魔方陣から、無数の黒い影が湧き出す。
地を這う魔物、見上げるような巨大な魔物、空を駆ける魔物。そういったなにか。
それらは狂喜する第三氏族や辛うじて生き残っていた人間たちを飲み込み、一斉にこの世界へと飛び出していった。
大地を砕き、空を切り裂き、聞くもおぞましい奇声を上げて大地を進む。
名前を語るのも憚られる存在たちは、この世界に生きる全てへの明確な敵意を示しつつ、この近辺で最も生き物が多い場所へと突進した。
それらが進む先にいるのは、誇張なしにこの世界で最強の存在。
日本国である。
西暦2020年12月16日 12:20 日本国北方管理地域 第18地区上空
<<こちらはAWACS、コールサインスカイアイ。第18地区駐屯地へ>>
遥かなる高空を進む空中管制機から通信が投げかけられる。
<<警報、警報、多数の空中目標を確認>>
レーダースクリーンは敵を現す反応で光り輝いている。
「制空部隊は前進、長距離攻撃で数を減らせ」
命令を伝えつつ、管制官は体の震えが止まらなかった。
なんなんだ敵軍は。
20や30を越える数が空中に集合している。
味方の制空部隊はあくまでも非常時に備えて上がってきているだけだ。
止められないぞこんなの。
怯えつつ、彼の中の訓練された部分は指示を出し、要請を伝え、増援を懇願している。
「警報、警報、こちらは第18地区航空管制機、コールサインスカイアイ。
無数の敵航空戦力を確認。ブリップでレーダーが見えない。
120ノットで移動中の友軍部隊に接近中。警報、警報」
<<こちら第一基地所属メビウス飛行隊、作戦エリアに侵入した>>
数えるほどしかブリップがない友軍支配地域に、八つの反応が現れる。
管制官は素早く状況を確認し、戦闘指示を出した。
「メビウス飛行隊、戦闘を許可する。長距離攻撃を実施せよ」
<<了解スカイアイ、メビウス1より全機、IFF作動確認、スカイアイの指揮下に入る>>
友軍機たちは素早く散開し、長距離攻撃の準備に入る。
だが足りない。
大空を埋め尽くす敵軍を倒すのには全く足りない。
このままでは人類は、いや、正確には日本国は終わってしまう。
レーダー画面を、コンソールを見る。
そこにあるのは動かない現実。
足りない味方、多すぎる敵、現状の打開には何の役にも立たない機器の群れ。
「どうしたらいいんだ」
隣に座る同僚の呟きが聞こえる。
「神様」
別の同僚が呟く。
<<こちらはUSSジョージ・W・ブッシュ>>
突然、同盟国用の周波数から声が流れる。
<<航空自衛隊管制機へ、当方は所属機の全てを投入する。
現在第一波が移動中、無口なんだが腕はイイ連中だ。上手く使ってくれ>>
「こちらはコールサインスカイアイ、支援に感謝します」
<<コールサインはラーズグリーズ、隊長は無口な奴だが、根はいい奴だ。そっちから呼びかけてやってくれ>>
「了解」
在日米軍とのデータリンクが作動する。
沿岸部のデータが一気に更新される。
「すげぇな」
再び同僚の声が聞こえる。
日本海が海上自衛隊と第七艦隊の艦艇で埋め尽くされているのがわかる。
空中給油機を囲むようにして本土から無数の航空部隊が接近してきている。
<<ラーズグリーズ飛行隊へ、こちらは航空自衛隊所属AWACS、コールサイン、スカイアイ。
こちらの声が聞こえますか?>>
「はい」
随分と簡潔な答えだな。
増え始めた手駒の使い方を考えつつ、彼はそんな事を思った。
西暦2020年12月16日 12:30 日本国北方管理地域 第18地区
<<第一基地飛行隊は全機出撃>>
<<第18地区駐屯地、防空部隊は全て出動。地上部隊を守れ>>
無線機は随分と賑やかになっている。
敵が大量に押し寄せてきている事はわかっていたが、こちらも随分と投入しているようだ。
ドラゴン殲滅戦で名を馳せたメビウス飛行隊、朝鮮半島有事で一躍有名になったJWB所属ラーズグリーズチーム。
第三氏族に教訓を与えたウォードック飛行隊。
あいつらは対地攻撃が任務じゃなかったのか?
「空で敵を撃てるなら何でもいいんでしょうね」
待機している装甲車の中で、佐藤たちは暢気に会話を楽しんでいた。
周囲では自走対空機関砲が空を睨んでいる。
今のところ、彼らは銃を手に空を見上げる事しか出来ない。
「肝心な時に手駒が足りなくならなければいいんだがな」
「それは大丈夫でしょう、B−52Lが大量に空中待機しているんですから」
特科を連れまわす事の出来ない彼らにとって、航空戦力は貴重な遠距離攻撃手段だった。
例えそれが近接航空支援の出来ない戦略爆撃機であっても。
無線機は、どうしようも内容に思えた状況が好転していく様を伝えてくる。
敵は呆れるほどに湧き出してきたが、それだけだった。
ミサイルの爆発で吹き飛ばされ、機関砲で切り裂かれる。
実に貧弱だった。
航空部隊は獅子奮迅の活躍を見せている。
どれほど数を揃えた所で、雑魚は所詮は雑魚、そういうことなんだな。
「上空は綺麗なんだな?」
空自と連絡を取り合っている通信士に尋ねる。
「はい、大丈夫です。直衛でいくつかの部隊が張り付いてくれるそうです」
うん、一つの質問で予測される先を答える。
自衛官はこうあるべきだ。
「前進する。直ぐに移動準備を整えろ」
「既に完了させております」
二曹が狭い車内で器用に敬礼しつつ答える。
時々、俺は必要のない人間じゃないかと思えてくる瞬間だな。
そんな事を思いつつ、佐藤は居心地悪そうに椅子に座った。
「一尉っ!」
運転席から悲鳴のような声が聞こえてきたのはその瞬間だった。