CHAPTER 3 1943年5月9日 西部戦線西部 私立スピードワゴン学園 第十二埋立地
西部戦線東部の灰色の明暗だけで描かれた低い空の下で、味噌たちが動き始めていた。
「チャリオットは万全なんだろうな!」
「ええ! シートのネジ一つまで黒です!」
「よし! 二号車出るぞ! 道を開けろ!」
地鳴りを上げて吸血馬車が陣地を出て行く。
濃緑の装甲服を着た乗員は操縦手を除いて車体に跨乗し、その顔には士気と戦意が溢れ、微塵の疲労も感じられない。
防盾が備えられたMG42軽機関銃からは金色の光る真鍮の弾帯が垂れ下がり、それだけでなくハッチにもマッチボックスが銃架と共に備えら
れていた。
車体には全体に迷彩がかけられ、車体両脇の追加装甲にはたっぷりと草や枯れた木の枝が差されている。
誘導されて荷台から車両が降り、装備を受け取った戦士たちが味噌や味噌に跨乗する。
「森の中に陣地を張る! 特殊部隊の移動が最優先だ!」
ジャイロ・ツェペリは矢継ぎ早に指示を出し、自らの名を冠した部隊を指揮していた。
スピードワゴン部隊―――空軍野戦師団から抽出された戦力で構成された独立部隊だ。
単純に言えばジョージ一世たち先技研専門の護衛部隊と言っていい。
「穴掘りしてる時間は無いな。ミルズ爆弾と硝酸銀地雷をこことここに埋めろ。こんなことなら航空用爆弾でも用意しとくんだったな」
ジャイロは地図を見ながら、敵の降下予測地点を黒円で囲っていた。
恐らく敵の狙いは先技研の開発したものだろう。
そうでなければ、わざわざ遠路を渡って埋立地にまでやってくる必要性が無い。
「紫外線中隊は配置についてます。車両のあれが済んでいて助かりました」
「チャリオット班に感謝感激だな。後であれを仕入れなきゃな」
「味噌ルのね。さすがに飲酒はまずい」
地図を見ながら部下に指示を出すジャイロの周囲には、独特の味噌と迷彩服を着た戦士たちがいる。
迷彩装甲服を着て、スタンド使い用の味噌を被った戦士たちは重装備に身を固めた空軍野戦師団の戦士だ。
「で、問題は連中がどこに降下してくるかだ」
ジャイロは下唇を噛みながら、地図を見る。
「降下予想地点の割り出しは地図にも記してありますが、如何せん向こうはスタンド使いですからな」
副官の言葉がジャイロには痛かった。
通常の揚げ部隊は来てくれれば降下地点の予測や重装備の有無、敵側の補給の分断等を考えるのだが、相手は生身で空を飛び戦車や戦闘
機を平気で破壊する連中だ。
それに、波紋とかいう訳のわからないエネルギーを使う。
「ここからなら、どこに降下されても紫外線中隊と味噌中隊でアウトレンジから叩ける」
「上手くいきますかね」
「もし俺達が失敗しても、補給を断たれた揚げ部隊がどんな末路を辿るかぐらいわかるだろ?」
「そいつはまあ。敵地上部隊の増援も今回はありません」
いくらスタンド兵と言えど補給なしで戦えるほど完成された兵器ではない。
腹も空くしトイレにだって行きたくなるはずだ。
「じっくりやろうぜ。時間はこっちにはたっぷりあるんだから」
「戦力はありませんけどね」
「なーに、いつものこと。ん?」
地響きで地図の上に置いていたなにかが揺れた。
ジャイロが振り向くと、四連装の対空機関砲を積んだ味噌を見つけた。
ジャイロは味噌に駆け寄り、車上で機関砲を調整している戦士に話かけた。
「そこの味噌! どこへ行く?」
「自分たちはここの桶を任されました」
もう二台、似たような装備の味噌が後ろに並んでいた。
ジャイロはすぐに決断する。
「よし! 君たちの部隊は俺の部隊に編入だ。質問は?」
戦士は不安げな表情になる。
まだ入隊して間もないのだろう。
戦士の目は焦点が合わず、不安さを隠しきれていない。
「ちゅ、二尉殿、我々は生き残れますか?」
「無論だ。約束は守る」
ジャイロは胸を張って答える。
駐屯地の周囲には防衛部隊と称して、再編成待ちの部隊が数多く配置されていたらしい。
雑多な小部隊が集まり、敵にとって油断できない戦力となっていく。
「しかし、空は寂しいな。それの守りは宣伝だけかよ」
空に味方の航空機が飛んでいないと、地上を行く側としては不安なものだ。
制空権が無くてもジャイロはなんとかする気でいたが、空が自分たちの側に無いのは気持ちのいいものではない。
「贅沢言えませんよ」
「手持ちでやるさ。俺だって小校の端くれだよ」
「あんなオモチャのために命を張る、三佐も物好きな人ですね」
「やれと言われたことをやるのが軍人ってやつじゃないのか。気が進む、進まないに関わらず」
「博士ご一行様は趣味でやってるみたいですけど」
「愚痴なら後からいくらでも聞いてやるよ」
ジャイロは吸血馬車の上に乗り、拡声器で呼びかけた。
戦士たちは、一斉にジャイロを見る。
「今日、初めて会った俺を信頼しろなんて言わない。逃げたきゃ逃げていいぞ。スタンド使いが相手なんだ。逃げても、誰も文句は言わない」
聞き流してくれても構わないつもりで話していたジャイロだったが、戦士たちは一人たりとも視線を逸らさない。
ジャイロは言葉に詰まってしまう。
「あー……つまり母校のためとか命を懸けてとかじゃなくて、その……美味いメシを食えるのは生きている間だけだ! だからみんな、死なないように戦い抜こう!」
戦士たちは白い歯を見せて笑った。
話の内容はどうであれ、ジャイロの言葉はある程度受け入れられたようだ。
どうやら政治思想たっぷりの演説よりも、これぐらい力の抜けためその方が受けがいいらしい。