのも面白そうです。
共産党も国民党軍に組み込まれていたの?
八路
205 :
暫編第一軍 :2008/09/13(土) 21:57:18 ID:???
共産軍も1937年8月22日以降、国民政府軍事委員会の公布により国府軍に組み込まれました。 有名な第八路軍は旧紅軍の各部隊を合編し3個師を編成。各師の番号は国民党軍と連番です。国民党軍はこの八路軍に対し毎月60万元の軍費を支給するようになります。 当時国民党軍の軍費は1個師20万元ですから妥当な額でしょう。しかし兵器弾薬の補給は少なかったとされます。 共産軍内部では国民党軍の改編を完全に受け入れ肩を並べて戦おうという派と、紅軍の組織を維持し国民党軍とは一線を引こうという派が存在しましたが結局その中間で落ち着き、名目上改編を受け入れ内部では党の支配を完全に維持しています。 第八路軍は国民党軍時委員会の命令で直ぐに第十八集団軍に改称されますが、共産軍自身は八路軍と自称し続け現在でもその名のほうが有名です。 第十八集団軍は第二戦区の閻錫山の指揮下に入れられ大原会戦に参加。平型関の戦いで活躍したことは皆さん聞いたことがあると思います。(戦果の多寡は別として) 娘子関では国民党軍を救援し、1938年2月の大原奪回作戦では東路軍司令に朱徳が任命され、一部国民軍系の部隊も指揮下において戦うなどしています。 その後北支方面の国民党軍が大打撃を受けて敗退すると共産軍は独自性を発揮し国民党軍軍事委員会の命令に無い行動も多々採るようになっていきます。 新四軍の事件以降は国共関係が悪化し軍費の支給も取りやめとなり、時に両軍が小競り合いを起こすことさえ出てきますが名目上は国府軍の指揮下にあり続け抗日戦勝利の日を迎えます。
保守
207 :
名無し三等兵 :2008/09/22(月) 20:36:41 ID:TrqvnDQE
このすれをおとすなんてとんでもない!
209 :
名無し三等兵 :2008/09/24(水) 05:20:40 ID:sN3ThaOk
スロバキア軍て中将までしか階級なかったの? クロアチア軍でさえ元帥位あったのに
保守
スレ見て日中戦争期の中国軍閥に興味が出たんですけど日本語で軍閥について詳しく書いてある本ってあります?
>>212 有り難う御座います
めちゃくちゃ高いですけどじっくり読みたいんで次の給料で買ってみる事にします
214 :
暫編第一軍 :2008/10/12(日) 12:13:52 ID:???
>>212 私も興味をそそられます。情報ありがとうございます。
>>214 俺はあなたのオススメを聞いてみたいなあ
216 :
暫編第一軍 :2008/10/13(月) 21:51:23 ID:???
中国軍関係については中国語の資料を翻訳ソフトと辞書を使って要部だけ読むというやり方なので、日本語資料はそれほどお勧めはないんです。 強いて言えば有名どころで 「中国紅軍史」 河出書房新社 「中国八路軍・新四軍史」 同 「国共内戦史」 三州書房 「満州国軍」 蘭星会 「初期の満州国軍に関する資料」 不二出版 「満州国軍の現況」 同 「北支の治安戦(1)(2)」 戦史叢書 朝雲新聞社 などでしょうか。
>212 日中戦争だけに限らなければ 黄仁宇「蒋介石―マクロヒストリー史観から読む蒋介石日記」(東方書店/1997) ジェローム・チェン「軍紳政権」(岩波書店/1984) 塚本元「中国における国家建設の試み」(東京大学出版会/1994) フィル・ビリングズリ「匪賊-近代中国の辺境と中央」(筑摩書房/1994) 岸田五郎「張学良はなぜ西安事変に走ったか」(中公新書) 渋谷 由里「馬賊で見る「満洲」―張作霖のあゆんだ道」(講談社メチエ) 保坂正康「蒋介石」(文藝春秋) などもあります。 黄仁宇氏は、国民政府軍の士官からアメリカで歴史学者になったという 異色の人物で、当時の軍隊事情をよく知った上での記述は貴重です。 真ん中の3つは、中国軍閥やそれをめぐる問題を考えるには良い本なの ですが、いずれも絶版です(マーケットプレイスに出ているのもあるよう ですが)。 下3つはそれほど値の張らないもので、絶版ではないものとして取り上 げてみました。
>217 その辺の本なら、福本勝清『中国革命を駆け抜けたアウトローたち』(中公新書)が手軽にまとまってて抜群に面白いと思うがどうよ。
>218 でご紹介いただきました本は、私もこの時代を知るのには大変良い本 だと思います。
軍閥について何も知らない俺はどれから読むのがいいの? 入門書を教えて欲しいっす
軍事色は薄めだが、大東亜戦争になってからの中華民国については笹川裕史/奥村哲「銃後の中国社会」もいいですな。
224 :
名無し三等兵 :2008/10/28(火) 22:24:32 ID:J895Td++
ブルガリアの戦車発掘の続報はないですか・・・ 売れたのかな?
>233
>笹川裕史/奥村哲「銃後の中国社会」
確かに。
中国の戦時下の動員体制が、中国の国民に与えた影響について
これだけ明らかにした著書が出版された意義は大きい。
ここ数年来、中国や台湾での日中戦争〜二次大戦期の史料公開
が進んできているので、今まで明らかでなかった状況が一次史料
を使って分析出来るようになってきており、このような著作がさらに
出版される事を期待する。
ちなみに
「1949年前後の中国」
ttp://d.hatena.ne.jp/asin/4762927791/duoyudehua-22 で「銃後の中国社会」の続編というべき、戦後の四川の中国共産党
による食料徴発体制の確立に関する論考が掲載されている。
>225 リンクミス 正しくは >223
保守
芙蓉
ネタがないねえ・・・
230 :
名無し三等兵 :2008/11/29(土) 11:41:34 ID:3mHr8pGq
ネタはないがage
ブルガリ クロアチ /⌒) ___ ハンガリ <===o|_ [ニ:ニ] ,--β .__(,,´Д`)(´・ω・`) _lニニニl_ ソ連軍が中欧まで進撃した事にそろそろ [===:|_ U) ( つ ⊂ノ (゚ Д゚,,) ドイツを見限り始める枢軸中小国達 (,,´・ω)/__ヽ`/==†ヽ つと.ノ | U ( ´・) (・` ) u‐u' u-u ( ) ( ノ フィン `u-u' `u-u' ルーマニ スロバキ
一応、クロアチアは対独戦終結直前までは枢軸国側として戦っているけどね
無理やり付き合わされたハンガリーが気の毒だ。 あと戦後に凄惨な大粛清を経験するブルガリアも。
寝返った後の対独戦で大量の戦死者を出したルーマニアも・・・ 何故か、ルーマニア軍は戦死者数が多い・・・異常に・・・
ブルガリアは裏切る前の枢軸国側だった1942年8月に ブルガリア、イタリアの分割占領下にあったマケドニアで資源争いをきっかけにイタリアと武力紛争を起こしているよ 経過、結果の詳細は自分の持っている資料ではわからない
ブルガリアはソ連に宣戦布告してなくて、ただパルチザンと戦闘しただけだったかな。 でも、イタリアとは武力衝突してるね。 この前、トルコ国境で山ほど発掘された四号戦車はその後、どうなったんだろうか?
ヒトラーのご機嫌をとるために英米には形式的な宣戦布告している。 ルーマニアが寝返った後に西側との講和のために使節を送ったとたん、 無視されて激怒したソ連が宣戦布告してきた。 でそのあとソ連軍の指揮下、多数の犠牲者を出しつつウィーンまで 進撃することになる。
たしか「スターリンの外人部隊」という本に、東欧の小国正規軍の話も出てきたような。
>>237 あってもメンテせずに半世紀以上たったら錆び付いてどうにもならんだろ
ボロボロ崩れるかも
保存状態良好ってことで売りに出されたような
ブルガリアもユニークな存在だよな バルカン戦争ではギリシャ、セルビアと組んでトルコと戦ったが 主力同士の戦いはブルガリアだけがやり ギリシャとセルビアはその間にマケドニアの殆どを分割 それでもブルガリアの取った領土が多いと敗戦国トルコと何の関係もなかったルーマニアまでギリシャ、セルビア側について袋叩きにされ 第一次世界大戦ではオーストリアがドイツが止めるのも聞かずに犬猿の中のブルガリアとルーマニアを同盟側に引き込もうとして見事に失敗 怒ったルーマニアが連合国側として参戦 ブルガリアも最初は良かったが、結局じり貧で敗戦国 二十世紀前半のブルガリアの歴史は哀れ過ぎる
>>240-241 四号戦車は車体と砲塔だけだったけど、四号駆逐戦車はそのまま綺麗な状態で
発見されたのもあったようです。
全体として、長らくトーチカとして埋設されてたので、状態は良いようでしたね。
>>243 引き揚げ回収出来るからアルバニアのコンクリート製のトーチカよりマシだな
最近のアルバニアの現状写した写真かなり見たが
不要になり、再利用不可能な旧トーチカ用のコンクリートの塊がいたるところに散乱していたな
こうなると悲惨な環境破壊だよ
アルバニアの現状はどうんなんだろうか。 欧州最貧国である事に変わりはないだろうけど・・・
◎大戦期のスロベニアの軍事組織・警察部隊の変遷@ ▼部隊編成までの略史 1941年4月:ユーゴスラビアのDrava州(スロベニア)知事のカトリック・スロベニア人民党のDr Marko Natlacenは 独立スロベニア国家委員会を組織し、スロベニア駐留の旧ユーゴ軍を武装解除し スロベニア軍団(Slovenska Legija)として再編成するが、枢軸国に独立は認められず スロベニア軍団は伊軍補助部隊として吸収された 1941年4〜5月:旧ユーゴスラビア・Drava州(スロベニア)は枢軸国に分割された 西スロベニアのLjubljana県→伊のフィウメ県に編入 中央スロベニアのCarinthia県→独のケルンテン州と上クライン州に分割編入 中央スロベニアのStyria県→独の下シュタイエルマルク州に編入 東スロベニアのPrekmurje県→ハンガリーに編入
◎大戦期のスロベニアの軍事組織・警察部隊の変遷A ▼軍事組織の編成 1941年5月:旧ユーゴ軍少佐Karlo Novakはスロベニア・チェトニック分遣隊を組織(性格的には反共親枢軸) 1942年3月:非合法化されたスロベニア諸政党は各々武装組織を編成した ・戦前の「カトリック行動運動」は10000人で前衛大学学生防衛団(Strazari)と戦闘学生団(Borci)を組織 政治組織としてスロベニア国民同盟を結成 ・自由主義者と社会主義者の政党配下にあった1000人の学生組織(Sokol)はSokol軍団(Sokol Legija)を組織 ・小政党群も1000人の国家軍団(Narodna Legije)を組織 これら諸武装組織は1942年9月に義勇反共民兵組織(MVAC)に吸収された
うわあ・・・小勢力が群雄割拠ですか。 こういうのは、まとまらないんですよね・・・
◎大戦期のスロベニアの軍事組織・警察部隊の変遷B ※義勇反共民兵組織(MVAC)@ 1942年5月:伊は編入された西スロベニアでMVACの前身となる郷土防衛隊(Vaske Straze)を組織 別称白衛軍(Bela Garda) 同月:Novak少佐のスロベニア・チェトニック分遣隊640名を編入し、彼等は「死の軍団(Legija Smrti)」と自称した 1942年8月6日:伊はErnest Peterlin少佐指揮下にMVACを編成、兵力は1000人 1942年11月1日:Ljubljanaの治安維持のため、210名のMVAC・Ljubljana保安警備隊を新編 しかし過激な行動により1943年1月に解隊 1942年12月:MVAC兵力4500人に拡大、41個中隊、71駐屯地 1943年2月:MVACは新たに機動緊急追撃隊(3個大隊11個中隊)を新編 第1大隊(Vrnika):主に旧スロベニア・チェトニック 第2大隊(Gorjanci):旧スロベニア軍団、旧Sokol軍団 第3大隊(Mokronog):旧スロベニア軍団、旧Sokol軍団
◎大戦期のスロベニアの軍事組織・警察部隊の変遷C ※義勇反共民兵組織(MVAC)A 1943年2月:伊軍・MVAC混成特殊大隊(Posebni bataljon)4個大隊新編 1943年7月:MVAC、兵力6000人に拡大、107駐屯地 同月:スロベニア国民同盟は将来の連合軍の上陸を予想しMVAC所属の19個大隊でスロベニア国家軍(Slovenska Narodna Vojska)を組織しようとしたが 計画倒れで実現せず 1943年9月:Albin大尉により旧スロベニア・チェトニック60個部隊とMVAC1600個部隊でチェトニック・スロベニア軍を組織 第1Triglav山岳兵旅団 第2Krim山岳兵旅団 1943年9月8日:伊が降伏し、パルチザンがスロベニアに総攻撃を仕掛けてきた 攻撃目標は Turjak城を守る「死の軍団」とKocevjeを守る青色防衛隊 しかしMVACは死守し、パルチザンを撃退した
◎大戦期のスロベニアの軍事組織・警察部隊の変遷D ※スロベニア防衛軍団(Slovenska Domobranska Legija)→スロベニア国防軍(Slovensko Domobranstvo) 1943年9月10日:独軍、伊占領下のLjubljana県を接収し北東伊・アドリア海地域に編入 1943年9月24日:旧ユーゴ軍少将Leon Rupnik、スロベニア防衛軍団を編成 2000名の旧MVAC部隊員で3個大隊編成(第1〜3大隊) 1943年9月30日:独、スロベニア防衛軍団をスロベニア国防軍に改編 Rupnik少将は名目的な最高司令官となり、完全に独警察統制下に入った 実質的指揮はFranc Krener大佐が取った 歩兵63個中隊(1〜7、11〜29、31〜48、51〜56、61〜63、65〜67、71、72、111〜115) 第1〜43中隊→地方守備隊 第44〜115中隊→大隊編成部隊 他に工兵、通信、衛生、業務各1個中隊 砲兵4個中隊 5個装甲列車隊(各隊1両の装甲列車) 1943年10月:第1〜5大隊を編成(内、第4大隊は訓練大隊)
◎大戦期のスロベニアの軍事組織・警察部隊の変遷E ※スロベニア国防軍 1943年12月:徴兵により兵力10500名に増加、改編 第1〜7戦闘団(Bojna Skupina) g 第1〜2訓練団 1944年2月25日:改編 第1訓練団(旧第1戦闘団) 第2鉄道警護団(第4、5戦闘団) 第3作戦戦闘団(旧第2、6、7戦闘団:Kriz突撃大隊、Novo Mesto防衛隊を含む) 1944年5月16日:兵力12000名に増加、改編 4個作戦地域を新設し、各地域に1個突撃大隊を配属 N(北方)作戦地域―第1突撃大隊 W(西方)作戦地域―第2突撃大隊 M(中央)作戦地域―第3突撃大隊(45年3月解隊) O(東方)作戦地域―第4突撃大隊 1944年8月:第5突撃大隊を新編 1945年3月:第6突撃大隊を新編 1945年3月28日:改称 第1突撃大隊→存続 第2突撃大隊→第5突撃大隊 第4突撃大隊→第2突撃大隊 第5突撃大隊→第6突撃大隊 第6突撃大隊→第10突撃大隊 第12突撃大隊を新編
すみません、明日仕事なので今日はこれで打ち止めにします 警察部隊編がまだありますが、また後日upします このソースは前スレに書き込ませて頂いたクロアチア軍編同様 高橋氏の著書「ラスト・カンプフ〜」のブルガリア軍、ルーマニア軍の章と出典は同じです
乙でした。
◎大戦期のスロベニアの軍事組織・警察部隊F ▼警察部隊の編成 1942年 独に編入されたStyria県に居住していた国防軍の徴兵域外の民族ドイツ人105000人を警察任務のSA防衛隊に召集 →下シュタイエルマルク防衛連隊(第1、5機動大隊) 同じく独に編入されたCarinthia県に居住するスロベニア人もSA防衛隊に召集 一部は自衛団(Selbstschutz)の小隊群に編入 【注意】上記のようにスロベニア人に対するナチスの対応は民族ドイツ人と同等である また非ゲルマン系のフィンランド人やワルーン人がゲルマン民族並、エストニア人、ラトビア人、クロアチア人が準ドイツ人並に扱われるなど ナチスの各民族に対する対応は画一的でない 1942年5月〜秋 独憲兵司令部下に7個部隊編成 1942年7月 独及びハンガリー、スロベニア占領区域での徴兵開始
◎大戦期のスロベニアの軍事組織・警察部隊G 1942年11月2日〜43年4月20日:いくつかの郷土防衛隊、旧ユーゴスラビア軍Dravski連隊所属の元憲兵 それに志願者とチトー・パルチザンの脱走兵から下記の機動反ゲリラ部隊(Protibande)5個部隊を編成 ・Martin ・Ludvig ・Frip ・Stefan ・Lux 1943年11月12日:伊降伏後、独占領下となった北東イタリア3県(戦前からの伊領含む)のスロベニア人により スロベニア国家保安軍団(Slovenski Narodni Varnosti Zbou:SNVZ)を組織 総司令官はAnton Kokalj大佐 しかし志願者は僅かだったので多くの兵員は北アフリカで伊軍捕虜になっていていた旧ユーゴスラビア軍の残兵や徴兵でまかなったが 最大兵力時でも2000人を越えることはなかった SNVZは16個中隊からなり、3群に分けられた ・Postojna群(Trieste県) ・Gorica群(Gorizia県) ・Ilirska Bistrica Idria群(Rijeka県) 以上以外にTrieste予備司令部があった
◎大戦期のスロベニアの軍事組織・警察部隊H 1944年1月:上クライン州に独第13、14、25、28警察連隊を配備 スロベニア人1000名で国土防衛隊を組織(SNVZと別組織) ∴1945年5月の時点の兵力は2600名 46駐屯地 他に1個機動突撃中隊 ゲシュタポのErich Dichtlにより 名目的司令官としてSlavko Krekが据えられた 次代はFranc Erpic 実質的指揮はKranjが取った 1944年初頭:また別組織として黒手隊(Crna)を組織 1000人近いパルチザンとパルチザンを支援する市民を拷問して殺害した
◎大戦期のスロベニアの軍事組織・警察部隊I 1944年3月:SNVZに都市警察(Policija)を設立 1944年10月:SNVZ16個中隊を4個大隊からなる第1スロベニア沿岸突撃連隊に改編 1945年1月:SNVZ司令官Kokalj戦死 SS少佐Georg Michalsenが指揮代行 1945年2月:SNVZに村落警察(Orzniski Zbor)を設立 1945年初頭?:SNVZに予備警護隊(Rezavna Dezelna Brama)を設立 Sinkovec少佐指揮下で鉄道保安業務を補助 1945年4月:SNVZ司令官にJanko Debeljak少佐が就任 1945年5月時点のスロベニア警察部隊編成 ・Ljubljanska師団―スロベニア国土防衛隊 ・Gorenjska師団―下クライン国土防衛隊 ・Primorska師団―SNVZ 警察部隊総司令官はKrener少佐 部隊名は「師団」だが、当然ながら実際の兵力規模は連隊より小さかったと思われる 1945年5月3日 Primorska主力→Gorizia付近に進出してきた英第8軍に投降 LjubljanskaとGorenjskaは南オーストリアへ撤退したが、連合軍によりチトーに引き渡され 強制収容所に収容後、虐殺された
259 :
名無し三等兵 :2009/01/03(土) 23:51:24 ID:F1R+Omk+
スロベニア編up完了しました
>北アフリカで伊軍捕虜になっていていた旧ユーゴスラビア軍の残兵 これまたなかなか複雑だね。
262 :
名無し三等兵 :2009/01/04(日) 02:33:35 ID:ebuc/NZj
>>259 出典は洋書ですか? 「ラスト・カンプフ〜」に載ってる?
263 :
名無し三等兵 :2009/01/04(日) 19:26:18 ID:iXQpQRd6
やはりチェコは外せないだろう
265 :
名無し三等兵 :2009/01/05(月) 01:46:21 ID:nbym2Jv5
クロアチアの軍規模で元帥位があるとは意外。 ハンガリー・ブルガリア軍は大将までなのに・・・
Munoz乙
ラトビア義勇軍団「LATVIAN LEGION」という本をたまに和訳しながら読んでいるのだが 武装SS第15擲弾兵師団と武装SS第19擲弾兵師団ではかなり練度に差があるみたいですね 後者は師団編成は後になりますが、元はレットラントSS義勇兵旅団で 既に42年7月に後に同旅団第1大隊となるレットラント第21警察大隊が レニングラード包囲陣南西端の重要地点Urilsk〜Ligovski運河の防衛に投入され見事に任を果たすのですが
>>267 について参考までに
╋部隊別騎士十字章受賞者数
〇武装SS第15擲弾兵師団
第32擲弾兵連隊 1名
計 1名
〇武装SS第19擲弾兵師団
(第2レットラント義勇兵旅団時代 1名)
第42擲弾兵連隊 3名
第43擲弾兵連隊 2名
第44擲弾兵連隊 2名
第19軽擲弾兵大隊 1名
第19師団訓練学校 1名
計 9+1名
╋部隊別黄金ドイツ十字章受賞者(騎士十字章受賞者を除く)
〇武装SS第15擲弾兵師団
第33擲弾兵連隊 1名
計 1名
〇武装SS第19擲弾兵師団
第42擲弾兵連隊 4名
第43擲弾兵連隊 3名
第44擲弾兵連隊 3名
第19軽擲弾兵大隊 1名
計 11名
保守。
>>268 19師団の方は43年に編成されたドイツの一般歩兵師団に比べても遜色ないね
第15師団だってベルリンで最後まで頑張った部隊がいるのにー
チェコスロバキア保守
ブルガリア保守
グルジア人大隊保守。
ラトビア人は勇敢だと思う ラトビア人の15歳の少年空軍補助隊員が二級鉄十字章だけでなく、腕に戦車撃破章の腕章着けてる写真あった
保守
IV号戦車J最後期型(リターンローラー3つのやつ)って ルーマニアとかブルガリアとかにソ連から払い下げられたのが結構あるね
279 :
名無し三等兵 :2009/02/06(金) 23:44:54 ID:swwmAIWY
保守
そういやルーマニアはほとんどドイツ軍の手を借りずにオデッサを奪取したんだよね
ニムロッド対空戦車ってドイツ軍でも使えそうだな
>>231 …見覚えあると思ったらこのAA俺が昔スターリンスレかWW2ソ連スレのどっちかに投下した奴だ。懐かしい
>>281 その快挙の代償は膨大な数の死傷者か…orz
ドイツ・ルーマニア混成にする案があったのをルーマニア側が断ったからなぁ。 素直に提案を受けていりゃよかったのに。
>>283 ただ一部資料による34万人投入は兵力が過大すぎる
オデッサのような中規模都市ではそんな大兵力は展開出来ないからね
>>284 ドイツ軍は市街戦に強い突撃工兵1個大隊を増援として派兵してるみたい
しかし、ルーマニアはオデッサ戦車ごときに翻弄されてますが。
>>286 まあ、そこまで言うなよ
ルーマニアなんて所詮、外征用の軍組織、装備でなかったし
独力でオデッサを陥落させた事実だけ取ればいいんじゃないの?
他の欧州枢軸国でドイツ軍の手助けなしに大国相手に外征で領土奪取出来たのは
このルーマニアのオデッサ地区制圧とイタリア軍の英領ソマリランド制圧ぐらいだろ
冬戦争に善戦したフィンランドの場合は基本国土防衛戦だし
ルーマニア軍の戦死者は異常に多い。 何故だろう?
自動火器に守られた場所を、一次大戦とそう変わらない攻め方すればそうなるのでは?
ブルガリアが対ソ戦に加わらずパルチザン掃討やってて本当に良かったな…対独戦はやらざるを得なかったが
でも米英(とギリシャとユーゴ)には宣戦布告したから講和会議では敗戦国なのよね
>>288 それはルーマニア第4軍全体の損害では?
オデッサ攻略戦に参加したのはルーマニア第3軍団の歩兵4個師団と機甲1個戦闘団のみだよ
ルーマニア第4軍12個師団16万人の約3分の1だから5万弱の兵力と見ていいだろう
対するソ連軍はオデッサに8万6000で対海軍艦艇用の大口径沿岸砲を有していた
もしドイツ軍がさらに突撃工兵2個大隊と突撃砲大隊を増援してくれたらもっと楽な展開になっただろう
キエフ中心にソ連軍は南方戦区へ兵力集中させてたからドイツも余裕無かったんだな
「ドイツの手を借りなかったのが偉い」のに「もっとドイツが手を貸してくれていたら」って・・・まぁいいけど
保守
ルーマニアのIAR80は名機
ルーマニア軍の兵器は良い味を出していますね。 TACAM T60とかTACAM R2とか・・・
数年前の某東欧パブのMというルーマニアの嬢も名器だったなぁ
確かにルーマニアは小国ながら良いもの持ってる また、ハンガリーはミッキーマウス作戦とかオモロい SSの外人部隊も興味深い、制服も違うしな
ブルガリア・・・(;;)
クロアチアも頑張った方だが、スロバキアは空軍以外はあまり活躍していないな というより裏切りが多かったみたいだ ブルガリアは枢軸側の時でさえイタリアと武力紛争起こしたりしていたからイマイチ 二次にわたるバルカン戦争や第1次世界大戦では奮闘したんだが
ブルガリアはねえ・・・ 枢軸国と「しか」、戦争してないからねえ・・・
逆に考えるんだ。ちょび髭の誇大妄想&暴走から距離を置くことに成功したと。 ドイツ視点だけで見るのは良くない。
何言ってるかよく意味がわからんのだが 数少ない良スレなんだからおとなしくしてくれないか
ユーゴとギリシャじゃパルチザン掃討に八面六臂だったけどな。
旧枢軸国で終戦後、大戦前と比べ領土を削られていないのは結局ハンガリーだけか まあハンガリーの場合は大戦前が削られすぎだったけどね
308 :
名無し三等兵 :2009/02/27(金) 17:38:34 ID:qK6M6ty9
>>307 大戦直前にチェコスロバキアから奪ったルテニアを
戦後ソ連に取られてる。
>308 あれ、ポーランドも火事場泥棒的にスロバキアあたりで掠め取ってるんだよな。
チェコ北東部のシュレジエン地方の一部だべ
細かいことをいえば、 第一次ウィーン裁定で南スロバキアとルテニアをチェコスロバキアから得て、 第二次ウィーン裁定でルーマニアから上トランシルヴァニアを得た。 その後対ユーゴ戦に加わってスロヴェニア北東部とボイボディナを得る
>>310 チェシン工業地帯だよ
第一次世界大戦後に侵攻不法占領したオーバーシュレージェンとともに
農業国ポーランドの数少ない工業地域となった
チェシンの帰属は戦後もチェコスロバキアともめた
>>311 枢軸ハンガリーの最大形態は、なんかアメーバがあちこちに足を伸ばしてるみたいだよね。
世界史の教科書とか資料集で、オーストリアやチェコを併合したナチスドイツの膨張を表す地図に ちゃっかり載ってるんだよな、ハンガリーの膨張具合も。ハンガリーに対する解説はまったく無いけど。
ポーランドがチェコ分割の共犯でした、ってのもあまり説明されないな
316 :
名無し三等兵 :2009/03/01(日) 12:13:35 ID:FfhDlx29
>>314 お前の読んでる入門書に書いてないだけだろ、高卒野郎。
大学に教科書や資料集は無いだろ・・・
セルビア救国政府保守
ミラン・ネディッチだっけ?
保守
ベルギーってWW2の最大軍艦が河川砲艦ってマジ?
>>321 となると植民地コンゴまでの補給や人員は一般商船使ってたのか
ベルギー海軍は、WW1後に廃止されてました。沿岸警備は陸軍管轄下。
おそらく最大艦は漁業保護艦「ジンニア(Zinnia、百日草)」でしょう。
WW1時の英軍フラワー級スループ「ジニア」の後身で、排水量1200トン。
ただし武装は大幅に軽減されてて、機銃少数だけであったようです。
http://cgi.ebay.com.sg/1940s-PC-Belgium-Sloop-Zinnia_W0QQitemZ160109140039QQihZ006QQcategoryZ921QQcmdZViewItem ドイツ軍に鹵獲され大改装、「バーバラ(Barbara)」として使用され、戦後に返還されてます。
WW2後には艦名を「ヤン・ブレイデル(Jan Breydel)」と改めました。
ほかにWW1型のドイツ水雷艇2隻も、漁業保護艇に改装して使ってました。
やはりドイツ軍に接収されますが、うち1隻は1943年に老朽化で除籍されてます。
あとは帆走練習艦(1200トン)くらい。
国際情勢が怪しくなってくると、1939年9月に海軍が復活しました。
アントワープ、ブリュッヘ、オステンドに3個の水上部隊が編成されてます。(
>>322 参照)
紙上兵力は600名強でしたが、実数は1940年春でも充足率1/3程度だったようです。
主力艦と呼ぶべきは、大戦勃発時には王室ヨット「アルテヴェルデ(Artevelde)」を建造中で、
王室ヨットといっても、実態は1600トン・30ノット弱・4インチ砲*4+機雷120個の高速敷設艦です。
未完成のままドイツ軍に接収されて、1943年に「K4」の名で就役。これも戦後に返還されてます。
亡命海軍は英軍からコルベット2隻、機動掃海艇9隻の供与を受けてます。
326 :
321 :2009/04/08(水) 20:36:36 ID:???
保守
良スレッド保守
保守
Unko is bitter and creamy and delicious.
Unko is bitter and creamy and delicious.
334 :
名無し三等兵 :2009/06/11(木) 23:13:20 ID:BzgMJWg/
ヒトラーやムッソリーニと違ってアンテ・パベリッチとかアントニオ・サラザールは一般的な知名度がないよな 知り合いの歴史興味ない女に聞いたら 「アンテ・パベリッチ?あのヘリウム吸ったような声の人? アントニオ・サラザール?ハンモックから落ちた人だよね?」 一般人はそれくらいの知識しか持ってないのが現実
>>334 いや、それでも充分、一般人以上の知識があるような。
一般人は、そもそも名前を聞いても、何やっていた人かだなんて分からないし。
>>334 サラザールって聞いたら、まずバイオ4のいかす敵役思い出しちゃうな
保守
339 :
名無し三等兵 :2009/06/27(土) 03:59:57 ID:WBZFdaAI
スペイン内戦って、一体何百万人程死傷すてるんだろうな。 恐らく連合国・ソ連は、独伊の捕獲兵器をフランコ側へ水面下で供与すたものと思われる。
あぼーん
>>339 >恐らく連合国・ソ連は、独伊の捕獲兵器をフランコ側へ水面下で供与すたものと思われる。
ソース
1943、44のクソ忙しい時に、独伊にそんな他国に供与出来る余裕あるか。 市民側じゃなくてフランコ側が勝ってるんだぞ。
供与すますた
確かに、日立の木と同じ位気になるねw
1936〜39だお。 間違えてるお
二次大戦が始まる前に終わったスペイン内乱の間に、 連合国・ソ連が独伊の捕獲兵器をどれだけ持ってたんだ?って話に。
死傷すますた
うほっ、いい国 やら 戦争ないか
保守
保守ピタル
保守ピタル
期待保守
ネタがない・・・
コミケで中小国本でいいのが出てたら教えてください
>>354 戦間期のポーランド海軍というのが出てたぞ。新刊じゃないかもしれんが。
>>355 それでいて、「ちゃんと投票に来る人」が多いんだろうなw
>>356 ポーランドなんかいらねぇよ
どうせボロクソに負けて終わってるんだから
359 :
名無し三等兵 :2009/08/20(木) 15:47:53 ID:KgsUbrRI
第二次大戦前のデンマーク軍の編成ってわかります? かなりマイナーですが 偶発的銃撃以外国王が交戦を認めなかったため実質戦ってないですけど そういやデンマーク軍は1864年のシュレスヴィヒ・ホルシュタイン戦争以来武力衝突に至ったのは 90年代のボスニア駐留デンマーク軍戦車部隊がセルビアの戦車部隊に仕掛けられ応戦したことだけですよね この時は数的優位だったセルビアのT-55戦車部隊がデンマーク軍のレオパルト1A3戦車部隊に一方的発砲 デンマーク軍のレオパルトが反撃して無傷で敵のT-55部隊を壊滅撃破したという 130年ぶりの戦いに勝利とは見事だけど
ほほう・・・ ボスニアでデンマーク軍は頑張ったんですね。
362 :
名無し三等兵 :2009/08/31(月) 17:08:10 ID:Tt+kPD4G
ほう〜、ロシア戦車の糞ッぷりが分りますね。
レオ2ならともかく、レオ1A3じゃ確かにな。
365 :
名無し三等兵 :2009/09/05(土) 22:41:12 ID:OtlVWDtu
WW1にデンマークは中立だったのに、どうしてドイツはデンマークに シュレスヴィヒ・ホルシュタインを割譲させられたの?
民族自決原則に従ったから つかポーランドやリトアニアなんて中立どころか存在すらしてなかったが
敗戦国の首を締めあげるのは歴史の常
弱小なのかはさておき、ノルウェーてかなり善戦してる気がする。 皆知ってる事を語るのはおこがましいけど、北欧侵攻時にドイツ海軍艦艇に大損害を与えたのはあっぱれ。 あんまり無学なんで沿岸要塞から魚雷発射してたの知った時は「秘密兵器か!」と思ったw
1980年代のコンバット・マガジン誌の記事で、ルガーP08を現役(!!)で使ってたくらいだし、弱小なのは間違いなかろうノルウェー軍。 …あれ回収して売りに出せば、新品のブローニングHPをいくらでも買える気がしたが、どうなったのかなあ。
対独抗戦日数 ・ポーランド:29日間 ・フランス:39日間 ・ベルギー:19日間 ・オランダ:4日間 ・ノルウェー:63日間 ・デンマーク:4時間
デンマークは国王が直ぐに交戦しないように各部隊に命令したからだよ 連絡が間に合わなかった部隊もあるけど 例え交戦不許可命令出さなくてもそんなに長期間抵抗出来ないと思うが
>>369 北欧は物持ちがいいんだなあ。
ノルウェーて国土は細長いわ隣は中立国、しかも英仏派遣軍がまがりなりにも居たから63日も持ったんじゃないかな。
フランスの方が短いと言うのはさもありなん、て思うが。
>>369 一時期軍装品屋にノルウェー軍用戦後型P08ホルスターが大量に出回ったな。
裏が米軍式ベルトフックになってるだけで、表から見ると戦時独軍用と変わらない。
今でもアメリカの通販サイトを探すと、フックを外してループを縫い付けた物が時々売りに出てる。
銃も放出されたが程度の悪い物や共食い整備品が多く、部品取り用としてビンテージガンパーツ業者に渡った様だ。
比較的程度の良い物は2000$〜程度でそのまま市販され、今でもたまに見かける。
>>368 たしかあの魚雷はドイツ製で物凄い年代物。
第一次大戦当時のシロモノだったような。
それで効果発揮できたんだ。 ドイツ側にとってはちょっとした皮肉。
>>369 MP40が現役で使われMP5と交代しつつあるってあったヤツだな
20数年前の魚雷では、年代物って程ではないんじゃないか?
後の独潜水艦の魚雷不発を考えれば対照的で面白いな
>>374 ふ〜ん
それにしては連合国の商船、Uボートに沈められすぎだろ
魚雷でなく積載された88mmで沈めた?それとも手で敵の船底にドリルで穴を開けたとでも言うのかw
>>377 WWIIじゃないが、フォークランド紛争でイギリスのSSNコンカラーがアルゼンチンのCLベルグラーノ(元はアメリカのブルックリン級)沈めたのもWWIIの在庫のMk.8だったしなあ。
つまり>369的に言えば80年代初頭の英軍が弱小なのは確定的に明らか、と
382 :
名無し三等兵 :2009/09/29(火) 06:01:37 ID:cTOzckdK
保守
ブルガリアで大量に発掘されたドイツ軍装甲車両のその後、 続報はありませんか?
未知との遭遇みたいに何処ぞの戦場で消えた戦車部隊が、人里離れた場所に突然出現! ならよかったのになあ
死んだ事になってる、時代遅れの人間も大量に出てくる訳かー 社会復帰の費用なんか大変だろうな。
復興しつつある故郷の家族を一目見るために、玉砕した部隊が一晩だけドイツに帰ってくるんだよ。 きっと。
デグレルとワロニエ(ワルーン)人部隊を詳細に語ってくれる輩出てほしいな デグレルはyoutubeでも投稿数の多い訴追を逃れ戦後も生き残ったファシストの超大物だからな (とは言っても本国ベルギーでは欠席裁判で死刑判決出てるけど) ただそのベルギーのテレビ局がデグレルに直接インタビューしたやつがyoutube載ってるのには唖然 デグレルの著作も海外のamazonで好評価出てるのも意外だ
388 :
名無し三等兵 :2009/10/22(木) 23:12:55 ID:+gcSTW6G
保守
>>389 知らないな、出来たら詳細を教えて欲しい。検索してもヒットしなかった。
「サイパンから来た列車」で健作 。
もしくは「姿なき一〇八部隊」で健作。
中国やブラジルなんかを中小国というのは違和感がある
スペイン内乱〜第2次世界大戦期の中小国の兵器生産企業と国産兵器一覧 《オランダ》 〈フォッカー社〉 D.]]Tフォッケル戦闘機→フィンランドへ輸出 D.]]V戦闘機 G.I.A戦闘爆撃機 C.V.E攻撃機→デンマーク、ノルウェー、イタリア、ハンガリー、フィンランド、スウェーデン、スイスに輸出 T.5攻撃機→大戦勃発後、ドイツ本土のワールハーベン空港を爆撃し、独空軍機30機を撃破した 〈ファンダーン社〉 M39装輪装甲車 《ベルギー》 〈アビオン・フェアリー社〉 フォックスMk.YC複葉複座戦闘機 《ユーゴスラビア》 〈イカルス社〉 IK―2戦闘機→クロアチア独立国空軍で使用 〈ロゴジャルスキー社〉 IK―Z戦闘機
《チェコスロバキア》 〈アビア社〉 B―534複葉戦闘機→ギリシャ、ユーゴスラビアに輸出、スロバキア空軍、ブルガリア空軍で使用 S―231複葉戦闘機→スペイン共和国政府に輸出 S―328複葉攻撃機→スロバキア空軍、ブルガリア空軍で使用 〈アエロ社〉 A―100複葉攻撃機 Ab―101複葉攻撃機→スペイン共和国政府で使用〈タトラ社〉 OAvs.30装輪装甲車→スロバキア陸軍で使用 〈CKD/スコダ社〉 LT―34軽戦車 LT―40軽戦車 LTvs.35軽戦車→ドイツ陸軍で使用 LTvs.38軽戦車→ドイツ陸軍で使用 ヘッツァー駆逐戦車→大戦期に同社で開発、ドイツ陸軍で使用 《フィンランド》 〈VL社〉 ミルスキーU戦闘偵察機 メルケーモラーニ戦闘機→エンジンは捕獲したソ連製クリモフM105P 〈?社〉 BT―42支援戦車→車体はソ連製BT―7快速戦車、主砲はイギリス製4.5インチ砲 ランズヴェルクアンチU対空戦車 →車体はスウェーデン・ランズヴェルク社製L60軽戦車、砲はスウェーデン・ボフォース社製40o砲
《ハンガリー》 〈MAVAG社〉 ヘシャーM戦闘機→イタリア製RE2000セリエV戦闘機に自社製エンジン搭載 39Mチャバ装輪装甲車 トルディT軽戦車→車体はスウェーデン・ランズヴェルク社製L60軽戦車、砲は国産 トルディU軽戦車 トルディUa軽戦車 トルディV軽戦車 〈ガンズ社〉 40MトゥラーンT中戦車 41MトゥラーンU重戦車〈マンフレート・ヴァイス社〉 ズリーニイU突撃砲 ニムロード対空戦車 →車体はスウェーデン・ランズヴェルク社製LVKV40対空戦車を改良、砲はスウェーデン・ボフォース社製40o砲 《ルーマニア》 〈IAR社〉 IAR80戦闘機 IAR81戦闘爆撃機 JRS79B爆撃機→エンジンはドイツ製ユモ211系 〈プラガ社〉 R―1軽戦車 R―35/45軽戦車→車体はフランス製R―35軽戦車、砲はソ連製45o砲 〈レオニーダ社〉 TACAM・T―60対戦車自走砲 →車体はソ連製T―60軽戦車、砲はソ連製76.2o砲、装甲板はソ連製BT―7快速戦車のを流用 TACAM・R―2対戦車自走砲 →車体はチェコスロバキア製LTvs.35軽戦車(R―2軽戦車)、砲はソ連製76.2o砲、装甲板はソ連戦車のを流用
397 :
名無し三等兵 :2009/11/14(土) 11:46:49 ID:3p7txmPU
《スペイン》 〈イスパノ社〉 ニューポール52複葉戦闘機→基本機体はフランス製NiD42 HA―1109―J1L→機体はドイツ製Bf109G―2、エンジンは国産HS12Z HA―1112―M→機体はドイツ製Bf109G―2、エンジンはイギリス製マーリン500
スペインのVerdeja戦車があるね。 1型と2型、自走砲型。 あと、大英帝国傘下の国々が独自兵器をいろいろ作ってるのも、けったいなのがおる。
>>65 >地面に半分埋まったまま残るパンツァーW戦車
独特な表記だな
>>394 追加
《スウェーデン》
〈ランツベルク社〉
L―60軽戦車
Strv m40軽戦車
Strv m42中戦車
追加 《スウェーデン》 〈スカニア-バビス社〉 SKPF m/42装甲兵員輸送車 《カナダ》 〈モントリオール・ロコモーティブ社〉 ラム巡航戦車 セクストン自走砲 ラム・カンガルー装甲兵員輸送車 〈カナダGM社〉 オッター軽偵察車 〈不明〉 スキンク対空戦車 リンクス・スカウトカー 《オーストラリア》 センチネル巡航戦車 《南アフリカ》 南アフリカ装甲偵察車 《インド》 インド型装輪装甲キャリアー
>>402 オーストラリアには、CA-12なども加えてやって、いいんじゃないかな?
おお、資料出してくれた人おつ
これは次スレからはテンプレ入りだな
追加ー
《スウェーデン》
〈スカニア-バビス社〉
Stvr m/41 →チェコスロバキアTNH-Svのライセンス生産品
Sav m/43 →Stvr m/41の台車に105mm砲を搭載した突撃砲
〈オスカーシャムス・シップヤード〉
Stvr m/37 →チェコスロバキアAH-WSvをノックダウン生産
〈サーブ社〉
サーブ J21 戦闘/攻撃機 →エンジンはDB605B。推進式の為、射出座席搭載。
〈航空庁国立工場〉
FFVS J 22 戦闘機 →P&Wツインワスプを無断コピーして搭載。戦後にライセンス料支払い。
>>403 これか?
《オーストラリア》
〈コモンウェルス社〉
CA-12 ブーメラン 戦闘機
407 :
名無し三等兵 :2009/11/17(火) 22:10:25 ID:EUbLg7UT
>>401 >《南アフリカ》 南アフリカ装甲偵察車
マーモン・ハリントン装甲車のこと?
>>407 MkUからその会社の四輪駆動システムを使ってたんでそう呼ばれてたみたいだけど、
MkTは4駆でなく、MkWFは他社の4駆システム積んでるんで、全部をそう呼ぶのは違うんじゃなかろうか。
ちょ ブーメラン戦闘機
ブーメラン戦隊
ブーメラン戦闘機は、秦郁彦の第二次大戦航空史話に出てきたな ・・・とおもって見返したら、前身のCA-3ウィラウェイの話だった。 ウィラウェイはテキサン練習機系の豪州ライセンス型で、755機生産。 固定機銃も持ってて、爆装可能な多用途機として配備され、一部では防空任務まで負っていた。 ラバウル空襲でも日本の機動部隊機と空戦になって、あっさりと6機を失った。しかたないわな。 そんでも、1942年末に零戦1機撃墜を記録しているそうな。実際はどうだったのかわからん。 ニューギニア戦線での直協任務には便利だったようだ。 オーストラリアが国産戦闘機を作ろうとしたときには、 このウィラウェイが、製造技術のある機体では一番戦闘機に近かったので、原型機に選定。 そんでもって単座化など所要の改設計をして完成したのが、CA-15ブーメランというわけ。 P&WのR1830ツインワスプ1200馬力で最高時速480km、武装は20mmが2門と7.7mmが4門。 1943年半ばから本格的な部隊配備が始まったものの、 この性能では第一線戦闘機としての出番はなく、ウィラウェイに代わって直協機として使用。 撃墜記録なし。えーウィラウェイだってゼロを撃墜してるのに、戦果ゼロだって。
スウェーデン、オランダは自前で軍艦作ってたような気がする 戦前ならオーストリアもダイムラー装甲車を自主開発して作ってたよね→後にイギリスで(ライセンス?)生産されるけど エストニアやラトビアもハンガリー、ルーマニア以上のそこそこの工業力技術力あるから潜在的兵器開発能力はあったと思う でも人口やその財政規模からしては他国製兵器を輸入した方が費用対効果考えれば妥当だろうね
414 :
名無し三等兵 :2009/11/18(水) 22:31:24 ID:z2umSNc0
>>412 オランダは軽巡クラスなら国産してるよ。
蘭印に配備されて日本軍に全部沈められてるが、
デ・ロイテル,ジャワ,トロンプ、他にも駆逐艦あり。
オーストリアは8輪装甲車ADGZを国産してる。
その後ドイツ警察軍が使用してる、ユニークな外見でいい感じ。
>>394 アルゼンチンを忘れないで下さいな
《アルゼンチン》
ナヒュール中戦車→アルゼンチン陸軍が使用
あとポーランドって「中小国」かな?
>>412 イギリスでオーストロ・ダイムラーの装甲車を生産した事なんてあったか?どの装甲車?
イギリスのダイムラーと(自動車の世界では英語読みの「デイムラー」と表記する場合が多い)
オーストロ・ダイムラー、ドイツのダイムラー・ベンツはそれぞれ全く別の会社だぞ?
社名が同じダイムラーだからって混同してないか?
オーストロ・ダイムラーには設立したのがダイムラー・ベンツ創設者の一人ゴットリープで、
初代社長はゴットリープの息子パウルだというダイムラー・ベンツとのつながりがあるが、
製品はダイムラー・ベンツのライセンス生産ではなく開発設計から独自の物だ。
デイムラー(ダイムラー)はダイムラー・ベンツ船舶エンジンのライセンス生産権を購入した
イギリス企業で、初期にダイムラー・ベンツ設計エンジンを英連邦内限定製造販売していた以外に
ダイムラー・ベンツとの関係はなく、契約が切れた後は独自設計の製品しか作っていない。
ましてやオーストロ・ダイムラーと関係があった事は一度もないと思うんだが。
>>412 スウェーデン海軍航空巡洋艦ゴトランド(水上航空機11機搭載可能)
ラトビアはVEF社が近代的な単葉軽戦闘機イルビティス16を開発している
《スイス》 〈EKW社〉 D27パラソル葉戦闘機 C35単葉半複座戦闘機 C36戦闘機 〈ドフルク社〉 D3801戦闘機 D3802戦闘機
第一次大戦後、トリアノン条約で兵力を35000に制限されたハンガリーがルーマニア、チェコスロバキアの侵略に善戦したけど 1930年代前半のチェコスロバキア以南バルカン諸国の軍備わかりますか? 当時はフランスを後ろ盾にしたチェコスロバキア、ルーマニア、ユーゴスラビアの小協商と それに対抗するイタリアがイニシアチブをとるオーストリア、ハンガリー三国協定国が対立してたけど もしナチスが政権を取れなかったと仮定するとこの小協商国と三国協定国が武力衝突する可能性が高かったと思う オーストリアとハンガリーは軍隊は制限されていたが 南スロバキアとトランシルバニアにはマジャール人が ユーゴスラビアには反政府的なクロアチア人がいるから互角になるだろう
>>420 ハンガリーって条約守ってたの?
例えばオーストリアは条約潜脱して、軍備増強してたけど。
少なくともベトレン内閣時代は守ってた筈。それで軍部の反感を買ってたから。 ポロンスキの本によれば、ハンガリーの軍需生産は三つか四つの工場に集中してて 連合国による監視の目を逃れるのが難しかったそうな。 でもゲンベシュ内閣以降はどうだかわからんな。
ハンガリーの戦車開発姿勢は立派だな。 有り物の技術で何とかして世界の趨勢に付いて行こうという危機意識の持ち方が凄い。 悲しい程貧弱な工業力のせいでそれを活かせなかったが。技術者達は無念だったろうな。 スーパー・ウルトラ・ハイパーLTvz35たるトゥランIIIはついに実戦投入かなわず、 無理やりな連装エンジンを除いては世界の一線に並ぶタスの試作車は空襲の露と消えた。 主力はドイツ製戦車に頼る事にはなってしまったが、 それでも最後まで自主開発に挑み続けた敢闘は永久に誇っていいと思う。
>>423 地理的に考えて、強力な戦車が無いと死ねるからな。
そういう無駄な野望のせいでドイツに付け込まれて国土がズタボロなのは褒められない
ひょっとしてハンガリー人ってメカ好きなのかね? 骨董屋でハンガリー製のブリキ玩具をいくつか見た事があるが、 ギミックが驚く程凝ってた。
このスレの住人にお聞きしたいのですがトゥランIIIって何故キューポラ(らしき物)が付いたんでしょうか? 戦車長の視界を広めるためにキューポラを付けたなら左右にもペリスコープがあってもいいと思うのですが 海外のイラストを見ると(トゥランIIIの鮮明な写真が無いので)前後左右にスリットやペリスコープがある 日・独・ソ連などの戦車と違ってトゥランIIIには前後にしかペリスコープが付いてません。 ひょっとして砲尾が長くなったから戦車長の位置が後ろにずれて砲塔のリングよりも後ろにはみ出したから 砲塔の中に戦車長を収めるためにキューポラらしき物をつけて高さを稼いだのでしょうか?
>>427 あんまり資料がないし内部配置がわかんないんですが、あのキューポラもどきはIから付いてます。
IIでもどき前面が砲塔ほぼ前端までつながる傾斜装甲の大きな構造物に変わり、
IIIで更にその構造物上に新しいキューポラもどきが乗る形になったと。
側面から見ると車長定位置はどの型もターレットリング内に収まってます。
推測するしかないんですが、Iは砲塔シルエットを低くしたいが為に(実際すごく低い)
装填手の作業スペースを避けて車長だけ段違いにしたんじゃないかと。
IIはここが狙われ易かったので傾斜装甲を付けて防御を強化したと。
IIIは弾薬と砲尾が大型化したのでまたスペースが足りなくなり、
もう一度車長を高く上げなければならなかったんじゃないかと。
そんなら砲塔自体を高くすればいいじゃないかと思いますが、
生産治具の関係で外形寸法を大きく変えたくなかったと云う様な事情があったのかも知れません。
マジャール語が分かれば調べが付きそうな気もしますがハードル高過ぎ。
>>428 427です。詳細なレスをありがとうございます。車長の位置は収まってたんですね。
しかし、指摘の内容を考えるとトゥランって無茶しすぎるIV号戦車の様な戦車ですね。
40mm砲から75mm砲へ、しまいには長砲身を搭載してしまう為に砲塔内部の状況が
どんどん変わってもハンガリーの工業力じゃ根本的な改良は不可能ではないにしても
今すぐに形にするのは無理だったんでしょうね
マジャール語…マスターして資料にありつける日はいつの日か(w
トゥランはどこか九七式〜一式〜三式の生い立ちと似た所があって興味深い戦車です。 最後の発展型が間に合わなかった所まで。ただ目指したものが違った。 武装選択に一貫した筋が通ってます。最初から60mm装甲を選んだのも見事。 IV号戦車よろしくシュルツェンを纏った姿は鎧武者の様で中々格好いいと思うんですが。
イタリア製カプロニCa310 : 当時の先端技術を導入した一線機。 ペルー16機、ノルウェー4機、ハンガリー36機、ユーゴスラビアが12機を購入。 ノルウェー:購入時 自国の軍部増強が大変な中でこんな新鋭機を売ってくれるだなんて! しかも外貨じゃなくて塩鱈と交換でも良いとは… ありがとう、イタリア! ノルウェー:導入後 塩鱈損した… ハンガリー購入分は、40年に33機がにイタリアに戻された。 ユーゴスラビアは問題点を克服!?し、改修型Ca310bis、後継機Ca311を別途購入。 なにげに凄い。
>>394 〜の追加と訂正
《オランダ》
〈フォッカー社〉
D.XXI戦闘機→フィンランドのほかデンマークにも輸出。本国でも使用。
ほかに
フォッカーC.X
フォッカーT.VIII など多種。
〈コールホーフェン社〉
FK-51→スペイン内乱で共和国軍に輸出。本国でも使用。
FK-56→開戦時生産が始まったばかり。少数使用?
FK-58戦闘機→フランスに輸出。
《ベルギー》
〈SABCA〉
ルナールR31→パラソル翼の偵察機。
〈ファミユルー製作所〉
ヴィッカース・ユーティリティー・トラクター→ライセンス生産。本国で使用、およびオランダ東インドに輸出。
T-13自走砲→英ヴィッカース社車体に自国製47mm砲搭載。T-13B3は車体もライセンス生産?
《ユーゴスラビア》 〈ロゴジャルスキー社〉 IK―Z戦闘機 ……「IK-3」の間違いでは? PVT→複葉の練習機 SIM-X IVH→双発双フロートの水上機 〈王立航空機工場〉 ドルニエDo17K→ライセンス生産 《チェコスロバキア》 〈アビア社〉 B-35→低翼単葉の試作戦闘機。 B-135→B-35の生産型。ドイツ占領下で作られ全機ブルガリアに輸出。 B-71→戦前ライセンスを取得して生産したツポレフSB-2。スロバキア空軍でも使用。ブルガリアにも輸出。 装甲車、戦車の年式は「vs.」ではなく「vz.」のはず。(OA vz.30、LT vz.35など) 《フィンランド》 〈VL社〉 フォッカーC.X フォッカーD.XXI それぞれライセンス生産 ランズヴェルク・アンティII対空戦車は生産ではなく、砲はすでに輸入して持っていたので車体のみ輸入しただけ。車体はL60軽戦車とは別設計。
《ハンガリー》 〈MAVAG社〉 ヘシャーM戦闘機→読みは「ヘーヤ」では? ヘーヤIがイタリアからの輸入品でヘーヤIIがハンガリー製ノーム・ローン搭載のライセンス型のはずで、Mという形式名はあったっけ。 トルディT軽戦車→一応他と合わせて書くと38MトルディI。砲はライセンス生産のソロータン。 トルディU軽戦車→38MトルディII トルディUa軽戦車→38MトルディIIa。40mm砲に換装。 トルディV軽戦車→43MトルディIII 〈ガンズ社〉 ニムロード対空戦車→車体は基本ランズヴェルクL-62(アンティII)で砲塔を改設計。砲はボフォースのハンガリー国内ライセンス生産品。 《ルーマニア》 〈IAR社〉 IAR80/81→機体後半のフレームはライセンス生産していたポーランドPZL P-24戦闘機の流用。 IAR37/38/39→単発複葉の軽爆・偵察機
435 :
名無し三等兵 :2009/12/17(木) 20:25:10 ID:vRP2vH1t
436 :
394 :2009/12/17(木) 20:41:14 ID:???
わがアルバニアはこのスレの独立を保障する。
439 :
名無し三等兵 :2010/01/29(金) 11:06:06 ID:5+Bl1QEh
焼夷弾て、造れないかな?
440 :
名無し三等兵 :2010/01/29(金) 16:30:02 ID:CMlSRxpF
わがマケドニアは いいよ
マケドニアは大戦時はまだ独立してないよ 大戦時はブルガリアが東マケドニアを占領して イタリアが西マケドニアを占領したが 鉱山の領有権でもめて42年8月に武力衝突まで発展する その後はおそらくドイツが仲介に入っただろうが 当時のブルガリア、イタリア両国陸空軍の装備で戦ったならどうなるかというのには興味がわく まだブルガリア軍がスコダ製軽戦車どまりでドイツ製の戦車、航空機がまだ導入されていない時期だから イタリア軍といいとこ勝負だろう
42年8月時点での伊・ブルガリアの装備 《戦闘機》【伊】CR42、G50bis、C.200セリエXX、C.202セリエVI【ブルガリア】Bf109E-4 《戦闘爆撃機》【伊】CR42AS、C.200CB、RE2000セリエIII、RE2001CB 《攻撃機》【伊】Ca314 《急降下爆撃機》【伊】Ju-87B-2、Ju-87R-2【ブルガリア】Ju-87K-3 《爆撃機》【伊】S.79、BR20M、Z.1007bis、P108B 《装甲車》【伊】AB41 《軽戦車》【伊】L3/35FA、L3/38、L6/40【ブルガリア】T11(スコダ35t) 《中戦車》【伊】M13/40、M14/41 《突撃砲》【伊】M40、M41 《自走対戦車砲》【伊】L40 《自走高射砲》【伊】M41M 《火炎放射戦車》【伊】L3/35
ブルガリア-トルコ国境で、土中から四号やらなんやら発掘されてたけど、 あれはその後はどうなったのかな? 無事に売れたのかしら。
俺の隣で寝てるよ
スマソ。 本題は「売れたかどうか」でしたねm(__)m
>>443 >マイバッハ T-3(Maybach T-3)
写真はV突のようだけど、ブルガリ陸軍名称かな?
四号駆逐戦車とかパンターも使ってるけど、どういう名前だったのやら。
ブルガリア軍名称 L3/33 …… アンサルド・フィアット軽戦車 ヴィッカース6t …… ヴィケルス戦車 シュコダT-11/Pz.Kpfw.35(t) …… シュコダT-11戦車 Pz.Kpfw.38(t) …… プラガ戦車 ルノーR35 …… ルノー戦車 オチキスH38 …… ホチキス戦車 IV号戦車 …… マイバッハT-IV戦車 パンター …… パンテラT-V戦車 セモベンテDa47/32 …… SPA戦車 40Mトゥラーン …… ヴェンゲル戦車 III号突撃砲 …… マイバッハT-III突撃砲 IV号駆逐戦車 …… マイバッハT-IV突撃砲 ヘッツァー …… プラガ突撃砲 Sd.Kfz.222 …… M-222装甲車 Sd.Kfz.223 …… M-223装甲車 出典 Kaloyan Matev, "Equipment and Armor in the Bulgarian Army - Armored Vehicles 1935 - 1945", Angela, Sofia 2000
訂正。 R35は「ルノー」ではなく「レノ」でした。
451 :
名無し三等兵 :2010/03/15(月) 14:39:47 ID:4r77NfxA
モンゴル軍の装備知りたいけど資料があんまり無いね 空軍とかもソ連から補強されたみたいなのを読んだ記憶はあるんだけど
モンゴル軍ですか。 ノモンハン事件とか面白そうですけど、いかんせん資料がありませんね。
1921年秋、ソ連→モンゴル 小銃3,000丁、サーベル3,000本、回転式拳銃150丁、機関銃40丁、砲4門、航空機2機 装甲車1両、乗用車2台、貨物自動車2台、弾薬と借款供与 1933年 騎兵師団4個、独立輸送連隊、統合軍学校所持(他に地方軍もあり) 独立機甲連隊も編成終了(T-27豆戦車、BA-27装甲車各10両) 20年代初頭に供与されていたイジョーラ工場製フィアット、オースティン第3シリーズ アームストロング・ウィートウォルト・フィアットといった装甲車も教習用として使用 1936年 BA-6とFAIをそれぞれ35両と15両、ZIS-6車台のタンク車が6台 修理車A型(ZIS-6車台)1台、修理車B型(GAZ-AA車台)5台供与 1939年春の編成 騎兵師団8個、装甲車旅団1個、輸送、工兵、航空の各部隊 騎兵師団編成定数 騎兵連隊2個(サーベル騎兵中隊2個、機関銃騎兵中隊1個)、砲兵大隊1個 装甲車大隊1個(軽装甲車中隊、中装甲車中隊各1個)、通信中隊1個、輸送中隊1個 師団学校(主に下士官層の教育が行われていた)の計1,591名 騎兵師団装備(すべての師団が下記の編成定数を満たしていたわけではない) 76o野砲1902年型4門、76o連隊砲1927年型4門、45o対戦車砲1932年型6門 7.62oマクシム機関銃42丁、7.62oDP機関銃44丁、小銃1,279丁、回転式拳銃180丁、軍刀1,060本 BA-6・BA-10装甲車計9両、FAI装甲車9両、ZIS-5トラック18台、GAZ-AAトラック4台 マクシム高射機関銃搭載型GAZ-AAトラック6台、ZIS-5水油供給車1台、ZIS-6タンク車1台、衛生バス2台 11AK無線装置1台、5AK無線装置1台、軽四輪車24台、弾薬箱42箱、野戦調理車17台、二輪車13台、軍馬1,723頭、駱駝198頭 (コロミーエツ著「ノモンハン戦車戦」より)
>>453 >コロミーエツ著「ノモンハン戦車戦」
好著ですね。
ロシアソースと言うのが良い。
>>448 旧チェコ製が→プラガで
ドイツ製が→マイバッハか
トンガとかフィジーとかの軍隊詳しく
常備軍がどれくらいでしょうね。
フィジー軍は、ソロモンだかニューギニアあたりに出て日本軍と交戦してたよね、たしか
>>457 飛翔槍ニュートンガN-5 500
ネオ・ポリネシアTB-2005型吹き矢 1500
ルーマニアのR-35に45mm砲を積んだR-35/45軽戦車がどんな物なのか、 328で紹介されてたルーマニア軍サイトに見に行ってきた。 41年にソ連の45mm砲を沢山手に入れたから、手っ取り早く対戦車能力をupさせようと、 ドイツが1号戦車やR-35にオープントップで47mm砲積んだような形で乗っけたんだろうなと。 なんとなーく想像してたのが全然違った。 43年頭に、保有している37mm短砲身砲搭載R-35の近代化改修を計画。 小さな一人用砲塔に45mm砲を砲耳をかなり前方に突き出す形で収める(狭いので共軸機銃なし)事とし、 44年6月までに30台を改修して第2戦車連隊に配備。 のち、対独戦に投入され全損。 43年の時点でも45mmはしんどいんじゃないかと思うけれども、台車がR-35じゃなぁ…
>>461 見てきたが、すごく好みな外見だった。
砲塔一人とかなんかなこれは。
>>462 スペック表では Crew 2 だから、砲塔は1人でしょう。
しかし、車長・砲手・装填手兼任は苦しい。
砲手席では砲尾がじゃまで視界も悪そうだし。
>>463 フランス戦車は大半がもともと砲塔一人だからまあその辺設計時に配慮はしてるはずだが、
45mm砲を積んでるから砲尾がでかくなってるかもしれんね。
あれか 旧ソ連戦車みたいに身長制限つきだったりするのかw
>>463 ありがとう。
>>462 書いた後
>>461 を良く読んだらしっかり「一人用砲塔」って書いてあって
己のアホっぷりに凹んだ。
R35はちょっと検索しても足にも問題あるみたいだし、
せめて火力を確保するために>461に書いてある通り、自走砲にしちゃえば良かったのに。
467 :
名無し :2010/05/15(土) 17:37:56 ID:???
枢軸国に一応従ったヴィジーフランスや、 ドイツ軍と一緒にポーランドに侵攻したスロバキア 冬戦争と継続戦争でソ連と戦ったフィンランドもわすれんなよ!!
468 :
名無し三等兵 :2010/05/15(土) 18:04:15 ID:xu54F63+
>>467 書いてある内容には何ら問題はないが、ここでの慣習等の習得のため
半年ROMることを老婆心からマジでお勧めする。
Achtung Panzer! Bzura 2007 - PzKpfw II in action
ttp://www.youtube.com/watch?v=HHATKxp1EqA ミリタリーマニアのウォーゲーム?の動画
初っ端に出てくる独車両のマーキングがポーランド戦時の奴に見えると思ったら、相手はポーランドだった。
ポーランド騎兵にwz-34装甲車、さらにはTK戦車が動いてたし。本物かなぁ。
何にせよ、珍しい物を見た。
>>470 ヒストリカルゲームってやつだな
歴史を再現しようって遊びだ
近代だけじゃなくて中世でやってる奴もいるぞ
472 :
名無し三等兵 :2010/05/18(火) 22:24:00 ID:+NL3xwEQ
>>470 スゲー!! かなり良くできてるわぁ
ただよく見れば本物ではないな。
見分けポイントは、
U号・・・砲と機銃の間隔・転輪の形
Sd.kfz231(6輪)・・・前輪がごつくて車高が高い
Sd.kfz222(4輪)・・・車輪が細い
TK3とwz34は遠くでわからんけど、まずレプリカでしょうね。
それにしてもそっくり、これで戦争映画撮って欲しいw
思ってたより小さいなぁ
477 :
名無し三等兵 :2010/07/04(日) 12:37:18 ID:w0jE30Gs
第二次世界大戦中のリヒテンシュタイン軍は?
478 :
名無し三等兵 :2010/07/14(水) 05:34:28 ID:qy7Tuuxe
ユーゴもME109を使ってたのね
ハリケーンとか、ユーゴは色んな機体を使ってましたね。
>>470 やはり白人が演じるとリアルさが違うなー
日本人がいくらヒストリカルとか言って実物装備で固めても
体格とか頭身率、顔つきが違い過ぎて子供のゴッコ遊びにしか見えない
ソ連軍と米軍も出来るぞ
つ 米軍442聯隊 心身ひ弱な現代日本人でも格好だけは真似られるだろ
485 :
名無し三等兵 :2010/07/30(金) 21:40:42 ID:wfiygu4T
>>484 うわぁ〜まんま'30年代の装甲車じゃん!
この旧式感がたまらんなぁw
486 :
名無し三等兵 :2010/08/08(日) 04:24:59 ID:q7Cz2XM8
保守age
ブルガリア空軍って大戦中枢軸国に対しなんか役に立つことしたんかなぁ? 例えばルーマニアの油田爆撃に向かう米英機を迎撃したとか ハンガリー、ルーマニア、クロアチアはそれなりに戦果挙げてるけど
ブルガリア陸軍は枢軸国としか戦闘してないような・・・
490 :
487 :2010/08/09(月) 16:00:09 ID:???
オスプレイ・シリーズにある「スロヴァキアとブルガリア軍エース」が 邦訳されてますね。
クロアチア空軍のエースの中には西ドイツに亡命して ドイツ人女性と結婚して名前もドイツ名に改称してドイツ人に帰化した人いるね クロアチアもそうだが、 ルーマニアもソ連相手にエース称号もらったパイロットの戦後は処刑や亡命など悲惨だ
ていうかトップエースのドゥコヴァツからしてソ連に亡命してるからなぁ…>クロアチア
>>495 ルーマニア戦線が崩壊した44年9月のことだろ
すぐ翌年イタリアに亡命してるじゃん
ポーランド戦車に関するお勧め本やサイトってある? 7TPに興味を持ったんだがいまいち情報が集まらないし、 装甲厚とかも、17mmとか40mmとか40mmにする装甲強化プランがあったけど 大戦勃発に間に合わなかったとかいろいろかいてあってわからん。 『Polska 1939』に編制図は載ってたんだが…。
>>498 大昔のモデルグラフィクス誌に連載してました。
タンケッテ、7TP、装甲列車、T34、JS2と続いてたような・・・
>>499 1988年4, 5, 7, 8, 9月号に、「ポーランド機甲部隊史」が連載されていたようですね。
探してみます、ありがとうございました。
ポーランドは中小国の範疇か 国土人口みても中小国じゃねぇし このスレにいらねぇよ 新鮮さないし、くどいし
充分新鮮だし、くどくもないが・・・
ポーランドと名がつくのが来ると粘着されたり、変なの呼び寄せて荒れたりするから嫌なんだよ 他の板見て痛感した 別スレ建ててくれ スレ主いなくなったから スレ主代行として頼む
507 :
498 :2010/09/21(火) 00:05:07 ID:???
みなさんありがとう!
ところで
>>501 が紹介してくれたサイトだと、
西側書籍では7TPの双砲塔と単砲塔を分類するときに"dw"と"jw"を使ったとする記述があるが、
そんな省略形はポーランドの資料では一切使われていなかったと書いてあるんだが、
>>504 の系列の書籍
『Polska 1939』(Militaria)
ttp://www.militaria.net.pl/strony/277.html だとdwとjwがポーランド語の方でも使われてるんだよね。
写真のキャプションだからかなあ?
ちなみにこの本は英・波語併記だけど英語はやや省略されてるっぽい。
しかしポーランド語は全く分からない…。
506自身が粘着荒らし
>>498 “dw”“jw”といった分類名がもとから使われていたわけじゃない、
というくらいの意味だと思う。
といっても今の研究者やマニアにしてみれば
何か区別があったほうがわかりやすいので使っているだけでは<Polska 1939
でも補給弾薬が違うんだから、
当時から何か区別する言い方があってよさそうだけどねー。
>>509 確かにねえ。
ただ双砲塔型はあまり戦力として期待してなかったみたいだから、
双砲塔型は増加試作的な感じで、さっさと単砲塔型に統一しちゃう予定だったのでは?
実際は砲塔と砲の設計が遅れたけど。
ついでと言ってはなんだけど、『Polska 1939』(Wydawnictwo Militaria)に掲載されている
ポーランド軍機械化部隊の編制を載せておきます。
独立豆戦車中隊(1939年9月)
中隊司令部(TK-3またはTKSx1)
豆戦車小隊x2
司令部(TK-3またはTKSx1)
TK-3またはTKSx5
技術小隊
装備
TK-3またはTKSx13/トラックx5/戦車運搬車x2/その他スタッフカー、バイク、炊事具/兵員91名
7TP軽戦車大隊(1939年9月)
大隊司令部
7TP中隊×3
中隊本部(7TPx1)
7TP小隊(7TPx5)x3
管理中隊(C7Px3)
装備
7TPx49/C7Px3/トラックx25/戦車運搬車x4/その他スタッフカー、バイク、野戦炊事具/兵員462名
あああ醜くなってる…。 載せなおします。 独立豆戦車中隊(1939年9月) 中隊司令部(TK-3またはTKSx1) 豆戦車小隊x2 司令部(TK-3またはTKSx1) TK-3またはTKSx5 技術小隊 装備 TK-3またはTKSx13/トラックx5/戦車運搬車x2/その他スタッフカー、バイク、炊事具/兵員91名 7TP軽戦車大隊(1939年9月) 大隊司令部 7TP中隊×3 中隊本部(7TPx1) 7TP小隊(7TPx5)x3 管理中隊(C7Px3) 装備 7TPx49/C7Px3/トラックx25/戦車運搬車x4/その他スタッフカー、バイク、野戦炊事具/兵員462名
あー鬱だ死のう…。 独立豆戦車中隊(1939年9月) 中隊司令部(TK-3またはTKSx1) 豆戦車小隊x2 司令部(TK-3またはTKSx1) TK-3またはTKSx5 技術小隊 装備 TK-3またはTKSx13/トラックx5/戦車運搬車x2/その他スタッフカー、バイク、炊事具/兵員91名 第10自動車化騎兵旅団(1939年9月) 旅団司令部 第24Ulan(槍騎兵)連隊 第10乗馬ライフル連隊 第16自動車化砲兵大隊 野砲中隊(75mm砲x4) 榴弾砲中隊(100mm砲x4) 偵察大隊(TKSx4/TKFx9/37mm砲x3) 自動車化工兵大隊 自動車化対戦車大隊 第71自動車化対空砲中隊 通信中隊 第551軽トラック縦隊 装甲部隊 第121軽戦車中隊(ヴィッカース6t戦車x16) 第101偵察戦車中隊(TKSx15)
7TP軽戦車大隊(1939年9月) 大隊司令部 7TP中隊×3 中隊本部(7TPx1) 7TP小隊(7TPx5)x3 管理中隊(C7Px3) 装備 7TPx49/C7Px3/トラックx25/戦車運搬車x4/その他スタッフカー、バイク、野戦炊事具/兵員462名 度々重複して本当に申し訳ありません。
ワルシャワ装甲・自動車化旅団(1939年9月) 旅団司令部 第1乗馬ライフル連隊 騎兵大隊x4 重火器大隊 偵察大隊 第2自動車化砲兵大隊 野砲中隊(75mm砲x4) 榴弾砲中隊(100mm砲x4) 自動車化隊戦車大隊 第71自動車化対空砲中隊 第12軽戦車中隊(ヴィッカース6t戦車x16) 軽戦車小隊x3 偵察大隊(TKSx12) 第11偵察中隊(TKSx13) 通信中隊 自動車化工兵大隊 第一歩兵連隊 歩兵大隊x4 重火器大隊 偵察大隊 管理部隊
ドイツ軍相手には奮闘出来たけど、後ろから来たソ連軍にはねえ・・・
516 :
498 :2010/09/25(土) 22:13:48 ID:???
>>496 いや、うん、本読んでたら、何ていうかクロアチア独立国の末期はもうグダグダの極みだなと。
そのgdgdぶりを知る者として、自分の目が信じられなかった1991年の夏…
当時、クロアチアの独立をドイツが承認、と聞いて真っ先にウスターシ再び?と思ったものだったw
まったくだ。中華人民共和国から満州国が独立して、真っ先に日本が承認するくらいの事態だからな極東で言えば(当時そう説明してた)。
コソボまで独立してしまった今からすると隔世の観があるねぇ
ユーゴスレの話題になるが、クロアチア独立国1945年のgdgdと1991年の格差は、 ユーゴスラヴィア連邦共和国地域民兵隊の45年に渡る伝統の有無だろうねえ結局。皮肉な話だが。
ソフィアにある軍事博物館はどうなっているのかな。 貴重な車両がかなりあったはずだけど。
III突とかがある所だよな
三突Fとか、元ポーランド軍のタンケッテとか面白い車両がありますね。
過疎だなあ・・・
529 :
名無し三等兵 :2010/12/01(水) 21:05:06 ID:dZfUX//h
hosyu
東トルキスタン共和国亡命政府
http://jp.eastturkistan-gov.org/ 東トルキスタン共和国
憲 法
本憲法は、侵略者である中国共産党政府によって1949年10月に占領された後祖国を離れた東トルキスタン難民の
共通の願いによって制定したものである。本憲法は東トルキスタンの国民およびその子孫が民族の解放と独立を勝ち取ることを保障し、併せて解放されて後行う政治制度及び路線を明らかにすることを目的とする。
第一章 国名、国家の性格、国旗、国章、国歌、民族の歌、民族の誓い、言語、宗教および首都
第1条 国名を東トルキスタン共和国とする。
第2条 人権を尊重し、民主的で統一された法治国家とする。東トルキスタンの領土および民族統一に対する
破壊を断じて許さない。
第3条 東トルキスタンの国旗は青天星月旗とする(付図A参照)。
第4条 国章は新月の両側にそれぞれ九つの円を持ち、底部にある二つの円は一本の帯で結ばれており、
新月の中央には花文字で「優しいアラーの名によって始める」との言葉が記されている。
新月の両端には三つの星が左右対称に施されている。十八個の円は東トルキスタンに生活する十八の突厥民族を象徴し、
三つの星は東トルキスタンにかつて存在した突厥ハン国、ウイグル国およびカラハン国を表す。(付図B参照)
第5条 国歌、民族の歌、民族の誓い
国歌はムハメットエリ・テウィピック(Muhemmeteli Tewpiq)が1933年に創作した詩『解放の途上にて』を、
民族の歌も彼が作った『歴史上に輝く我々、さらに輝く我々』という詩とする。(附C、D を参照)
民族の誓いは、アブドゥル.エズズ.メフスム(Abdul Eziz Mehsum)が創作した『失うことなかれ』という詩とする(附Eを参照)
第6条 国語、宗教および首都
東トルキスタン共和国の国語はウイグルチュルク語とする。(カザク語、キルギス語などその他チュルクの言語を民族の言語とする)。
宗教は、イスラム教。同時に国家はその他の宗教およびその信徒の各種権益を保護し尊重する。
首都はウルムチとする。
第7条 本憲法の第1、2、3、4、5、6条は如何なる修正をも許さないばかりか修正の主張や提起をもできない。
メキシコって確か参戦してたと思うけど実戦参加はしてるんだろうか?
>531 ほんの申し訳程度だが。あと、カリブ海の哨戒は当然やってる。 The Escuadrón 201, a P-47D fighter squadron of the Fuerza Aérea Expedicionaria Mexicana (Mexican Expeditionary Air Force), served in the Pacific against Japan during World War II. The 201 Squadron completed 59 combat missions over the Philippines and Formosa, now called Taiwan. It is the only unit of the Mexican armed forces ever to see overseas combat.
おおありがとう 空軍の部隊が比島と台湾で戦ってるのか あと海軍がカリブ海の哨戒、と 感謝感謝です
今更だけど何で
>>34 にオーストラリアとニュージーランド、南アフリカ、インド、カナダ
が無いの?
ここらへんだと「イギリス連邦軍」とひとまとめになってしまうのかも。
ネタがない・・・
test
>>535 1.7mくらいあるように見えるがダルメシアン?
ageなきゃ落ちるぞ。
レスがあればageなくても落ちないよ
542 :
名無し三等兵 :2011/04/03(日) 03:03:02.45 ID:Bciiva5q
板によってはスレが立ってから一定期間経つと自動的に落ちる仕様で、 そういう場合に落ちるのは大抵古くなって人も集まらず下の方にあるスレだから、 下がりすぎると落ちるように見える
なんでsage入れ忘れてるんだか… スマン
クロアチア他のスレもできとるし、存在を認められてないなここ
良スレ保守。
《南アフリカ》 南アフリカ装甲偵察車 これをもちっと詳しく MkT:フォードの民生用4x2 3tローリーのシャーシを134インチに短縮+強化 ヴィッカース7.7mmを円筒形銃塔と車体左側面後部に各1丁搭載 MkU:MkTに米国マーモンヘリントン社製四輪駆動システム搭載 後期に接合をリベット→溶接、操縦室ドアを小型化して後方へ移動の改修 北アフリカ向けに銃塔へボウイズ対戦車ライフル+ブレン軽機、銃塔上前後に対空用ブレンとヴィッカース機銃搭載 南ア向け549輌、英軍向け338輌生産 MkV:ホイールベースを117.5インチに短縮、グリル前面開閉装甲を固定、八角形の新型銃塔 後期に前面装甲板をグリルのない平板に、後面ドアを大型両面開きから小型一枚へ等改修 41-42年に2630輌生産 MkW:シャーシ使用を止め、部品は装甲版にボルト止め。エンジンを後部に移動 新設計2人用砲塔に2ポンド砲、7.62mmM1919A4、砲塔上面に対空機関銃各種搭載 MkW F:マーモンヘリントン社の四駆システムが入手し辛いので、カナダ・フォードF60L 4x4 3tローリー用を搭載、エンジンは前方へ MkW、MkW F合わせて2116輌生産、43年から配備 MkY:ドイツっぽい多角形の8x8台車に、クルセイダーっぽいソロバン玉6ポンド砲砲塔を搭載 試作2輌のみ
ネタがない・・・
リベリアは第二次大戦中、なにかしてたんだろうか?
さあ・・・
552 :
名無し三等兵 :2011/06/14(火) 21:29:01.45 ID:zyP47hEY
第一次大戦前の南米ABC三国の建艦競争は有名だけど、 第二次大戦頃に限って見れば、あの三国の中でアルゼンチン海軍が一番戦力的にはバランス取れている感じかな? ただし、国力的にはブラジルが一番上で、ブラジルは一応他国の援助の下ではあるけど、駆逐艦程度なら自前の造船所で生産できるようになっていた。
ブラジル軍は大戦中、南大西洋の対潜水艦作戦に活躍したり、 イタリア戦線に航空隊を派遣していたりして貢献している。
普通に歩兵師団1個送っとるがな>ブラジル陸軍
海軍の話だろ
1940年の時点だとアルゼンチン海軍の方がブラジル海軍より上位(世界8位)だったけど、 ブラジルは大戦中に連合国から手取り足取りしてもらったからな まぁ、戦後になるとアルゼンチンも米英の余剰艦艇を買い取ったりするんだが
世界8位ってことは、 主要参戦国、日、米、英、仏、伊、独、露の次ってこと? 結構凄いね。 戦力的には弩級戦艦2、重巡2、軽巡1、駆逐艦10以上(12?)、海防戦艦1、潜水艦3くらい? この時点じゃブラジルより戦力上だし、(国力的にも造船能力的にもブラジルのが上みたいだけど。) チリなんてアルミランテ・ラトーレの一転豪華主義だし(三国の中で国力が低いから仕方ないけど。ただし潜水艦戦力は三国の中で一番高い。) 軍人あがりが国のトップにいることが多かったのが反映されているのかな?
昔のアルゼンチンは本当に先進国だったんです
旧宗主国のスペイン海軍は内戦で大損害出しちゃったから、ランキング急降下やね。 戦艦2→0、重巡2→1、軽巡5
>>559 小型だから戦力的には劣るけど、これもイギリスの援助の下とはいえ自国の造船所で建造するためだからポイント高い。
スペインは戦艦に限らず、基本的に自国の造船所で建造しているのが南米ABC三国とは違って、チュルカ級駆逐艦2隻なんてアルゼンチンに売却したりしていた。
(ただし、造船能力もイギリスの援助の賜物だし、設計がイギリスだったり、資材もイギリスから輸入だったりする。米西戦争で一回海軍ボロボロになったからテコ入れのため。)
けれど、エスパーニャ級戦艦は元々三隻あったのが座礁で内戦時には二隻になり、
内戦でも味方の敷設した機雷だので喪失で全然活躍できなかったってのは情けない。
>>元々三隻あったのが座礁で内戦時 正確には三隻あったのが座礁で喪失して、内戦時には二隻になっていたって書こうとした。
>>558 世界恐慌までは、ホント凄かったみたいだね。
>>561 軽巡も6隻あったのが、1隻座礁で失くしてるな。
結構座礁するものなんだな
>>564 ロランなどの航法支援設備が整備される戦後になるまでは、自艦の位置を勘違いしたなどの理由で、それなりに座礁事故
は多かったのよ。
566 :
名無し三等兵 :2011/07/05(火) 23:45:28.48 ID:i154+Wlv
そういえばイランは大戦中に英ソに占領されてるけどどうだったんだろう サウジアラビアとかも気になる・・・
567 :
名無し三等兵 :2011/07/06(水) 00:23:02.45 ID:aLl7yidV
イランとかって簡単に占領できるもんなのかねえ 当時は無抵抗だったのかしら
タイって日本側に立って参戦したけど、具体的には何をしてたんだろ。 空軍の一部が日本から供与された隼などでバンコクの防空戦をしたってのは聞いた事あるが、陸軍や海軍は何をしてたんだろ。 海軍は仏印との戦いの余剰艦艇で沿岸哨戒とか、陸軍はビルマや中国との国境警備ぐらいだろうか。 もっとこう、イギリス海軍と激突したとか、中国軍とドンパチしたとかないのだろうか。 ドイツにとってのイタリアみたいな国がアジアにもあれば東南アジア・南西太平洋戦線がもう少し面白くなったのに。
タイ軍が大軍だったらよかったんだがな
571 :
名無し募集中。。。 :2011/07/07(木) 21:30:49.16 ID:BEb/wmbs
タイ国軍は、ビルマ侵攻時にシャン州国境付近へ出兵して在緬支那軍を 牽制したくらいかな・・・ それ以前の対仏印紛争では大規模行動してるんだが、大東亜戦争参戦自体が 日本軍進駐により半ば嫌々したものだし、国益がかかってなかったからだろう
あと、タイ国内の治安維持というか日本軍施設の警備等 タイ駐留の第18方面軍も、とらえたゲリラや工作員は自軍で取り調べ等はせずにタイ国軍に引き渡していたそうな
>>572 それだと取り調べたフリをして釈放とか裏で結託されてそうだな
タイ軍の装備は劣化日本軍って認識でいいのかな
陸軍=38式歩兵銃、95式軽戦車
海軍=海防戦艦(トンブリ級?)
空軍=隼
国産品に成功してたものはないのかな
574 :
名無し募集中。。。 :2011/07/08(金) 20:53:28.96 ID:la/0s929
>>573 タイ国は大日本帝国と並ぶアジアで希有の「真の独立国」だぞ
戦前から各国とくに英国製兵器を揃えている。
ヴィッカース6t戦車も大隊規模で編成してるしね。
ただ国産兵器は無理だったようだ
中小国空軍の御用達のカーチス・ホーク75もあるでよ。 廉価版の固定脚だけど。 ほかにも米国製航空機各種。
>>573 95式は劣化ではないです(´・ω・`)
汪兆銘や満州国にもあげなかった95式を数十両輸出してるから、
それなりに大事にしてたんだと思うけどねえ。
でも、輸出したハ号の何輌かは、装甲にクラックが生じて返品されてたよなぁ(泣)
タイといえば日本製の艦艇 日本の海防艦に似たシルエットのターチン型護衛艦は戦後何度か日本に里帰りしてるね
でもあれって、英海軍の駆逐艦とも酷似してるんだよなぁ 確かに日本製艦艇なんだけどw
ドイツの最新式重巡ブリュッヒャーを撃沈したノルウェー軍は何気に凄い ノルウェーが使った地上発射型の魚雷ってどんなんだろ どっかに画像無いかなぁ
>>580 フィヨルドの狭水路を低速で進む回避不能状態の巡洋艦に横から奇襲雷撃
したら撃破できて当然だろ
別にノルウェー軍が凄いわけじゃない
w.w.Iのガリポリと同じ、いやそれ以上の条件だ
>>578 海防戦艦トンブリ級はもろ日本軍艦ぽくて格好イイ(実際日本製だが)
コーチャン島沖海戦の結果は性能よりも完全に練度の違いだよなあ
良スレだねえ・・・
ネタ待ち。
49万ユーロだと5千万か。うーむ リンク先見たけど装甲車輌って普通に売買されてるんだな。
コレクターが集まって走行会や展示会やヒストリカルゲームやってるもんな 装甲車輌を買っても受け入れられる、社会的な下地があるんだ
英国ベルトリンクラリーは凄いイベントですね。 三号戦車が普通に自走してる。
ブルガリアで発掘されたドイツ軍車両達は、綺麗にレストアされつつあるんだね。 良かった。
保守
保守
まだ生存
良スレ