自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた第57章

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757亀蜻蛉 ◆aDC37xH6dI
>679続き投下

 あの戦闘からほぼ24時間後、吉沢は海上を進む内火艇の上にいた。進む先には吉沢が指揮する<かや>より一回り
大きい戦舟、護衛艦<ゆきかぜ>がある。<はるかぜ>型護衛艦の2番艦である<ゆきかぜ>は、日本の海の守りを担
うべく久々に建造された国産戦闘艦のうちの1つである。
 甲板に上がった吉沢は司令室に案内された。大型の分類に入る<ゆきかぜ>には、旗艦の役割も与えられている。
中で待っていたのは<ゆきかぜ>艦長の1佐と幕僚長の1佐。そして群司令の中村海将補であった。
「ご苦労であった。吉沢1佐」
 吉沢は中村の軍人らしかぬ温和な表情を確認できた。
「旗艦自ら出陣ですか」
 吉沢は敬礼とともにそう返した。
「ようやくな。この艦と一緒に航行したくない艦も多いようだが。何分、名前が不吉だからな。
 ともかく、ようやく本腰を入れたわけだ」
 その言葉には嘲笑が含まれていた。おそらく、自らが属する組織に向けたモノだろう。
 海保からの要請を“所詮は害獣退治”と本気で受けとめず、現場には被害が集中する海域にひたすら爆雷を投下せよ、
というあまりにも単純な命令を発した。それには“爆雷投下をすれば退治できる。できなくても驚いてどこかへ逃げ去るだろう”
という甘い認識と、その裏にある“我々の任務は敵の軍艦を撃破することだ”という旧軍からなにも変わっていない意識を見
ることができる。
「さて、敵の事を聞かせてもらおうか。今のところ敵と接触して残存している海自艦は<かや>だけだ」
 中村は自らの席に座ると、先ほどの嘲笑は消え軍人の顔となった。
「目標、クラーケンは強敵です。水中を凄まじい高速で航行可能で、おそらく現有の潜水艦では追尾は不可能です。原子力
潜水艦なら分かりませんが。しかも静粛性にも優れ、ソナーによる探知こそ可能ですが、反応は極めて微弱です。ですから
魚雷が追尾できるかは、なんとも言えません」
「なるほど。だとすれば、ソ連の原潜よりよっぽど強敵だな。こちらの水軍とは、もはや比べることもできん。だとすれば、
これが事実上の海自初の実戦と言ってもいいかもしれん」
758亀蜻蛉 ◆aDC37xH6dI :2007/07/28(土) 22:26:29 ID:???
 地方隊の<かや>は参加していないが、海上自衛隊護衛艦隊と大国の水軍との戦闘は一方的なものとなり、自衛隊の
完勝であったという、当然の結果であるが。手ごたえの無い敵に“実戦”という実感が伴わない者も多かった。
「司令。実戦ではありません」
 群司令に連れ添う幕僚長である。
「そうだったな。あくまでこれは訓練だった」
「まだ訓練名目で行なうのですか?」
 吉沢は素っとん狂な声をあげた。
「あぁ。目標は侵略軍ではないからな。かと言って治安問題でも無い。災害出動だと、爆雷・魚雷をボカスカ撃ちまくる、と
いうわけにはいかんからなぁ」
 中村は至極当然といった様子で答えた。勿論、その理屈は納得できる。だが、自軍(と言うといろいろと問題だが)の艦艇
を複数沈められ、その犯人の化け物との討伐しようというのに、名目が訓練でいいのか?吉沢は自問した。
「無論、士気にも影響するし、できれば討伐命令を出してほしいところだが、それは政治的な問題も絡んでくる。我々が
あーだこーだを口を出すわけにはいかんのだ」

「絶対、あのバイラス野郎を俺たちがやっつけてやるんだ」
 司令室を出た吉沢の耳にそんな言葉が聞こえてきた。若い海士たちがなにやらしゃべっている。
彼らによってクラーケンに変なあだ名が与えられた。聞いた話によれば特撮映画に登場するイカに似た怪獣の名前らしい。
「前の戦争から20年以上も経ったからな。実戦を知る者も少なくなった」
 いつの間に出てきたのか、中村が隣に立っていた。
「沈む敵水軍の船を見ても、味方の船が沈められたと知っても、それが自分たちにも降りかかってくるかもしれないという
実感が湧かんのだ。彼らには」
 中村の言葉が聞こえていないのか、吉沢は談笑を続ける若い海士たちをじっと見つめていた。

続く